炎症から意欲低下まで (From inflammation to loss of motivation)
悪液質、すなわち消耗症候群は、がんを含む多くの慢性疾患の進行期に発症し、しばしば意欲低下と無気力を伴う。炎症ががん悪液質の重要な因子であることが知られている。しかし、腫瘍起因炎症と、意欲喪失を引き起こす根底にある脳の機序との関連は依然として不明である。Zhuたちは、がん悪液質症状を安定して示すマウス・モデルを用いて、ドーパミン・シグナル伝達を抑制する脳幹から基底核への回路を明らかにした(TalleyとLynallによる展望記事を参照)。最後野のニューロンは炎症性サイトカインであるインターロイキン-6を感知し、このシグナルを結合腕傍核に伝達する。結合腕傍核は黒質網様部の抑制性ニューロンを駆動し、このニューロンは腹側被蓋野のドーパミン・ニューロンを抑制する。この一連の作用により、側坐核のドーパミン濃度が低下し、最終的には努力を辛いと感ずるようになり、意欲が低下する。(Sh,nk,kh)
【訳注】
- 悪液質:基礎疾患によって引き起こされる複合的な代謝異常の症候群で、筋肉量の持続的な減少が特徴。体重減少、食欲不振、倦怠感などの症状を伴う。
- 脳幹:大脳に近い側から、中脳・橋(きょう)・延髄・間脳(視床と視床下部から構成, 脳幹に含めないこともある)で構成されており、生命維持に関わり意識・呼吸・循環を調節する。
- 大脳基底核:大脳皮質と視床や脳幹を結び付ける神経核の集まりで、黒質・線条体・視床下核などから構成され、運動制御や記憶に関わる。
- 最後野(さいこうや):延髄背内側に位置する小領域で、透過性のある毛細血管を持ち、血中の情報を自律中枢に伝える役割をもつ。
- 結合腕傍核:橋に存在する神経核で、情報伝達の中継点。末梢から感覚情報などを受け取る。
- 黒質:中脳に位置するが大脳基底核に分類され、網様部と緻密部に分けられる。黒質網様部は情報の中継点として、線条体などから抑制性を、視床下核から興奮性の入力を受け、視床へ抑制性の出力を行うことで随意運動や筋緊張の調整、運動学習などの様々な調整を担っている。
- 腹側被蓋野:中脳の正中寄り腹側に位置し、ドーパミン作動性ニューロンが局在しており、大脳皮質・辺縁系・腹側線条体に投射する。
- 側坐核:脳の報酬系に関わる神経核の一つで、線条体の腹側部に位置し、快楽・やる気・学習・依存などに深く関わっている。
Science p. 169, 10.1126/science.adm8857; see also p. 150, 10.1126/science.adw8833