Science January 31 2025, Vol.387

ホッキョクグマの減少を理解する (Understanding polar bear declines)

過去50年間、海氷面積の減少に伴いホッキョクグマの個体数が減少してきたことは、十分によく調べられてきている。Archerたちはハドソン湾西部のホッキョクグマから収集されたデータをそのほぼ全期間にわたって使用して、個体群の動態を予測し個体数と繁殖のパターンをうまく予測する、個体ベースの生体エネルギー・モデルを構築した。個体レベルでのエネルギー収支パターンは、より大規模な個体群の動態をうまく予測することができた。エネルギー制限という唯一の駆動因が個体数減少の原因として明らかになり、これは、ホッキョクグマが氷の減少による食糧不足に直面していることを裏付けるものである。(Uc,nk,kh)

Science p. 516, 10.1126/science.adp3752

羊毛のようにこんがらかったヒツジの起源を解きほぐす (Untangling the woolly origins of sheep)

ヒツジは家畜化を通じて人間社会に重要な資源を提供してきており、それは織物を作るための羊毛で最も象徴的に示される。しかしながら、ヒツジの起源はまだ完全には解明されていない。Dalyたちは、過去12,000年にわたるユーラシアの家畜および野生ヒツジの標本から、118の古代ゲノムを配列決定した。彼らは、おそらく新石器時代のトルコの個体群が現代の家畜ヒツジの基部系統らしいが、それにステップ(大草原)由来の集団などの他の野生種が現代の個体群に大きな多様性をもたらしていることを見出した。この研究は、ヒツジの家畜化に役割を果たした複雑な動態の幾つかを探り、それらの幾つかは人類の移動と平行していた可能性を明らかにしている。(Sk,nk,kh)

Science p. 492, 10.1126/science.adn2094

細菌におけるおなじみの免疫系 (A familiar immune system in bacteria)

カスパーゼはヒトの自然免疫および細胞死で重要なタンパク質分解酵素であり、細菌でも同様な役割をもつという証拠がでてきている。Roussetたちは、ファージ感染に対して防御するTIR-ドメイン・タンパク質およびカスパーゼ様タンパク質分解酵素を含む細菌の免疫系を研究した。ファージが侵入すると、TIRタンパク質が、細菌のカスパーゼ様タンパク質分解酵素を活性化するニコチンアミド・アデニン・ジヌクレオチドに由来する、これまで未知の情報伝達分子を産生することを彼らは見出した。次いでこのタンパク質分解酵素は、伸長因子Tuを含む細胞内のタンパク質を無差別に分解し、ファージ複製を効率的に停止させる。IV型Thoerisと呼ばれるこの防御系は細菌および古細菌種で広く見られるものであり、ウイルス侵入に対する集団レベルの保護を提供している。(hE,MY,kh)

【訳注】
  • TIRドメイン:病原体に関連する分子パターンを認識し自然免疫を作動させる受容体中のドメインで生体防御の応答を誘起する。
Science p. 510, 10.1126/science.adu2262

広域中和抗体を増加させる (Boost for broadly neutralizing antibodies)

抗体はインフルエンザ治療に長い間使用されており、広域中和モノクローナル抗体(bnAb)の開発によってその使用が加速した。モノクローナル抗体療法は、RSウイルスによる下気道感染に対して成功裏に使用されてきた。Kanekiyoたちは、非ヒト霊長類モデルで、高病原性トリH5N1インフルエンザに対する予防と治療計画を検証した。著者たちは、進化的に保存されたウイルスのヘマグルチニン分子主要部を認識するbnAbを30mg/kgだけ単回投与した。動物は3日後に感染させられ、結果として重篤な呼吸器疾患は回避されられたが、これは著者たちが最長8週間持続するかもしれないと推定する保護効果である。(Sh,kh)

【訳注】
  • 広域中和抗体:特定のウイルス系統に限らず、広範なウイルス変異系統に対して感染防御や重症化阻止が可能な抗体。
  • モノクローナル抗体:抗原にある多くの抗原決定基の中から1種類とだけ結合する抗体を人工的にクローン増殖させたもの。
  • RSウイルス:乳幼児がかかる感染症の代表的なウイルスで、特に1歳未満の子供の細気管支炎や肺炎の原因となる。
  • 下気道:呼吸器系における気道の下部を指し、気管・気管支・細気管支・肺胞から構成される。
  • ヘマグルチニン:インフルエンザ・ウイルスなど、多くの細菌、ウイルスの表面上に存在する抗原性糖タンパク質で、ウイルスはこのヘマグルチニンの働きによって細胞に感染する。
Science p. 534, 10.1126/science.ado6481

