Science November 29 2024, Vol.386

砂糖の配給が健康リスクを低減する (Rationed sugar reduces health risk)

幼少期の栄養は、後の人生の代謝健全性に影響を及ぼすことが一般に認められているが、特定種類の栄養素の影響を抽出することは困難であり、そのような影響が分離して生じることは稀である。Gracnerたちは、英国での第二次世界大戦に関連する砂糖配給の突然の解除の結果生じた自然実験を利用した。他の食物類もまた配給され、その後まちまちの時期に解除されたが、砂糖は配給終了後に消費が急激に上昇した唯一のものだった。著者たちは、胎児期や幼少期に砂糖の配給を体験したあるいは体験しなかった人々に関する英国バイオバンクのデータを使って、後の2型糖尿病と高血圧の発症に対するこの配給の予防効果を実証した。(MY,kh)

Science p. 1043, 10.1126/science.adn5421

ソーシャル・メディアにおける義憤 (Moral outrage on social media)

誤情報は依然として、米国の民主主義の完全性、国家安全保障、公衆衛生に対する大きな脅威である。しかし、ソーシャル・メディア界は、有害だが魅力的なコンテンツの拡散を抑制するのに苦労している。McLoughlinたちは、誤情報の拡散における感情、特に善悪に関連する怒り(嫌悪と怒気の混合)の役割を調査した。信頼できるニュース・ソースと比較し、誤情報ソースからの投稿は、喜びや悲しみという柔らかな感情よりも、怒りの反応と憤慨を引き起こした。ユーザーは憤慨を引き起こしたコンテンツ再共有の動機付けされ、最初に正確性を判断するために読むことなく他と共有した。ユーザーが道義上の立場や政治的集団への忠誠を示すために憤慨すべき不正確なコンテンツを共有する可能性があるため、正確に共有することだけを強調する介在は、誤情報を抑制できない可能性がある。(Uc,nk,kh)

Science p. 991, 10.1126/science.adl2829

渇き感を抑制する (Suppressing thirst)

定期的に運動する人なら誰でも、ひどい喉の渇きを感じるということがどんなものか知っている。水に対するこの強力な欲求は哺乳類内で共通であり、我々の水に対する生理的な要求が満たされることを確実にしている。しかしながら、冬眠する動物では、飲水と渇き感が数か月間抑制される。Junkinsたちは、よく研究されている冬眠する齧歯類であるジュウサンセンジリスでこの現象を調べ、水分不足の生理的指標に直面しているにもかかわらず、渇き感の数か月間の抑制が生じることを見出した。この抑制は脳室周囲器官の神経細胞の活動低下によってもたらされるが、その器官が冬に機能低下の状態になるのである。(Sk,kh)

Science p. 1048, 10.1126/science.adp8358

エニオン的歩行者 (Anyonic walkers)

「エニオン」という用語は通常、相互に位置を入れ替えることで非自明な量子力学的位相を獲得できる2次元空間内の粒子に結びつけられる。関係はあるが、異なるカテゴリの粒子を単一空間次元で明示することができる。Kwanたちは、光格子に保持された冷たい原子を用いて、これらの1次元エニオンを観察した。彼らは、量子顕微鏡を使用して、これらの粒子が量子ウォークを行う際の動態を追跡し、その特徴的な量子統計を観察した。(Wt,kh)

Science p. 1055, 10.1126/science.adi3252

MOFは浸透気化分離を可能にする (MOFs enable pervaporation separation)

金属有機構造体(MOF)材料に見られる均一で調整された細孔は、膜系分離に優秀となるはずある。しかしながら、同じ方向にその流路を揃える方法を見つけることが大きな課題である。Sunたちは、膜支持体にMOF UiO-66の単層をスピン・コートし、次に超分岐ポリマーでオーバー・コートしてMOF粒子間の空隙を埋め、混合基質膜を形成することで、これらの課題を克服した。著者たちは、ナフサ中の芳香族炭化水素と脂肪族炭化水素を分離することでこれらの膜の有用性を実証した。(KU,kh)

