Science December 6 2024, Vol.386

マイクロRNAが翅の色素沈着を制御する (A microRNA controls wing pigmentation)

翅の着色様式は、蝶と蛾を通じて広く研究されてきており、しばしばその遺伝子であるcortexが選択の何度も起きる標的として結びつけられている。しかしながら、cortex阻害の分子研究では、一致した結果が見られていなかった。TianたちはCRISPR法を用いて、cortex近傍のマイクロRNA(miRNA)であるmir-193が、この遺伝子座の色素沈着に対する効果を担っていそうなことを突き止めた。このmiRNAはivoryという名の長鎖非コードRNAに由来し、色素沈着に加えて翅の発達に影響を及ぼす。注意深い分子解析により、この研究は色素沈着におけるこのよく知られた遺伝子座の役割の根底にある機構を明らかにしている。(MY,nk,kh)

【訳注】
  • マイクロRNA:多段階的な成熟過程を経て産生する21~25塩基長の1本鎖RNAで、標的とするmRNAに結合してその翻訳を物理的に阻害することで、さまざまな遺伝子発現を抑制する。
Science p. 1135, 10.1126/science.adp7899

1つの変異がそれら全てを変える (One mutation to change them all)

2021年に、多様な鳥類、海洋哺乳類、ヒトに感染力のある高病原性インフルエンザH5N1の分岐群2.3.4.4bウイルスが検出された。2024年に、分岐群2.3.4.4bウイルスは米国の乳牛の間に広範に広がり、少数の軽い症例をヒトに引き起こしたが、トリが持つ受容体への特異性は変わらないままだった。歴史的に、このウイルスはヒトに最大30%の致死率をもたらしてきたため、Linたちは、宿主受容体の認識を(ヒトへと)完全に切り替えるのに必要な変異に関する遺伝的および構造的な解析を実施した。トリからヒトへの特異性の変化の成立には、ウイルス血球凝集素の第226残基でのグルタミン酸からロイシンへの単一変異で十分であった。自然界において、この単一変異の発生が、ヒトでの世界流行の危険性に対する指標となりうるかもしれない。(MY,kh)

Science p. 1128, 10.1126/science.adt0180

脆弱から可撓へ (From brittle to plastic)

熱電材料は熱と電気を相互変換し、室温応用のための高効率な材料が求められている。Dengたちは、脆弱なテルル化ビスマス中に高密度の欠陥を導入することが、材料を可塑にし、さらに熱電効率をも向上させることを見出した。これらの欠陥は、特性の向上につながる、単結晶テルル化ビスマス中のさまざまな微細構造を生じさせる。この方法は、他の脆弱な半導体にも広く役立つであろう。(Sk,kh)

Science p. 1112, 10.1126/science.adr8450

単一刺激由来多重変形 (Multiple deformations from a single stimulus)

単一の刺激に応答して多重変形可能な構造を設計するには、混成材料からなる構成物、複雑で精密な幾何学的構造、それに多重刺激というかなりの組み合わせが必要となる。液晶エラストマー(LCE)は等方相-ネマチック相転移を通過するよう駆動したとき、大きな形状変化を起こすことができるが、その変化は通常一方向である。Yaoたちは、個々にはネマチック相-等方相転移しか示さない2つの単量体を用いてLCEを設計・合成した。しかしながら、組み合わせると、それらは等方性からスメクチックA、スメクチックAからスメクチックCという2つの液晶相転移を示すため、温度の変化だけで引き起こされる両方向変形が可能になる。結果として、この2つの転移で2つの形状変化が観察される。(MY,kh)

【訳注】
  • スメクチック相:棒状の液晶分子が層状に配列した状態の相。スメクチックAは棒状分子が層面に垂直に配列し、スメクチックCは層面に対して傾いて配列したもの。
Science p. 1161, 10.1126/science.adq6434

今後の見通し (Predicting a path forward)

プラスチックの生産量が増加しており、プラスチック汚染が人間と環境の健康に及ぼす影響に対する懸念も高まっている。これらの悪影響を軽減する政策としては、新規プラスチックの生産量を制限したり、リサイクルを義務付けたり、使い捨てプラスチックを減らしたり、廃棄物管理やリサイクル・インフラに投資して不適切な管理を減らすことが考えられる。Pottingerたちは、2050年までのプラスチックの生産、取引、廃棄物管理の傾向を予測する機械学習モデルを構築し、8つの考えられる政策介入の効果をシミュレートした。生産使用活動不変のシナリオでは、2050年にはプラスチックの使用量が37%増加し、リサイクルされるプラスチックの割合が減少し、不適切な管理 (リサイクルも埋め立ても焼却もされない) をされたプラスチックが2倍になると予想されている。政策介入を組み合わせることで、不適切な管理のプラスチックを91%削減できる。(Uc,nk,kh)