急速な相転移の追跡 (Tracking rapid phase interconversions)

バルク・アルミナのηからθへの相転移は一方向性で、結晶配向が保持される。しかし、ナノ粒子で発生するときには、それは配向記憶が失われる急速な確率過程となる。Sakakibaraたちは、透過型電子顕微鏡を用いて、安定な結晶相が形成される前のバルク・アルミナ表面上で、アルミナ・ナノ粒子のη構造とθ構造が確率論的に出現する様子を観察した。ミリ秒の時間分解能により、異なる温度での相互変換速度を測定することができた。この測定は相互変換の障壁がほとんど完全にエントロピー的であることを明らかにした。(Wt,nk,kh)

Science p. 522, 10.1126/science.adr8891

ヒストン修飾をその場で (Histone modification on the fly)

真核生物のゲノムはクロマチンへと組織化されており、そこではDNA鎖がヒストン・タンパク質の周りに緻密に巻きつけられてヌクレオソームを形成している。ヌクレオソームは、遺伝子発現を調節するエピジェニックな標識によって化学的に修飾されうる。ヒストンH3のリジン36のトリメチル(H3K36me3)化は、活性転写、スプライシング、ゲノム安定性にとって極めて重要である。Markertたちは低温顕微法を用いて、酵素SETD2が、転写装置により部分的に巻きがほどかれたヌクレオソームを認識し結合することでH3K36me3を蓄積させる機構を特定した。この知見は、一部のヒストン修飾がどのようにして共転写的に達成されるのかに対する構造的な基礎を提供するものである。(MY,nk,kh)

【訳注】
  • SETD2:ヒストンH3の36番目のリジン残基をトリメチル化する酵素。
Science p. 528, 10.1126/science.adn6319

ヒトゲノムをかきまぜる (Scrambling the human genome)

今日まで、ヒトゲノム中の構造変異がもたらす結果を機能的に調べる技術は、研究対象となる1つまたは多数の構造変異を効率的に作り出す手法の欠如によって妨げられてきた。KoeppelたちとPinglayたちは、それぞれSCRaMbLEとGenome-Shuffle-seqを開発し、1回の実験でヒトおよびマウスのゲノムに数千もの構造変異を同時に生成することを可能にした(SeczynskaとSteinmetzによる展望を参照)。この結果は、ゲノムの構成と、細胞の完全性維持における非コードDNAの役割に関する洞察を提供している。これらの手法は、ヒトゲノム全体に多く含まれる構造変異の機能的影響を大規模に調べる基盤を作り、最小ヒトゲノムの設計に向けた初期の一歩となる。(ST,kh)

【訳注】
  • 構造変異:個体間のゲノムの違いのうち、50塩基対以上の大きさのもの。この大きさにより一塩基対変異(SNP)や、50塩基対より小さい変異(挿入、欠失)であるインデルと区別される。構造多型とも言う。
Science p. 487, 10.1126/science.ado3979, p. 488, 10.1126/science.ado5978; see also p. 477, 10.1126/science.adt0750

かゆみが免疫細胞を活性化する (Itching to activate immune cells)

かゆみ(掻く行動を刺激する感覚)は、皮膚刺激物と炎症によって引き起こされることが多い。Liuたちは、かゆみ感知ニューロンを除去するか、物理的に掻くのを妨げることが、アレルギー性免疫応答を誘発する化学物質に対応する抗原依存性マスト細胞応答に伴う炎症を軽減することを見出した(Ver Heulによる展望記事参照)。掻くことが、痛み感知ニューロンによるマスト細胞を刺激する神経ペプチドの放出を促進し、このペプチド・ホルモンが抗原依存性活性化と相乗効果を発揮してマスト細胞の脱顆粒と炎症性メディエーター産生能力を高めた。抗原特異的マスト細胞応答を伴う皮膚感染モデルでは、掻くことが細菌負荷の減少に寄与した。(KU,nk)

Science p. 489, 10.1126/science.adn9390; see also p. 473, 10.1126/science.adv1573

皆を一斉に (Everyone all at once)

