Science March 28 2025, Vol.387

写実的な仮想触感覚 (Realistic virtual tactile sensations)

触覚は、視覚だけでは確認できない多くのことを含め、周囲の環境について知らせてくれる幅広い感覚を提供している。これらの信号は、皮膚に存在する数多くの受容体によってもたらされる。Haたちは、圧力、せん断、振動、変位、回転力を含む、動的な力の複雑な組み合わせを働かせることができる単一の駆動装置を開発し、触覚情報の伝達と写実的な仮想触感覚を実現した。著者たちは、仮想環境中移動手段、質感の感覚の再現、および触覚による音楽の知覚へのこの系の応用を実証し、生物医学および拡張現実への応用にこの駆動機構を用いるという、より広い目標を掲げている。(Sk,kh)

Science p. 1383, 10.1126/science.adt2481

タンデム・キナーゼはNLRを介して作用する (Tandem kinases act through NLRs)

植物の免疫は、細胞内のヌクレオチド結合ロイシン-リッチ反復(NLR)タンパク質に大きく依存しており、このタンパク質は受容体またはシグナル伝達体として作用し耐病性を促進する。小麦と大麦では、タンデム・キナーゼと呼ばれる別のクラスの遺伝子も耐病性に寄与している。この号に掲載されている2つの論文が、タンデム・キナーゼがどのように作用するかを解明し、小麦タンデム・キナーゼが機能するにはNLRを必要とすることを示している。Chenたちは、小麦Sr62タンデム・キナーゼの作用を誘発する病原体エフェクターを見出した。彼らは、このエフェクターがSr62の活性キナーゼ領域と相互作用し、対応するNLRを擬似キナーゼ領域が活性化できることを実証した。並行して、Luたちは、別のタンデム・キナーゼであるWTK3がSr62の場合と同じNLRを活性化し、このNLRがいったん活性化されるとカルシウム・イオン・チャネルとして作用することを見出した。これらの研究を合わせると、多様な病原体に応じた免疫シグナル伝達に対する中枢としてのNLRの役割を強固にし、耐病性小麦の育種努力の指針となるだろう。(KU,kh)

【訳注】
  • エフェクター:病原体が自身の感染を助けるために産生するタンパク質。
Science p. 1402, 10.1126/science.adp5034 p. 1418, 10.1126/science.adp5469

結合準備OK (Ready to couple)

炭素-炭素結合を生成する反応は有機化学と医薬品合成の基盤である。パラジウム触媒は何十年にもわたり、この目的の主力手段であったが、近年、地球上でより豊富に存在するニッケルを用いた触媒が、化学的、光化学的、あるいは電気化学的な還元活性化と組み合わせて、より多く用いられるようになってきている。Sunたちは、外部還元を必要としないスルホニルヒドラジド類反応剤の適用について報告している。ニッケル触媒を用いた単純な加熱が、広範な炭素-炭素結合をラジカル経路を経て(還元し)、対応するアルキル、アルケニル、アルキニル、アリールへと作り直す。(MY,kh)

Science p. 1377, 10.1126/science.adu6406

高温ナノ構造合金 (A high-temperature nanostructured alloy)

理論的には、ナノ結晶合金は高温においてもかなりの強度を維持できると思われるが、実際にこれが実証されたことはほとんどない。Hornbuckleたちは、銅(Cu)とタンタル(Ta)の二元合金から始め、この2つは混ざりにくいのだが、それにリチウム(Li)を加えた。この混合物は、Taで覆われたナノメートル規模のCu3Liのクラスターの析出物を生じた。このコア・シェル構造は、最高800°Cまでの温度で溶解も粗大化もせず、その一方で1ギガパスカルを超える降伏強度をももたらした。(Sk,kh)

Science p. 1413, 10.1126/science.adr0299

車両取り締まりにおける人種的偏見 (Racial bias in traffic stops)

米国の警察は、白人ドライバーよりも多く人種的少数者または民族的少数者のドライバー(アジア系および太平洋諸島系住民、黒人、ヒスパニック系)を拘束している。しかしながら、これは必ずしも警察の偏見を反映しているのだろうかという長年の議論は未解決のままである。仮に、これらの少数者が速度制限や交通法規に従わない傾向が強いとしたら、彼らの車両取り締まりは正当化されるかもしれない。この議論に終止符を打つために、Aggarwalたちはフロリダ州のLyftのライドシェア・データを調べ、少数者ドライバーと白人ドライバーを比較した。Lyftは、ドライバーの位置、運転速度、地域的速度制限を客観的に測定した(KnoxとMummoloによる展望記事参照)。白人ドライバーと少数者ドライバーのスピード違反行為や交通違反には、目立った違いはなかった。しかし、両者が同じ速度の運転だった場合、警察は少数者ドライバーに対してスピード違反切符を発行する可能性が33%高く、また罰金も34%多く課しており、これは偏見を明確に示している。(Uc,kh)

Science p. 1397, 10.1126/science.adp5357; see also p. 1350, 10.1126/science.adw3618

