Science February 7 2025, Vol.387

より高次元の位相を見る (Viewing topology in higher dimensions)

物理系の対称性と位相は、位相的な性質を支配する対称性と密接な関係がある。準結晶は秩序系であるが、並進対称性や回転対称性を持たない。が既に、準結晶が高次元の結晶を低次元空間に射影したものとして理解できることを示している。Tsessesたちは、位相的不変量に対するこの投影の意味を研究するために、プラズモン・ベースのシステムを開発した。 4次元空間に入り、それを2次元に射影すると、プラズモン準結晶上の光波の複雑なダイナミクスは、4次元の位相的電荷ベクトルの運動とそれに関連する位相的電荷保存則を示した。この方法により、より高次元の位相系の研究が可能になる。(Wt,kh)

Science p. 644, 10.1126/science.adt2495

トウモロコシの根のハイドロパターニング (Hydropatterning of maize roots)

不均一な土壌の状況では、植物の根系は水を探し出さなければならない。Scharwiesたちは、いくつかのトウモロコシの品種が水が乏しい場所で側根を形成するのに、一方他の品種はより効率的に水に向かって根を伸ばすことを見出した。この形質の相違の遺伝的根拠を解明し、著者らは、オーキシン、エチレン、アラ-ビノガラクタン・タンパク質が連携して、水のある場所では側根の発達を促進するが、根のより乾燥した部分では側根の形成を抑制することを見出した。これらの構成要素の基礎となる遺伝子の多様性は、根のハイドロパターニングの多様性をもたらし、より乾燥した環境におけるトウモロコシの品種の成功をもたらす可能性がある。(Sk,nk,kh)

【訳注】
  • ハイドロパターニング:土壌水分の空間的差異を根の先端で感知して、利用可能な水に向かって新しい根の枝を様式化する現象。
  • オーキシン:植物の形態形成や環境応答を制御する植物ホルモン。
  • アラビノガラクタン:細胞間の接着や認識、情報伝達を介して植物細胞の分化・成長に関わる糖タンパク質。
Science p. 666, 10.1126/science.ads5999

植物における巨大なY染色体を解き明かす (Untangling the giant Y in a plant)

Y染色体はXY種では退化していることで札付きだ。とはいえ、いくつかの種で巨大なY染色体が注目されてきた。MoragaたちとAkagiたちは、マツヨイセンノウとその近縁種のゲノム配列を決定し、この種の雌雄異体の進化と約500メガ塩基のY染色体の特徴についての洞察を得た。両グループとも、祖先遺伝子の退化があったことX染色体とY染色体の両方に転移因子の大きな膨張があることを見出した。彼らはまた、いくつかの性決定遺伝子の候補を同定した。これらの研究は、性染色体が観察された最初の顕花植物の進化動態を明らかにするものだ。(Sh,kh)

【訳注】
  • マツヨイセンノウ:ヨーロッパ原産の帰化植物で、白い花が咲き全草に毛が密生している多年草で、道端や原っぱで見られる。雄株と雌株に別れ、雄株はXY、雌株はXXと、人と同じ性染色体を持つ。
  • 転移因子:細胞内でゲノム上の位置を移動する(転移する)能力を持つDNA配列。トランスポゾン。
Science p. 630, 10.1126/science.adj7430, p. 637, 10.1126/science.adk9074

分光法からもっと搾り出す (Squeezing more out of spectroscopy)

光周波数コムとデュアル・コム分光法は、すでに高分解能分光法を可能にすることが示されてきた。Hermanたちは、デュアル・コム分光法を量子領域に持ち込み、光周波数コムで量子力学的絞り出し光を使用することの計測上の利点を実証している。絞り出し光を用いるデュアル周波数コム分光法は、分子検出の感度,今回の場合は硫化水素の検出であるが、量子ノイズの低減がガス濃度判定において量子的2倍高速化をもたらした。この方法は、周波数コム計測、高解像度分光法、センシング応用において、絞り出し状態を用いた、さらなる開発を促進するだろう。(Wt,kh)

Science p. 653, 10.1126/science.ads6292

本能を抑制することによる可撓性 (Flexibility by suppressing instinct)

