Science March 14 2025, Vol.387

高効率の円偏光OLED (Efficient circularly polarized OLED)

高レベルの円偏光発光(CPL)を実現することを目標に、半導体材料にキラリティーを組み込むことに大きな関心が寄せられている。現在、高効率の有機発光ダイオード(OLED)方式は、ホスト内において空間的に孤立している発光分子を使用しているため、CPLのレベルは低い。均一なキラル超分子秩序を構築しようとするこれまでの試みは、最適化されたOLED素子構成には適合していなかった。Chowdhuryたちは、トリアザトルキセン分子に基づいたキラル超分子ナノ構造を持つ薄く均一な薄膜を製造する方法を見出した。この方法はOLED作製と完全に適合し、強い緑色CPLを実証した。この研究は、円偏光で駆動する有機エレクトロニクスの開発に新たな道を開くものである。(Wt,kh)

Science p. 1175, 10.1126/science.adt3011

初期の哺乳類は少しも派手でなかった (No flashy colors for early mammals)

ここ十年ほどの間にいくつかの恐竜の羽毛と皮膚にメラノソームが確認されたことが、多くの恐竜が明るく複雑に呈色していたという提案につながってきている。初期哺乳類の呈色を探索する研究はより少なかった。Liたちは、中生代の複数の種の哺乳類におけるメラノソームの型を調べ、これらを100種以上の現生哺乳類で見られる型と比較した。色の多様性はほとんど存在せず、これら中生代の哺乳類はもっぱら暗い色だった。著者たちは、これがそれらの動物の夜行性の性質によるらしいことを、また、哺乳類におけるより明るくより多様な色が白亜紀の終わりの恐竜滅亡後に生じた可能性があることを論じている。(MY,kh)

【訳注】
  • メラノソーム:メラニン色素を貯蔵する小胞状の細胞内小器官。哺乳類の主要なメラニン色素は黒褐色系のユーメラニンと黄赤色系のフェオメラニンの2種類があり、それぞれのメラノソームの形状が異なっている。
Science p. 1193, 10.1126/science.ads9734

水が無機物の生産を制限する (Water limits mineral production)

無機物の生産は現代の世界経済にとって極めて重要であり、多くの無機物への需要の高まりが新技術により作り出されている。しかしながら、大量の水が採掘と処理に必要であり、そのことがいくつかの場所での無機物の生産を制限するかもしれない。Islamたちは、無機物の生産とさまざまな無機物に対する水需要に関する公表データを使い、水文学モデルによる地域的送水能力と組み合わせて、これらの制約を評価した。彼らは、高い生産量あるいは低い給水量のため、多くの地域で無機物の生産が水資源を上回っていることを見出した。石炭、鉄、銅、金が水過剰消費が最も高いが、石炭はその高生産量のため、またこれらの金属はより多くの水を処理に必要とするためである。無機物の生産に対する水需要は今後増大すると予測されている。(MY,nk,kh)

Science p. 1214, 10.1126/science.adk5318

選択的アリール切断試薬 (A selective aryl cleaver)

ベンゼンなどのアリール(芳香族)化合物の明確な特徴の1つは、他の配置をとる炭素-炭素二重結合と比較して、安定性が高いことである。アリール結合の1つが切断されると、残りの結合はより反応性になる傾向がある。Olivierたちは、この一般的な傾向を逆転させる反応マニホールドを報告している。ニトロアレーン試薬は、おそらく一時的な複合体形成によって、オレフィンよりもアレーンと優先的に反応する状態に光励起されることができ、それによって1個のアリール結合のみの巧みな酸化的切断を可能にする。(KU)

Science p. 1167, 10.1126/science.ads3955

戦争による汚染 (Spoiled by war)

戦争は人命と生活に多大な犠牲を強いるだけでなく、環境破壊も引き起こす。ウクライナで進行中の戦争では、ダムが軍事攻撃の標的となり、洪水を引き起こし、農業灌漑用の水資源を大幅に減少させた。Shumilovaたちは、ウクライナ南部のカホフカ・ダムに焦点を当て、ダム破壊によるあまり認識されていない環境影響のいくつかを測定し、モデル化した。2023年6月のダム破壊により、貯水池の堆積物に蓄積されていた汚染物質が放出され、将来の洪水によって広がる可能性のある長期的な汚染源となった。急速に成長する河岸植生は、短期的にはかつて湖底であった氾濫原を再生利用するのに役立つ可能性があるが、この地域の汚染に対処するための措置を講じる必要がある。(Uc,nk,kh)

Science p. 1181, 10.1126/science.adn8655

新たな道筋 (A new way)

