Science December 20 2024, Vol.386

量子集団の運動 (Motions of the quantum collective)

マイクロ機械振動子およびナノ機械振動子は今や、量子領域で操作できるようになった。それらは他の自由度ともつれるさせることができて、量子テレポーテーションと量子ストレージに利用することができる。現在までのところ、これらのシステムは単一またはペアの振動子に限られている。Chegnizadehたちは今回スケールアップ可能なことを実証し、夫々が量子基底状態にあるいくつかの機械振動子からなる巨視的な集合系を用意した。著者たちは、集団的な光機械現象を観測した。それでこのような挙動は、高度な量子計測と巨視的量子現象の基礎研究に応用できる可能性がある。(Wt,nk,kh)

Science p. 1383, 10.1126/science.adr8187

月の裏側の火山活動の年代測定 (Dating volcanism on the Moon’s far side)

嫦娥6号探査機は、2024年6月に月の裏側の衝突盆地内に着陸した。探査機は地表のサンプルを収集し、それらを実験室で分析するために地球に持ち返った。Cuiたちは、嫦娥6号によって収集された火山玄武岩の破片を放射年代測定法を用いて研究し、それらが28億年前に形成されたと決定した。玄武岩に含まれる放射性の熱を発生する元素の量は低く、それだけではこの噴火を説明するには不十分である。著者たちは、衝突盆地の下では地殻が薄いためその地域での火山活動の存続を可能にしたと示唆している。彼らは、また、月面の遠隔年代測定への影響についても論じている。(Wt,nk,kh)

Science p. 1395, 10.1126/science.adt1093

ピペリジンへのワンツーパンチ (One-two punch to piperidines)

現代の創薬は比較的平面的な分子の研究が好まれ、それに関しての無数の修飾反応が最適化されてきた。標的化合物を3次元に拡張する最近の取り組みは、それ故に異なる方法を必要とする。Heたちは、連続的な酵素水酸化とニッケル電気触媒クロス・カップリングによって、ピリジンの飽和3次元類似体であるピペリジンを修飾するための汎用性のある2段階の反応手順を紹介している。結果としての生成物は、従来の方法でこれを得るにはより遠回りしたカスタマイズされた経路を必要としたであろう。(KU,kh)

【訳注】
  • ピペリジン:6員環構造を持つ複素環式アミン。
Science p. 1421, 10.1126/science.adr9368

通信する自然免疫 (Communicating innate immunity)

細菌から植物、人間まで、Toll/インターロイキン1受容体(TIR)ドメインによるシグナル伝達は、自然免疫の重要特性である。植物では、TIR系タンパク質がヌクレオチドに基づくシグナル伝達分子の産生を触媒し、その結果、タンパク質複合体の形成を引き起こして下流の免疫応答を活性化する。2つの研究者グループが、これらの複合体の1つであるEDS1-PAD4-ADR1(EPA)の構造を決定した。Yuたちは、シロイヌナズナでEPAの形成をもたらすTIR由来の種固有の小分子を特定した。Wuたちは、単子葉植物では古典的なTIRドメイン受容体(TNL)がないにもかかわらず、イネでは同様のやり方でEPA複合体が形成されることを見出した。イネのTIRだけからなるタンパク質は双子葉植物におけるTNLと同じ免疫活性化機能の一部を達成しており、これは遠縁種間での機構上の進化的保存を示すものである。(MY,nk,kh)

【訳注】
  • Toll/インターロイキン1受容体(TIR)ドメイン:昆虫や動物、植物で、病原体に関連する分子パターンを認識し、自然免疫を作動させるパターン認識受容体ドメインのこと。
  • TNL:植物の細胞内にある免疫受容体のNLR受容体(ヌクレオチド結合性ロイシン・リッチ・リピート受容体)はそのN末端側のドメイン構造により3つに大別され、ドメイン構造がToll/インターロイキン1受容体(TIR)のものをTNLと言う。
Science pp. 1405, 1413; 10.1126/science.adr2138. 10.1126/science.adr3150

抗体の偏り抑制を助ける (Helping limit antibody bias)

特定株あるいは特定サブタイプのウイルスに対する個人の免疫応答は、過去の感染歴および遺伝子要因によって 形作られると言っても差し支えない。Mallajosyulaたちは一卵性双生児それもワクチン接種された新生児のデータを集め、1つのワクチンの中で見られる特定インフルエンザ株への偏った抗体応答については、遺伝的要因への関連がより強いことを見出した。マウス・モデルおよびヒト・オルガノイド系において、4つの異なるインフルエンザ株由来の抗原を、1つの足場を通じて共に結合した形態で送達すると、各々の株に対する抗体産生が増加した。免疫応答の範囲拡大は、B細胞が抗体を作るのを支援するヘルパーT細胞の多様性向上と相関していた。(MY,kh)

