Science April 4 2025, Vol.388

考えていたよりも近い (Closer than we thought)

人間の言語の特徴の1つは、要素を組み合わせて意味のある大きな構造にすることである。この様式は構成性と呼ばれる。構成性は、2つの部分が一緒になって意味を成す単純な構成性と、1つの部分の意味が他の部分の意味を変更する非自明な構成性に分けられる。最近の研究は、多くの種にわたる単純な構成性の存在を見出してきたが、非自明な構成性は人間に特有であると主張してきた。Berthetたちは、分布意味論の手法と併せてボノボの発声の大規模なデータの集合を用い、それらが構成性を示しているだけでなく、その4つの類型のうちの3つが非自明なものであることを見出した。(Sk,nk,kh)

【訳注】
  • 分布意味論:言葉の意味を、コーパス(自然言語を大量に収集し、コンピュータで検索できるよう整理したデータベース)上でその言葉の周辺に出現する単語の頻度に基づいて、統計とベクトル表現の手法を用いて分析する理論的な枠組み。
  • ボノボ:アフリカ中央部のコンゴ盆地に生息する、ヒトに最も近縁な大型類人猿。
Science p. 104, 10.1126/science.adv1170

発生中の蝸牛の細胞ごとの観察 (Cell-by-cell view of a developing cochlea)

感覚器官は、動物が環境とどのように相互作用するかにおいて重要な役割を果たしている。de Haanたちは子宮内注入と系統追跡を用いて、マウスにおける発生中内耳の細胞分化の軌跡を解明した。胎生7.5日目にマウスの羊膜腔中へのレンチウイルスの注入により、著者たちは蝸牛における蝸牛上皮、神経堤由来のグリア、および中間細胞内のさまざまな細胞型を決定することができた。その結果は、以前は誤って分類された細胞型の特定につながり、マウス蝸牛内のクローン関連性の包括的な単一細胞地図を表す。(KU,kh)

【訳注】
  • レンチウイルス:哺乳類細胞やモデル動物に、エフェクター分子(shRNA, miRNA, cDNA, DNA断片など)やレポーター・コンストラクトを導入し、安定発現させるための優れたツール。
Science p. 60, 10.1126/science.adq9248

タンパク質用の置換系 (A transposition system for proteins)

DNAおよびRNAについては、それらを分解し元通りに繋ぎ合わせるための天然および人工の酵素系が数多く存在している。一部の例外はあるものの、タンパク質の場合はひとたび産生され折り畳まれると、この種の操作は適用できない。Huaたちは、外部から提供されたポリペプチドによって内部の断片を完全に置き換えることができる、タンパク質用の化学的置換系を開発した。効率的な置換には、2つのスプライシング反応の速度を合わせることが鍵となる。この系は生体外での折り畳まれたタンパク質に対して機能し、また著者たちは生細胞中での反応も実証した。(MY,nk,kh)

Science p. 68, 10.1126/science.adq8540

抑制される繰り返しクリープ (Suppressed cyclic creep)

金属合金を強化して耐用年数を延ばすためにさまざまな技術が使用されている。しかし、これらの方法は、しばしば、合金の非対称応力繰り返しに耐える能力を低下させることが多く、これが累積的な一方向塑性ひずみの原因となる。Panたちは、単相の面心立方304ステンレス鋼中に転位セルの勾配階層を設計することで、高い強度と優れた繰り返しクリープ耐性の両方が実現可能であることを示した。非対称の周期的応力下では、連続的な積層欠陥形成と結晶構造の変化により、構造の継続的な改良がもたらされた。このプロセスにより、ひずみ硬化が強化され、動的回復が減少し、ひずみの局所化が緩和され、その結果、累積ラチェットひずみが低下した。(Wt,kh)

Science p. 82, 10.1126/science.adt6666

歪み導入ルビジウム (Strain-incorporated rubidium)