亜酸化窒素(N2O)は、予想以上に急速に増加しつつある大気中存在量をもつ、重要な温室効果ガスである。亜酸化窒素は、成層圏のオゾン層破壊の主な原因である化学種である。Leon-Palmeroたちは、現在の温室効果ガスの収支計算では欠落している経路について説明している。この経路では、太陽光が、酸素の多い淡水および海洋の表層水で非生物的N2Oの形成を促進する。彼らは、生成速度が放射光束に比例することを見出し、この経路は表層水において生物学的生産量よりも多くのN2Oを生成しており、そのため地球全体ではN2O排出の重要な発生源を構成すると推定している。(Sk,nk,kh)

Science p. 1198, 10.1126/science.adq0302

二連微小管を細かく調べる (Dissecting doublet microtubules)

トリパノソーマ類は昆虫によって媒介される寄生虫で、ヒトや他の脊椎動物に、致死的で衰弱性の疾患を引き起こす。これらの寄生虫は、鞭毛と呼ばれる尾のような振動する付属物に依存して、媒介昆虫や脊椎動物の宿主内を移動する。鞭毛の運動は、軸糸と呼ばれる巨大な内部のタンパク質からなる機械によって生じる。Xiaたちは、高分解能低温電子顕微法を用いて、ブルース・トリパノソーマの鞭毛成分の複雑な構造と結合を明らかにした。彼らは、この寄生虫に特異的な構成要素を特定し、分子モーターがどのように運動を駆動するかを明らかにした。Doranたちは、軸糸の個々の構成要素を明らかにし、寄生虫が適切に泳ぐ能力に不可欠なタンパク質集合体を特定した。これらの研究は共に、鞭毛の生物学、進化、機能に光を当て、寄生虫生物学の理解を深め、寄生虫の拡散と感染を予防するための潜在的な薬物標的を明確にするものである。(Sh,kh)

【訳注】
  • 二連微小管:細胞内管状構造体である微小管が2つ繋がった構造体。鞭毛には、中心に2本の微小管とその周囲に9本の二連微小管から形成された軸糸がある。二連微小管同士はモータータンパク質ダイニンと架橋タンパク質で結合し、ダイニンが二連微小管上を移動することによって、鞭毛が屈曲する。
  • トリパノソーマ:アフリカ睡眠病やシャーガス病などの重篤な感染症を引き起こす原虫。二宿主性で、脊椎動物の血流中と、ヒルや吸血性節足動物の腸管を主な寄生部位とする生活環を持っている。このうちブルース・トリパノソーマは、ツェツェバエによって媒介されアフリカ睡眠病を起こす種。
Science p. 1162, 10.1126/science.adr3314; p. 1163, 10.1126/science.adr5507

mTORC1による脂肪酸感知 (Fatty acid sensing by mTORC1)

リノール酸は欧米式の食事に最も多く含まれる多価不飽和脂肪酸であり、炎症とガンの助長に関係があるとされてきた。Koundourosたちは、リノール酸が細胞増殖と栄養シグナルを統合する複合体であるラパマイシン機構標的複合体1(mTORC1)を構成するタンパク質キナーゼを活性化しうる機構を報告している(Jacintoによる展望記事参照)。特に、脂肪酸結合タンパク質5を過剰発現した特定の乳ガンでは、mTORC1はリノール酸で活性化された。この作用は、このタンパク質がmTORを構成する調節関連タンパク質へ直接結合することによって仲介されているようにみえた。(MY)

【訳注】
  • mTOR:抗生物質・免疫抑制剤であるラパマイシンの標的として同定されたタンパク質リン酸化酵素を含む複合体。2種があり、mTORC1はその1つ。
  • 脂肪酸結合タンパク質5:脂肪酸に可逆的に結合し、脂肪酸の取り込み、輸送、代謝に関与するタンパク質。
Science p. 1164, 10.1126/science.adm9805; see also p. 1147, 10.1126/science.adw1956

食物に比例した免疫応答 (Proportional immune responses to food)

腸に付随するリンパ組織では、抗原提示細胞(APC)とT細胞との相互作用が、食物に対して免疫系がどのように応答するかを制御する。Campos Canessoたちは、食物抗原を提示するAPCは大部分がcDC1サブセットに属し、制御性T細胞(Treg)の分化を促進する内在的能力をもつことを見出した。寄生虫のベネズエラ糞線虫(Strongyloides venezuelensis)に感染すると、食物抗原を提示するcDC1の頻度が減少し、炎症誘発性の表現型をもつAPCの相対的比率が増加して、その食物抗原提示能力が制限された。この変化は食物への耐性が損なわれることに付随しており、食物特異的Treg細胞の減少と関連しているが、食物特異的炎症誘発性T細胞の発生を伴うものではなかった。(hE,kh)

