Science April 11 2025, Vol.388

亜熱帯のデニソワ人 (A subtropical Denisovan)

デニソワ人は更新世のヒト科系統であって、初めはゲノム的に同定され、そしてごく少数の化石からだけ知られている。ゲノム研究は、彼らがアジア全域に広く分布していたことを示唆してているが、このグループの化石はこれまでシベリアとチベットといっ??た寒冷な気候の地域からのみ同定されていた。Tsutayaたちは、台湾で発見されたこれまで未同定であったヒト科の下顎骨の古代プロテオーム解析を行い、それが男性のデニソワ人のものであることを明らかにした。この同定は、このグループが温暖な気候を含む広範囲に存在していたというこれまでのゲノム的予測を裏付けている。この下顎骨の頑強な性質は、チベットのデニソワ人の下顎骨に見られるものと類似しており、これがこの系統に共通する特徴であることを示唆している。(Uc,KU,kh)

Science p. 176, 10.1126/science.ads3888

絶縁破壊に対する障壁 (A barrier to breakdown)

コンデンサなどのエネルギー貯蔵材料は、主に電気を貯蔵、充電、放電する能力という、魅力的な誘電特性を持つ材料から作られている。Liuたちは、チタン酸ジルコン酸鉛と酸化マグネシウムのナノ複合材料を開発した。そこでは、2つの相の形態が、この材料の絶縁破壊強度の向上に役立っている。酸化マグネシウム絶縁相は樹枝状の形態を有しており、それが高電界下での材料破壊の原因となる電気トリーの成長を抑制している。結果として得られる複合材料は高いエネルギー密度を有しており、この製造方法はより優れたコンデンサの開発に多分役立つ。(Sk,kh)

【訳注】
  • 電気トリー:固体絶縁物質中に生ずる樹枝状の部分的な破壊現象
Science p. 211, 10.1126/science.adt2703

疾患を司る司令官 (A Commander in charge of disease)

遺伝子GBA1における多様体は、リソソームのグルコセレブロシダーゼ(GCase)活性の低下とパーキンソン病(PD)発症のリスク増加と関連している。しかしながら、GBA1変異の不完全浸透度は、疾患のリスクに影響を与える遺伝子修飾因子が存在する可能性を示唆している。Minakakiたちは、ゲノム全体のCRISPR干渉スクリーニングを実施し、GCase活性を調節する候補遺伝子を特定した。コマンダー複合体(Commander complex)の構成要素の一つであるCOMMD3は、リソソームのGCase活性に必須であり、多様体はPDのリスク増加と関連していた。このことは、この複合体の調節がGBA1を介したPDのリスクの決定に役割を果たしている可能性を示唆している。(KU,kh)

【訳注】
  • 不完全浸透度:変異を生じるはずの遺伝子型を持ちながら、正常型の表現型が現れる割合。浸透度は、多様体が出現する割合。
  • コマンダー複合体:16-蛋白質サブユニット集合体から成り,細胞ホメオスタシス,細胞周期,および免疫応答の調節を含む様々な細胞内事象において複数の役割を果たしている
Science p. 204, 10.1126/science.adq6650

向精神薬が魚の行動を変化させる (Psychoactive drugs change fish behavior)

人間が排水に排泄する薬は自然の水路へとますます多く流れ込む。これらの化合物のもともとの意図に依って、基本的健康から行動に至るまで多くの面で野生の種に影響を及ぼしうる。魚のような水生脊椎動物は、脳の行動経路の多くが哺乳動物と共通しているので、特に影響を受けやすい。Brandたちは、実験室実験と野外実験を用いて、一般的な水性汚染物質である向精神性のベンゾジアゼピン薬のクロバザムが大西洋サケの脳に存在して、おそらくは群れ性向が低下するために、その回遊行動に影響を及ぼすことを見出した。(hE,nk,kh)

Science p. 217, 10.1126/science.adp7174

古典論を超える (Moving beyond classical)

量子コンピュータは、古典論的コンピュータが解けない特定の問題を解くことができるはずである。しかし、現在の開発段階では、量子コンピュータのハードウェアの不完全さにより、この比較優位性は低下している。Kingたちは、横磁場イジング模型の量子力学といった話題性の高い問題に対して、量子アニーリング・プロセッサの性能を最先端の古典的なシミュレーションと比較した。彼らは、様々なグラフ・トポロジーにおいて、量子プロセッサが古典論的なシミュレーションを上回る性能を発揮できることを見出した。古典論的コンピュータにおけるこれまでの手法の改善によって、量子コンピュータに優位性があるという主張は和らげられてきたが、この結果は、古典的なコンピュータにとって新たな挑戦となる。(Wt,nk,kh)