小さな塩素イオンとルビジウム・イオンによって生じる協調的な格子収縮により、タンデム型太陽電池で使用できる安定した広いバンドギャップのペロブスカイトの形成が可能となる。ルビジウム陽イオンのサイズが小さいため、通常はペロブスカイト相の形成が妨げられるが、Zhengたちは、塩素の添加によって誘発される歪みにより、ペロブスカイト内のルビジウム陽イオンとセシウム陽イオンの相分離が妨げられ、広いバンドギャップ(1.67電子ボルト)の相が形成されることを示した。ペロブスカイト型太陽電池は開放電圧1.3ボルト、放射開放電圧限界の93.5%であった。(Wt)

Science p. 88, 10.1126/science.adt3417

赤血球新生における転写のネットワーク (Transcription networks in erythropoiesis)

表現型や疾患に関連する遺伝子多様体のほとんどは、遺伝子発現の調節に重要な役割を果たすゲノムの非コード領域に存在する。しかしながら、これらの多様体がその影響を発揮する機構は、ほとんどの場合、ほぼ不明のまま残されている。Martin-Rufinoたちは「Perturb-multiome」を開発したが、これはCRISPRを用いて主要な調節タンパク質を破壊し、同時に個々の造血細胞におけるDNAアクセシビリティと遺伝子活性の変化を分析する技術である。著者たちは、摂動(Perturb)に応じて遺伝子発現を調節するヒト・ゲノムの重要な領域を特定し、これらの領域は、ゲノムのごく一部を構成するに過ぎないが、血液細胞の発生を形成するために不可欠である。この方法は、ゲノム全体で遺伝子多様体とその機能を結び付けることを容易にし、それによって健康と疾患の両方における遺伝子調節の理解を深める。(KU,kh)

Science p. 52, 10.1126/science.ads7951

外因性mRNAの細胞調節因子 (Cellular regulators of exogenous mRNA)

最近の進歩は、メッセンジャーRNA (mRNA) を革新的治療手段として確立したが、その細胞調節を制御する機構はほとんど理解されていない。Kimたちはゲノム全体のCRISPR検査を用いて、脂質ナノ粒子に封入されたmRNAを調節する細胞経路を図化した。ヘパラン硫酸プロテオグリカンと液胞ATPaseが、それぞれmRNAの取り込みとエンドソーム脱出のメディエーターとして特定された。E3ユビキチン/ISG15リガーゼTRIM25は、エンドサイトーシスを介して細胞に入るRNAを特異的に標的とし、酸性環境ではRNA結合親和性を増強し、これはプロトン感知活性化を示唆する。mRNAにおけるN1-メチルシュードウリジン修飾はTRIM25との相互作用を低下させ、mRNAの抑制を緩和する。これらの知見は、pH依存の外来RNA監視機構を明らかにし、mRNA治療設計を改善するための洞察を提供する。(KU,kh)

【訳注】
  • エンドソーム:細胞内で物質を運ぶために使用される膜につつまれた小胞。
  • ヘパラン硫酸プロテオグリカン:基底膜の不可欠な部分であるヘパリン硫酸鎖に共有結合したコアタンパク質で構成される大きな生体分子。
Science p. 47, 10.1126/science.ads4539

今、行動するためのデータ (Data for action, now)

昆虫の個体数と生物多様性の減少に関する報告が懸念を引き起こしてきたが、傾向は分類群、場所、および使用されるデータの種類によって異なる。理想的には、気温・土地利用変化・農薬使用などの要因の強さが異なる、多くの分類群と場所にまたがる個体群の時系列を使用して傾向を評価する必要があるだろう。ただし、これらの基準は満たされないことが多く、要因を解析して全体的なパターンを見つけることが困難である。Cookeたちは、昆虫の傾向検出を複雑にする要因と、傾向検出のために利用できるデータ・ソースを概説した。著者たちは、より多くの時系列が蓄積されるのを待つのではなく、昆虫の減少を緩和することを目的とした政策の関係と効果を予測するためにデータ・ソースを統合するモデルを提案している。(Uc,nk,kh)

Science p. 45, 10.1126/science.adq2110

より深く見る (Taking a deeper look)