認知地図に関する古典的な研究は、海馬内の神経細胞が生物の環境と環境内の自身の場所をコードしていることを示してきた。しかしながらほとんどの生物、特に社会的な種は、彼らの環境内の彼らの場所だけではなく、彼らから見た他の個体の場所と個性を含む複雑な世界に存在している。Rayたちは、自然類似化環境内のオオコウモリを追跡調査し、海馬内の神経細胞が個別の個体もコードしていて、そこには性別、序列、位置、特有の個性が含まれることを見出した。このように海馬は、個体の認知地図だけでなく、その社会的環境に関する複雑な地図も作り出すのである。(MY,nk,kh)

【訳注】
  • 認知地図:個体の持つ認知を、第三者の理解や解釈を可能にするよう図式にしたもの。
Science p. 491, 10.1126/science.adk9385

嫌気性炭素固定のための揺動 (Shake up for anaerobic carbon fixation)

二酸化炭素のバイオマスへの固定は、自然界で僅か数回しか進化しなかった基盤的な生物化学的過程である。微生物生命の出現まで遡りそうな1つの経路においては、2つの巨大酵素(両方ともが何十年も研究対象であった複雑な金属補因子を含有する)からなる複合体が、二炭素ユニットを含むアセチル補酵素Aを二酸化炭素から作る重要な反応を触媒する。Yinたちは、この反応中に生じる事象に対応した状態に対するこの酵素複合体のほぼ完全な反応段階ごとの画像を得た(FengとReesによる展望記事参照)。立体構造の大きな変化が、活性部位にメチル基を送る巨大パートナー・タンパク質の結合と遊離を可能にする。(MY,nk,kh)

Science p. 498, 10.1126/science.adr9672; see also p. 474, 10.1126/science.adv2071

神経活動再生のルール (The rules of neural activity replay)

覚醒時の経験に関連する神経活動シーケンスは、海馬と皮質内でオフラインで再生される。再生の生成や特定のシーケンスの選択を制御する機構についてはほとんど分かっていない。Malloryたちは、多数の環境を探索するラットにおける多くの再生事象を記録した(TakigawaとBendorによる展望記事参照)。探索の一時停止後、再生は3秒間ほど動物の最新の経路を積極的に回避し、代わりに将来の可能性を描写した。再生はごく最近通過した経路だけでなく、最近再活性化した経路も回避した。最近活動的だった細胞は、一定期間再生に参加できなかった。内側嗅内皮質の不活性化は、停止期間の後半で通常観察される過去の好みの窓を排除した。これらの知見は、記憶誘導航路決定課題中のエピソード記憶の回復に関する意味を持つ。(KU)

Science p. 541, 10.1126/science.ads4760; see also p. 476, 10.1126/science.adv1570

人間に囲まれた中での肉食獣の復活 (Carnivore recovery among humans)

現在、地球上には82億人の人間がおり、野生動物、特に大型肉食動物が生息する余地はほとんど残っていない。人間以外の種の存続を確保することは、彼らが人間から見ての価値を超えて存在する権利を有するためだけでなく、彼らが生態系の維持と健全性に不可欠であるため重要である。世界で最も人口の多い国であるインドは、最も大きく象徴的な肉食動物の1つであるトラを復活させることに何十年にもわたって成功してきた。Jhalaたちは、トラが質の高い保護区において最も存続していたことを見出した。しかしながらトラは、人間と共有され、戦争、貧困、広範囲の土地改変が最小限に抑えられた隣接地域でも見出された。(Sk,nk,kh)

Science p. 505, 10.1126/science.adk4827

乾燥して光学活性ナノクラスター薄膜を作る (Drying to make chiral nanocluster films)

乾燥しつつあるメニスカスの前面では、半導体ナノ粒子が集められて、光学活性を示すらせん状の繊維やその束となる。Ugrasたちは、光学不活性な硫化カドミウム、セレン化カドミウム、テルル化カドミウムナノ粒子の濃縮溶液を乾燥すると、表面と塗工の相互作用によってらせん状の鎖が形成されることを示した。その結果得られた薄膜は、強い円二色性と、高い異方性、すなわち、1を超えるg値を示した。(Wt,MY,kh)

【訳注】
  • メニスカス:円筒内の液体の表面が毛管現象によって示す凹あるいは凸の面。
  • 円二色性:試料(光学活性物質)に右回りおよび左回りの円偏光を照射し、その吸収の差を測定して立体構造を解析する手法。
  • g値:粒子や原子核の磁気モーメントと磁気回転比を特徴づける無次元量の比例定数。
Science p. 490, 10.1126/science.ado7201