Science January 3 2025, Vol.387

気候変動について考える (Reflecting on climate change)

2023年はなぜ予想よりもずっと暖かかったのだろうか。人為的強制とエルニーニョ現象が少なくとも理由の一部であると示唆されているが、それらでは気温の急上昇の規模を説明することはできない。Goesslingたちは別の原因を特定している。それは主に北半球の中緯度域と熱帯域の下層雲被覆率の減少によって引き起こされた、記録的に低い惑星アルベドである。もしもこの変動が新しい常態方向への軽い逸脱を表すものであるならば、私たちの未来は予想よりも早く暑くなる可能性がある。(Uc,nk,kh)

Science p. 69, 10.1126/science.adq7280

超薄膜導電体を改良する (Improving ultrathin conductors)

非晶質半金属のリン化ニオブは、ナノメートル規模の薄膜では三次元状態よりも大きな電気伝導率を有しており、ナノ規模の電子装置への応用を可能にするかもしれない。Khanたちは、(結晶トポロジカル絶縁体材料である)リン化ニオブの非晶質薄膜を、非晶質基質中においてナノ結晶として成長させた。1.5ナノメートル厚さの薄膜の場合、この材料は銅よりも2倍以上導電的であった。(Sk,nk,kh)

【訳注】
  • トポロジカル絶縁体:物質の内部は絶縁体でありながら、表面は電気を通すという物質。
Science p. 62, 10.1126/science.adq7096

運任せ (Luck of the draw)

世界は、自然界と人間界とも、不平等に満ちており、研究者たちは、どの程度の差異が「運」(偶然性とも呼ばれる)から生じるのかを知りたいと長らく望んできた。生物が生まれてくる環境の変動性を考えると、あらゆる系にわたってこの影響を調べるのは極めて困難である。Zippleたちは、半野生で、しかしほぼ同じ条件の囲い地の中のマウスに対して、環境と遺伝子型の両方を同じにした実験を行った。彼らは、小さな偶然の出来事がマウスの生涯にわたって増幅され、全体的にみれば競争における優劣につながることを見出した。しかしこの影響は、オスのマウス(オスは資源をめぐって争う)だけに起き、一方メス(メスにはこの争いはない)には見られなかった。(MY,nk,kh)

Science p. 81, 10.1126/science.adq0579

穏やかに入り込む窒素 (Gently sliding in nitrogen)

最近、創薬活動用に合成される化合物の蓄積を多様化するために、分子骨格の1個または2個の原子を1回で編集する方法が急増している。Ghoshたちは今回、5員環のピロール、インドール、イミダゾール環に窒素を挿入する比較的便利で汎用性の高い方法を報告している。この反応は、安定した前駆体から得られるスルフェニルニトレンに依存している。硫黄系脱離基により酸化剤が不要になり、そのためこの過程は、酸化に敏感な官能基に適合するものになっている。(Wt,MY,kh)

Science p. 102, 10.1126/science.adp0974

魚における紫外光からの保護 (Ultraviolet light protection in fish)

近年、非視覚器官で光受容体が発現していることが明らかにされてきた。それらの役割はいまだ十分には説明されていない。Fukudaたちは、ミナミメダカ(Japanese rice fish)において脳下垂体中の分泌細胞が光刺激に応答することを見出した。メラニン細胞刺激ホルモン産生細胞を紫外光に暴露すると、これらの細胞でカルシウム流入が増大し、メラニン形成細胞刺激ホルモンの放出をもたらした。光受容体タンパク質であるOpn5mを欠損させた魚はメラミン産生の減少を示した。これは非視覚性光受容体が紫外光保護機構として作用している可能性を示唆している。(MY)

【訳注】
  • メラニン形成細胞刺激ホルモン産生細胞:下垂体中葉に存在し、表皮の基底層に存在しているメラニン形成細胞中でメラニンの合成を促すペプチド(メラニン細胞刺激ホルモン)を産生する細胞。
Science p. 43, 10.1126/science.adj9687

リン酸化に基づく回路の設計 (Designing phosphorylation-based circuits)