複素励起に乗る (Riding complex excitations)

線形共振系と光との相互作用は、実周波数で無限の振動時間を持つ理想的な単色励起を仮定することで、周波数領域でモデル化することができる。Kimたちは、フォトニクス、および波動方程式に支配される他の分野の物理学における複素周波数励起の最近の進展を概説している。この励起図式では、信号パルスの振幅は時間と共に指数関数的に増加または減少する。この動的挙動が、受動系が利得と損失の発生を模倣することを可能にし、特定の材料を変更することなく非エルミート応答利用を容易にし、エキゾチックな光学効果につながる。波動系全般に適用できるこのような複雑な励起は、メタマテリアル、光コンピューティング、センシング、画像処理などの開発に応用できる。(Wt,kh)

Science p. 1370, 10.1126/science.ado4128

細菌のテロメア・トランスポゾン (Bacterial telomeric transposons)

多くの細菌は彼らのゲノムDNAを環状プラスミドとして維持しているが、一部の種は真核生物と同様に彼らの染色体を線状分子として保持している。線状染色体の末端にはテロメアと呼ばれる適応があり、酵素によって保護・維持されている。Hsiehたちは、組み込みを染色体末端へと偏らせるトランスポゾンと呼ばれる寄生DNA要素のクラスを発見した。これらのテロメア・トランスポゾンは、特殊な組み立てと目標設定機構を利用しており、そしてDNA要素が染色体末端を制御可能にする独自のテロメア維持システムを備えている。したがって、これらの細菌はトランスポゾンを保存する必要があり、これが細菌の生存を確かにし、細菌が遺伝情報を交換する方法を形作る。(KU,kh)

Science p. 1371, 10.1126/science.adp1973

膜タンパク質の除去を支配する (Mastering removal of membrane proteins)

内在性膜タンパク質は、細胞のシグナル伝達、接着、移動、栄養素の取り込みに必須であり、最終的にはリソソームと呼ばれる分解小器官で分解される。内在性膜タンパク質の疎水性膜貫通ドメインの分解は特に困難であり、関与するその機構は不明である。Jainたちは、小器官プロテオミクス、非標的メタボロミクス、再構成アッセイを組み合わせて、リソソーム・ロイシン・アミノペプチダーゼ (LyLAP)を疎水性膜貫通ドメインの分解を行うプロテアーゼとして特定した。LyLAPは、高水準のエンドサイトーシスを有する膵管腺ガン(PDA)において上方制御される。LyLAPの除去は、未消化の疎水性ドメインの蓄積をもたらし、リソソームの損傷とPDA細胞死を引き起こし、これは膜タンパク質代謝回転の高い条件下でこのプロセスの重要な役割を強調している。(KU)

Science p. 1372, 10.1126/science.adq8331

よく作られたクロマチン地図 (A well-developed chromatin map)

哺乳類の発生は、理解が始まったばかりの複雑で精巧に組織された過程である。1つには、それが経時で変化する多くの異なる細胞型間での協調した相互作用を必要とするためである。Liたちはこの過程への洞察を得るために、個々の細胞のクロマチン接近可能性を評価するための配列解析法を開発した。次に彼らはこの方法を、接合子から後期胚盤胞までのマウス胚の10の固有の段階に適用し、発生初期におけるこれらの重要な段階の過程にわたって、さまざまな細胞系譜におけるクロマチン状態の重要な変化を地図化した。(MY,kh)

【訳注】
  • クロマチン接近可能性:転写因子がクロマチン(DNAとヒストンにより形成された複合体)上の標的領域と結合できる可能性のこと。
  • 接合子:生殖により2つの配偶子が合体して生じた細胞のこと。
  • 胚盤胞(はいばんほう):細胞分裂を繰り返して形成され、着床できる状態になった胚形成初期の受精卵状態のこと。
  • 細胞系譜:多細胞生物の初期胚中の細胞が、一定の法則に従って細胞分裂を繰り返し、組織や器官にまで分化していく経路。
Science p. 1373, 10.1126/science.adp4319

犬と同じに悪くなる (Going to the dogs)

肥満は人間だけでなく犬にもよくみられ、一部の品種は特に危険性が高い。食餌を制限したり、運動させたりなどの飼い主の行動は、犬の危険性を軽減するのに役立つが、遺伝子変異も何らかの役割を果たすと考えられている。Wallisたちは、数百匹のペットのラブラドール・レトリバーを対象に全ゲノム関連解析を実施し、これらの犬の肥満の主な原因として遺伝子DENND1Bを特定した。著者たちは、DENND1Bがエネルギー恒常性に主要な役割を果たすメラノコルチン4型受容体の活性を調節することを実証した。彼らはまた、DENND1Bに変異がある人患者と、犬で見つかった追加の変異がある別の人患者を特定し、人間の生理機能との関連性を実証した。(Sh,kh)

