細胞は最高の薬 (Cells make the best drugs)
体外で改変されその後に再導入された細胞は、特定の組織内の標的分子を認識して局所的に作用するように設計できるという点で、ほとんどの低分子治療薬よりも有利である。現在、二つの研究が、ヒト疾患を治療するための細胞工学の進歩を実証している (DavilaとBrentjensの展望記事参照)。ReddyたちはヒトT細胞を遺伝子操作して、自己免疫疾患と臓器拒絶反応を引き起こすような、過敏性T細胞を認識する合成受容体を作成した。試験した中で最も効果的な改変細胞は、合成受容体が抗炎症性サイトカインと、局所的に産生される炎症性サイトカインの溜り場として作用する受容体の、両方の産生を引き起こすプログラムを開始する細胞であった。マウス・モデルでは、有害な全身性免疫抑制なしに所望の組織を保護する論理プログラムを用いてこのような細胞を設計することができた。SimicたちはT細胞を改変して、脳の細胞外基質に局在する抗原を認識する合成受容体を作成した。その合成受容体は、脳内のがん細胞を標的にして死滅させるキメラ抗原受容体の産生を刺激する遺伝子回路を活性化したが、マウスの他の場所に移植した回路は活性化しなかった。神経炎症性脳疾患のマウス・モデルは、抗炎症性サイトカインを局所的に産生するように遺伝子操作された細胞を用いて治療することができた。(Sh,KU,nk)
【訳注】
- サイトカイン:免疫細胞から分泌され、免疫を正常に機能させる物質。免疫細胞は病原体やがん細胞などの異物を体内で認識すると炎症性サイトカインを誘導することによって生体の炎症(異物排除)を促し、免疫反応を活性化させる。また免疫反応が過剰となり身体を傷つけたり疾患を引き起こすことがないよう、炎症を抑制する作用がある抗炎症性サイトカインも分泌される。
- キメラ抗原受容体:がん細胞を認識する一本鎖抗体と、T細胞を活性化させる分子のシグナル伝達領域を組み合わせた、ゲノム編集技術を用いて作成された人工的な抗原受容体。
- 遺伝子回路:真核生物では、RNAポリメラーゼを、転写開始に関わる遺伝子上流領域であるプロモーターに召集する転写因子が存在する。転写因子の制御を受けて異なる転写因子を合成するような形で、転写因子濃度を信号とした回路を形成することで、転写の促進や抑制を制御できる。この反応ネットワークを遺伝子回路という。
Science p. 1109, 10.1126/science.adl4237, p. 1108, 10.1126/science.adl4793; see also p. 1094, 10.1126/science.adt9921