Science p. 1389, 10.1126/science.adi2396

ALAS1はRNAサイレンシングを抑制する (ALAS1 represses RNA silencing)

5-アミノレブリン酸合成酵素1 (ALAS1) は、ミトコンドリア内でヘム生合成の律速酵素として機能する。Leeたちは、ALAS1とマイクロRNA調節の間の関連性を明らかにした。彼らは遺伝的、ゲノム的、生化学的方法を用いて、ALAS1がメッセンジャーRNA分解を担う成熟したアルゴノート・エフェクター複合体の組み立てを抑制することでマイクロRNAの蓄積を制限することを見出した。ALAS1のこの役割は、ヘム生成におけるその正準的な役割とは無関係で、細胞質ALAS1によって仲介される。著者たちは、マウスにおいてALAS1抑制が合成低分子干渉RNAのサイレンシング活性を高めるという概念実証を提供し、これはRNA干渉療法に対する一般的な補助剤としての可能性を示唆している。(KU,nk)

【訳注】
  • アルゴノート;細胞内でRNA干渉という遺伝子の発現を調節する重要な機構に関わるタンパク質ファミリーの一つ。
Science p. 1427, 10.1126/science.adp9388

細胞RNAは抗ウイルス防御を支える (Cellular RNA supports antiviral defenses)

RIG-I様受容体 (RLR) は、動物細胞内のウイルスRNAを検出するセンサーである。RLRは、ミトコンドリア抗ウイルス・シグナル伝達 (MAVS) アダプター・タンパク質にシグナルを送り、転写因子と抗ウイルス遺伝子プログラムの活性化を引き起こすシグナル伝達複合体の形成を刺激する。Gokhaleたちは、MAVS内の非構造化領域が、ウイルスRNAではなく細胞RNAの3'非翻訳領域と相互作用すること、そしてこれがRLRに依存しないことを見出した (BestとHageによる展望記事参照)。細胞RNAは、MAVSと他のタンパク質の間の相互作用に影響を与えた。これまでMAVSを調節するとは知られていなかったが、細胞RNA-依存的方法でMAVSと相互作用するいくつかのタンパク質の枯渇が、RLR-依存の抗ウイルス応答を抑制した。(KU)

【訳注】
  • アダプター・タンパク質:シグナル伝達に関与するタンパク質の一種。
Science p. 1362, 10.1126/science.adl0429 see also p. 1346, 10.1126/science.adu4928

加齢における神経-ミトコンドリア連関を標的にする (Targeting neuro-mito coupling in aging)

加齢はミトコンドリア機能の弱まりを伴う。しかしながら、加齢が神経細胞中のミトコンドリアにどのように影響するのかは十分解明されていない。Liたちは、若いマウスと 加齢マウスの海馬での学習と記憶に果たすミトコンドリアにおける転写の役割を調べ、興奮とミトコンドリアにおける転写が強く連関していることを突き止めた(BingulとOwenによる展望記事参照)。この過程は 加齢脳では損なわれているらしく、その有効性を向上させるとことで、げっ歯類の加齢による認知機能低下が弱められた。これは加齢に伴う認知機能低下に対抗するための可能性のある標的を示唆するものである。(MY,kh)

Science p. 1363, 10.1126/science.adp6547; see also p. 1349, 10.1126/science.adu4935

退屈な10億年の寒冷なる終焉 (A cold end to the Boring Billion)

顕生代からの化石データは、地球規模の生物多様性の長期的な変化と、それが進化、環境変化、種の相互作用によってどのように形成されたかについての洞察を提供している。より早期の原生累代からの洞察は、データの歴史的な欠落と矛盾のため、相対的に不足している。Tangたちはデータと分析方法の最近の進歩を利用し、原生代全体の真核生物の多様性の最新の推定値を作成した。彼らはクライオジェニアン期以前の「退屈な10億年」に種の豊富さが徐々に増加したことを見出した。これは、その後のエディアカラ紀のより高い多様性と動態とは異なる。クライオジェニアン氷河期は、絶滅と多様化の速度が速まるこの変化を定めているようである。(Uc,KU,nk,kh)