多くの感覚皮質機能の内の1つが、皮質下回路の調節によって本能的応答の活性を変更することであると提案されてきた。Mederosたちは、本能的防御行動を抑える学習に対する、皮質下のシナプス可塑性機構を明らかにした。重要な経路は、一次視覚皮質後外側の高次視覚野(V1野)から外側膝状体腹側核(vLGN)への投射であり、この経路が経験に基づいて本能的恐怖応答を調節した。学習後にはこの経路はもはや不要だった。学習により生じるこの可塑性には、抑制性シナプスによる、後外側高次視覚野によって活性化されるvLGNニューロンへの、内因性カンナビノイドが仲介する長期抑制が関与し、この抑制がシナプス前放出の確率を低減した。(MY,kh)

【訳注】
  • カンナビノイド:マリファナに含まれる生理活性物質の総称。摂取により、脳のカンナビノイド受容体に作用し、幻覚や高揚感など精神症状を引き起こす。体内にもカンナビノイド受容体に作用する物質が存在し、内因性カンナビノイドと呼ばれている。
Science p. 682, 10.1126/science.adr2247

糖尿病における血管の役割 (Role of blood vessels in diabetes)

肥満によって誘発されることの多いインスリン抵抗性は、2型糖尿病の根底にある異常である。肥満とインスリン抵抗性についての機構に注目する研究のほとんどは、代謝に重要な役割を果たすことが知られている細胞、例えば、肝臓、骨格筋や脂肪組織などの細胞を試験してきた。Choたちは、その焦点を血管構造、さらに特定すると、内皮のインスリンのシグナル伝達に移した。著者たちは、肥満になると濃度が増すペプチド・ホルモンであるアドレノメデュリンが、ヒトでもマウスでも内皮におけるインスリンのシグナル伝達を阻害することを見出した。根底にある機構を試験することに加えて、著者たちは、アドレノメデュリン受容体拮抗物質がインスリン感受性に有利な効果をもつことをマウスモデルで示し、将来の治療方法に可能性のある方向性を示した。(hE)

Science p. 674, 10.1126/science.adr4731

栄養素がT細胞のヒストン標識を管理する (Nutrients direct T cell histone marks)

疲弊とは、T細胞が慢性ウイルス感染や腫瘍に応答する時に生じうる機能低下状態のことを言う。Maたちは、疲弊T細胞内のヒストン・アセチル化が、さまざまな栄養素を通してアセチル補酵素A(アセチルCoA)を産生する代謝酵素によってどう影響されるのかを調べた。ATP-クエン酸リアーゼはヒストン・アセチル化酵素であるKAT2Aと共局在化し、グルコース由来のクエン酸塩を介して、終末期疲弊に関連する遺伝子座に対するヒストン・アセチル化を促進した。アセチルCoA合成酵素2は酢酸塩からアセチルCoAを産生するものであるが、p300と呼ばれる(KAT2Aとは)異なるヒストン・アセチル化酵素と会合して疲弊状態に関連するヒストン修飾のパターンを制御し、いくらかのエフェクター機能を備えたT細胞の自己再生を促進した。アセチルCoA合成酵素2の活性をATP-クエン酸リアーゼと比べて向上させることは、終末T細胞の機能不全を限られた範囲にすることができるかもしれない。(MY,kh)

【訳注】
  • ATP-クエン酸リアーゼ:クエン酸とCoAをアセチルCoAとオキサロ酢酸に変換する反応を触媒する酵素。
  • 終末疲弊:慢性的に活性化され続け、免疫機能と増殖能力が低下したT細胞の状態。
Science p. 626, 10.1126/science.adj3020

酵母核内の細菌DNA (Bacterial DNA in a yeast nucleus)

ゲノムの配列構成、クロマチン構造、転写活性は、数十億年にわたる進化を反映している。外来DNA、これは宿主ゲノムと大幅に異なりうるので、その導入がしばしばこの進化過程を乱す。Meneuたちは、出芽酵母に導入された細菌と真核生物由来の大きなDNA配列が、そのグアニン・シトシン含有率に依存して、他の活性な酵母染色体と混ざり合うか、さもなければ不活性な球状区画に分離することを示した (FudenbergとRamaniによる展望記事参照)。この自発的な分離は、宿主ゲノムの活性な転写を必要とし、このことは根底にあるDNA配列によって正確に予測される。これは、クロマチン区画化が獲得されたゲノム配列の多様性から生じたことを示唆している。(KU,nk,kh)

