Science April 25 2025, Vol.388

ボーン・コレクター (The bone collector)

鱗翅目の幼虫の大部分は、草食である。この規則を破る幼虫は、待ち伏せ型の捕食者であるハワイ・シャクトリムシのように、予期せぬ方法で行動する傾向がある。Rubinoffたちは、同じくハワイに生息し、昆虫の死骸を漁るもう一種の変わった幼虫について述べている。この「ボーン・コレクター」と呼ばれる幼虫は、クモの巣に生息し、クモが獲物とした昆虫の死骸のくずを食べる。おそらく発覚を避けるため、これらの幼虫は食用不適の廃棄部分で飾られた持ち運び可能な繭状のものを作る。この種はハワイ最古の島よりも500万年も古いが、現在ではオアフ島の1つの個体群しか確認されておらず、絶滅の危機に瀕している。(Sk,nk,kh)

Science p. 428, 10.1126/science.ads4243

ウイルスがRNAを真似てCRISPRを阻害する (Viruses inhibit CRISPR by RNA mimicry)

CRISPR-Casは、RNAにガイドされたCasヌクレアーゼを用いて、抗ウイルス免疫を宿主細菌に付与するシステムであり、CasヌクレアーゼはウイルスDNAやRNAに対する配列特異的な破壊を仲介する。これに対してウイルスは、Casタンパク質の活性を阻害して免疫に打ち勝つ抗CRISPRと呼ばれ通常タンパク質である、対抗防御手段を進化させた。一部のウイルスはまた、抗CRISPR機能を持つRNAを産生する。このRNAはCRISPRシステムのガイドRNAに配列的に似ているが、CRISPR機構の機能不全を誘発する。Hayesたちは、RNAを標的とするCRISPR-Cas13システムのRNA阻害剤として機能するそのような1つのシステムを特定した。Cas13と複合体を形成したRNAの解析により、このRNAは、ガイドRNAと配列類似性がほとんどないが、ガイドRNAの構造を真似てCas13を阻害することが明らかとなった。(MY,kh)

Science p. 387, 10.1126/science.adr3656

電気二重層(EDL)の動態を探査する (Probing EDL dynamics)

電気二重層(EDL)は、電解質溶液が固体表面と接触する際に形成されるものであり、多くの分野で重要な概念である。しかしながら、高濃度でのその動態を理解することは依然として困難であり、それは、特に従来の電気測定が応答時間や探査系との複雑な相互作用によって制約されるためである。さらに、古典的平均場モデルはこの領域では検証されていない。Grecoたちは、任意の濃度で空気-電解質界面でのEDL動態を誘起および監視するための、全光学的方式を開発した。古典的なデバイ-ファルケンハーゲン理論が、高濃度でのEDL緩和時間を正確に予測し、従来の限界を超えたその適用可能性を示唆した。EDL動態に関するこの知見は、高濃度での特定の相互作用と古典的な静電力との間の複雑な相互作用に光を当てている。(Sk,kh)

【訳注】
  • デバイ-ファルケンハーゲン理論:高周波交流電場下で,周波数の増加とともに電解質溶液の電気伝導率が増大するという現象に関する理論
Science p. 405, 10.1126/science.adu5781

広軌道上の太陽系外惑星のマイクロレンズ効果 (Microlensing exoplanets on wide orbits)

重力マイクロレンズ効果は、手前の恒星が地球と背景の恒星の間を通過する際に発生し、光が集められて見かけ上の明るさを増加させる。もし、手前の恒星を周回する惑星が存在する場合、二次的な、より短時間の明るさの増加が起こる可能性がある。Zangたちは、惑星と恒星の質量比が地球と海王星の間にある、太陽系外惑星によるマイクロレンズ現象を同定した。彼らは、この天体をマイクロレンズ効果を用いて検出された、より大規模な惑星の例と組み合わせることで、木星のような軌道を持つ惑星の存在数と惑星種族分布に制限を与えた。その結果、双峰性分布が発見されたが、これは惑星形成メカニズムを反映したものであると解釈された。(Wt,nk,kh)