【訳注】
  • UiO-66:金属にZrを用いたZr系MOF。
Science p. 1037, 10.1126/science.adq5577

ないことが多すぎる (Too much of nothing)

酸素欠乏帯(ODZ)は、溶存酸素が非常に低濃度である、あるいはゼロのことさえある海洋領域である。ODZでは海洋生物は生存できないかもしれないため、気候変動が引き起こすであろうより高い気温によってこの欠乏帯がどのように影響を受けるかは、極めて重要な問題である。Dupreyたちは、東部熱帯北太平洋のサンゴの骨格の窒素同位体の記録を提示し、そこでの酸素水準が太平洋十年規模振動(PDO)と同調して変化していることを示している。これらの結果は、世界最大である太平洋ODZの将来が、PDOの十年規模の変化の振幅に地球温暖化がどのように影響しているかにかかるであろうことを示している。(Sk,kh)

Science p. 1019, 10.1126/science.adk4965

セントラル・ドグマ内での逢瀬 (Coupling in the central dogma)

タンパク質コード遺伝子の発現のため、RNAポリメラーゼはDNAをmRNAへと転写し、その後リボソームがこのmRNAをタンパク質へと翻訳する。細菌では転写と翻訳が同時に起き、これがRNAポリメラーゼとリボソームの互いの協同を可能にする。Websterたちは低温顕微法を用いて、転写中のRNAポリメラーゼとリボソーム間の初期遭遇を可視化した。この遭遇が新生mRNA上での翻訳を開始させる。単一分子実験と細胞内クロスリンキング質量分析による裏付けの下、この研究は、これら2つの分子装置のさまざまな要素がどのように協同してリボソームを新生mNAに動員するのかを示している。(MY,kh)

【訳注】
  • クロスリンキング質量分析:相互作用しているタンパク質複合体の成分を架橋物質で化学的に結合させ、その後質量分析することでタンパク質複合体の相互作用部位の情報を得る分析法。
Science p. 989, 10.1126/science.ado8476

集積メタサーフェス・オプトエレクトロニクス (Integrated metasurface optoelectronics)

メタサーフェスは、光を効果的に散乱、吸収、放出できるサブ波長ナノ構造の高密度アレイで典型的には構成される超薄型光学素子である。当初は受動的なデバイスとして開発されたが、現在では能動的な光学機能を持つメタサーフェスの開発が進められている。Haたちは、メタサーフェスを基盤とする光電子デバイスの現状を概説し、主要な成果、基礎となる原理、および今後待ち受ける技術的課題に焦点を当てている。彼らは、メタサーフェス製造、材料選択、エレクトロニクスとの共同設計、デバイス集積化に用いられるさまざまな戦略について論じており、これらはすべて、この技術の商業化に向けた不可欠なステップである。(Wt,kh)

Science p. 986, 10.1126/science.adm7442

光学的に活動するマイクロロボット (Optically active microrobots)

複数の機能性を搭載可能なロボット装置の小型化は、さまざまな分野にわたる感知と撮像において多くの機会を提供している。Smartたちは、ロボット工学と光学の分野を組み合わせた微小ロボットの基盤技術を開発した(Coulaisとvan de Groepによる展望記事参照)。このロボットは、ナノメートル厚の機械的な膜、プログラム制御可能なナノ磁石、回折光学素子で構成されている。このロボットは、外部磁場によって作動させられ、可視光周波数で動作する。著者たちは、移動、回折限界以下での撮像、光線操作や焦点整合用の調整可能な回折光学素子、ピコニュートン感度を有する超小型の力感知など、さまざまな機能を実証している。(Sk,kh)

Science p. 1031, 10.1126/science.adr2177; see also p. 968, 10.1126/science.adt4838

性差のある脱髄 (Sex-biased demyelination)

