Science January 10 2025, Vol.387

穏やかな変形 (Soft deformation)

将来の海面上昇は主に南極とグリーンランドの氷床がその氷を海に排出する速度に依存するもので、その速度は、氷底付近と最も速く流れる氷河流の縁部内に存在する温暖な(融点に近い)氷の流動特性に決定的に依存する。Schohnたちは、世界最大の氷変形装置による結果を提示し、温暖な氷のせん断変形がどのように起こるかを明らかにした。この情報は、数値モデルがこれらの氷河の流速と海面上昇への影響を正確に予測するために極めて重要である。(Sk,nk,kh)

【訳注】
  • 温暖氷河(temperate glacier):氷の温度が、冬の短期間の表層付近を除き、夏も冬もいたるところ融点(0℃)にある氷河。
Science p. 182, 10.1126/science.adp7708

有機溶媒の効率的分離 (Efficient organic solvent separations)

炭化水素混成物に対する高選択性と高透過性を備えた透過膜は、化学工業においてエネルギー使用量を低減できる可能性がある。Renたちは、有機溶媒の逆浸透を目的とした、側鎖がフッ化炭素基である一連のアリール・アミン重合体の開発について記述している。著者たちは、フッ素含有ポリ(アリーレン・アミン)重合体を合成して、厚みが0.2から0.3マイクロメートルで、支持膜付きの薄膜複合透過膜を組み立てた。これらの透過膜の利点は膨潤の抑止であって、通常、重合体透過膜が有機溶媒に曝される場合に発生するものである。これらの透過膜は、あるフィッシャー・トロプシュ工程での供給を模倣したさまざまな炭化水素混合物に対して試験された。(MY,nk,kh)

【訳注】
  • アリーレン:芳香族炭化水素(アレーン)の環の2つの炭素原子からそれぞれ1つの水素原子が除去された構造を持つ化学基。
  • フィッシャー・トロプシュ合成:一酸化炭素と水素の混合ガスから触媒反応を用いて液体炭化水素を合成する方法。幅広い分子量分布をもつ炭化水素の混合物が生成され、ガソリン、軽油、潤滑油などの目的の製品を得るには、分留、精製が必要となる。
Science p. 208, 10.1126/science.adp2619

伐採の不均一影響 (Uneven impacts of logging)

熱帯林は多様性に富んでいるが、木材用の森林収穫や農業用の森林伐採に対して脆弱である。Marshたちは、ボルネオ島の土地利用のさまざまな強度変化にわたり、規格化されたデータ取得方法を繰り返して、伐採が熱帯林にどのような影響を与えるかを調べた。著者たちは、中程度または高程度の伐採、アブラヤシ農園、および原生林がある区画で、環境変化、樹木の機能特性、生態系機能、および多数の分類群の生物多様性、に関連する変数を測定した。生物多様性は概して原生林で最も高く、アブラヤシ農園では大幅に低かった。伐採は物理的環境を変化させたが、生物多様性と生態系機能は森林全体が変化(例えば農地への転換)した場合にのみ強く影響を受けた。これらの結果は、土地利用が生態系に与える影響の複雑さを示している。(Uc,nk,kh)

Science p. 171, 10.1126/science.adf9856

豊富な冷却元素 (An abundance of cool)

熱電冷却装置はさまざまな用途に有用であるが、市販の材料は希少元素や有毒元素に依存している。Liuたちは、室温付近で高い熱電効率を持つ硫化スズ系材料を開発した。著者たちは、4つの価電子帯を整列させることでこの偉業を達成したが、その整列価電子帯は冷却装置の構築に適した温度で電気特性を改善する。この取り組みにより、最大冷却温度差はほぼ50Kとなり、地球上に豊富に存在するこの材料は、冷却応用にとって魅力的なものになる可能性がある。(Wt,nk,kh)

Science p. 162, 10.1126/ science.ado1133

新たな常食への適応 (Adaptations for a new diet)

植物はしばしば、毒性化合物を産生することにより、草食動物から身を守っている。環境によっては、そのような防御された植物を利用できることは、重要な強みを提供する。Klureたちは、有毒なクレオソート・ブッシュを食べるように進化した2種の米国南西部のモリネズミを調査した。どちらの場合も独立して、生体内変換酵素を制御する遺伝子の重複が、これらのネズミがこれらの植物を食物として用いることを容易にしてきた。この能力は、時間の経過とともにクレオソート・ブッシュがより一般的になった地域において、これらの動物に利点を与えている可能性が高い。このような重複は、より広範囲に適応を促進するかもしれない。(Sk,kh)

【訳注】
  • クレオソート・ブッシュ:北米の砂漠地帯に生える常緑小低木で、粘着質でクレオソート臭の樹脂が特徴。なお本記事のクレオソートは、コールタールを蒸留して得られる防腐剤と、またブナなどの乾留によって得られる日局クレオソート(正露丸などに含まれる)と別物だが、全てフェノール類による似た臭いを持つ。
  • 遺伝子重複:遺伝子や遺伝子群が正常数以上染色体に存在する状態。
Science p. 156, 10.1126/science.adp7978

