Science April 18 2025, Vol.388

金属種を地図化する (Mapping metals)

金属および半金属は土壌中に遍在しており、基盤岩と人間の活動・経済基盤に由来している。これらの化合物はヒトと他の生物にとって有毒となる場合があるのに、その地球規模での土壌中の分布と濃度は十分に解明されていない。Houたちは、1,000件を超える地域研究のデータを分析し、毒性金属の地域を特定し、これらの傾向の要因を探った。彼らは、耕作地の14~17%が少なくとも1種類の有毒金属について農業基準値を超えていると推定している。採鉱活動と灌漑に加えて気候と地形から、どの土壌が金属基準値を超えるだろうかを予測した。土壌金属汚染は世界的な問題であり、新技術における有毒金属の需要増加に伴い、さらに深刻化する可能性がある。(Uc,KU,kh)

Science p. 316, 10.1126/science.adr5214

キラルなアミンを作るための円錐 (A cone to make chiral amines)

炭素-窒素結合を2つの鏡像配置のどちらか一方だけで作ることが数多くの医薬品や農薬の作製に不可欠である。この目的のために多くの触媒が開発されてきたが、それらの触媒は大抵、基質上の特異的な結合部位に依存して反応の進み方を決定している。Zhangたちは、十分に区別された結合形成部位を持たないヨウ化アルキルを用いる、銅触媒による炭素-窒素結合形成用の、円錐形に(反応基質を)包摂する配位子に関する理論誘導設計法について報告している。この反応は幅広いキラルなアミンを高い選択性で生成する。(MY,kh)

Science p. 283, 10.1126/science.adu3996

充放電繰り返し中の機械的疲労を観察する (Observing mechanical fatigue during cycling)

高電流密度によって引き起こされるリチウムの樹枝状結晶形成と多孔性効果は、リチウム金属電池の故障の理由として知られている。しかしながら、充放電繰り返しに対してはなぜ、臨界電流密度よりもはるかに低い電流密度で故障が発生することがあるのかについては、未解決のままである。Wangたちは、リチウム金属の機械的疲労が、充放電繰り返し劣化の主原因であると提案している(NandaとKalnausによる展望記事参照)。イン・オペランド走査型電子顕微鏡を用いて、彼らは、低電流密度であってもリチウムの可逆的な析出と剥離が繰り返し応力を発生させ、これらの応力が欠陥、微小亀裂、微小空隙をもたらし、界面劣化を引き起こすことを示した。シミュレーションと組み合わせることで、著者らは、固体電池の繰り返し寿命を電流密度の関数として決定できることを示した。(Sk,nk,kh)

【訳注】
  • イン・オペランド:動作条件下で対象の分光学的評価と機能の測定を同時に行う手法をオペランド計測と呼び、”in situ” になぞらえて ”in operando” という用語も使われる。
Science p. 311, 10.1126/science.adq6807; see also p. 255, 101126/science.adw9437

無理やりに連れていく (Dragging along)

薄い絶縁層で隔てられ、一方が電子キャリア、もう一方が正孔キャリアを特徴とする一対の2次元(2D)系は、相関した層間励起子を内包する可能性がある。このような励起子は超流動性を示すと予測されるほか、いわゆる完全クーロン抗力を示す。その中では、一方の層に流れる電流が、もう一方の層に等しい逆方向の電流を引き起こす。今回2つの研究が、六方晶窒化ホウ素で隔てられた二セレン化モリブデン層と二セレン化タングステン層からなるヘテロ構造において、低温でほぼ完全な抗力を観測した。Nguyenたちは輸送測定を用い、Qiたちは光学的手法を用いた。これらの研究により、超流動性の探索を含む、このようなヘテロ構造における励起子輸送のいっそうの探究が可能となる。(Wt,nk)

Science p. 274, 10.1126/science.adl1829; p. 278, 10.1126/science.adl1839

ミトコンドリア膜におけるPINK1 (PINK1 at the mitochondrial membrane)

損傷したミトコンドリアは、 適切な細胞機能を維持するために再生・置換しなければならない。ユビキチン・キナーゼPINK1は、脱分極したミトコンドリアを検出し、これらの細胞小器官にオートファジー(自食作用)のための印をつけるシグナル伝達経路を開始することにより、この過程において重要な役割を果たしている。Callegariたちは、PINK1を含むタンパク質をミトコンドリア中に取り込む外膜トランスロカーゼ(輸送酵素)複合体、および一対の電位依存性陰イオン・チャネルとの複合体を形成したPINK1の構造を決定した。この構造は、表面システイン残基の取り込みと酸化の間のPINK1の停留が、どのようにして下流へのシグナル伝達を開始する準備のなされた二量体活性化前複合体を形成するかを明らかにした。(Sk,kh)

【訳注】
  • システイン:タンパク質を構成するアミノ酸の一種で、硫黄原子を含む非必須アミノ酸。
Science p. 303, 10.1126/science.adu6445

キュリオシティがゲール・クレーターで炭酸塩を発見 (Curiosity finds carbonates in Gale crater)