加齢と年齢に関連する神経変性疾患で観察される過程である脱髄は、発生率と重篤度の両方で性による差を示している。Lopez-Leeたちは、一細胞核遺伝子発現解析と空間的遺伝子発現解析、機能解析を用いて、マウスでのこれらの性差の基盤となる機構を研究した。X連鎖遺伝子Tlr7は脱髄の性差を決定し、その除去や阻害は性差を減らし、タウ・タンパク質媒介性脱髄のマウス・モデルにおいて脱髄から保護した。これらの結果は、神経障害における性差を媒介する機構の解明に寄与する。(Sh,kh)

【訳注】
  • 脱髄:神経細胞の軸索を取り巻いて神経伝達速度を高める髄鞘が損傷することで、神経信号の伝達が障害される疾病。
  • 空間的遺伝子発現解析:個々の細胞内や核のRNA分子の発現を観察する技術に対し、組織の網羅的な遺伝子発現情報を得ることで、組織や細胞の位置や形態情報を伴った遺伝子発現情報を可視化する技術。
  • X連鎖遺伝子:X染色体上で受け継がれる遺伝子。
Science p. 988, 10.1126/science.adk7844

腸管上皮幹細胞の維持 (Intestinal stem cell maintenance)

腸内の幹細胞は、化学信号や物理的な力の影響を受けて常に周囲の環境に適応している。Baghdadiたちは、幹細胞が物理的な変化を検出して応答するのを助けるピエゾ機械感受性イオン・チャネルに注目した。生体内遺伝子モデルと、生物工学手法で作製した基質上に培養されたミニ腸により、ピエゾ・チャネルが幹細胞の機能と生存に不可欠であることが明らかになった。腸管上皮幹細胞は、比較的硬い細胞外基質を持つ腸陰窩の底部に存在する傾向がある。腸管上皮幹細胞のピエゾ・チャネルは剛性と伸張の変化を感知し、その変化が幹細胞の挙動を制御し、 結果、腸機能の維持に役立つ。(Sh,kh)

【訳注】
  • 腸管上皮幹細胞:永続的な自己複製能とすべての腸管上皮細胞への分化能を持つ。腸陰窩の底部に局在し、抗菌ペプチドを分泌するパネート細胞と交互に配列している。
  • ピエゾ・イオン・チャネル:細胞膜に埋め込まれた3つのプロペラの羽根のような構造を持ち、細胞膜の張力変化に応じて中央部が開口し、細胞内に陽イオンを取り入れることで、機械刺激を電気信号に変換する膜タンパク質。
  • 腸陰窩:小腸と大腸の管の内側表面の粘膜に多くある、目に見えないサイズの細かい管状のくぼみ。
Science p. 987, 10.1126/science.adj7615

耐性を予測するパターン (Patterns predicting resistance)

マラリア原虫のゲノムは高度に可変性であり、薬剤耐性進展の予測を困難にしている。さらに、技術的および物流的な複雑さが、薬剤耐性を現場で監視することを困難にしている。Luthたちは、さまざまな抗マラリア化合物に対して耐性であることが知られている熱帯熱マラリア原虫(Plasmodium falciparum)クローンのゲノムを綿密に検討して、一連の128遺伝子中に確率の高い多様体を特定した。既知の標的に加えて、新しい耐性遺伝子や対立遺伝子、ならびに多剤耐性に関連するゲノムとコード化タンパク質の特徴が特定された。これらの多様体は、かさ高いアミノ酸変化を伴うミスセンス変異またはフレームシフト変異のようであり、進化的に保存されたタンパク質ドメイン中で起こる傾向が高い。このような分子マーカーの蔓延は、医薬開発研究に対して、また地域のマラリア管理政策を適合させることに対して、早期の警告シグナルを提供するかもしれない。(hE,nk,kh)

【訳注】
  • ミスセンス変異:遺伝子内の塩基配列が変化または置換することで、本来合成されるべきアミノ酸とは異なるアミノ酸が合成され、異常なタンパク質が作られる変異。
  • フレームシフト変異:DNAの塩基配列にヌクレオチドが挿入や欠失することで、遺伝情報の読み取りフレームが変化する遺伝子変異。
Science p. 990, 10.1126/science.adk9893

小型で柔軟なイオントロニクス用液滴 (Droplets for miniature soft iontronics)

