Science January 24 2025, Vol.387

光誘起カイラリティ (Optically induced chirality)

カイラリティは物質のトポロジカル特性であり、通常、物質が準備された時点で固定されている。材料はカイラル(または非カイラル)であり、すべての温度と熱力学的条件においてその状態を保つ。右巻きカイラル状態を左巻きカイラル状態に簡単に切り替えることはできない。Zengたちは、左巻きカイラルと右巻きカイラルが同じ単位格子内に共存する、カイラリティが相殺されたスタッガード・カイラリティを持つ物質のクラスを特定した(RomaoとJuraschekによる展望記事参照)。超高速レーザー・パルスの印加がフォノン・モードの非線形励起を引き起こし、一方のスタッガード・カイラル状態を他方よりも増強した。このような光誘起キラリティは、トポロジカル系や相関系における非平衡物理の探索に利用できる可能性があるかもしれない。(Wt,kh)

Science p. 431, 10.1126/science.adr4713; see also p. 361, 10.1126/science.adv0319

気候緩和策による害を回避する (Avoiding harms from climate mitigation)

自然に根差した解決策は、気候変動を抑制するために正味ゼロ炭素排出を達成する戦略の一部としてますます重要になっている。しかしながら、以前は森林だった地域(再植林)または森林ではなかった地域(新規植林)で樹木の成長を促進し、バイオエネルギー作物を植えることは、その過程で生物多様性にプラスまたはマイナスの影響を与える可能性がある。Smithたちは、2050年におけるこういった土地利用の変化に対して予想される脊椎動物の生物多様性応答をモデル化した。どちらの戦略も気候変動を軽減することで生物多様性にプラスの効果をもたらしたが、生息地の転換による局所的な影響の方がはるかに強かった。モデル化された種のほとんどが森林に生息するため、森林の成長は平均してプラスの効果をもたらしたが、バイオエネルギー作物は平均してマイナスの効果をもたらした。再植林は多くの脊椎動物に利益をもたらすが、モデルはほとんどの非森林地域では、何もしない方が新規植林やバイオエネルギー作物を植えるよりも生物多様性にとって良いことを示唆している。(Uc,kh,nk)

Science p. 420, 10.1126/science.adm9485

伸びることも可能な高強度合金 (High-strength alloys that can still stretch)

超強合金の製造に用いられる技術は、一般に、それらの合金を大きなひずみに耐えられなくしてしまうため、それらを可延というより脆弱にしてしまう。Yanたちは、バナジウム、コバルト、ニッケルを主成分とし、アルミニウム、タングステン、銅、ホウ素を添加した合金において、この様式に対する例外を見出した。この合金は、最大2.6ギガパスカルの降伏応力と、10%の破壊前ひずみを示した。著者たちは、この普通と異なる挙動が、粒界近くに偏在する短距離秩序と、粒内部に分散する10ナノメートル未満の大きさのL12型構造の粒子形成の組み合わせによるものだとしている。(Sk,kh)

【訳注】
  • L12型構造:A3B型合金の固溶体で形成される面心立方構造で、単位立方胞の面心点すべてを含むα副格子と、立方角の格子点からなるβ副格子とから形成され、A原子がαサイトを、B原子がβサイトを選ぶ規則相が安定である。
Science p. 401, 10.1126/science.adr4917

抗体プールを征服するために分裂する (Divide to conquer the antibody pool)

形質細胞として知られるB細胞によって産生される抗体は、適応免疫において中心的役割を果たす。MacLeanたちはマウス・モデルを用いて、病原体に対する高親和性抗体を産生する細胞がどのようにして形質細胞集団で主力になるのかを裏付ける細胞過程を解明した。免疫付与後、高親和性抗体を産生することのできるB細胞は、低親和性抗体を産生しそうなB細胞よりもよく増殖した。この増殖は濾胞性ヘルパーT細胞から受け取る援助の程度と関連していたが、持続的な細胞間相互作用に依存するものではなかった。むしろ、形質細胞はサイトカインであるインターロイキン-21促進性の細胞分裂からの信号によって、その増殖優位性を胚中心構造の外で保持できた。(hE,nk)

【訳注】
  • 濾胞性ヘルパーT細胞:胚中心におけるB細胞の機能と抗体反応を制御するヘルパーT細胞。
  • 胚中心:免疫応答時にリンパ節や脾臓などにつくられる微小構造。B細胞が増殖するとともに抗体遺伝子に変異を入れて、より抗原親和性の抗体を産生できるようにする。
Science p. 413, 10.1126/science.adr6896

伸縮性のある効率的な有機混合物 (Stretchy and efficient organic blends)

装着可能な装置に電力を供給する伸縮性有機太陽電池は、延性のある電子供与性半導体高分子材料と可塑性のある小分子電子受容体を混合して、光活性成分固有の脆性を克服することで実現されてきた。Wangたちは、この受容体が実際にこの混合物の延性を高め、結晶性の欠如にもかかわらず電子移動度を維持することを示した。素子は16%を超える電力変換効率を達成し、80%のひずみにおいてその効率の80%を維持できた。(Sk,kh)

Science p. 381, 10.1126/science.adp9709

Y染色体、この遺伝子は必要だろうか? (Y are these genes necessary?)