キュリオシティ探査車は、火星のゲール・クレーターにある山を徐々に登っている。地層配列のより上部の層には、より後世に形成された岩石が露出する。Tutoloたちは、硫酸塩に富む層から採取した掘削サンプルの組成を調べた (BishopとLaneによる展望記事参照)。彼らは岩石が炭酸鉄を豊富に含んでいることを見出した。これは以前の軌道観測では見えていなかった。もし火星全体の他の硫酸塩に富む層にも同様に炭酸塩が豊富に存在するなら、それらの層は大気から抽出された二酸化炭素を大量に含んでいる可能性がある。著者たちが見出だした炭酸塩は部分的に既に分解しており、一部の二酸化炭素を大気中に戻しているが、これは太古の炭素循環である。(Wt,nk,kh)

Science p. 292, 10.1126/science.ado9966; see also p. 251, 10.1126/science.adw4889

G4を認識する (Recognizing G4s)

グアニン4重鎖(G-quadruplex:G4)は遺伝子調節にとって重要なDNA構造である。Chenたちは、多くのがんを促進させる鍵となるMYC遺伝子のプロモーター領域にあり、したがってMYCの発現に影響を及ぼすG4に結合するために、タンパク質・ヌクレオリンが多数の結合モチーフをどのように利用するかを示す高分解能構造を決定した。その結果は、G4がヌクレオリンの一時的細胞標的であることを示しており、G4-後成的機構による遺伝子調節がなされるという洞察を与えるものである。この研究は、G4とタンパク質との間の分子認識の理解を進め、そして創薬のための可能な方向性を与えるものである。(hE,nk)

Science p. 268, 10.1126/science.adr1752

スプリット・プローブが複合的な洞察をもたらす (Split probes yield combined insights)

細胞を可視化し、特定のRNAとタンパク質の発現をin situで検出する能力は、様々な生物学的プロセスへの我々の理解を深める上で極めて重要である。最近のマルチオミクス・イメージングの進歩は、異なるスペクトルを持つ標識色素の不足とその他の技術的制限によって制約されてきた。これらの課題の幾つかに対処するため、Gandinたちは、スプリット・ハイブリダイゼーション連鎖反応技術に基づく手法を開発した。この手法は、検出信号を生成するには両方が標的を認識することが必要な対のプローブを用いる。この方法は、稀有なかつ高存在量標的の両方を正確に検出することを可能にした。この方法は、研究するには困難であるが、生物学的状況において細胞を研究するには有用な、厚い組織サンプルでも機能する。著者たちはこの方法を適用して、マウス海馬切片と無傷胚における独特な構造と遺伝子発現パターンを明らかにした。(KU,kh)

Science p. 269, 10.1126/science.adq2084

混合と整合 (Mixing and matching)

染色体逆位は、多くの場合、一般的に用いられている多くの塩基配列決定および遺伝子型解析の基盤技術では検出が困難である。数ある構造的多様体の中で、逆位は、対立遺伝子の有益な組み合わせの組み換えを阻害する理由で、適応過程において用いられる。Gompertらは、それの分化対象である植物に擬態した、さまざまな形態を示すナナフシ(Timema cristinae)の2つの集団を調査した。綿密な塩基配列決定により、著者らは、これらの集団は谷で隔てられているだけであるにもかかわらず、限られた遺伝子流動しか示さず、全く異なる構造上の多様性の様式を有していることを見出した。これらの転座と逆位は類似した遺伝子群に関係しており、進化の再現性と、生じ得る差異の両方を示している。(Sk.kh)

【訳注】
  • 逆位:染色体の一部が元の並びとは逆向きになる染色体再編成の一形態
  • 転座:染色体の一部が染色体内もしくは染色体間で移動する現象
Science p. 270, 10.1126/science.adp3745

事前組織化を組み込む (Building in preorganization)

タンパク質の計算機設計における過去十年間の大きな進展にも関わらず、新規な酵素の構築ははるかに難しいことが分かってきた。活性部位の残基は正確に配置される必要があり、また、しばしば多数の固有の過程の間、必要な結合の切断と形成の反応を可能にする反応動態に参加する必要がある。Laukoたちは今回、反応座標全体にわたっての活性部位の事前組織化に対する選別設計が、新規設計酵素の触媒効率を大幅に向上させうることを示している。著者たちは、多段階反応の反応座標と酵素を共有結合性中間体に閉じ込める方向のポテンシャルが理由で特に難しい酵素である、セリン・ヒドロラーゼの機能するものを作り出すことでこの取り組みの威力を実証している。(MY,kh)

【訳注】
  • 反応座標:反応経路に沿った反応進行度を表す抽象的な1次元座標
  • セリン・ヒドロラーゼ:活性中心にアミノ酸の1つであるセリン残基を有する加水分解酵素。
Science p. 271, 10.1126/science.adu2454

調節地形を図化する (Mapping the regulatory terrain)

