Science May 1 2025, Vol.388

減少の様式 (Patterns of loss)

鳥類が世界中で減少しつつあることは分かっているが、保護活動を進めるためには、個体数の動向に関するより微細規模の情報が必要である。Johnstonたちは、eBirdの参加型収集データを用いて、北米、中米、カリブ海地域の495種の鳥類にわたる、14年間の個体数変化を追跡した。ほぼすべての種が、個体数が増加した地域と減少した地域を示しており、多くの場合、種が最も豊富な地域において最も大きな減少が生じていた。ほとんどの種が全体的に減少つつあり、鳥類の状況が悪化しつつあることを示唆している。しかしながら、個体数が増加した地域は、避難場所を提供しているか、あるいは回復を促進できる条件を指し示しているのかもしれない。(Sk,nk,kh)

【訳注】
  • eBird:インターネットを介して世界中のバードウォッチャーの記録を集約する、世界最大の市民参加型の野鳥観察記録データベース。
Science p. 532, 10.1126/science.adn4381

自己再生白金触媒 (Self-regenerating platinum catalysts)

少量のゲルマニウムを含むゼオライトで、白金の単原子への自発的な分散が観察された。Hongたちは、この材料が、プロパン脱水素反応に対する高活性な触媒になることを示した。長期間使用後においては、蓄積された炭素の酸化除去もまた、反応中に形成された白金クラスターを単原子へと再分散させた。この自己再生は110回以上の反応と再生の繰り返しにわたって達成され、市販の白金スズ触媒とは異なり、塩素添加を必要としなかった。(Sk,nk,kh)

Science p. 497, 10.1126/science.adu6907

色中心を用いたブラインド量子計算 (Blind quantum computing with color centers)

量子計算機は、ある種のタスクでは古典的な計算機を凌駕し、情報通信の面においても安全性が保証されている。しかし、量子計算機が個人的装置としてすぐに利用できるようになる可能性は低い。ブラインド量子計算は、クライアントが、要求されるタスクに関する情報を一切漏らすことなく、より大規模な施設に設置された量子サーバー上でアルゴリズムを実行するのを可能にする。Weiたちは、光学的にアドレス指定可能なシリコン空孔中心を用いた小規模なブラインド量子計算通信規約を実証している。著者たちは、中心の核スピンと電子スピンを記憶装置と操作に利用することで、2ノード・ネットワーク全体にわたる一連の量子ゲートとアルゴリズムを実証した。この手法は、より大規模な分散ネットワーク上での量子計算に有望である。(Wt,nk,kh)

Science p. 509, 10.1126/science.adu6894

電子の衝突 (Electron collisions)

固体中の電子は波のように振る舞うことができ、干渉計など光学分野でよく知られている素子の開発につながっている。Chakrabortiたちは、グラフェンのマッハ・ツェンダー干渉計における電子衝突を研究した。彼らは、ショット・ノイズを測定することで、衝突する電子の区別不能性の程度を明らかにすることができた。この知見は、グラフェン素子を用いた量子情報処理の進歩につながる可能性がある。(Wt,kh)

Science p. 492, 10.1126/science.adn4622

ホモマーRNAの四次構造 (Homomeric quaternary RNA structures)

多くのRNAは、生物学的機能に必須の複雑な二次及び四次構造へと折り畳まれる。2つのRNA分子の相互作用によって形成される四次構造ははるかに稀である。Wangたちは低温顕微鏡法を用いて、ホモマーとして自己集合可能な4種類のRNA分子の全体構造の全体構造を明らかにした。これらの構造は、2つの同一RNA分子の会合を容易にする特異的相互作用を示し、複数の同一RNA分子が集合して中空部を持つかご状構造を形成する機構を明らかにしている。これらの知見は、これらのかごの形態と大きさが、相互作用部位の数および個々の分子の形と柔軟性により決定されることを実証している。(MY,kh)

【訳注】
  • ホモマー:構成サブユニット同士が全て同一分子鎖である複合体をホモマーと呼び、異なる場合をヘテロマーと呼ぶ。
Science p. 545, 10.1126/science.adv3451