共有結合性リン酸化によるタンパク質の修飾は、生物系における信号処理の主要な機構である。Yangたちは、遺伝子回路ではなくリン酸化に基づく合成生化学シグナル伝達を設計するためにこのような生物系のモジュール性を用いる1つの系を開発した。さまざまなタンパク質ドメインを組み合わせて、彼らは合成キナーゼ、基質、およびリン酸化に依存する相互作用ドメインを設計し、外部信号を感知して増幅し、導入遺伝子の発現を活性化可能な合成回路を作成した。たとえば、ヒトT細胞では、このような回路は腫瘍壊死因子αを感知し、制御されたサイトカイン分泌を維持することができた。リン酸化に基づく信号の迅速な調節と可逆性、およびプログラムされたタンパク質間相互作用は、さまざまな治療および診断応用に役立つ可能性のある回路の多目的な設計とモデル化のための機会を与える。(KU,MY)

Science p. 74, 10.1126/science.adm8485

酸化ルテニウムを安定化させる (Stabilizing ruthenium oxide)

酸化ルテニウムへのタンタルの付加は、水分解の酸素発生反応中の酸化ルテニウムの溶解を遅らせ、それが酸化イリジウムの代替品になることを可能にできる。Zhangたちは、溶解は表面構造に敏感であること、そしてタンタルの付加は腐食を遅らせ活性を増大させることを示した。1平方センチメートルあたり1アンペアの電流密度で2800時間の稼働後、触媒であるTa0.1Ru0.9O2–xはほぼ一定の電圧を示し、減衰率は1時間あたり約14マイクロボルト未満であった。(Sk,nk,kh)

Science p. 48, 10.1126/science.ado9938

AIによる粒子加速器の調整 (Tuning particle accelerators with AI)

大規模言語モデル(LLM)は、科学者が、高エネルギー物理学、ガン治療、材料科学で使用される高度な粒子加速器を調整するのに役立つ。Kaiserたちは、LLMが標準的な技術アルゴリズムを用いるのではなく、加速器の操作員からの書き記されたプロンプトのみを使用して加速器サブシステムを自律的に調整できるかどうかをテストした。彼らのテストでは、既存の最適化アルゴリズムの方が依然優れてはいるが、評価されたLLMシステムの約半数がこのタスクで有望な結果を示した。この概念実証研究は、現代の人工知能(AI)が、複雑な数値最適化タスクをより迅速に解決するのを支援できる可能性を例証している。この種の最適化タスクは、現代の科学ではますます一般的になっている。(Wt,nk,kh)

【訳注】
  • プロンプト:LLMを、適切な状況に関する結果を出すように導くための助言入力。
Sci. Adv. (2025) 10.1126/sciadv.adr4173

小児ガンの根源に迫る (Getting at the roots of pediatric cancer)

小児ガンは比較的まれではあるが、幼児期死亡の重要な原因であり、その生物学的特性は成人の悪性腫瘍ほど十分には理解されていない。これらの腫瘍の発症年齢の低さは、遺伝がその発症に大きな役割を果たしている可能性を示唆しているが、これまで生殖細胞系列の変異を持つことが見つかった小児ガン患者はごく一部に過ぎない。Gillaniたちは、ガンを患う小児、その親、および血縁関係のない対照群からの遺伝子データを調べることで、あまりよく研究されていない種類の生殖細胞系列の変化である構造多型がまた、固形腫瘍、特に神経芽腫のリスクに寄与していることを突き止めた(Hehir-KwaとMacintyreによる展望記事参照)。この疾患は、特に男性において、神経発達遺伝子の改変と関連していたが、その理由は未だ分かっていない。(KU,kh)

【訳注】
  • 構造多型(SV):個体間のゲノムの違いのうち、50塩基対以上の大きさのもの。この大きさにより一塩基対多型(SNP)や、50塩基対より小さい多型(挿入、欠失)であるインデルと区別される。
Science p. 39, 10.1126/science.adq0071; see also p. 28, 10.1126/science.adu6125