作用する転写因子の能力は、因子が結合するDNAへのアクセスを必要とし、これはクロマチン・アクセシビリティと呼ばれる。しかしながら、クロマチン・アクセシビリティに因果的に影響を及ぼす多様体を特定することは、多様体間の連鎖不平衡など、多くの要因によって複雑である。トウモロコシの低レベルの連鎖不平衡を利用し、Marandたちは、172の近交系トウモロコシ系統からの単一細胞クロマチン・アクセシビリティを解析した。彼らは、クロマチン・アクセシビリティに関連する約22,000の多様体を見出した。その多くは細胞型に特異的で、転位因子が一致していた。これらの多様体の多くは開花時期などの形質と関連しており、転写因子TCPの結合部位に影響を与えていた。これらの結果は、農業に関わる重要な形質だけでなく、適応の際の調節因子の代謝回転についても洞察を提供する。(KU,kh)

【訳注】
  • 連鎖不平衡:複数の遺伝子座の対立遺伝子または遺伝的マーカー(多型)の間で、特定の組合せ(ハプロタイプ)の頻度が有意に高くなる集団遺伝学的な現象。
Science p. 272, 10.1126/science.ads6601

内と外の有毛細胞の発生 (Inner and outer hair cell development)

聴覚は、蝸牛中に見られる音反応性細胞の2つのサブタイプである内有毛細胞と外有毛細胞に依っている。これらの細胞がどのようにして特殊化され分化させられ維持されるのかについて理解することは、それらが不可逆的損傷を非常に受けやすく、それが聴覚損失につながるため、大変重要である。Sunたちは、特性がよく分かっていない転写因子Casz1が、マウスでの内有毛細胞の独自性と外有毛細胞の生存にとって初期発生段階において必須であること見出した。もう1つの転写因子であるGata3は、Casz1機能に対する下流側の重要な実行分子として機能する。これらの知見は、聴覚回復療法を進展させる上で標的になりうるかもしれない遺伝子経路を明らかにするものである。(MY,kh)

Science p. 273, 10.1126/science.ado4930

シナプス段階での特殊化 (Specialization at the synapse level)

脳は、シナプス荷重の変化を通して経験から学習する。しかし、特定のシナプスが学習中にどのようにしてさまざまな形態の可塑性を受けるように選択されるのだろうか?Wrightたちは、マウス一次運動野の第2層/第3層錐体ニューロンのさまざまな樹状突起区画におけるシナプス可塑性ルールを解析した(GroismanとLetzkusによる展望記事参照)。頂端シナプスの強化は、隣接するシナプスとの相関活動に依存し、シナプス後活動電位とは独立していた。対照的に、基底シナプスの強化は、シナプス後活動電位との活動の一致によって引き起こされ、これは可塑性のヘブ機構と一致する。これらのさまざまな可塑性ルールは、個々のニューロン内に機能的特殊化を示唆している。頂端可塑性は非線形統合のための学習関連シナプスの機能的クラスターの形成を駆動するが、基底可塑性は信頼性の高いパターン完成のためのヘブ集団の形成を促進する。(KU,nk,kh)

【訳注】
  • ヘブ機構:ニューロン間の接合部であるシナプスにおいて、シナプス前ニューロンの発火とシナプス後ニューロンに発火が同時に起こると、そのシナプスの伝達効率が増強されるという、1949年にドナルド・ヘブが提唱した神経科学の学習に関して脳のシナプス可塑性についての基本原則。
Science p. 322, 10.1126/science.ads4706; see also p. 253, 10.1126/science.adx0640

植物の防御を寄せ付けない (Keeping plant defenses at bay)

植物とその病原菌は絶えず分子レベルの軍備拡張競争を行っている。Sanguankiatticaiたちは、植物病原菌シュードモナス・シリンガエが、植物によって認識され防御を誘発する、フラジェリンからの免疫ペプチドの放出を通常ならば始めるであろう植物分泌のグリコシダーゼを抑制することを見出した (Schroederの展望記事参照)。著者たちは高分解能低温電子顕微法と化学合成研究を行ない、このグリコシダーゼ抑制物質であるグリコシリンがガラクトースを模倣する独特なイミノ糖であることを示した。グリコシリンの生合成は、感染過程で毒性調節因子によって誘発され、独特なイミノ糖生合成経路によって行われた。グリコシリンはまた、植物タンパク質の糖鎖付加と細胞外代謝産物の蓄積を変化させた。多くの植物関連病原菌はグリコシリンを産生することができ、このことは、糖鎖生物学的操作が植物-病原菌の相互作用における共通の戦場となる可能性を示唆している。(Sh,KU,nk,kh)

【訳注】
  • シュードモナス・シリンガエ:着生細菌として植物の葉の表面に生息するグラム陰性性の桿菌であり、鞭毛を持ち運動性がある。ほとんどの場合、病原性を示すことなく栄養を寄主植物から獲得している。
  • グリコシダーゼ:糖と別の有機化合物とが脱水縮合して形成する共有結合であるグリコシド結合を加水分解する酵素の総称。
  • フラジェリン:菌の鞭毛の主成分であるタンパク質。有鞭毛型細菌の菌体には多量に含まれている。
  • イミノ糖:環中の酸素原子が窒素原子に置き換わった構造を持つ糖の総称
Science p. 297, 10.1126/science.adp2433; see also p. 252, 10.1126/science.adx0288