海洋が見えていない (Oceans unseen)

最新の衛星高度測定法を用いて海洋底の地形を地図化する能力での目覚ましい向上にもかかわらず、深海洋の学際的科学探査においては、このようなデータ集合は目視観測ほど価値がない。Bellたちは、世界中の深海洋における観測科学の状況を再調査し、ベルギーの大きさの10分の1にも満たない面積である、深海洋の0.001%未満しか目視で観測していないと結論付けた。海洋は我々の惑星の表面積の66%を占めているため、この空間的に偏った知識は、深海洋の生物地理学や底生の生態系の機能に関する地球規模での理解を妨げている。(Sk,nk,kh)

Sci. Adv. (2025) 10.1126/sciadv.adp8602

水素は選択的酸化を促進する (Hydrogen boosts selective oxidation)

二酸化セリウム上の白金単一原子部位の修飾は、水素化物で修飾された部位と水酸化された部位を形成し、反応性を高める。Yangたちは、これらの化学種が200℃での穏やかな水素還元後、二酸化セリウム担体上でPt2+-Ce3+ペア部位で形成することを示した。著者たちは、白金単一原子部位触媒と比較して、水素中での一酸化炭素の酸化における変換率の向上と、プロパンの酸化脱水素におけるプロピレンに対する選択性の向上を観察した。(KU,kh)

Science p. 514, 10.1126/science.adv0735

幹細胞が仕事にとりかかる (Stem cells get to work)

幹細胞は長年細胞治療薬として期待されてきた。最近、幹細胞生物学の理解における進歩により、臨床および臨床試験において幹細胞に基づく治療の数が増えてきた。GötzとTorres-Padillaは、哺乳動物幹細胞の基礎生物学への最近の洞察ならびに再生医学およびその他の治療における現在および将来の幹細胞使用の見込みを概説した。(hE)

Science p. 483, 10.1126/science.adp2959

タンパク質のどんでん返し (Protein switcheroo)

リボソームによりタンパク質が合成されると、その配列は固定され、容易には生物化学的修飾による変更ができない。Beyerたちは、タンパク質セグメント全体を取り換える方法を開発した。この手法では、連結すると自己切断するコード化要素である2つの分割インテインが、タンパク質の内部セグメントの除去と交換を可能にする(HamptonとLiuによる展望記事参照)。著者たちは、内因的に発現されたタグ付きタンパク質に修飾されたペプチド・タグを組み込むことで、彼らの方式が生体外および生細胞内で機能することを実証した。(MY,kh)

【訳注】
  • 分割インテイン:タンパク質のスプライシング反応を自己触媒するタンパク質であるインテインが、2つのドメインに分割されたもの。この分割ドメインが会合すると、インテインはスプライシングを起こし、インテイン以外の部分がつながる。
Science p. 487, 10.1126/science.adr5499 see also p. 472, 10.1126/science.adx5085

TIGRがTasを標的DNAにガイドする (TIGR guides Tas to target DNA)

RNAガイド系は、RNAと相補的核酸間での塩基の対形成を利用して遺伝子編集手段を作り出すのに利用されてきた特性である、正確な標的照準化を達成する。Faureたちは、DNAの認識と切断用に独特のガイドを用いるTIGRと呼ばれる一群のRNAガイド系について記述している。著者たちは、構造的および生物化学的にこれらの系の特性づけを行い、特定の小さな核小体リボ核タンパク質との類似性を明らかにし、それらの1つであるTIGR-TasRの遺伝子編集への利用可能性を実証した。この知見は、RNAガイド型標的化機構がいかにして生命全域に出現したのかに対する理解の溝を埋め、これらの系の起源と多様性に光を当てるものである。(MY,kh)

Science p. 488, 10.1126/science.adv9789

セラミドの感知 (Sensing ceramides)