【訳注】
  • cDC1サブセット:標準型1型樹状細胞(DC)。DCは、主要組織適合遺伝子複合体(MHC)分子上の抗原ペプチドを提示することにより、適応応答を開始してT細胞の活性化と分化を誘導する。
Science p. 1165, 10.1126/science.ado5088

小さなトンネルが隙間に橋をかける (Tiny tunnels span the gap)

心臓の発達中、心筋細胞(心筋)と内側の裏打ち細胞(心内膜)は、心臓ゼリーで満たされた空間によって分離されている。Miaoたちは、この物理的な分離にもかかわらず、2種類の細胞がトンネル・ナノチューブ状微細構造(TNTL)と呼ばれる小さな構造を介して互いに連絡していることを発見した(de la Pompaによる展望記事参照)。TNTLは心臓ゼリーを横切って伸びており、これが細胞間の直接的連絡、シグナル伝達、および選択的なタンパク質移動を可能にする。TNTLの途絶は、異常な心臓壁形成をもたらすが、このことは心臓の発達におけるTNTLの重要性を強調している。(KU,nk,kh)

Science p. 1166, 10.1126/science.add3417; see also p. 1151, 10.1126/science.adw1567

ヤシの多様性への道 (The path to palm diversity)

熱帯アジアは、植物だけで約50,000種が生息する生物多様性の宝庫である。しかしながら、この多様性を生み出す上で、種分化と対比しての分散の役割は十分に理解されていない。Kuhnhäuserたちは、種の豊富な分類群であるラタン・ヤシとその近縁種であるArecaceaeとCalamoideaeを用いて、熱帯アジアの生物地理学的歴史を研究した(HolmquistとGillespieによる展望記事参照)。著者たちは、博物学収集からのデータと、新たに記載された2つの化石を含む化石記録を用いて作成された、時間較正された系統樹を分析した。著者たちは、アジアの熱帯地方におけるラタンの多様性のほとんどが、地域内での種分化に由来することを見出した。さまざまな地域の大きさと隔離は、生物多様性の起源と拡散に地理がどのように影響するかを説明するのに役立つ。(KU,nk)

Science p. 1204, 10.1126/science.adp3437; see also p. 1148, 10.1126/science.adw1635

星間塵の特性の図化 (Mapping interstellar dust properties)

星間塵の粒は背景光を散乱・吸収する。これは減光と呼ばれる効果で、赤色の波長よりも青色の波長の方が強い。どの程度強いかはR(V)というパラメータで定量化され、これは塵の組成とサイズ分布に依存する。Zhangたちは、低解像度の恒星のスペクトル、等級、距離に機械学習を適用し、1億3,000万個の恒星のR(V)を決定した。彼らは個々のR(V)の測定値を、天の川銀河内のR(V)の三次元図とマゼラン雲の二次元図に変換した。この結果から、塵の特性に関する情報が得られ、他の観測の減光補正が改善される。(Wt,nk,kh)

Science p. 1209, 10.1126/science.ado9787

流れの力学 (The mechanics of flow)

南極氷床から海洋への氷の流れが棚氷の扶壁効果によって遅くなることはよく知られているが、これらの構造の基本的な機械的特性はほとんど解明されていない。Wangたちは、遠隔探査データと深層学習の組み合わせを適用し、多種多様な南極の棚氷を支配する流れの法則を明らかにした。これは、南極氷床からの将来の質量損失を予測するために不可欠な情報である(Rielによる展望記事参照)。(Sk)

【訳注】
  • 扶壁:主壁に対して直角方向に突き出して主壁を支持・補強する補助的な壁であり、控え壁ともいう。
Science p. 1219, 10.1126/science.adp3300; see also p. 1150, 10.1126/science.adw3158

一風変わったピエゾ (Peculiar piezos)

圧電材料は、ひずみを受けると電気を発生し、検出素子や駆動素子として有用である。さまざまな理由から、優れた圧電材料は電気絶縁体あるいは広い禁制帯幅の半導体である。Huangたちは、ハーフ・ホイスラー族の狭い禁制帯幅の半導体も、魅力的な圧電特性を持ち得ることを示している。彼らは、高温でも優れた圧電ひずみ係数を持つ、少なくとも3つの無鉛組成物を発見した。特定の特性の組み合わせは、これらの材料を従来の圧電材料以上にさまざま範囲の用途向けの有望な候補にする。(Sk,nk,kh)

【訳注】
  • ハーフ・ホイスラー:XとYを電気的に陽性な遷移金属、Zを電気的に陰性な典型元素としたとき、YZのNaCl型構造を考え、その面心立方格子の四面体間隙全てにXの入った構造をホイスラー構造という。さらに、ホイスラー構造から、残されたXがダイヤモンド構造となるように、Xの半数を取り除いたものをハーフ・ホイスラー構造という。
Science p. 1187, 10.1126/science.ads9584