哺乳類のY染色体は小さいが、精子形成に役割を果たし、不妊症に関わると考えられる複数の遺伝子ファミリーを含んでいる。Subriniたちはそれらの機能を系統的に調べるために、CRISPR-Cas9を用いて個別のY染色体遺伝子欠失とヒト不妊に関わる遺伝子組み合わせを持つ13の異なるマウス・モデルを作製した。次に著者たちは、精子形成とX-Y対合やその他の減数分裂の側面と、精巣トランスクリプトームに及ぼすそれぞれの変異体の影響の特徴を明らかにした。この研究は、Y染色体上の重要な遺伝子の機能に関する貴重な洞察を提供し、マウス・モデルはこの分野におけるさらなる研究のための資源となる。(Sh,kh)

【訳注】
  • X-Y対合:それぞれの染色体には、同種の遺伝情報を持ち同じ形状とサイズである対の染色体、相同染色体があり、減数分裂の最初の段階で物理的に接触しその一部を交換する。これが対合である。X染色体とY染色体は相同ではないが、配列が相同な領域があり、オスの減数分裂時に対合し染色体間の組換えが起きる。
  • トランスクリプトーム:細胞中、ここでは精巣の細胞中に存在する全てのmRNA(ないしは一次転写産物)の要素。
Science p. 393, 10.1126/science.ads6495

血管内の炎症を阻止する (Blocking inflammation in blood vessels)

肺動脈高血圧症(PAH)は治療が困難なままで死亡リスクの高い、不明なところが多い疾患である。Harveyたちは、血管内壁の炎症に対して生物学的ブレーキとして働くNCOA7と呼ばれる核内受容体を特定した(PullamsettiとSavaiによる展望記事参照)。細胞およびマウスとラットのモデルで、NCOA7の欠失はリソソーム不全と炎症誘発性の胆汁酸とオキシステロールの産生を促進した。この知見は、PAH症状の重症度と死亡率がNCOA7遺伝子の配列と相関しているという患者由来データと一致した。著者たちはまた、PAHのラット・モデルでNCOA7を活性化し、疾患の症状を改善する化合物を作ることで、可能性のある治療手段を特定した。(MY,kh)

【訳注】
  • 核内受容体:核内に入ったリガンドと結合して、標的遺伝子の転写を調節する受容体。
Science p. 376, 10.1126/science.adn7277; see also p. 359, 10.1126/science.adv1201

機能化に向けてのAI誘導進化 (AI-guided evolution toward function)

突然変異を通じてタンパク質の機能や安定性を変えることは強力な技術手段であるが、起こりうる突然変異のほんの一部を探索するだけでも実験的に大変な労力を必要とする。Jiangたちは、最近開発されたタンパク質言語モデルを最上位層回帰モデルの枠内で使うEVOLVEproと呼ばれる計算的研究手法を開発した。少数の実験観察が望ましい機能的結果に向けてタンパク質の進化を導くことができて、安定しているが機能しない行き止まりを回避する。著者たちは、小型CRISPRヌクレアーゼ、最適化された抗体、改良されたT7 RNAポリメラーゼの進化など、現在の分子生物学の課題に関連する6つの異なる例で、望ましい機能を進化させるこの方法の能力を実証している。(KU,kh,nk)

Science p. 377, 10.1126/science.adr6006

画像から得られる細菌のトランスクリプトミクス (Microbial transcriptomics from images)

多くの細菌は複雑で空間的に構造化された環境に棲息し、集団平均では十分に表現しきれない挙動を示す。画像に基づく単一細胞トランスクリプトミクス法は、細胞の局所環境でのそのトランスクリプトミクスの特性を明らかにするもので、細菌研究の有望な手段を提供する。しかしながら。細菌内RNAの極端に高い濃度がそのような方法を困難なものにしてきた。Sarfatisたちは細菌MERFISHと呼ばれ、1000倍までもの体積膨張と画像に基づくトランスクリプトミクスとを結合する方法を開発することでこの課題を解決した。複雑で自然のままの環境内で単一細胞のトランスクリプトームの特性を明らかにすることができるので、この方法はさまざまな細菌現象への刺激的で新しい覗き窓としての見込みがある。(MY,kh,nk)

Science p. 378, 10.1126/science.adr0932

脳幹にある報酬 (Reward in the brainstem)

多くの種において、報酬経験は生き残る上で極めて重要である。ヒトでは幾つかの精神疾患が報酬処理の変質と結びついている。Zichóたちは、報酬と報酬予測で活性化される脳室下被蓋核(SVTg)と呼ばれるこれまで認識されていなかった報酬中枢をマウスの脳で特定した(Grillnerによる展望記事参照)。機構として著者たちは、SVTg内のγアミノ酪酸作動性(抑制性)ニューロンが、うつと関係する脳領域である外側手綱核に投射し、そして、活性化すると外側手綱核ニューロンを抑制することにより感情価に基づく行動に寄与することを示している。この研究は、光遺伝学手法、解剖研究、分子プロファイリングを用いて、霊長類とヒトの脳幹で進化的に保存されている、報酬処理で機能的役割を果たす報酬中枢を明らかにするものである。(MY,kh)