エッジのトポロジー (Topology on the edge)

トポロジカル絶縁体は、内部が絶縁体であり、表面に限定される一方向の電流経路を有する。Liuたちは、一方向電流経路が材料のエッジ(またはヒンジ)に限定された新しいトポロジカル相としてアクシオン絶縁体を報告している。著者たちは、構造の形を変化させることで輸送経路を別の経路にすることができることを示し、より複雑な形状をした組み紐状の輸送経路を実証した。このアクシオン絶縁体は、マイクロ波領域で動作するフォトニック結晶基盤で開発されたが、より短波長領域に縮小することも可能であり、三次元構造におけるエキゾチックなトポロジカル物理を探索する上で強力な基盤となる。(Wt,nk,kh)

Science p. 202, 10.1126/science.adr5234

運動を自由にする (Free to move)

霊長類における自然行動の基盤となる神経細胞機構に関する我々の理解のほとんどは、束縛状況における実験から得られている。これらの束縛が脳の活動に影響するのかどうか、そしてもしそうならどう影響するのかは分かっていない。Lanzariniたちは、束縛された状態および自由に動ける状態の両方でサルが自然の動作をしている間に、運動前野の神経細胞を記録する無線装置を開発した。神経細胞は、これら2つの状態で同じ動作を異なってコード化し、自由に動く環境では束縛状況と比べてより複雑な神経活動を示した。行動神経生理学を研究する際に動物が自由に動けることは、神経活動と行動との関係を、生理学的により豊かにより多く特徴づけることができるだろう。(MY,kh)

Science p. 214, 10.1126/science.adq6510

環境が淘汰圧を形作る (Environment shapes selective pressures)

さまざまな環境への適応は、病気から水の豊かさの違いまでの数えきれないほどの圧に対処することことを含みうる。大型類人猿の中でチンパンジーは、サバンナから熱帯雨林までのさまざまな環境に棲息するという点において、ヒトと最も類似している。Ostridgeたちは、ふん便試料を用いて、388頭のチンパンジーのエクソーム配列を解析し、これらのチンパンジーに淘汰がどのように作用してきたのかを調べた。淘汰の特徴は環境によって異なり、森に棲むチンパンジー集団は病気耐性に関連する遺伝子の中に多様体を有していた。この研究は、環境別に集められた絶滅危惧種DNAの有用性を実証し、我々に最も近い現存近縁種における適応への洞察を提供するものである。(MY,nk,kh)

【訳注】
  • エクソーム配列:タンパク質合成の情報を持つエクソンの配列のこと。
Science p. 153, 10.1126/science.adn7954

生きた色のまま (In living color)

治療用モノクローナル抗体(mAb)は、慢性リンパ性白血病の免疫療法で用いられ、免疫B細胞の細胞膜に存在する受容体CD20を標的とする。これは数年前から臨床で用いられてきたが、内在性CD20へのmAbの分子結合機構は不明であり、どのようにして抗体結合が免疫系を活性化してB細胞を殺すかも不明である。Ghoshたちは、高時空間分解能で高速三次元蛍光画像化を行う方法を開発し、極性化B細胞の微絨毛上にCD20/mAb複合体の蓄積を明らかにしている。この結果は、受容体架橋効率に基づく抗CD20mAbの分類基準が見直しを必要とすることを示している。このような高度画像化技術は、免疫療法向上の開発に役立つはずである。(KU,nk,kh)

Science p. 152, 10.1126/science.adq4510

脂質小胞が軟骨形成を駆動する (Lipid vacuoles drive cartilage formation)

軟骨は、豊富な細胞外基質から作られたほとんど無細胞の組織であると考えられている。Ramosたちは、マウスにおける脂質で満たされた軟骨の胚発生、遺伝子発現、生化学、生理学、生体力学について記述している(Hermosilla AguayoとSellerによる展望記事参照)。この「脂肪軟骨」は、系統発生的に多様な哺乳類の顔、首、胸に見られるリポコンドロサイトから形成される。それは複雑なパターンの形状をとることができ、生涯にわたる安定性と弾性特性を備えているが、それは細胞外基質をほとんどもたない多数の長寿命細胞内のその大きな脂質小胞に依っている。これらの知見は、骨格組織における形状と機能の関係についての理解を深める上で有望である。(KU,kh)

Science p. 154, 10.1126/science.ads9960; see also p. 136, 10.1126/science.adu7943

社会的好みを切り替える回路 (Circuits for switching social preference)