Science p. 400, 10.1126/science.adn6088

土壌を手入れする (Tending the soil)

高集約度・高収量の「従来型」農業は、土壌の健全性を損なったり、他の環境的悪影響をもたらす可能性のある慣行を用いている。有機農業は、合成農薬や肥料を使用しないため、一般的に環境への影響はより少ないが、有機農場と従来型農場の両者は、土壌に影響を与える慣行において大きく異なる可能性がある。van Rijsselたちは、オランダ全土の53の有機栽培圃場と従来型圃場において、多機能性指標を含む、土壌の生物相と機能を評価した。彼らは、より広範な農業様式の間で土壌の多機能性に有意な差を見出せなかったが、特定慣行は土壌機能に肯定的に(被覆栽培)または否定的に(反転耕起)影響を与えた。特定慣行を採用するがそんな風に、有機農場と従来型農場のどちらも、土壌に影響を与えるその実践の強度には大きな散らばりがある。(Sk,nk,kh)

【訳注】
  • 被覆作物:雑草の抑制や土壌改良を狙いとして、農地に植えられるマメ科、イネ科等の植物
  • 反転耕起:土壌を上下反転させて、作物の残渣や雑草などを土中に埋め込んで耕す作業
Science p. 410, 10.1126/science.adr0211

水分解のための金属の協働 (Metal cooperation for water splitting)

水を電気化学的に分解することは、持続可能で環境に優しい水素製造法として魅力的な手法である。しかしながら、通用している触媒は、想定される用途向けに費用対効果の高いやり方でこの工程を拡大するための安定性と活性が、依然として不足している。Yueたちは、アルカリ性条件下で高い安定性を示す、酸素放出側のための地球に豊富な多元金属触媒を報告している。この触媒複合体は、鉄とコバルトの金属有機骨格と、ニッケルおよびタングステンからなるポリ酸クラスターを結合するが、著者らは、これが安定構造中の効率的な電子移動を促進すると前提している。(Sk,kh)

Science p. 430, 10.1126/science.ads1466

LINE-1レトロトランスポゾンの構造 (Structure of LINE-1 retrotransposition)

ヒトゲノムのかなりの部分は、長鎖散在反復配列-1(LINE-1)レトロトランスポゾンで構成されており、これは 最も豊富なものの一部であり、かつヒトで唯一の活性な自律トランスポゾンである。これらの配列は、RNA中間体を含む複製機構を用いて、新しいゲノム位置に組み込まれる。Ghanimたちは、低温電子顕微法を用いて挿入の瞬間にLINE-1をとらえ、レトロトランスポゾン機構がどのようにして標的DNAを再形成し、この過程を可能にするかを明らかにした。構造予測はまた、細胞因子がLINE-1レトロトランスポゾンの生活環において重要な役割を果たすことを示唆している。(Sh,kh)

【訳注】
  • レトロトランスポゾン:自身をRNAに複写した後、逆転写酵素によって複写したRNAを鋳型にして相補的DNAを合成、それらをゲノム上の別の位置に挿入し、DNA配列の複製を作る。カット&ペースト(移動)型転移を行うDNAトランスポゾンに対し、コピー&ペースト(複製)型転移を行う。
  • 長鎖散在反復配列:レトロトランスポゾンの一種で、逆転写酵素とエンドヌクレアーゼ(DNAやRNAを特定の位置で切断する酵素)をコードしており、自ら自身の配列の複製をゲノムに挿入できる。
Science p. 377, 10.1126/science.ads8412

がんにおけるEPOスイッチ (The EPO switch in cancer)

