Science March 21 2025, Vol.387

景観の漸次変化と分岐群の進化 (Evolution of landscapes and clades)

山々が形成されるに連れて、複雑な地形、異質な環境状態、生物集団を分離し得る移動障壁が生み出される。Marderたちは、この過程が山々でしばしば見出される高い生物多様性に寄与するのかを調べた。彼らはシミュレーションを用いて、山岳地帯の侵食高地だけでなく隣接堆積盆地においても、生物多様性が構造隆起および地形起伏の増大とともに増加することを見出した。哺乳類の種の豊かさとトカゲの種分化に関する公表された一式の長期データは、造山運動と多様性との間に相似関係があることを示している。(MY,nk,kh)

Science p. 1287, 10.1126/science.adp7290

月の裏側の地球化学 (Geochemistry on the Moon’s far side)

軌道からの観測により、月の裏側の諸部分は火山性玄武岩で覆われていることがわかっている。嫦娥6号宇宙船は、そうした地域の1つに着陸し、表面のサンプルを採取して地球に持ち帰った。Cheたちは、嫦娥6号が回収した玄武岩の破片を放射年代測定法で分析し、28億年前に形成されたことを明らかにした。玄武岩の組成から、火山活動のマグマ源の特性が制約される。著者たちは、月の表側で採取されたサンプルとの類似点と相違点の両方を見出し、地球化学的なモデルへの影響について論じている。(Wt,nk,kh)

Science p. 1306, 10.1126/science.adt3332

自己配列するカーボン・ナノチューブ (Self-aligning carbon nanotubes)

六方晶窒化ホウ素上に結晶質で二次元配列の単層カーボン・ナノチューブを成長させると、高性能電界効果トランジスタが可能になる。Zhangたちは、これらのナノチューブ間のファン・デル・ワールス相互作用がそれらの配列を促進し、六方晶窒化ホウ素の低摩擦表面上で均一なチューブ間隔を生み出すことを示した。この電界効果トランジスタは、最大2000平方センチメートル/ボルト/秒の高い電荷担体移動度と、107を超えるオン/オフ比を示した。(Sk)

Science p. 1310, 10.1126/science.adu1756

呼吸の分子景観 (Molecular landscape of respiration)

ミトコンドリア呼吸鎖は、クリステ膜の垂直方向にプロトン勾配を形成しそれによってATP合成酵素を動作させる膜内在性複合体で構成されている。Waltzたちは、低温電子断層撮影法を用いて、緑藻の一種であるChlamydomonas reinhardtii 中で直接、これらの複合体の素の構造を解像した画像を得た。彼らの知見は、呼吸複合体I,III,IVがどのように会合してレスピラソーム呼吸超複合体となり、そしてそれがクリステの湾曲した先端に位置するATP合成酵素列から隔てられた膜の平面領域に限局していることを明らかにしている。この研究はまた、レスピラソームがどのようにまとめられているのかと、電子輸送タンパク質がこれらの会合体とどのように結合するのかの微細構造に関する詳細を捉えていて、素の細胞内側のミトコンドリア呼吸に対する洞察を提供している。(MY,kh)

【訳注】
  • 呼吸鎖:ミトコンドリア内でエネルギー物質であるATPが生み出される一連の過程のこと。I~IVのタンパク質複合体がこの過程中で重要な役割を果たしている。
  • クリステ:ミトコンドリア内膜の折り畳み構造。
Science p. 1296, 10.1126/science.ads8738

根障壁が共生に影響を及ぼす (A root barrier influences symbiosis)

維管束植物は根を経由する水と栄養素の流れを、細胞外間隙にカスパリー線と呼ばれる障壁を作ることにより調節している。Shenたちは、窒素固定細菌と共生関係を作るマメ科植物のミヤコグサにおいて、カスパリー線の形成に関わる遺伝子を特定した。さらに著者たちは、カスパリー線が欠如した変異体が窒素固定根粒を形成する能力が低いことを立証した。これはこれらの形成過程に関係があることを暗示している。カスパリー線の存在はまた、根粒形成を調節する根-シュート間シグナル伝達ペプチドの発現に影響を与えた。この研究はカスパリー線の役割を拡大させ、それを植物の根の根粒形成に関する空間的調節に結び付けるものである。(MY,kh,nk)