Science p. 199, 10.1126/science.ado6285

位置が重要 (Location, location, location)

細菌の環状染色体では、複製は1っの特定一方の位置(oriC)から双方向に始まり、もう1っの位置(ter)で終る。遺伝子は複製中でも発現されるため、oriCに近い遺伝子は多数のコピーがより多く存在することになり、増殖中により高い発現を示す。Huたちは、910種の細菌におけるすべての遺伝子の染色体位置を解析した。先行研究と一致して、彼らは多くの転写遺伝子と翻訳遺伝子がoriCの近くに偏っていることを見出した。しかしながら、遺伝子ファミリーの65.8%は特別な位置に偏っており、これらの偏りは速度が高いとより強かった。この研究は、細菌においてこれまで考えられていたよりもはるかに多くの遺伝子が位置的に制約されていることを実証しており、未解析遺伝子の機能に関する洞察を与える可能性がある。(KU,kh)

Science p. 186, 10.1126/science.adm9928

柑橘病と戦う抗菌性 (An antibacterial to fight citrus disease)

柑橘農園は黄竜病あるいはカンキツ・グリーニング病と呼ばれる細菌病によって世界的に侵されつつある。Zhaoたちは免疫タンパク質であるMYC2を特定した。このタンパク質はE3ユビキチン・リガーゼPUB21により分解される。柑橘種とそれらの近縁種は、PUB21の対立遺伝子およびPUB21プロモーター内のMYC2結合部位の差異に依存して、カンキツグリーニング病への耐性が異なる。著者たちは、PUB21の発現とMYC2の安定性の間の調整回路がどのようにカンキツ・グリーニング病耐性をもたらすのかを解明した。著者たちはAIに基づく選別手段を用いて、タンパク質分解を抑制可能な細菌ペプチドを特定した。彼らは、柑橘樹に適用されるとMYC2を安定化し病気の症状を低減する、ただ1つの小ペプチドへと選択を絞り込んだ。この研究は、深刻な植物病と戦う機構的に導き出された取り組みを提示するものである。(MY,kh)

【訳注】
  • E3ユビキチン・リガーゼ:基質タンパク質に分解用の標識を付加する酵素群の1つで、分解対象の基質を識別する役割を担う。
Science p. 191, 10.1126/science.adq7203; see also p. 149, 10.1126/science.adx0306

オートファジー調節の構造的詳細 (Structural details of autophagy regulation)

クラスIIIホスファチジルイノシトール-3キナーゼ複合体I(PI3KC3-C1)は、細胞内の毒性凝集体の代謝と除去に重要な役割を果たすプロセスの一つ、マクロオートファジーの開始を制御する。Cookたちは、VPS15擬似キナーゼ・サブユニットのミリスチン酸修飾が重要な役割を示す、この複合体の低温電子顕微法構造を得た。このサブユニットは、アデノシン三リン酸ではなくグアノシン三リン酸にも結合しているらしい。オートファジーの活性化は、神経変性疾患などの疾患の緩和に治療的に有効かもしれない。その構造的詳細は、低分子薬剤の標的候補を与える。(KU,nk,kh)

Science p. 164, 10.1126/science.adl3787

T細胞の休止がさらなる指示を支援する(T cell pauses aid further instruction)

抗原特異性T細胞におけるプライミングと活性化はリンパ節の中で起こり、増殖・分化を刺激する多数のシグナルを必要とする。JobinたちはT細胞プライミングの第一段階終了後のT細胞と樹状細胞(DC)の間の動態を調べた。CD8 T細胞がDCと安定的に相互作用する第二段階を経る際に、ヘルパーCD4 T細胞は他のDCへ移動する前に少しの間動きを止めるが、一方、制御性T細胞は動きつづけた。この細胞挙動への振付けは、高い抗原親和性を備えるDC8 T細胞が、ヘルパーCD4 Tからのインターロイキン2信号を受容するのを容易にして、それらがエフェクター細胞へと分化するのを促進することを可能にするのかもしれない。(MY)