エリスロポエチン(EPO)は、骨髄中の赤血球産生を刺激するホルモンである。EPO刺激薬はがん患者の貧血治療に用いられてきたが、この治療が生存に否定的に影響するかもしれないことをいくつかの研究が示唆していた。この謎を明らかにすべく、Chiuたちは、腫瘍細胞が免疫の攻撃を逃れるために、分泌されたEPOを必要とすることを見出した(ArmoukとVan Ginderachterによる展望記事を参照)。腫瘍由来のEPO濃度が増加すると、肝がんモデル中に免疫抑制性の腫瘍微小環境が付随した。腫瘍によって分泌されたEPOまたはマクロファージ上のEPO受容体のいずれかを阻害すると、T細胞の浸潤を促進して肝細胞がんの制御を改善した。したがって、EPO/EPO受容体経路ががんの免疫を切り替えるスイッチとして作用しているのかもしれない。(hE)

Science p. 376, 10.1126/science.adr3026; see also p. 358, 10.1126/science.adx3810

脂肪細胞前駆細胞と「おじさん体型」 (Adipocyte progenitor cells and “dad bod”)

中年以降にスリムな体型を維持するのは難しいことである。マウスとヒト(特に男性)は内臓脂肪が蓄積しやすい傾向がある。Wangらは、単一細胞のメッセンジャーRNA配列決定を用いて、中年マウスの脂肪細胞前駆細胞の特徴を明らかにした(JeonとKimによる展望記事参照)。多くの幹細胞集団は加齢に伴って機能が低下するが、著者らは、中年期に増殖と脂肪形成活性が高まる前駆脂肪細胞集団を特定した。これらの細胞は、若いマウスに移植しても増殖能力を維持した。前駆脂肪細胞の増殖には、白血病抑制因子受容体によるシグナル伝達が必要であった。同様の細胞はヒトの組織サンプルでも同定された。従って、これらの脂肪細胞前駆細胞は加齢に伴う肥満と関連する代謝障害に関与している可能性がある。(ST)

Science p. 378, 10.1126/science.adj0430; see also p. 360, 10.1126/science.adx1198

孤立生息区域の連結 (Connecting the patches)

人類は陸上環境の広大な範囲を改変し、残された自然地域をより大きな生息領域内のパッチワークのような存在にしてしまった。これらの孤立生息区域を保護するための取り組みが行われているものの、孤立した生態系は劣化し、孤立した個体群は減少し絶滅することが十分に実証されてきた。このような結果を防ぐためには、保全対象地域が「良好に連結されている」必要があるが、この用語を定量的に定義することは困難である。Brodieたちは、連結性の定義と測定に関する取り組みを評価し、移動の維持と生態学的機能の持続性に基づく定義を提示した。不可欠な連結性を維持するためには、地球規模の取り組みが必要となる。(Uc,kh)

Science p. 375, 10.1126/science.adn2225

dITPは抗ファージ用の免疫シグナルである (dITP is an anti-phage immune signal)

ヌクレオチド系二次情報伝達物による免疫シグナル伝達は、細菌から動物までの生物全体にわたって観察される広範に存在する防御機構である。Zengたちは、塩基修飾ヌクレオチドであるデオキシイノシン5’-トリホスフェート(dITP)を発見した。この物質は細菌での抗ウイルス免疫シグナルとして機能する。dITPは細菌のアデノシン脱アミノ酵素とファージ由来のヌクレオチド・キナーゼが関わる連鎖事象により産生され、下流側にある感染細菌を殺すエフェクターを活性化し、その結果ウイルス拡散を止める。一部のファージは、dITPの前駆体であるデオキシアデノシン一リン酸(dAMP)を分解する酵素を有していて、これによりこの防御をかいくぐる。これらの知見はヌクレオチド系免疫シグナルの範囲を拡張し、ヌクレオチド代謝を制御する進行中の細菌とファージの軍備競争に光を当てるものである。(MY,kh)

【訳注】
  • 二次情報伝達物:細胞外のシグナル分子(一次メッセンジャー)による細胞表面の受容体への刺激を細胞内部に伝える細胞内物質。
Science p. 379, 10.1126/science.ads6055

鳥から牛へ、そしてその先へ (From birds to cattle and beyond)

