Science January 17 2025, Vol.387

圧力を感じる (Feeling the squeeze)

トカゲなどの変温動物は、外部条件と代謝率の生理学的関係から、上昇しつつある気温の影響を受けそうだ。Wildたちは、30年にわたって現地で収集したデータに基づく生物物理学的モデルを用いて、アフリカとオーストラリアのトカゲの種のエネルギー収支に対する気候温暖化の影響を予測した。彼らは、アフリカの種はエネルギー必要量と餌獲得能力の不一致を経験するが、オーストラリアの種はそうではないことを見出した。どちらの場合も、種の行動と生態がこの圧力を緩和するかもしれない。特に、夜行性の種は暖かい夜の恩恵を受けるかもしれない。(Sk,kh)

Science p. 303, 10.1126/science.adq4372

正しい性質でくっつく (Sticking with the right properties)

テープから糊まで、接着剤は幅広い用途や状況で使われている。通常ほとんどは、石油系の熱硬化性架橋物か非生分解性の熱可塑性ホット・メルトである。Zhangたちは、イットリウム系、ランタン系、リン系からなる触媒群を用いて、さまざまな分子量、微細構造、立体規則性を持つ一連のポリ(3-ヒドロキシ酪酸)からなる重合体(P3HB)を合成した。無定形重合体は粘着性が高いが強度が弱い傾向にあり、一方、結晶性重合体は流動性と表面凹凸の充填性に乏しいが、そのことが強い結合を形成する鍵となる。著者たちは、半結晶性でシンジオタクチックの多いP3HBが最良の接着を与えるだけでなく、多くの市販の代替物に勝りうることを見出した。P3HBは細菌で製造することができ、また生分解可能であるので、これらの接着剤を持続可能な方法で製造できるかもしれない。(MY,kh)

【訳注】
  • シンジオタクチック:重合体主鎖に対して、側鎖の主要基が交互に並んだ配置をとる立体規則性。
Science p. 297, 10.1126/science.adr7175

シナプス形成を解体する (Deconstructing synapse formation)

シナプス間隙を跨ぐテニューリン-ラトロフィリン複合体は、重要なシナプス形成促進因子として登場してきたが、この複合体がどのようにこの過程を組織化するのかは不明である。Zhangたちは広範な生化学分析を行い、テニューリン-3が、必須となるシナプス前ホモ二量体の組立てを通じてシナプス形成を仲介し、その後、シナプス後ラトロフィリンとのシナプス間ヘテロ二量体を形成することを示した。テニューリン-3の細胞質内ドメインは、相分離したシナプス前足場タンパク質を動員でき、これにより著者たちは、テニューリン3-ラトロフィリンの会合に動員される、シナプス前後の相分離した足場からなるシナプス結合複合体を再構成することができた。これらの結果は、シナプス形成に対する基本機構の十分な理解にとって有用な洞察を提供するものである。(MY,kh)

【訳注】
  • テニューリン:神経細胞においてはシナプス前細胞に存在するタンパク質で、細胞質内ドメイン、膜貫通ドメイン、シナプス間隙の細胞質外ドメインからなる。細胞質外ドメインは4つのサブユニットから形成される同一の2つのタンパク質からなり、これらのタンパク質がホモ二量体を形成する。
  • ラトロフィリン:シナプス後細胞に存在するタンパク質で、シナプスに面した細胞膜を貫通するGタンパク質共役受容体と、シナプス間隙中のいくつかのサブユニットからなる細胞外ドメインから構成される。細胞外サブユニットは、シナプス前細胞のテニューリンや、FLRTと呼ばれるシナプス前細胞タンパク質に対する受容体として機能する。
Science p. 322, 10.1126/science.adq3586

草食のヒト族 (A herbivorous hominin)

食物が、ヒト族の中での変化、特に脳の大きさの増大に関しての原動力であるとする仮説が長い間立てられてきた。しかしながら、20万年より古いコラーゲン中での続成作用による有機物の喪失のせいで、初期ヒト科動物の食物を特定することは困難であった。Lüdeckeたちは、数体のアウストラロピテクスの化石を含む、約350万年前の発掘現場から見つかった動物相の歯のエナメル質に結合した炭素および窒素同位体を調べた。これらの化石に基づいて再構築された食物の範疇は、アウストラロピテクスの個体が同時代および現代の草食動物と非常によく似た食生活を送っていたが、肉食動物とは違っていたことを示していた。したがって、これら初期のヒト族での肉食は、より大きな脳などの人間的な特徴への道を開いたわけではなかった。(Sk,kh)

【訳注】
  • 続成作用:堆積物が固まって堆積岩になる作用。
Science p. 309, 10.1126/science.adq7315

平面内の機械的組み合わさり (Mechanical interlocking in the plane)