【訳注】
  • プライミング:免疫細胞を抗原刺激を受けていない免疫細胞を予備刺激すること。免疫活性を持つ細胞に到らせる最初の段階になされる。
  • 樹状細胞:T細胞に抗原を提示して、T細胞を活性化する能力を持つ抗原提示細胞の一種。
  • CD8 T細胞:生体に危害を与える細胞の殺傷・除去に関わる細胞傷害性T細胞。
  • ヘルパ−CD4 T細胞:抗原を捕捉した抗原提示細胞からの刺激で、抗原を攻撃するB細胞やCD8 T細胞にシグナルを送り、免疫応答を起こさせる。
  • エフェクター細胞:ここでは免疫活性となったT細胞のこと。
Science p. 165, 10.1126/science.adq1405

有糸分裂染色体の作成法 (How to make mitotic chromosomes)

コヒーシンとコンデンシンを含む染色体構造維持(SMC)タンパク質複合体は、細胞周期の間期および有糸分裂期の間のクロマチン組織化において重要な役割を果たす。Samejimaたちは、これらの複合体がどのように相互作用し、有糸分裂染色体形成に導くかを研究した。クロマチン構造解析、画像化、プロテオミクス、重合体モデリングを用いて、研究者たちは、細胞が間期から有糸分裂に移行する際のSMC複合体における「交戦規定」を解明した。彼らは、コンデンシンが、コヒーシンを追い出したり置換したりすることで間期クロマチン構造を解体し、その一方で接着性コヒーシンを迂回して姉妹染色分体接着を維持することを見出した。この研究は、in vivoにおけるコンデンシンによるループ押し出しの動態と、有糸分裂染色体組織化おけるにコヒーシン枯渇の影響についても検討した。(KU,kh)

Science p. 166, 10.1126/science.adq1709

ミトコンドリアが代謝に引き起こす惨禍 (Mitochondria wreaking havoc on metabolism)

2型糖尿病や代謝機能不全に関連する脂肪性肝疾患などの代謝疾患は罹患率が上昇してきており、掘り下げた機構的洞察と治療手段の改善が引き続き必要とされる。これまでの研究は、これらの疾患におけるミトコンドリアの機能不全に関する証拠を突き止めてきた。Walkerたちは、多様なマウス・モデルとヒト膵島ベータ細胞を調べることで、ミトコンドリアにおける品質管理経路の異常が、ベータ細胞、肝細胞、褐色脂肪細胞での脱分化と細胞未熟を促進することがあり、それが多様な代謝組織間での有害な変化をもたらす機構を特定した。著者たちはまた、観察された異常を元通りへと向かわせる見込みのある薬理学的介入を特定した。(MY,nk,kh)

【訳注】
  • 品質管理:ここではミトコンドリアゲノムの完全性維持、ミトコンドリア生合成の維持、マイトファジー維持など、ミトコンドリアが機能を保つための諸機構を指している。
  • 脱分化:分化した細胞が機能や形態を失ったり、未分化な状態に戻ったりする過程。
Science p. 167, 10.1126/science.adf2034

炎症から意欲低下まで (From inflammation to loss of motivation)

悪液質、すなわち消耗症候群は、がんを含む多くの慢性疾患の進行期に発症し、しばしば意欲低下と無気力を伴う。炎症ががん悪液質の重要な因子であることが知られている。しかし、腫瘍起因炎症と、意欲喪失を引き起こす根底にある脳の機序との関連は依然として不明である。Zhuたちは、がん悪液質症状を安定して示すマウス・モデルを用いて、ドーパミン・シグナル伝達を抑制する脳幹から基底核への回路を明らかにした(TalleyとLynallによる展望記事を参照)。最後野のニューロンは炎症性サイトカインであるインターロイキン-6を感知し、このシグナルを結合腕傍核に伝達する。結合腕傍核は黒質網様部の抑制性ニューロンを駆動し、このニューロンは腹側被蓋野のドーパミン・ニューロンを抑制する。この一連の作用により、側坐核のドーパミン濃度が低下し、最終的には努力を辛いと感ずるようになり、意欲が低下する。(Sh,nk,kh)