【訳注】
  • カスパリー線:根の内側の内皮細胞の周囲に形成される疎水性の拡散障壁(防水バリア)で、細胞同士の隙間を埋めることによって栄養分の輸送に関わる維管束と外界との間における分子の自由な行き来を防ぐ働きをする。
  • シュート:茎とその回りに配列する葉からなる単位のこと。
Science p. 1281, 10.1126/science.ado8680

乳児は海馬記憶をコード化する (Infants encode hippocampal memory)

ヒトと他の多くの種は乳児期に記憶を形成することができるが、後になってその記憶を思い出すことができない。Yatesたちは、記憶課題を行っている覚醒乳児の機能的磁気共鳴画像法(fMRI)を用いて、いわゆる乳児健忘を仲介する機構を研究した(RamsaranとFranklandによる展望記事参照)。彼らは、乳児が乳児期に記憶をコード化することができること、そして、コード化後の検索機構の欠陥がヒトにおける乳児健忘の原因であるらしいことを見出した。(KU)

Science p. 1316, 10.1126/science.adt7570; see also p. 1253, 10.1126/science.adw1923

一致する助けは自己免疫を制限する (Matched help limits autoimmunity)

制御性T(regulatory T:Treg)細胞は通常型T(conventional T:Tconv)細胞の活性を弱めて、過度で不適切な組織損傷を制限する。Klawonたちはマウス・モデルを用いて、Tconv細胞と同じ前立腺組織ペプチド抗原を認識するTreg細胞の役割を研究した。前立腺抗原の供給増加に伴う免疫応答において、前立腺特異的Treg細胞の欠失により、特異性が一致するTconv細胞の前立腺への浸潤が増加した。このように、この状況においては、特異性が一致しないTreg細胞は自己反応性Tconv細胞を抑制することができなかった。そうではなく、自己認識性Treg細胞は、それに対応するTconv細胞よりも抗原応答のより早い時期に増殖し、その活性を抑制する役割を果たしている。(hE,MY)

Science p. 1268, 10.1126/science.adk3248

中性原子の捕捉と制御 (Trapping and controlling neutral atoms)

光ピンセットに捕捉されたプログラム可能な原子配列は、量子情報処理と量子シミュレーションの主要な技術基盤として登場した。このモジュール式システムを、光インターフェイスを用いて量子ネットワークに統合し、遠隔量子もつれの生成を強化する取り組みが進められている。Grinkemeyerたちは、光ピンセットに捕捉された原子を、光ファイバーからなる高品質のファブリ・ペロー共振器と結合することで、原子配列用の微小規模光インターフェイスを提供している(PupilloとBrennenによる展望記事参照)。高速で非破壊の量子的な読み出しと、誤り検出機能を備えた共振器とを介した量子もつれの生成を実証することは、モジュール式の量子計算技術基盤用のフォトニック・インターフェイスの開発にとって重要であろう。(Wt,MY,kh)

Science p. 1301, 10.1126/science.adr7075; see also p. 1255, 10.1126/science.adw2572

微小規模での記憶形成 (Memory formation at nanoscale)

記憶は脳内でどのように形成され、保存されるのだろうか? Uytiepoたちは、三次元電子顕微法と化学遺伝学的タグ付けおよび行動分析を組み合わせて、シャッファー側枝シナプスに焦点を当て、短期恐怖記憶の獲得を支える構造変化を決定した。短期記憶の獲得は、シナプス結合されたニューロンの同時活性化を伴わずに、多シナプス・終末ボタンの選択的増加と関連していることが見出された。これらの結果はヘッブ・モデルの一般的な適用性に疑問を投げかけ、記憶形成の原因となるその機構に関する我々の理解を深める。(KU)

【訳注】
  • シナプス・終末ボタン:軸索末端部の膨らんだ部分で他のニューロンとシナプスを形成する。
  • ヘッブ・モデル:ニューロンとニューロンが繋がる接合部のシナプスに長期的な変化が起こって信号の伝達効率が変化することが記憶の仕組みであるという仮説。
Science p. 1269, 10.1126/science.ado8316

破滅的なヒマラヤの洪水を探る (Probing a disastrous Himalayan flood)