社会的相互作用は我々の日常生活を形作る。オスまたはメスの同種との社会的相互作用に対する生来の好みは、生存と繁殖の成功を決定する重要な要素である。Weiたちはマウスにおける同性と異性の社会的相互作用を研究し、オスとメスの動物はどちらも正常な状況ではメスへの社会的好みを示すが、生存の脅威にさらされるとオスへの好みに切り替わることを示した(JooとTyeによる展望記事参照)。この切り替えは、脳の腹側被蓋野(VTA)におけるドパミン作動性ニューロンの特定の集団の活性化によって仲介される。この結果は、性的好みを決定する上で重要な、性特有のVTA仲介神経回路を特定した。(KU)

Science p. 155, 10.1126/science.adq7001; see also p. 138, 10.1126/science.adu7946

正味ゼロに向けての建設 (Building toward net zero)

建造環境で使用される構造材料の量と比較的長い寿命は、二酸化炭素除去除去目的に対してその材料を魅力的にするかもしれない。これらの材料の多くは現在、正味では二酸化炭素排出物であるが、Van Roijenたちは、それらのいくつかが数十年にわたっての炭素閉じ込めに役立ちうるかもしれない方法を概説している(Batailleによる展望記事参照)。炭素貯蔵法への移行は、炭素を多く含む骨材をコンクリートに使用する、またはバイオマス繊維ベースのレンガを使用するなど、比較的小さな組成の変化で実現できる。著者たちによって示唆された変更のすべての実行は、年間の二酸化炭素排出量の約半分を隔離可能であり、正味ゼロ排出を達成するための重要な手段になるかもしれない。(KU,nk,kh)

Science p. 176, 10.1126/science.adq8594; see also p. 134, 10.1126/science.adu7379

肝ガンにおいて胆汁酸を標的とする (Targeting bile acids in liver cancer)

腫瘍微小環境(TME)はガンの成長、増殖、および治療への応答性に影響を及ぼす。Varanasiたちは、TMEにおける臓器特異的代謝産物が、肝ガンにおける腫瘍の増殖および抗腫瘍性免疫応答に影響を及ぼすかどうかを研究した(Goesslingによる展望記事を参照)。胆汁酸は肝臓で産生され、脂質の消化と吸収に必要とされる。胆汁酸合成に関与する酵素の分析によって、肝細胞ガン患者における胆汁酸抱合酵素BAAT(胆汁酸-CoA:アミノ酸N-アシルトランスフェラーゼ)の濃度が上昇していることが明らかになった。肝ガンの実験モデルを用いて、BAATを欠失させると、抗腫瘍免疫応答が改善した。一次胆汁酸はT細胞中に蓄積してDNA損傷を誘発することができたが、しかしある種の二次胆汁酸はT細胞機能を障害した。ウルソデオキシコール酸(ウルソジオール)を食餌で補充するとT細胞機能を上昇させ、免疫監視を強化した。(hE,kh)

【訳注】
  • 腫瘍微小環境:腫瘍やガン細胞の周囲に存在する免疫細胞や血管系細胞、線維芽細胞などのさまざまな細胞や分子、血管によって構成される複雑な環境。
  • 一次、二次胆汁酸:肝臓で生合成された胆汁酸を、一次胆汁酸と言う。その一部は腸管内で腸内細菌による変換を受け、その腸内細菌による代謝物は、二次胆汁酸という。
Science p. 192, 10.1126/science.adl4100; see also p. 137 10.1126/science.adu7928

おそらく気候の問題ではない (Probably not the climate)

種が何を食べたかについて、その歯の形から多くのことが言える。オーストラリアでは、約4万年前までに多くの大型有袋類が絶滅したのは、気候変動に直面する中で食物の幅が狭かったためではないかという仮説が立てられてきた。Armanたちは、現存するカンガルー種と絶滅したカンガルー種を歯の微細摩耗手法を用いて調べ、ほとんどのカンガルー種は一般食者であり、草食あるいは木葉食の専門食者ではないため、気候に起因する植生の変化に対処するように適応していたと結論づけた。したがって、カンガルー種の絶滅は気候変動によって引き起こされたものではなく、おそらく人間が原因である可能性が高い。(Sh,nk,kh)

Science p. 167, 10.1126/science.adq4340

イオンを適所に保持する (Keeping ions in place)

二硫化モリブデン(MoS2)の層は、ペロブスカイト太陽電池(PSC)の電荷輸送層へのイオンの不要な移動を阻止できる。Zaiたちは、ガラス上にウェハー規模のMoS2層を成長させ、逆型太陽電池の組立て中に層を機械的に転写して、ホルムアミジニウム・ヨウ化鉛を包み込んだ。これらの層は、イオンの移動と少数電荷担体を阻止した。小面積のPSCとより大きなモジュールの電力変換効率(PCE)は、それぞれ26%と20%であった。このPSCは、85°Cで1200時間作動後のPCE低下が4%であることを含め、高い安定性を示した。(Sk,kh)

Science p. 186, 10.1126/science.ado2351