脂質は膜構造とエネルギー貯蔵にとって極めて重要な分子であるが、また細胞内および細胞間における重要なシグナル伝達分子でもある。Linたちは細胞表面のGタンパク質共役受容体FPR2(脂肪細胞で高度に発現される)を調べ、飽和アシル鎖で炭素長20以下のセラミド脂質に特異的に応答することを見出した。マウスの実験で、そのような脂質が褐色脂肪組織における熱産生を抑制し、高脂肪食を与えられたマウスに有害な代謝結果をもたらしうることが示された。著者たちはまた、セラミドに結合したFRP2の低温顕微鏡による構造を決定した。これは脂質認識に対する分子的基盤を明らかにするものである。(MY,kh)

【訳注】
  • セラミド:細胞膜に豊富に存在する複合脂質の1つで、スフィンゴイド塩基と脂肪酸がアミド結合した物質。
Science p. 489, 10.1126/science.ado4188

有糸分裂を通してのアイデンティティ維持 (Maintaining identity through mitosis)

組織が構築される際、その形態を規定する動的な形状変化が、細胞の多様性を生み出す非対称な細胞分裂と同時発生的に起こる。Lovegroveたちは、ゼブラフィッシュ、ヒト、マウスの血管および神経堤の発達など、多数の状況における組織形成の形態計測解析を行い、これらの形態形成事象が基本的に相互依存していることを見出した。明確な形状の切り替えが細胞をいわゆる「同形性」分裂様式へと移行させ、これが分裂の期間中、有糸分裂前の形状とアイデンティティ決定因子の不均等な分布を維持する。この切り替えは、分裂に伴う通常の細胞球形化を回避するが、対称性を破りそして根本的に異なるアイデンティティを持つ娘細胞を生み出す。このように、形状変化が組織構造を形作り、細胞分裂の様式、対称性、そして結果を調整して、組織構築を駆動するアイデンティティ決定を導く。(KU,nk,kh)

Science p. 490, 10.1126/science.adu9628

代謝疾患の真菌の抑制 (Fungal inhibition of metabolic disease)

真菌は哺乳類の腸内に広く存在するにもかかわらず、宿主の代謝機能と疾患におけるその役割については驚くほど理解が少ない。Zhouたちは、中国全土の人々の糞便および環境真菌に関する大規模な調査を実施した(HooperとKohによる展望記事参照)。彼らは、ヒトの代謝疾患表現型である代謝機能障害関連脂肪肝炎と負の関連を示す糸状真菌Fusarium foetensを同定した。この真菌種の培養分離株を用いたマウスでの実験は、この菌が、哺乳類の酵素であるセラミド合成酵素を抑制する小さなナフトキノン分子等、多様な代謝物を産生することを明らかにした。この代謝物と真菌の存在が、マウスにおけるセラミド蓄積を減少させ、脂肪肝疾患を軽減した。(KU,nk,kh)

【訳注】
  • セラミド:「セラミドの感知」の訳注参照。
Science p. 491,10.1126/science.adp5540; see also p. 470, 10.1126/science.adx1789

シナプスの相手との出会いを容易にする (Facilitating synaptic partner encounter)

発生過程で軸索がどのようにしてシナプス後部となる相手を見つけるのかは、まだ完全には解明されていない。Lyuたちはハエの嗅覚回路をモデルとして用いて、神経回路形成の一般的な原理を明らかにした(ZhongとDesplanによる展望記事参照)。著者たちは、個々のニューロンの樹状突起と軸索の発生を追跡することによって、嗅覚受容体ニューロンが触角葉の表面のあらかじめ決められた軌道をたどることを示した。そこで、これら嗅覚受容体ニューロンは、投射ニューロンの一部の小集団に出会う。この結果、三次元探索をより容易な一次元作業に次元を削減する。ここで示された次元削減原理は、嗅覚回路形成におけるシナプスの相手との出会いの問題を大幅に単純化する。(Sh,kh)