【訳注】
  • 全ゲノム関連解析:ゲノム全体をほぼカバーする50万個以上の一塩基多型の遺伝子型を決定し、その頻度と、疾患や量的形質との関連を統計的に調べる手法。
  • メラノコルチン4型受容体:飽食シグナルの伝達分子であるメラノコルチンを受容すると、ニューロンの神経伝達活動を活性化することで神経回路を作動させ、全身の代謝や熱産生を促進するとともに食欲を抑制し抗肥満作用を生み出す、中枢神経系に発現する受容体。
Science p. 1374, 10.1126/science.ads2145

より乾燥する陸地 (Drier land)

気候が温暖化するにつれ、降水量と蒸発散量の変化が地表水の流れに影響を与えている。そのことは、陸上貯水量、つまり地上および地中に蓄えられている水の量にどのような影響を与えてきたのであろうか? Seoたちは、衛星からの土壌水分データ、海水面の測定、極運動の観測を組み合わせて、過去40年間の陸上貯水量を推定した。その結果、劇的な減少が明らかになった(Samaniegoによる展望記事参照)。2000年から2002年の間に、陸上貯水量は、同じ期間のグリーンランドの氷の質量減少量のほぼ2倍減少した。(Sk,kh)

Science p. 1408, 10.1126/science.adq6529; see also p. 1348, 10.1126/science.adw5851

アスリートを進化させる (Evolving an athlete)

早くも5000年前から、ほんの150年ほど前まで、ウマは人間社会に不可欠な存在だった。ウマが荷物の運搬から競走の精鋭まであらゆる用途に使われてきているのは、ウマが激しい運動を担う能力を持つおかげである。この運動能力は、主として、ミトコンドリアに満ちた筋肉による酸素消費速度の増加によってもたらされる。Castiglioneたちは、ウマが、酸化的リン酸化を高める一点変異の進化を通じて、ミトコンドリアの活動によってもたらされる酸化的負荷の増加に対処し、同時に負荷増加による酸化的ストレスを緩和させながら、進化したことを見出した。(ST,kh)

Science p. 1375, 10.1126/science.adr8589

快楽中毒的摂食を制御するニューロン (Neurons that control hedonic eating)

極度な美味食物は快適で、延々続く摂食の原因となり、ときにはこれが過食と肥満のもとになる。この摂食行動の根底にある神経経路はあまり理解されていない。Zhuたちは、青斑核を囲む脳領域から腹側被蓋野(VTA)へのニューロン投射が美味食物摂取の増加を仲介することを見出した(Smallによる展望記事を参照)。食物摂取中だけの時間的に正確な閉回路VTAドーパミン放出ニューロン調節がこの行動を制御する上で決定的であった。グルカゴン様ペプチド受容体1(GLP-1R)アゴニストによる満腹経路の活性化は、美味食物摂取中のVTAドーパミン放出ニューロン応答を抑制した。これらの知見は、VTAドーパミン放出ニューロンが美味の程度をコード化して、その活性の特定のタイミングによって食事の完了期を制御していることを明らかにするものである。(hE,kh)

【訳注】
  • アゴニスト:受容体に結合し本来の生体物質と同様の働きをする薬剤。
Science p. 1376, 10.1126/science.adt0773; see also p. 1353, 10.1126/science.adw3646

時間経過と空間における共通祖先 (Time and shared ancestry in space)

人口統計学は、遺伝子多様性が時間と空間をどのように移動してきたのか、そしてその結果、作用した選択的と確率的の影響力を理解する上で不可欠である。しかしながら、現代のゲノムだけからこれらの形式を決定するのは、違った筋書きが同じゲノム結果となりうるため困難である。Grundlerたちは、祖先組換えグラフを使った方法を作り出して、現代人が共有して持つDNA断片の時空間的な歴史を追跡した(Gravelによる展望記事参照)。彼らは、標本にした個体群にとっての最小経費の移動経路を200,000年以前に遡って予測し、出アフリカの最も有力な経路が北上ルートだったことを示した。この方法は、他の種においても有用であることが分かるかもしれず、遺伝子研究において共通の祖先を説明する別の方法を提供することができるかもしれない。(MY,kh)

Science p. 1391, 10.1126/science.adp4642; see also p. 1352, 10.1126/science.adw5484

非エルミート量子光学 (Non-Hermitian quantum optics)

量子もつれは、量子コンピューティング、センシング、通信にとって重要な資源であるが、脆弱で壊れやすく、デコヒーレンスを発生しやすい。通常は、量子システムとその環境との間の相互作用を緩和する方法が開発されている。Selimたちは、非エルミート光学という異なる方法を採用した。そこでは、システムと環境との間の相互作用が注意深く設計される(MoiseevとWangによる展望記事参照)。著者たちは、完全に統合された非エルミート系内の散逸を設計する能力を用い、量子もつれフィルタを実証している。この取り組みは、量子もつれ状態の光子の要求即応生成とオンチップでの非破壊的なもつれの純化により、集積化された小型の技術基盤上で量子技術を開発する手段を提供するものである。(Wt,kh)

Science p. 1424, 10.1126/science.adu3777; see also p. 1354, 10.1126/science.adw3165