Science p. 1168, 10.1126/science.adr3837

拡散が高親和性バインダーをつくる (Diffusion builds high-affinity binders)

タンパク質結合タンパク質の新規設計(デノボ設計)をするためのいくつかの手法が現在あるが、計算機による設計によって特異性を制御しながら高親和性を達成することは今なお大きな課題である。Gloglたちは、ランダム・ノイズから出発して設計を最適化するRosettaFoldに基づく設計プログラムであるRFdiffusionを用いて、難しい標的タンパク質である腫瘍壊死因子受容体のためのバインダー(タンパク質結合タンパク質)を設計した。著者たちは、最初の設計作成後、部分的拡散工程を用いて、単量体バインダーに対する低ピコモルの親和性を達成した。彼らはまた、この方法で作られた精巧な特異性ある設計を確立し、他の受容体ファミリー・メンバーにむけて設計の目標を変えることができることを示した。これらの結果は、生物学に、また潜在的に、薬物療法学に用いるための特異的かつ高親和性のタンパク質結合タンパク質を作り出すための、現在のタンパク質設計手段の可能性を示すものである。(hE,kh)

【訳注】
  • RFdiffusion:拡散モデルを利用して、既知の生理活性化合物の構造情報をデータ群として使用し、機械学習アルゴリズムによってその構造情報から新しい化合物を生成する手法。拡散モデルとは、ノイズ・データからスタートして、徐々にノイズを除去していくことで望みのデータを生成する技術。
Science p. 1154, 10.1126/science.adp1779

ますます確実な (Increasingly certain)

人間の活動が地球の気候を変えていることは明らかであるため、研究者たちはその潜在的な影響を研究し、種の減少や絶滅を予測してきた。地球規模でのその影響の理解には、多くの研究の統合を必要とする。約10年前に最初に始まった取り組みを追跡調査することで、Urbanは、上昇しつつある気温がますます多くの絶滅を引き起こし、最も多い(温室効果ガスの)排出量の筋書きでは地球上の種のほぼ3分の1の、とりわけ特別脆弱な分類群や地域の種の絶滅を引き起こすであろうことを、より高い確信をもって予測できることを見出した。(Sk,nk)

Science p. 1123, 10.1126/science.adp4461

創傷治癒がうまくいかないとき (When wound healing goes awry)

がんは、時には、決して治らない傷と呼ばれてきた。Martinたちは、老化し、突然変異による損傷や組織損傷が蓄積するにつれて、悪化した創傷治癒応答がどのようにして疾患プロセスを引き起こすかについて概説している。傷の修復過程がうまくいかないときには、炎症、線維化、そしてー本当にーがんという結果を招く可能性がある。(Wt,nk,kh)

Science p. 1107, 10.1126/science.adp2974

細胞は最高の薬 (Cells make the best drugs)

体外で改変されその後に再導入された細胞は、特定の組織内の標的分子を認識して局所的に作用するように設計できるという点で、ほとんどの低分子治療薬よりも有利である。現在、二つの研究が、ヒト疾患を治療するための細胞工学の進歩を実証している (DavilaとBrentjensの展望記事参照)。ReddyたちはヒトT細胞を遺伝子操作して、自己免疫疾患と臓器拒絶反応を引き起こすような、過敏性T細胞を認識する合成受容体を作成した。試験した中で最も効果的な改変細胞は、合成受容体が抗炎症性サイトカインと、局所的に産生される炎症性サイトカインの溜り場として作用する受容体の、両方の産生を引き起こすプログラムを開始する細胞であった。マウス・モデルでは、有害な全身性免疫抑制なしに所望の組織を保護する論理プログラムを用いてこのような細胞を設計することができた。SimicたちはT細胞を改変して、脳の細胞外基質に局在する抗原を認識する合成受容体を作成した。その合成受容体は、脳内のがん細胞を標的にして死滅させるキメラ抗原受容体の産生を刺激する遺伝子回路を活性化したが、マウスの他の場所に移植した回路は活性化しなかった。神経炎症性脳疾患のマウス・モデルは、抗炎症性サイトカインを局所的に産生するように遺伝子操作された細胞を用いて治療することができた。(Sh,KU,nk)