2023年10月、インドのシッキム州にあるサウス・ロナク湖は壊滅的な氷河湖決壊洪水とそれに続く堆積物の移動を引き起こし、多数の人命の損失と社会基盤の被害を生じた。Sattarたちは、衛星画像、地震および気象のデータ、現地観測、数値モデルから得た、この災害の原因と帰結に関する多面的な調査結果を報告している。ヒマラヤ地域では氷河の融解がこのような洪水のリスクを高めているため、彼らの結果は、予測能力と早期警報網を強化するための差し迫った必要性を指摘している。(Sk,kh)

Science p. 1270, 10.1126/science.ads2659

1つでは無理 (You can’t go it alone)

上皮細胞は組織平面に沿って極性化することが多く、平面細胞極性(PCP)として知られる集団的な細胞行動を行う。細胞間の極性を結合するために、非対称的に局在化されたPCPタンパク質が細胞接合部で細胞間結合をする。PCPは定義上多細胞過程であるが、PCPタンパク質が非対称的に局在化するのに必要な最小細胞数は不明である。Bastaたちは、PCP連結を形成できない細胞と二重PCPレポーター細胞とが混合されたキメラ・マウス胚を用いてこの問題に取り組んだ。彼らは、非対称連結へとPCP複合体の選別を開始させるのにわずか2つの細胞間での細胞間結合で必要かつ十分なことを見出した。(KU,MY)

【訳注】
  • 平面細胞極性:非対称な細胞形態が平面方向に連なったり、細胞構成成分の配置が偏っている細胞が平面状に連なった状態になっていること。哺乳類の体毛や魚類の鱗が一定の方向に生えそろうためにはこの平面内細胞極性の形成が重要である。
  • レポーター細胞:標的とする遺伝子に蛍光タンパク質遺伝子を組み込み、そのタンパク質の発現や存在場所を特定できるようにした細胞のこと。またここでは、配置が細胞内で反対側となる2つのPCPレポータータンパク質を発現させた細胞のことを二重PCPレポーター細胞と称している。
Science p. 1267, 10.1126/science.ads5704

生物多様性から何が生まれるのか、それはなぜか (What comes from biodiversity—and why)

生態系内の種の数は、生物量(biomass)や経時的な安定性など、他のいくつかの重要な特性と関連している。この号に掲載されている2つの研究は、これらの関係を理解するために理論と複数の分類群に関する既存のデータを組み合わせている。Pigotたちは、大型種は希少である傾向があるため、生物量は一般に種の豊富さとともに増加することを示している。Liangたちは生態系の安定性が、生物多様性との関係により、面積とともに増加することを示している。面積が大きいほど種が多く、また種間の非同期性が高くなる傾向があるため、安定性が高まる。これらの研究はともに、生物多様性が他の生態系の特性にどのように影響するかについてのさらに深い洞察を与えるものである。(Uc,kh)

Science p. 1271, 10.1126/science.adl2373, p. 1272, 10.1126/science.adq3278

貯蔵された資源 (Pooled resources)

人間の活動によって排出される炭素の約30%は陸上で吸収されてきたが、どのように、どこでその吸収がなされてきたのかの正確なところは未解決の問題となっている。Bar-Onたちは、地球上の炭素貯蔵場所に関する現存の観測記録を調査し、生存生物量は炭素のほんの一部しか貯蔵してきておらず、その大部分は非生存有機物に取り込まれてきたことを見出した(Canadellによる展望記事参照)。この研究は、炭素が大気中に戻される速さを理解する上で重要な意味を持っている。(Sk,kh)

Science p. 1291, 10.1126/science.adk1637; see also p. 1252, 10.1126/science.adw3259

溺れないようにする方法 (How not to drown)

海洋哺乳類は水中環境に適応しており、空気を呼吸する必要があるにもかかわらず、水中での採餌に長時間を費やす。そのため特に、潜水中の溺死に通じるかもしれない低血中酸素濃度の影響を受けやい。McKnightたちは、潜水するハイイロアザラシを様々なガス混合物に曝露し、アザラシが低濃度の血中酸素には反応するが、高濃度の二酸化炭素には反応しないことを見出した(HawkesとKendall-Barによる展望記事参照)。他のほとんどすべての哺乳類は血中酸素濃度に感受性がなく、代わりに二酸化炭素の増加を感知して血中酸素を測定する。酸素濃度の直接感知が潜水効率を改善するようだ。(Sh,kh)

Science p. 1276, 10.1126/science.adq4921; see also p. 1256, 10.1126/science.adw1936