生体組織の深部を可視化することは宿年の課題である。Heilesたちはある方法を開発して、遺伝子発現の3次元(3D)超音波画像と毛細血管の2D超音波画像の生成を可能にした。非線形サウンド・シート顕微法と呼ばれるこの方法の基本的な考え方は、単純である。細胞内に発現する生体分子または血管内を循環する微小気泡は、試料全体に掃引される超音波の薄板で励起される。この方法は、エコージェニック・レポーターで標識付けされた生きている不透明臓器に関して、高速な、深部の、体積全体の画像化を可能にする。超音波断面描図は、z平面における構造を分解する能力だが、非回折性のビームに沿って音圧を調整して、生体分子または微小気泡の非線形エコーを一つの平面に制限することによって実現された。(Sk,kh)

【訳注】
  • エコージェニック・レポーター:超音波の反射が強くなるような標識となる物質
Science p. 46, 10.1126/science.ads1325

変形性関節症をデバッグする (Debugging osteoarthritis)

変形性関節症はよく見られる関節の変性症状で、通常「摩損」に起因するとされ、対症療法でなんとか処置されている。Yangたちは、独立した臨床調査対象群からの何百人もの代謝物解析を行うことで、変形性関節症を発症している人と発症していない人の間で胆汁酸に特定の違いがあることを突き止め(Liuによる展望記事参照)、その根底にあるシグナル伝達機構を特定し、また胆汁酸におけるこの違いを腸内細菌叢の特定種に関連付けた。著者たちは変形性関節症のマウス・モデルを用いて、胆汁酸代謝を標的とする臨床認可薬を転用することの有効性を実証した。さらに、他の理由でこの薬を使っている人患者は、変形性関節症のために関節置換術を必要とする危険度が低かった。これは臨床への適用可能性に対するさらなる裏付けを提供するものである。(MY,nk,kh)

Science p. 48, 10.1126/science.adt0548; see also p. 30, 10.1126/science.adw4656

相を繋いで酢酸ビニルを生成する (Bridging phases to make vinyl acetate)

化学触媒には2つの大きな種類があり、1つは、触媒が反応剤とともに均一溶液に溶解するもので、もう1つは不均一固体分離相に触媒が存続するものである。Harrazたちは、酢酸ビニルの工業合成において、触媒パラジウム(Pd)が両方の領域で動作するらしいという驚くべき知見を報告している(TwayとFilipによる展望記事参照)。酸素を用いて酢酸とエチレンを結合するこの反応の機構は、50年以上もの活発な研究にもかかわらず不確かであった。著者たちは多様な電気化学的な実験を通して、不均一Pdが酸素を還元して、結合工程用にPd(II)を溶液に遊離しそして再沈殿する証拠を見出した。(MY,kh)

Science p. 49, 10.1126/science.ads7913; see also p. 29, 10.1126/science.adw5529

細菌の年表 (Bacterial timeline)

はるかかなたな時を探る場合、問題となるのは、最古の生物の良い化石はたとえあったとしてもごく少なく、存在しているものの進化を正確に年代特定することが不可能なことである。1つの較正時点は、地球の滅菌と月の形成をもたらした約45億年前の衝突事象である。Davinたちは、分子時計、機械学習、系統発生学的調整を用いて、特に好気性代謝に重点を置いた、過去40億年間の地球の細菌生物圏の進化の再構成を提示した。彼らの分析は、細菌の最後共通祖先は44億年から39億年前に存在していたらしいこと、そして好気性生物は大酸化事象(24億3000万年前から23億3000万年前)より前に出現したらしいことを示した。酸素耐性は、酸素発生型光合成の進化の結果というよりも必要条件であったのかもしれない。(Sk)

Science p. 50, 10.1126/science.adp1853

視床核と人間の意識 (Thalamic nuclei and human consciousness)

意識の認知の神経相関を調査する研究のほとんどは大脳皮質に焦点を当てており、皮質下構造の機能的役割はほとんど研究されてこなかった。しかしながら、皮質下皮質ループが意識の認知において顕著な役割を果たしているということが提唱されている。Fangたちは、人間の視床と前頭前野からの同時頭蓋内記録を用いて、意識の検出と報告の神経生理学的相関を研究した。神経信号の振動動態の分析は、意識の神経相関における情報の流れの方向が、内側視床および髄板内視床から前頭前野に向かっていることを示唆していた。これらの知見は、髄板内視床核および内側視床核が意識の認知を制御していることを示している。この結論は、人間における視覚認識のネットワーク基盤に関する我々の理解の大きな前進である。(KU,kh)