【訳注】
  • サイトカイン:免疫細胞から分泌され、免疫を正常に機能させる物質。免疫細胞は病原体やがん細胞などの異物を体内で認識すると炎症性サイトカインを誘導することによって生体の炎症(異物排除)を促し、免疫反応を活性化させる。また免疫反応が過剰となり身体を傷つけたり疾患を引き起こすことがないよう、炎症を抑制する作用がある抗炎症性サイトカインも分泌される。
  • キメラ抗原受容体:がん細胞を認識する一本鎖抗体と、T細胞を活性化させる分子のシグナル伝達領域を組み合わせた、ゲノム編集技術を用いて作成された人工的な抗原受容体。
  • 遺伝子回路:真核生物では、RNAポリメラーゼを、転写開始に関わる遺伝子上流領域であるプロモーターに召集する転写因子が存在する。転写因子の制御を受けて異なる転写因子を合成するような形で、転写因子濃度を信号とした回路を形成することで、転写の促進や抑制を制御できる。この反応ネットワークを遺伝子回路という。
Science p. 1109, 10.1126/science.adl4237, p. 1108, 10.1126/science.adl4793; see also p. 1094, 10.1126/science.adt9921

水の中の水素結合を理解する (Understanding hydrogen bonding in water)

数十年に及ぶ研究にもかかわらず、液体の水の水素結合網は、今もなお多くの未解決課題を提起している。Florたちは、(自分たちが開発し、命名した)相関振動分光法を用いて、伸縮振動と屈曲振動を通して、液体の水の中の水素結合相互作用を直接監視した。この方法は、従来の振動分光法では直接測定できなかった、液体の水の中の電荷移動と核の量子効果を定量化することができた。提示された技術は、各振動モードの分子結合に対する直接かつ簡単な測定を提供することが可能で、原理的には、多くの興味深い液相系の分子段階の詳細を解明するために使用できる。(Sk,nk)

Science p. 1110, 10.1126/science.ads4369

個体数以上を失う(Losing more than numbers)

主にハリウッド映画の描写の影響で、多くの人々は、サメを危険な脅威または強靭で貪欲な捕食者とみなしている。サメやその他の板鰓類は、実際にさまざまな生態的地位を占めており、生態系全体にわたって重要な生態学的役割を果たしている。さらに、サメはいろいろな意味で強靭ではあるが、人間からの強い圧力にはほとんど耐えることができずにきた。Dulvyたちは50年にわたるデータを調べ、サメとエイの総個体数が1970年以降半減しており、これらの減少が海洋生態系全体にわたる重要な生態学的機能の喪失を引き起こしてきたことを見出した。(Sk,nk,kh)

Science p. 1111, 10.1126/science.adn1477

場所を見る (Seeing the sites)

微生物叢を構成する良性生物は、適切な宿主を認識する機構を持っている。ニッチへの帰巣は、ありふれた共生生物よりも病原体に対してよく理解されているが、Gutierrez-Garciaたちは、ショウジョウバエの腸の微生物叢で「共生」島の徴候を調べた (SmithとGuilleminによる展望記事参照)。著者たちはライブ・イメージング法を用いて、ショウジョウバエの前腸への共生細菌Lactiplantibacillus plantarumのニッチ局在の特異性を継代中にin vitroで追跡した。著者たちは、コロニー形成島と呼ぶ遺伝子クラスターを持つ線状プラスミドを特定したが、その島はセリンに富む反復タンパク質接着因子と補助遺伝子の多くのオープン・リーディング・フレームを含んでいる。コロニー形成島は腸のFirmicute細菌の間で広く保存されているようで、ニッチ認識に対する共通機構を示している。(KU,kh)

【訳注】
  • ライブ・イメージング法:生きた状態の細胞や組織の様子を可視化して観察する手法
  • Firmicute細菌:腸内細菌における4つの大きな分類の内の一つ
Science p. 1117, 10.1126/science.adp7748; see also p. 1091, 10.1126/science.adt803

テロメア間マウス・ゲノム (A telomere-to-telomere mouse genome)