【訳注】
  • 外側手綱核(LHb):嫌悪刺激や社会的葛藤、ストレス応答に関与する間脳に存在する脳部位。うつ患者やうつの動物モデルでは、LHbニューロンの過活動が見られることが報告されている。
  • 感情価:喚起される感情の質的な違いを規定するもので、一次元上にポジティブ(喜びや快など)とネガティブ(不快や悲しみなど)を両極に配する双極性の概念。
Science p. 379, 10.1126/science.adr2191; see also p. 362, 10.1126/science.adv1207

炭素ポンプの構成部品としてのオキアミ (Krill component of carbon pump)

エビに似たオキアミは、すべての現存する動物の中で最大の生物量を構成しており、南極海では最大3億7,900万トンに上る。死んだオキアミとその排泄物は、沈んで年間数千万トンの炭素を(海洋表面から)搬出していると推定されている。しかしながら、これらのデータは断片的な観測から収集されたものである。Smithたちは、東南極の沖合に音響測深機、カメラ、照明、その他の機器を搭載した海底着陸船を配置し、入手困難な冬季データを含む一貫した直接観測データを提供し、炭素流束モデルに入力した。この1年間にわたる観測は、強い季節的盛衰を含む、オキアミによる不均一な垂直移動行動を示した。垂直移動は炭素の再循環が生じうることを意味するので、オキアミは正味炭素貯蔵量に対して現在の推定値にみられるよりも小さな寄与しかしていないのかもしれない。(Sk,kh,nk)

Science p. 380, 10.1126/science.adq5564

アルミニウム原子の追跡 (Tracking down aluminum atoms)

共鳴軟X線回折とアンモニア吸着研究により、ゼオライトH-ZSM-5の骨格位置にあるアルミニウム原子対の存在が明らかになった。Liたちは、3つの異なる骨格アルミニウム四面体部位を同定した。T8、T6、T4である。粉末中性子回折、固体核磁気共鳴分光法、およびアンモニア吸着に関する密度汎関数理論計算により、T8が直線チャネル内の単一のアルミニウム部位であることが明らかになった。T6とT4にまたがったアンモニアの吸着では、アルミニウム対の部位が直線-正弦波交差領域にあることがわかった。(Wt)

Science p. 388, 10.1126/science.adq6644

FIGNL1のRAD51解離機構 (Mechanism of FIGNL1 in dissociating RAD51)

Fidgetin-like1Fignl1)はマウスにおける必須遺伝子であり、さまざまなガンと遺伝性疾患で変異が見出されてきた。FIGNL1は、DNA修復プロセスにおける主要成分であるRAD51リコンビナーゼを調節することで、ゲノムの安定性を維持する上で重要な役割を果たしている。Carverたちは、FIGNL1がRAD51のクロマチン結合を阻止し、この挙動が細胞生存におけるその必須な活動を担っていることを明らかにした。低温電子顕微鏡構造と包括的なin vitroおよびin vivoのデータは、RAD51解離に対する機構モデルを明らかにしている。AAA+ ATPaseタンパク質ファミリーに属するタンパク質であるFIGNL1が、RAD51 N末端をその六量体細孔で囲んで引っ張り、RAD51の再構築とクロマチンからの解離に導く。(KU)

Science p. 426, 10.1126/science.adr7920

代替形の発生 (The generation of alternatives)

動物における雄形と雌形の比較的単純な生殖システムにもかかわらず、これらの構成体内部での配偶者選択は複雑になることがある。エリマキシギの雄には3つの異なる変異形がある。即ち、派手な「縄張り(independent)形」、やや目立たない「衛星(satellite)形」、雌を模倣した「雌擬態(faeder)形」である。このシステムは数十年にわたって研究されてきたが、これら3つの異なる雄形を発生させるものが何かは不明のままであった。Lovelandたちは、単一遺伝子の配列、調節、構造の変化が、変異形の発生と維持につながる一連のホルモンおよび生理学的変化を調整することを見出した(Rosvallによる展望記事参照)。(KU,kh)

【訳注】
  • 縄張り(independent)形:茶色と黒色の交じった羽毛を首にまとい、縄張り意識が強く、集団求愛場の中で自分の領分を守ろうとする。
  • 衛星(satellite)形:白い羽毛の襟巻きをまとい、縄張り形の雄の領分に侵入して、隙を見て近くの雌と交尾する。
  • 雌擬態(faeder)形:外見が雌とそっくりなことを利用して、他の雄と雌の出会いを邪魔する(faeder;古英語で父親の意味)。
Science p. 406, 10.1126/science.adp5936; see also p. 358, 10.1126/science.adv1194