機械的に組み合わさった二次元重合体は、一般的な有機溶媒中で剥離できる層状固体として生じる。Bardotたちは、4つの伸展した芳香族基を持つ分子が、水酸基間の水素結合によって支持された層状構造で結晶化することを見出した。ジアルキルジクロロシランの浸透を用いて、繰り返し単位毎の大環状の機械的組み合わさりを生み出すシロキサン架橋が作り出された。ポリ(エーテル・イミド)繊維にこの物質を重量で2.5%加えると、繊維の引張弾性率が45%増大し、極限応力が22%増大した。(MY,kh)

Science p. 264, 10.1126/science.ads4968

地球規模の気候変動が土壌水に与える影響 (Global climate change effects on soil water)

気候変動により、多くの地域で干ばつがより頻繁に発生し、深刻になると予想されるが、気温と増加する二酸化炭素が、土壌、水、植生への影響を変える可能性がある。即ち、気温は植物の水分需要を増加させ、二酸化炭素はそれを減少させる。Radolinskiたちは、オーストリアの山岳草原で野外実験を実施して、これらの変化が土壌水に与える影響を調べた。干ばつ、増加した二酸化炭素、温暖化の条件下では、植物は蒸散を減らし、水を節約した。この方法で扱われた植物(操作された要因が1つだけの植物は除く)は、直近に降り、(以前から土壌中に存在した水とは)ほとんど混ざりあっていない、大きな土壌孔隙からの水をより大きな割合で使った。これは、将来の干ばつが土壌内の水の動きを根本的に変える可能性が高いことを示している。(Uc,MY,kh)

Science p. 290, 10.1126/science.ado0734

脳腫瘍の免疫細胞プロファイリング (Immune cell profiling of brain tumors)

神経膠芽腫(GBM)は、脳と脊髄で発生する悪性腫瘍である。免疫細胞はGBMの微小環境で頻繁に見られるが、腫瘍の発生と進行におけるその役割は明らかではない。Jacksonたちは大規模な分析を行い、ヒトGBMにおける骨髄由来抑制細胞(MDSC)と呼ばれる免疫細胞の転写と表現型の特徴を明確にした。プロファイリング研究が、低悪性度の神経膠腫とは対照的に、攻撃的な高悪性度IVのGBMに特異的に蓄積する骨髄由来細胞集団を明らかにした。初期の前駆細胞サブセットとして定義される骨髄由来細胞集団の1つであるE-MDSCは、増殖性が高く、代謝経路と低酸素経路の発現上昇と関連していた。E-MDSCは「幹のような」腫瘍集団に局在化し、リガンド受容体分析は、腫瘍細胞が、腫瘍微小環境におけるE-MDSCの蓄積とT細胞増殖の抑制に関連するケモカインを産生することを明らかにした。(KU,kh)

Science p. 260, 10.1126/science.abm5214

免疫細胞は内分泌応答中に作用する (Immune cells act in endocrine responses)

宿主防御機能に加えて、免疫系は組織内および組織間の恒常性維持に役立つ。Šestanたちは、マウスの血糖値の調節に免疫細胞が関与していることを見出した。絶食すると、ILC2と呼ばれる自然リンパ球の一種が膵臓で増加し、血糖値が極端に低くなるのを防ぐのに要求されるホルモンであるグルカゴンの生成に寄与した。ILC2は、腸を神経支配するニューロンをグルコース感知に関連する脳の領域から活性化することに依存する過程の中で、腸から膵臓に移動した。ILC2によって生成されたサイトカインは、膵臓細胞を誘導してグルカゴンを発現させる可能性がある。(KU,MY,kh)

Science p. 261, 10.1126/science.adi3624

老化マウスを覘く窓 (A window into the aging mouse)

老化は、組織と細胞型全体に機能的な変化をもたらす複雑なプロセスである。これらの変化は、単一核RNA配列決定を用いて、生物の寿命全体にわたっての記録が始まっている。Zhangたちは、一般的に用いられているマウス系統と2つの免疫不全系統、およびその野生型対応物の両方で多くの時点にわたって細胞アトラスを作成し、それぞれの時点における細胞集団の変化と細胞型内での発現の変化をカタログ化した。減少した免疫集団の役割を研究することで、著者たちは、特定の腸上皮集団がこれらの成体リンパ球が存在しない場合に増加することを見出した。この研究は、特に免疫不全の状況において老化を研究する研究者に対して資源を提供するものである。(KU,MY,kh)

Science p. 263, 10.1126/science.adn3949

植物ホルモンを組み立てる、一歩ずつ (Building a plant hormone, step by step)

ストリゴラクトン類(SL)は、他の植物と土壌微生物との情報伝達に関与し、そして植物の成長や発生に関与する低分子の情報伝達分子である。SLの機能的役割はよく特性が明らかにされているが、種子植物におけるSL生合成の進化はあまり知られていない。Zhouたちは、合成生物学的手法を利用して、カーラクトン酸(CLA)を標準的SLに変換する上での決定的段階を触媒する、チトクロームP450酵素であるCYP722Cの機能を特定した。CYP722Cの進化的祖先であるCYP722Aは、CLAを非標準的SLである16-ヒドロキシ-CLAに変換するが、この物質は主として根で検出されて、根の枝分かれ調節に関与する。16-ヒドロキシ-CLAは2つの酵素によってSLの別の生物活性形と思われるものに変換されるので、CYP722Aによるその生合成が標準的SLの進化における決定的段階であることが提唱されている。(hE,kh)