老年者の価値 (The value of elders)

老齢が若年個体よりも個体群存続への寄与が少ない老年個体に導くと一般的に考えられてきたため、年齢は自然システムにおいて過小評価されることが多い。しかしながら、多くの種において老年個体の方が実際に若年個体よりもより寄与していることを示唆する研究が増え続けている。例としては、非限定成長する魚類や、重要な文化的知識を持つ高度に社会的な哺乳類が挙げられる。Kopfたちは、老年動物からの寄与について知られていることを概説し、老年動物がさまざまな生活史戦略全体に不可欠であると結論付けている。さらに、著者たちは、この知識が過小評価されており、この年齢層が脅威にさらされており、特別な保護が必要であると主張している。(KU,nk,kh)

Science p. 38, 10.1126/science.ado2705

クルミの雌雄異熟の起源 (The origins of walnut heterodichogamy)

顕花植物の種の中には雌雄異熟を示すものがあり、そこでは同一植物の雄花と雌花が逐次的に開花する。この形質は同類交配を防ぐのに有益そうであるが、その起源と遺伝的基盤はよく分かっていない。Grohたちは、いくつかのクルミ亜種におけるこの形質を、遺伝子TPPD1を含む2つの構造多型に対応付けた。この遺伝子は他の植物種では花の発生の基盤となっている。興味深いことに、彼らはこの遺伝子座がピーカンナッツ近縁種における雌雄異熟の原因ではないことを見出した。このことはこれらの属におけるこの形質が進化的に転換した可能性を示唆するものである。(MY,kh)

【訳注】
  • 同類交配:交配パターンの1つで、類似の表現型を有する個体同士が交配相手となる性的選択の一形態。
  • 構造多型(SV):「小児ガンの根源に迫る」の訳注参照のこと。
  • ピーカンナッツ:クルミ科の落葉高木であるヒッコリーの果実。
Science p. 40, 10.1126/science.ado5578

プラスチック分解酵素の探査 (Prospecting for plastic-degrading enzymes)

ポリエチレン・テレフタレート(PET)は、飲料用ボトル、繊維、多くの他の応用に使われていて、天然に存在する酵素によってその構成モノマーに分解できる数少ないプラスチックの1つである。Seoたちは地形プロファイリング法を発展させて、これらのプラスチックを分解する微生物酵素の可能性を特定し特性を明らかにした。いくつかの科にわたる2000近い候補酵素の選別で、(分解)能力と(熱)安定性の地形が得られ、それをもとに彼らはさらなる試験と最適化に向けた地形ピークを特定することができた。逐次的変異生成を用いて2つの酵素が設計され、それらは、とりわけ再生利用用途での使用にふさわしい厳しい条件下で、比較対象に比べて優秀な性能を示した。(MY)

【訳注】
  • 地形:ここでは、遺伝子の表現型とアミノ酸配列とその適応度の関係をxy平面で視覚化した「適応度地形(fitness landscape)」に基づく用語として使われている。
Science p. 41, 10.1126/science.adp5637

ありふれた部位に潜む抗原 (Antigen hiding in plain site)

マラリア原虫のスポロゾイトは吸血性のハマダラカによってヒトの皮膚に注入された後、肝臓に移動し、そこで複製を行う。抗原不定探索戦略を用いて、Daconたちは、抗マラリア標的の新規分子を探し求めて、非複製段階の肝前性スポロゾイト段階を探索した。組換えスポロゾイト周囲タンパク質(CSP)を認識しない10個のモノクローナル抗体(mAb)がヒト試料中に同定された。これらのmAbは原虫自体によって発現され、N末端で切断されたCSPのみを認識した。続くピログルタミン酸化によって、これまで知られていない、非反復的で保存されたエピトープを露出した。治療薬としてのこのmAbの直接的価値は別として、CSP抗原の別の処理が、新しい研究先導化合物を、また次世代のマラリア・ワクチンを提供するかもしれない。(hE,nk,kh)