イオントロニクス分野は、生体模倣設計、脳型コンピューティング、生物医学技術などの応用において、その有望な応用性により、急速に拡大している。しかしながら、現状のイオントロニクス素子は、主に固体系の技術が使われていて、固体チャネルに密閉された電界物質を備えたマイクロやナノの流体系に依存している。これらの装置の小型化は難題であり、またそれらの生体適合性は不十分である。Zhangたちは、界面活性剤で支持されたナノリットル絹ヒドロゲル滴の自己組織化により作製される、自立し小型で柔軟な「dropletronics」と呼ばれるイオントロニクス用モジュール一式について報告した(Baretによる展望記事参照)。提案された技術基盤は、小型イオントロニクス系への新規な可能性を切り開くかもしれないいくつかの特有な特性を有している。(MY,kh)

【訳注】
  • 脳型コンピューティング:人間の脳の情報処理方法を模倣し、脳神経系のように機能するよう作られた計算機に関する技術のこと。処理速度が高速でかつ消費エネルギーが低いとされる。
Science p. 1024, 10.1126/science.adr0428; see also p. 970, 10.1126/science.adt6784

一緒に歩く (Walking together)

現在では、初期人類の進化は同時代的に存在した多くの系統から作られた物語であることが広く受け入れられている。この模式に対する証拠は主に、複数化石が類似期間のものだと年代決定されたことに基づいてきた。Hatalaたちは、ケニヤのTurkana盆地で得られた1.5百万年前の初期人類の複数の足跡について記述している。それらは異なる2種の人類によって互いに数時間か数日以内に作られた(Harcourt-Smithによる展望記事参照)。これらの足跡は、歩き方と姿勢が異なる個体によって作られたことが解析により示され、著者たちは、これらがホモ・エレクトスとパラントロプス・ボイセイであるとの仮説を立てている。この地域では両方の種の化石が見出されるが、これらの足跡は両種が共存し、相互作用したらしいことを示している。(MY,kh)

Science p. 1004, 10.1126/science.ado5275; see also p. 969, 10.1126/science.adt8033

手放す (Letting go)

真核細胞では、新生の分泌タンパク質と膜タンパク質はシグナル認識粒子(SRP)によって小胞体(ER)を目標地にされる。WangとHegdeは、ER膜に到着するとTMEM208がこれらの積荷をSRPから取り外すのを助けることを示した。SRPから遊離しない新生タンパク質は、成熟に必要な移行装置と結合できない。TMEM208は膜タンパク質にとって特に重要であることが判明したが、それは膜タンパク質が通常SRPに強く結合し、挿入能力をすぐに失うからである。SRP目標指向経路におけるこの長く見過ごされていた過程の発見は、SRPが積荷を適切な時間と場所でどのように放出するかを説明するのに役立つ。(KU,kh)

Science p. 996, 10.1126/science.adp0787

とらえどころのない標的への新たな洞察 (New insights into an elusive target)

BCL11Aは、脳と造血(血液)細胞の発達に関与する転写因子である。BCL11Aは、赤血球における胎児から成体へのヘモグロビンの切り替えに主要な役割を果たしており、BCL11Aを標的とする遺伝子治療は、鎌状赤血球症やβサラセミアなどの遺伝性ヘモグロビン異常症の治療に有望であることが示されてきた。しかしながら、遺伝子治療方法の複雑さが、低所得国および中所得国の人々への到達可能性を阻んでいる可能性がある。Zhengたちは、BCL11A調節の構造的および生化学的特徴を研究し、BCL11Aが四量体として機能することを発見した。これは、安定状態のBCL11Aタンパク質の生成に必要な特徴である。さらに、この四量体は、胎児グロビン・プロモーターのリプレッサーとしての機能において独立して動作しているらしい。これらの洞察は、ヘモグロビン障害を治療するための将来の薬剤設計に役立つ可能性がある。(KU,kh)

【訳注】
  • βサラセミア:βグロビン鎖の合成能の低下によるヘモグロビン合成異常によって生じる疾患。
Science p. 1010, 10.1126/science.adp3025