Science p. 269, 10.1126/science.adp0779

より大規模で、よりひどく、そしてよりありふれたものになりつつある (Bigger, badder, and becoming more common)

干ばつは、気候温暖化とともに、世界中で頻度と深刻度が増大しつつある。ここでの疑問は、これらの干ばつの中で最も長く続く最も深刻な、「メガ干ばつ」と呼ばれるものもまた頻繁に発生しているのかどうか、また、もしそうならどこで発生しているのかということである。Chenたちは、地形学的手法を用いて、過去40年間にわたるメガ干ばつを世界的に特定し、干ばつ指数と植物の緑度指数を適用して、植生への影響を判定した(HooverとSmithによる展望記事参照)。著者たちは、メガ干ばつも発生数、頻度および深刻度が世界的規模で増加していると結論付け、植生がこれらの出来事の影響を非常に受けやすい地域を特定した。(Sk,kh)

Science p. 278, 10.1126/science.ado4245; see also p. 244, 10.1126/science.adu7419

つなぎ合わせて (Linking together)

建築材料は、基本要素の構造が機械的特性に影響を与えるように設計される。この設計が目的材料の応力に対する応答を調整する能力を提供する。Zhouたちは、ワイヤーフレーム要素を連結して三次元構造にするポリカテネート建築材料と呼ばれる新しいファミリーを発表した(TawfickとArretcheによる展望記事を参照)。この設計戦略が、変形可能構造とともに、刺激応答システムやエネルギー吸収システムの開発に有用な、個別目的用の機械的応答を可能にする。(Wt,kh)

【訳注】
  • カテナン:化学的に結合していない2個以上の環状化合物が、共有結合を介さずに知恵の輪のようにして連結している化合物の総称。
Science p. 269, 10.1126/science.adr9713; see also p. 248, 10.1126/science.adu8875

ミオスタチンの隠れた側面 (The hidden side of myostatin)

形質転換成長因子-β(TGFβ)ファミリーの一員であるミオスタチンは、筋肉量を調節することで知られているマイオカイン・タンパク質である。卵胞刺激ホルモン(FSH)は、性腺機能を調節することで知られる視床下部-下垂体-性腺系の重要な一部分である。これまでは、性腺で産生されるアクチビンと呼ばれるTGFβファミリーの一員がFSH合成の重要な駆動因子であると考えられていたが、文献は完全には整合していなかった。Ongaroたちは、ミオスタチンがアクチビンとは独立して、マウスとラットのFSH発現を促進する役割を果たしていることを見出した(SteenwinkelとPangasによる展望記事参照)。筋消耗障害の治療にミオスタチン阻害薬を適用する現在の取り組みを考えると、この経路がヒトでも同じであるかどうかを知ることは重要である。(Sh,kh)

【訳注】
  • マイオカイン:骨格筋から分泌される生理活性物質の総称。
  • 卵胞刺激ホルモン:脳下垂体にある性腺刺激ホルモン産生細胞で合成・分泌されるホルモンで、卵巣内で未成熟の卵胞の成長を刺激し成熟させる働きがある。
Science p. 339, 10.1126/science.adi4736; see also p. 247, 10.1126/science.adu7735

より純粋なペロブスカイトのためのヨウ素インターカレーション (Iodine intercalation for purer perovskites)

三ヨウ化ホルムアミジニウム鉛(FAPbI3)の光活性相は通常、他の陽イオンや陰イオンで安定化されており、時間の経過とともに偏析する可能性がある。Zhangたちは、ヨウ素が頂点を共有する鉛ヨウ素種の形成に役立ち、これにより安定性が向上し、その後の脱カレーションによって膜質が向上することを示している。これらの薄膜で作られた太陽電池は、24%を超える電力変換効率を示し、85℃で1100時間以上作動させた後もその効率の99%を維持した。(Wt,kh)

Science p. 284, 10.1126/science.ads8968

豊かな感覚体験を呼び起こす (Evoking rich sensory experiences)

標的を定めた脳刺激は、義手を装着した個人の触覚を回復させるための有望な手法である。しかし、現在の治療手順は、物体に関する情報の自然な豊かさを模倣できない。Valleたちは、脊髄損傷のある人において、ふち、凸型と凹型の曲線、動きの感覚などを含む、自然な接触で誘発されるものと同様の豊富な体性感覚知覚を提供することができるいくつかの皮質内微小刺激手法を開発し、評価した(Marascoによる展望記事参照)。適切な時空間刺激は、複雑な体性感覚経験を誘発する可能性がある。(Sh,kh)

Science p. 315, 10.1126/science.adq5978; see also p. 246, 10.1126/science.adu7929