【訳注】
  • 退屈な10億年(he Boring Billion):約18億年前から8億年前の時代。その前後の時代と違って、酸素濃度上昇や現象全球凍結現象といった大規模な環境変動の記録が残されていない。
Science p. 1364, 10.1126/science.adm9137

ステロイド性防御代謝産物 (Steroidal defense metabolites)

ナス属の種で産生されるステロイド性天然物は有害生物や病原体に対する化学的防御分子として作用し、またそのいくつかはヒトにとって抗栄養的性質も有する。今回、2つのグループが、これらの二次代謝産物の生合成を指示するGAME15と呼ばれるセルロース合成酵素様タンパク質の特定を報告している。Jozwiakたちは、GAME15がコレステロール・グルクロノシルトランスフェラーゼとしても、またコレステロール性およびステロイド性糖アルカロイド中間体を制御するメタボロン中の足場タンパク質としても作用することを見出した。Bocciaたちは、この同じタンパク質を特定し、イヌホオズキ(Solanum nigrum)でこのタンパク質に対応する遺伝子を欠失すると、ステロイド性アルカロイドとサポニンの両方をもたない植物を生成することを示した。GAME15の特定は、異種植物宿主中で遺伝子操作を行って化学防御分子を作り出すための道を開くものであり、化学的防御と自己毒性とのバランスを理解する助けとなるかもしれない。(hE,kh)

【訳注】
  • 抗栄養的:抗栄養素ともいう. 栄養素の代謝や機能を阻害したり栄養素を分解する因子。
  • メタボロン:代謝経路を構成する酵素タンパク質 によって細胞内で特異的に形成される複合体。
Science pp. 1365, 1366; 10.1126/science.adq5721, 10.1126/science.ado3409

光り輝く、キラルな黒体放射体 (Bright, chiral black-body emitters)

サブミクロン規模のキラリティを持つように機械的にねじられたカーボン・ナノチューブの糸またはタングステン線は、加熱すると、可視から中赤外波長の範囲で円偏光を生成できる。Luたちは、他のキラルな放射体とは異なり、これらの黒体放射体は振動状態による制限がなく、高輝度を実現できることを見出した(BharadwajとJacobによる展望記事参照)。そのスペクトル特性は、プランクの法則と揺動散逸定理を両立させる機構を用いてモデル化された。セラミック複合体は、この電気的に加熱された放射体が長寿命化することを可能にした。(Sk,kh)

Science p. 1400, 10.1126/science.adq4068; see also p. 1348, 10.1126/science.adu2323

メタン同位体は全てが混ざり合う (Methane isotopes get all mixed up)

地中から抽出されたメタン中の重水素と炭素13の含有量は、水素と二酸化炭素からの微生物メタン生成(軽同位体を濃縮する)によるものか、或いは熱生成それとも他の生物学的過程を通して生成されたのかどうかについての証拠を提供すると期待されている。Mayumiたちは、低水素と高静水圧である地下条件下では、水素を消費するメタン生成培養菌が実際に同位体をほぼ平衡値に平衡させることを見出した。したがって、深部生物圏内での炭素循環はこれまで考えられていたよりも複雑である可能性があり、著者たちは同位体効果に基づく地下メタンの起源に関する結論の再評価を主張している。(Sh,kh)

【訳注】
  • (参考) https://www.aist.go.jp/aist_j/press_release/pr2024/pr20241220/pr20241220.html
Science p. 1372, 10.1126/science.ado0126

流体を様式化する (Patterning fluids)

モアレ物理学は、電子現象と波動現象を探求し、利用するための有望な手段を代表している。Xuたちは、流体力学的メタマテリアル中に周期的な渦を作成し、その後、そのような2つの渦流体を積み重ねてねじることにより、二重層モアレ超格子を作成した。定位置にある流体力学的渦度は、それぞれの流体層における格子サイトの役割を果たした。著者らは、これらのモアレ超格子の特徴的な温度場を観察することによって実験的に可視化し、物理量の輸送におけるかなりの非局在化と局在化に気付いた。彼らの観察は、流体力学的メタマテリアルにおいて、モアレによる平坦バンドがどのように作成され得るかを示している。(Sk,kh)

【訳注】
  • メタマテリアル:自然界の物質にはない振る舞いを実現するために作られた複合的な人工物質。
  • 平坦バンド:電子の分散関係(エネルギーの波数依存性)においてエネルギーが波数に依存しないバンドであり、それによって高温超伝導や強磁性が引き起こされる可能性が指摘されている。
Science p. 1377, 10.1126/science.adq2329