【訳注】
  • スポロゾイト:マラリアを引き起こす寄生虫であるマラリア原虫は、蚊とヒトとの間を交互に感染する生活環を持つ。その過程でマラリア原虫は様々に形態を変化させることが知られており、蚊からヒトへ感染する際の形態をスポロゾイトと呼ぶ。
Science p. 42, 10.1126/science.adr0510

押圧がかかると冷却する (Cooling under pressure)

圧力熱量材料は、固体を押して圧力による相転移を通過させることにより冷却することが可能であり、蒸気圧縮方法の代替手段を提供する。Piperたちは、有機イオン性柔粘性結晶が潜在的に魅力的な圧力熱量材料であることを示している(TamaritとLloverasによる展望記事参照)。常温または常温以下では、これらの結晶は比較的低い圧力で比較的大きな圧力熱量効果を伴う相転移を生じる。この材料系は多岐にわたり、その構造が調節可能であるため、冷却用途に適した特性の組み合わせを見つけるための柔軟性がもたらされる。(Sk,kh)

【訳注】
  • 有機イオン性柔粘性結晶:結晶格子内における構成分子が、長距離的な重心の秩序を保ったまま回転運動などを示す材料を柔粘性結晶といい、有機カチオンと有機/無機アニオンから構成される柔粘性結晶材料を有機イオン性柔粘性結晶という。
Science p. 56, 10.1126/science.adq8396; see also p. 26, 10.1126/science.adu3670

波を捉える (Catch a wave)

渡りは多くの動物の生活の重要な要素であり、彼らが地域や季節にまたがって資源を活用できるようにしている。鳥の渡りについては多くのことが分かっているが、コウモリの渡りについては、夜行性動物の大規模な移動を監視することが難しいため、はるかに少しのことしか分かっていない。Hurmeたちは、小型の非常に高度なIOT(Internet of Things)用発信器を用いて、小型の食虫コウモリである、ユーラシアヤマコウモリの春の渡りを監視した(McGuireによる展望記事参照)。彼らは、メスのコウモリが主に暖かい夜と温暖前線を利用して出産用営巣地に渡ることを見出した。しかしながら、メスのコウモリたちはかなりの適応性を示し、一部の個体は旅を始めるには遅くなるまで待って、その結果としての飛行エネルギー増を甘受していた。(Sk,nk,kh)

Science p. 74, 10.1126/science.ade7441; see also p. 27, 10.1126/science.adu7970

燃えるような疑問 (Burning questions)

カナダでは、過去40年にわたって山火事の頻度と激しさが著しく増加した。この傾向の原因と影響は何だろうか? Wangたちはデータとモデルを組み合わせて、生態学的地域別の毎日の火災の深刻度を見積もり、火災の深刻度の主な要因を特定した(Ganによる展望記事参照)。彼らは、燃焼物(樹木、草)の乾燥が火災の深刻度に最大の影響を与える要因であること、夏季に深刻な火災を被る可能性が高く、過去40年にわたって、特に2001年から2020年にかけて、高度に深刻な火災につながる日数の増加が生じたことを見出した。異常に活発な2023年の火災シーズンは、火災に関する同様の空間構造を示したが、火災の深刻度における極端な増加を示した。(KU,kh)

Science p. 91, 10.1126/science.ado1006; see also p. 24, 10.1126/science.adu5463

必須でないフィードバック (Nonessential feedback)

前庭動眼反射回路は、頭や体の傾きに応じて網膜上の画像を安定させる役割を果たしている。Learyたちは、ゼブラフィッシュの幼生におけるこの回路の発達に対する外部感覚フィードバックの役割を研究した。著者たちは、前庭ニューロンが注視行動の発達前に成熟した応答に達すること、先天的に盲目の魚で注視の安定化が正常に発達することを示している。著者たちは、注視の安定化の出現を決定する律速過程が、運動ニューロンと眼筋の間の神経筋接合部の発達であることを見出した。この研究は、脳回路の成熟と関連する行動の関係の間の予期せぬ側面を明らかにしている。(KU)

Science p. 85, 10.1126/science.adr9982