ロングリード配列決定技術の進歩により、これまで配列決定が困難だったゲノムの反復性の高い領域の解明が実現可能になった。Liuたちは、元ははC57BL/6マウス系統に由来する半数体雄性発生の胚性幹細胞株に対するテロメア-から-テロメアへ (T2T) 参照ゲノムを作成した。著者たちは、テロメアとセントロメアの反復が非常に接近していることで生じる大きな間隙で特徴的なマウス染色体の短腕を効率的に組み立てた。このより完全な参照ゲノムが、リボソームDNAだけでなく、これまで解明されていなかった遺伝子の解明を可能にし、マウス遺伝学を研究する研究者にとって重要な資源を提供するだろう。(KU,kh)

【訳注】
  • ロングリード配列決定技術:リアルタイムに長い塩基配列を決定する技術。例えば、DNA分子やRNA分子が膜に埋め込まれたナノポアを通過する際に起こる電気的信号を検出して、1塩基ごとの配列決定を行う。
  • セントロメア:染色体の長腕と短腕が交差する部位。
Science p. 1141, 10.1126/science.adq8191

「孵化の時期だ」と脳が言う (“Hatching time” says the brain)

卵から幼若動物への孵化は、多くの場合、好条件で起こるように時期が定められている。しかしながら、孵化の時期を決定するために用いられる感覚入力の統合と孵化に関与する神経回路の根底にある脳の機構は、いまだに曖昧である。Gajbhiyeたちは硬骨類における孵化を研究し、甲状腺刺激ホルモン放出ホルモン (Trh) が孵化を誘発する神経内分泌因子であることを示した (ArgentonとGothilfによる展望記事参照)。魚類の胚の視床下部から血流中に放出されたTrhは、孵化腺からの絨毛膜溶解に必要なプロテアーゼの放出を直接に誘発し、それにより幼生が卵から脱出できる。この結果は、卵生種における最も重要な事象の1つを制御する神経機構を明らかにする。(KU,kh)

Science p. 1173, 10.1126/science.ado8929; see also p. 1090, 10.1126/science.adu0649

連続的センシングの迅速な回復 (Rapid recovery for continuous sensing)

試薬不要のバイオセンシングは、通常、抗体やアプタマーなどの親和性受容体に基づいているが、タンパク質分析物の解離が遅いという本質的な課題があり、これは高感度を達成するために必要な高親和性相互作用に関しては大きな課題である。この課題が、連続的センシングを行う能力を妨げててきた。Zargartalebiたちは、センシング電極への正電圧の高周波振動を用いて、タンパク質分析物の解離を大幅に加速した (Wangによる展望記事参照)。主な利点は、実装が簡単で、さまざまなセンサー設計に普遍的に適用できる可能性である。著者たちは、その電極をマイクロニードル装置に実装し、マウス・モデルで糖尿病に関連するサイトカイン濃度を追跡できることを示した。(KU,nk,kh)

【訳注】
  • アプタマー:特定の分子と特異的に結合する核酸分子やペプチド。
Science p. 1146, 10.1126/science.adn2600; see also p. 1093, 10.1126/science.adt8928

クローヴィス人の食生活の直接的な復元 (Direct reconstruction of the Clovis diet)

北アメリカのクローヴィス人(1万3,000から1万2,000年前)がマンモスのような大型動物を狩猟し、食用としていたことは長い間認識されてきたが、彼らがこれらの種だけを食用としていたのか、それとももっと幅広い食生活を送っていたのかについては論争が続いている。Chattersらは、生後18ヵ月の子供の遺骨アンジック1(訳注1)に安定同位体分析を行ってその子の母親が食べていたものを再現し、マンモスが最も多く、次いでヘラジカとバイソンであることを見出した。彼らは次に、母親の食物をこの地域の肉食動物の食物と比較し、今では絶滅したシミタートゥース・キャット(訳注2)の食物に最も近いことを見出したが、この動物はマンモスの狩猟に分化した。著者らは、このマンモスの捕食に集中したことがクローヴィス文化の急速な拡大を促進したという考えを示唆している。(ST,kh)

【訳注】
  • アンジック1:アメリカモンタナ州西部のアンジック墓地遺跡で発掘された男児の遺骨。
  • シミタートゥース・キャット:サーベルタイガーの小型版として知られる鋭い歯を持つ巨大ネコ。外見はハイエナに似ていたと考えられている。
Sci. Adv. (2024) 10.1126/sciadv.adr3814