【訳注】
  • 悪液質:基礎疾患によって引き起こされる複合的な代謝異常の症候群で、筋肉量の持続的な減少が特徴。体重減少、食欲不振、倦怠感などの症状を伴う。
  • 脳幹:大脳に近い側から、中脳・橋(きょう)・延髄・間脳(視床と視床下部から構成, 脳幹に含めないこともある)で構成されており、生命維持に関わり意識・呼吸・循環を調節する。
  • 大脳基底核:大脳皮質と視床や脳幹を結び付ける神経核の集まりで、黒質・線条体・視床下核などから構成され、運動制御や記憶に関わる。
  • 最後野(さいこうや):延髄背内側に位置する小領域で、透過性のある毛細血管を持ち、血中の情報を自律中枢に伝える役割をもつ。
  • 結合腕傍核:橋に存在する神経核で、情報伝達の中継点。末梢から感覚情報などを受け取る。
  • 黒質:中脳に位置するが大脳基底核に分類され、網様部と緻密部に分けられる。黒質網様部は情報の中継点として、線条体などから抑制性を、視床下核から興奮性の入力を受け、視床へ抑制性の出力を行うことで随意運動や筋緊張の調整、運動学習などの様々な調整を担っている。
  • 腹側被蓋野:中脳の正中寄り腹側に位置し、ドーパミン作動性ニューロンが局在しており、大脳皮質・辺縁系・腹側線条体に投射する。
  • 側坐核:脳の報酬系に関わる神経核の一つで、線条体の腹側部に位置し、快楽・やる気・学習・依存などに深く関わっている。
Science p. 169, 10.1126/science.adm8857; see also p. 150, 10.1126/science.adw8833

3D印刷用の低重合体を再生する (Recovering oligomers for 3D printing)

熱可塑性重合体は再溶解して再利用できるのに対し、熱硬化性重合体は一般に効率的な再生利用のためには単量体に分解する必要があり、それは、その重合体がこの特性を考慮して設計されている場合にのみ可能である。Yangたちは、3次元(3D)印刷用の環状樹脂を作成するための、リグニン由来の成分の可能性を探った(Lopez de ParizaとSardonによる展望記事参照)。印刷中、光重合がジチオアセタール結合を形成する。この材料を再利用する際、単量体に分解するのではなく、著者らはジチオアセタール結合の触媒熱分解を用いて、重合体の一部のみを光反応性低重合体に再生する。これにより、各繰り返しの印刷での特性低下なしに、循環的な使用が可能になった。(Sk,kh)

Science p. 170, 10.1126/science.ads3880; see also p. 148, 10.1126/science.adw9160

産科的ジレンマを分析する (Dissecting the obstetrical dilemma)

産科的ジレンマは、二足歩行に最適な骨盤構造と、以前の人類よりも大きな脳を持つ乳児を無事に出産するために必要なものとの間の矛盾から生じている。しかしながら、この理論を試験するために必要なデータは、得られていなかった。XuたちはUKバイオバンクを用いて、骨盤形態の遺伝学的基礎を解きほぐした。彼らは、7つの骨盤比率表現型に関連する180のゲノム部位、それに骨盤比率と変形性関節症、歩行速度、腰痛などの形質との遺伝的相関関係を見出し、産科的ジレンマの様々な側面への洞察を与えた。(Sk)

【訳注】
  • 産科的ジレンマ:頭(脳)の大きな赤ん坊を出産するためには大きな骨盤が必要となる一方で、骨盤を大きくすると効率的な二足歩行が阻害されてしまい大きな骨盤には負の淘汰が働く、というジレンマ(板挟み)で出産の関係を説明した学説。
  • UKバイオバンク:遺伝的素質やさまざまな環境曝露(栄養、生活様式、薬物療法など)が疾患に対して与える影響を調査する、英国の長期大規模バイオバンク研究。
Science p. 168, 10.1126/science.adq1521

ニュートリノはどれくらい軽いのか? (How light is the neutrino?)

ニュートリノは、弱い相互作用をする電荷を持たない素粒子であり、質量がゼロではないことが示されているが、その正確な値はまだ分かっていない。これは、ふつうは非常に信頼性の高い素粒子物理学の標準模型が予言するものではない。つまり、ニュートリノの質量を測定することで、このモデルでは説明できない物理現象のヒントが得られる可能性がある。KATRIN共同研究グループは、トリチウム分子のベータ崩壊を利用して、特定のフレーバーのニュートリノの反粒子の質量を直接測定した (Gastaldoによる展望記事参照)。実験の最初の5回のデータを統合することで、研究者たちはニュートリノの質量の上限を、以前の結果と比較して2分の1にまで減少させた。(Wt,kh)

Science p. 180, 10.1126/science.adq9592; see also p. 146, 10.1126/science.adw9435