Science p. 627, 10.1126/science.adm9466; see also p. 580, 10.1126/science.adv1576

マラリアと猿まねの悪ふざけしてはいけない (No monkeying with malaria)

マラリア対策は、薬剤耐性と殺虫剤耐性の絶え間ない出現に悩まされている。マラリアを引き起こす原虫 (Plasmodium spp.) における新たな標的を見つけるその探索は、霊長類から人間に感染する人獣共通マラリアの認識によりさらに緊急になってきた。OberstallerたちとElsworthたちは、アジア・マカク・サルの風土病であるマラリア原虫Plasmodium knowlesiにおいて近飽和のトランスポゾン変異誘発スクリーニングを行つたが、これはPlasmodium中の介入用標的を与える可能性のある必須遺伝子を狙いとしている (MoonとBushellによる展望記事参照)。これらの分析は、新しい宿主への適応をそれに可能にしたかもしれない高水準の代謝可塑性を、P. knowlesiが有することを示した。比較分析が、多くの遺伝子がPlasmodium種間で保存されているが、存在する差異が特定の遺伝子座での薬剤耐性に対する種特異的適応と選択を暗示することを示した。(KU,nk,kh)

Science p. 628, 10.1126/science.adq6241, p. 629, 10.1126/science.adq7347; see also p. 582, 10.1126/science.adv2328

文化として伝達される言語 (Culturally transmitted language)

すべての人間の言語は、ジップ分布として知られる特定の単語分布に従っている。この分布は、単語の相対的使用頻度に関係し、言語の文化としての伝達を反映していると考えられている。このパターンは、言語生成の初期段階の乳児にも見出されてきた。これらの前言語パターンの研究に使用された方法は、他の種の歌や鳴き声の研究を可能にする。Arnonたちはこの方法を使用して、8年間にわたって収集されたザトウクジラの歌を研究した (WhitenとYoungbloodによる展望記事参照)。彼らは、この歌にジップ分布の明確な証拠を見出したほか、統計的一貫性や部分列の簡潔さなど、人間の言語の他の特徴も見出した。(Uc,kh)

【訳注】
  • ジップ分布:以下のジップの法則に従う分布を言う。出現頻度が k 番目に大きい要素が、1位のものの頻度と比較して 1/k に比例するという経験則。包括的な理論的説明はまだ成功していないものの、様々な現象に適用できることが知られている。
  • <
Science p. 649, 10.1126/science.adq7055; see also p. 581, 10.1126/science.adv2318

腎臓の取り扱い説明書 (User’s guide to the kidney)

さまざまな基礎疾患による腎臓病は非常に一般的であり、患者の合併症、医療費、死亡率に大きく寄与する。この問題に包括的に取り組むために、Liuたちは、200万人を超える患者の遺伝子データと数百人の腎臓の詳細な検査からなる膨大な資料を単一細胞精度で研究されたサブセットと共にまとめた。さまざまな種類の腎臓病に寄与する多数の遺伝子変異を特定することに加えて、著者たちは、さらに腎臓病を引き起こしそうな遺伝子、関連遺伝子、細胞型、および可能な治療標的の特定を支援するために、遺伝子スコアカードを考案した。(KU,nk,kh)

Science p. 625, 10.1126/science.adp4753

防御した状態でたたき続ける (Hammering away at protective properties)

シャコは、(自分自身が)大きな損傷を被ることなく、直接的およびキャビテーション気泡の急速な崩壊の両方で、獲物を素早く強烈にたたく能力で知られている。この能力の多くは、シャコの棍棒状指節の構造の複雑な多重規模組織と、その結果生じる機械的特性によるものであるとされてきた。Aldereteたちは、高速分光技術を用いて、棍棒の構造が効果的にせん断波を取り除いて打撃時の衝撃力を緩和できることを示し、フォノニックな遮蔽能力(Zavattierによる展望記事参照)に関する棍棒構造の効果を明らかにした。(Sk,nk,kh)

Science p. 659, 10.1126/science.adq7100; see also p. 578, 10.1126/science.adv3100