【訳注】
  • シナプス:ニューロンの細胞体からは長い軸索が伸びており、細胞体から軸索を伝わった信号は、軸索先端が隣接する神経細胞の樹状突起と接続し信号を伝達する。この接続部がシナプスで、信号受け手側の神経細胞のシナプス部をシナプス後部と言う。
  • 触角葉:昆虫における嗅覚一次中枢(脳内で最初に嗅覚情報を処理する脳領域)。
  • 投射ニューロン:所属する神経集団(中枢神経系では神経核や皮質領野、末梢神経系では神経節など)から離れた領域に長距離の軸索投射を行い、異なる領域間の情報伝達を担うニューロン群。
Science p. 538, 10.1126/science.ads7633; see also p. 468, 10.1126/science.adx1186

気候変動への進化する対応 (An evolving response to climate change)

気候変動のストレスを受けた種は、生存するために移動または適応しなければならない。しかし、適応および異なる気候に適応した個体群間遺伝子流動は、種の気候変動への対応を予測するモデルにほとんど組み込まれていない。Andersonたちは、米国ロッキー山脈の5つの一般的な環境実験から、ありふれた多年生植物であるBoechera strictaのデータを収集して、気候変動についていくために必要な移動量と進化的救済の可能性を定量化した(Aitkenによる展望記事参照)。彼らは積分投影モデルを用いて、適応能力における低下と、気候変動についていくのには不十分な遺伝子流動を予測した。この研究は、生態学的予測において進化を考慮することの重要性と、種分布モデルの限界を示している。(Uc,kh)

Science p. 525, 10.1126/science.adr1010; see also p. 469, 10.1126/science.adx5165

バラの形 (The shape of a rose)

応力を受けた薄いシートは、機械的な不安定性によって引き起こされる複雑な形状を形成することがある。自然界におけるこの例は葉の成長である。これらの形状の多くは、ガウスの驚異の定理からの不適合によって記述することができる。この挙動の例外として、ガウスの驚異の定理の条件を満たすバラの花びらの形状が挙げられる。しかし、Zhangたちは、バラの花びらの縁に沿った局所的な尖端の成長中の形成が、そうではなくMainardi-Codazzi-Peterson式からの不一致によって駆動されることを示している(CuiとJinによる展望記事参照)。この理論は知られているが、自然の成長とは結びついていなかった。著者たちは、理論、シミュレーション、合成花びら作製を含む実験結果を組み合わせることによって、生物系における形態形成に影響する幾何学的フラストレーションに関する拡張された視点を提供し、花びらの成長における応力集中の役割を定性的に実証している。(Sh,kh)

【訳注】
  • ガウスの驚異の定理:接ベクトルを用いて曲面の性質を表す第一基本量と、さらに法ベクトルを合せ曲面の性質を表す第二基本量とで表されるガウス曲率が、第一基本量とその二階までの偏導関数で表すことができることを示した定理。
  • Mainardi-Codazzi-Peterson方程式:曲面をその第一基本量と第二基本量から表すことができる偏微分方程式系の積分可能な方程式。
  • 幾何学的フラストレーション:曲面や特定の形状・空間構造による幾何学的な制約のために、系内に局所秩序を確立することができないこと。
Science p. 520, 10.1126/science.adt067210.1126/science.adt0672; see also p. 467, 10.1126/science.adx1733

相互作用を利用する (Harnessing interactions)

三次元光格子原子時計は、量子に関する計測とシミュレーションの両方において有望な手段である。この潜在能力を最大限に発揮させるには、原子間の相互作用を理解し制御することが不可欠である。Milnerたちは、調整可能な閉じ込めを有する三次元格子に、ストロンチウム87原子の縮退フェルミ気体を充填した。研究者たちはラムゼー分光法を用いて、格子閉じ込めのパラメータを変化させながら相互作用効果を測定した。(Sk,kh)

【訳注】
  • ラムゼー分光法:原子や分子に2つの電磁波パルスを照射し、それらの間の時間間隔を調整することで、周波数の変化に敏感な共鳴現象を観測する手法で、原子時計や高精度な周波数測定において重要な役割を果たす。
Science p. 503, 10.1126/science.ado5987