【訳注】
  • 視床: 脳構造において大脳半球と脳幹をつなぐ重要な部位に存在し多数の神経核を持つ。感覚系・運動系・覚醒・記憶・情動など幅広い大脳活動に重要な役割を果たしている。
  • 皮質下構造:大脳基底核、視床、視床下部、海馬、大脳辺縁系、嗅覚の経路その他の関連構造などが存在する。
Science p. 51, 10.1126/science.adr3675

古細菌が圧力下で多細胞状態になる (Archaea go multicellular under pressure)

多細胞性は真核生物において何度か独立に進化してきており、細菌でも時折観察される。Radosたちは、高度好塩菌に対するメカノバイオロジーを探究し、圧縮力が印加されると多くの古細菌種も、多細胞組織のような構造を形成できることを示した(PillaiとBrunetによる展望記事参照)。その細胞は臨界の大きさに達するまで、分裂することなく拡大の段階を経る。この時点で、細胞膜の張力変化が細胞分裂を引き起こすように見える。これらの結果は、生物の3ドメイン全ての特徴としての多細胞性を立証し、古細菌の組織を形作る上での機械的な力の役割に光を当てるものである。(MY,kh)

【訳注】
  • 高度好塩菌:高い塩濃度の環境下で生息する古細菌の総称。
  • メカノバイオロジー:機械刺激による生物応答の調節を研究する学問領域。
Science p. 108, 10.1126/science.adu0047; see also p. 28, 10.1126/science.adw6689

免疫細胞がメスの痛みに影響を及ぼす (Immune cells influence pain in females)

制御性T(Treg)細胞は炎症性免疫応答の抑制に明確な役割を果たす。Midavaineたちは、中枢神経系の髄膜に特異的に局在するTreg細胞(mTreg細胞)を枯渇させると、機械的疼痛刺激に対するメス・マウスの応答が増強されるが、オス・マウスではそうではないことを見いだした。このmTreg細胞は脳脊髄液中の内因性オピオイド・ペプチドであるエンケファリンの源であった。神経損傷という文脈では、mTreg細胞に付随するエンケファリンは、機械的疼痛感知に関与する痛覚ニューロンのサブセットによって発現されるδ-オピオイド受容体を活性化することによって疼痛感知を減少させることができた。サイトカインであるインターロイキン-2(IL-2)を髄液に注入すると、mTreg細胞数が増加して、神経損傷後のメス・マウスで機械的疼痛感知が減少した。メス・マウスにおけるIL-2の鎮痛効果は女性ホルモンを遮断することによって妨げられた。(hE,kh)

Science p. 96, 10.1126/science.adq6531

腸がダブル・パンチを打つ (Double gut whammy)

恒常性を維持するために腸には治療中ずっと保存する必要がある必須の微生物群があるが、その微生物群はまた操作して効果を修復して病原体を排除することができる。全細胞不活化経口ワクチンは安全で、高親和性免疫グロブリンAの応答を刺激するが、単独では感染を排除できない可能性がある。Lentschたちは、このような宿主応答が、より良性で同じ代謝微小環境を占める細菌と比較して、特定の細菌性病原体を競争上不利な立場に置くことを認識した。著者らは、マウスの経口ワクチン接種後、プロバイオティクス・サプリメントとして供給できる良性の微小環境競合細菌が、炎症を引き起こすことなく永続的に一貫して病原性変異菌を上回って増殖し、置換または排除できることを見出した。(Sh,kh)

【訳注】
  • 免疫グロブリンA(IgA):ヒト体内で最も多く産生される免疫グロブリンで、粘膜面から分泌されることで病原菌や常在菌の増殖や定着・侵入を制御し、消化管の恒常性に大きく寄与している。高親和性IgAは腸内細菌などを制御しウイルスにも対抗できるが、低親和性IgAは良い菌と悪い菌を見分けることができず、ウイルスに充分に対抗することができないとされる。
  • プロバイオティクス・サプリメント:体にとって有益で生きて腸内に到達できる菌を摂取できる製剤。
Science p. 74, 10.1126/science.adp5011