高病原性鳥インフルエンザH5N1亜型は現在、米国全土に広がっており、さらにその先に広がる可能性がある。より多くの牛の感染がヒトからヒトへの感染能力を進化させるウイルスの危険性を高め、高致死率を有する可能性がある。Nguyenたちは、2023年12月における野鳥から乳牛への単一の感染事例以来、牛から家禽類、牛から家畜周辺の鳥類、そして牛から他の哺乳類への感染が発生していたことを示している。無症状の乳牛の移動が、テキサス州から米国全土へのH5N1の急速な拡散を促進した。牛内での進化が、ディープ-シーケンシング・データを用いて評価されたが、以前は哺乳類への適応と感染効率に関連づけられていた低頻度の配列多様体を検出している。(KU.kh)

【訳注】
  • ディープ-シーケンシング:標的配列を多くの例数で調べ変異を見いだす手法で、ゲノムのタンパク質コード部分(エクソーム)内の変異を特定し、潜在的な新生抗原を予測することができる。
Science p. 380, 10.1126/science.adq0900

ホウ素とガリウムがシリコーンに組みつく (Boron and gallium tackle silicones)

機械的および化学的、両方における高分子再利用の最近の進歩は、主として炭素系材料に焦点を当ててきた。これに対し、シリコーンを分解あるいは転用する方法は、複雑な架橋構造が作用していることも多いため、大きく立ち遅れている。V?たちは今回、ガリウム触媒と三塩化ホウ素反応剤の複合作用を使って、広範なシリコーン材料を再生利用する汎用的な方法を報告している(Ghoshによる展望記事参照)。この反応は、直接再利用可能な塩素化シラン単量体と、副産物でガラス工業に応用可能な酸化ホウ素を作る。(MY,kh)

Science p. 392, 10.1126/science.adv0919; see also p. 361, 10.1126/science.adx1728

アルミニウム原子対を図化する (Mapping aluminum pairs)

異常X線粉末回折によって明らかにされたゼオライトZSM-5中のアルミニウム原子の長距離秩序と分布は、プロペンのオリゴマー形成に関する洞察を与える。Rzepkaたちは核磁気共鳴画像法と共にこの手法を用いて、孤立原子および原子対(二酸化ケイ素基によって結合したアルミニウム原子)の位置を決定した。プロペンから芳香族化合物の形成において、生成物の放出と活性中心の再生を促進するより速いプロトン化速度が、アルミニウム対の多い試料で観察された。(KU,kh)

Science p. 423, 10.1126/science.ads7290

合成シグナロソームに向けて (Toward synthetic signalosomes)

タンパク質を組織化された複合体に組み込む骨格材料は、生物学的シグナル伝達機構において繰り返し用いられる特性であり、効率性、特異性、そして調整可能性を提供するのに役立つ。Lichtensteinたちは、自然免疫系で機能するタンパク質の骨格であるミドソームの生物物理学的特性を研究した。ミドソームは、Toll様受容体およびインターロイキン-1受容体に応答して形成される。著者たちは、細胞内のミドソームを、細菌由来の関連タンパク質配列またはアミロイド様ペプチドで作られた合成骨格に置き換えた。これらの設計されたシステムは、新しい配列がエフェクター・シグナル伝達タンパク質に対する十分な親和性と複合体の安定性を与える限り機能した。こうした特性をより深く理解することで、望ましい調整可能な特性を持つ合成シグナル伝達骨格の設計が可能になる。(KU)

【訳注】
  • シグナロソーム:細胞外のシグナルが細胞内に伝わる際に特異的受容体とシグナル伝達機構が集積する情報変換装置
Science p. 415, 10.1126/science.adq3234

モデルの構築 (Building a model)

いわゆるt-Jモデルは、格子上で相互作用する粒子の動態を記述する。このモデルは数値解析手法を用いて広く研究されてきたが、パラメータが調整可能な量子シミュレーション実験で実現することは困難である。Carrollたちは、光格子中に存在するフェルミオン性のカリウム-ルビジウム分子系を用いて、双極子相互作用に基づく一般化t-Jモデルのシミュレーションを行った。彼らは、分光学的手法を用いて、平衡状態から外れたこの系の動態を解析した。(Wt)

Science p. 381, 10.1126/science.adq0911