Science November 22 2024, Vol.386

余裕を与えよ (Give them room)

捕鯨の大半は20年以上前に終了したが、クジラと船舶の直接衝突等の人間活動は、クジラの個体数に悪影響を及ぼし続けている。Nisiたちは、クジラが見つかった435,000地点に基づき、世界中に分布する4種のクジラの移動を地図化し、これを世界の船舶運航活動と関連付けた。彼らは、クジラの生息域と移動経路の大部分で活発な船舶運航が行われていることを見出した。衝突を防ぐための保護海域は、クジラの移動多発点の10%未満であった。著者たちは、船舶がますます増える海でクジラを保護するには、管理の拡大が不可欠であると主張している。(Uc,nk,kh)

Science p. 870, 10.1126/science.adp1950

睡眠による認知処理能力向上の方法 (How sleep improves cognition)

睡眠は、行動および認知処理能力を高める。しかしながら、根底にある回路活動の変化が、どのように睡眠後の処理能力増大の原因となっているのかはほとんど分かっていない。Kharasたちは、サルの脳のいくつかの領域で、単位の神経細胞活動を同時に記録することにより、睡眠が知覚課題の処理能力を向上させ、発火率の増加と活動の同期の減少をともなうことを見出した。睡眠のプラス効果は、低周波皮質内電気刺激によって再現できた。計算モデル化が、この実験的観察が、抑制性シナプスでより顕著な、シナプス伝導度の非対称な低下によって説明できることを示唆した。(Sk,kh)

Science p. 892, 10.1126/science.adr3339

脱プロトン化を回避する (Avoiding deprotonation)

より一般的なアンモニウム基の代わりにアミジニウム先端基を持つペロブスカイト不活性化配位子は、より脱プロトン化されにくい傾向にあり、より高い温度での改善された安定性を示す。Yangたちは、ジアミジニウム系およびフルオロベンゼン系のアミジニウム分子を組み合わせて、ペロブスカイトと電子移動層の界面におけるいくつかの電荷キャリア再結合経路を抑制した。反転型太陽電池は26.3%の電力変換効率を示し、85°Cの最大電力点で稼働させた1100時間の間、その効率の90%以上を維持した。(Sk,kh)

【訳注】
  • アミジニウム:ここではR−C(=NH2+)−NH2で表される構造を持つ化合物。N=C-Nの間で正電荷が非局在化されるため脱プロトンが抑制される。
Science p. 898, 10.1126/science.adr2091

海馬が意思決定を助ける (The hippocampus helps with decision-making)

隠れ状態推論は、知覚できる現象を生み出す根底にある環境構造理解形成能力であるが、この過程の神経基盤は不明なままである。Mishchanchukたちは、マウス海馬の腹側CA1野にある神経細胞の活動が、隠れ状態推論に決定的な役割を果たしていることを見出した。機能する海馬を持たない動物は、意思決定問題を解くのに隠れ状態推論に基づく戦略を用いることができず、代わりに、直接知覚重視に基づく戦略に逆戻りした。海馬神経細胞の隠れ状態推論に必要な抽象変数表現方法は、それらの神経細胞の空間位置表現手段とよく類似している。この研究は、海馬回路に空間問題および高抽象非空間問題の両方を表現する一般的機構があることを示している。(MY,nk,kh)

Science p. 926, 10.1126/science.adq5874

脳全体の転写産物可視化 (Visualizing whole-brain transcripts)

空間的遺伝子発現解析は、mRNA分子の局在を測定する強力な方法である。この手法を組織に適用する場合、分析は通常、全体積ではなく薄い切片に限定される。Kanataniたちは、TRISCOと呼ばれる脳組織透明化法を開発した。これは脳全体おけるの三次元その場ハイブリダイゼーションを可能にし、完全な脳中の特定のmRNAを細胞レベルの分解能での可視化を可能にする。TRISCOを用いて著者たちは、マウスに抗肥満薬セマグルチドを投与した後の最初期遺伝子の発現を観察し、肥満に関わる脳領域で発現が増加することを見出した。このようにTRISCOは、単一細胞分解能で脳全体にまたがる複雑な遺伝子発現パターンの研究を可能にする。(Sh,kh)

【訳注】
  • その場ハイブリダイゼーション:直接対象とする組織を用い、標識DNAまたはRNAのプローブと標的遺伝子のmRNAとの相補的複合体を形成して、標的遺伝子の空間分布を調べる手法。
  • 最初期遺伝子:細胞への刺激に反応して新しいタンパク質合成を必要とせずに転写開始する遺伝子群。その発現が一過的であることから、神経活動の間接的な指標として利用される。
Science p. 907, 10.1126/science.adn9947

室温での量子検知 (Room-temperature quantum sensing)

分子量子ビットは、高い調整可能性と空間精度を示すため、量子検知応用に非常に適している。しかしながら、室温でのほとんどの分子系では、電子スピンが、利用可能な多くの装置の手法の典型的な時間分解能よりも速く脱可干渉するため、所望の光学的機能の設計が妨げれられていた。Sutcliffeたちは、ポンプ・プローブ偏光分光法と、光とスピンが結合するように電子構造が合理的に選択された最適化分子系K2IrCl6を用いて、水性条件および低濃度の室温下で、分子中の電子スピンの脱可干渉を、ピコ秒にわたりすべて光学的に検出できることを実証した。発表された実験方法は、実験の時間分解能を最大5桁向上させ、センシングや情報処理用途の量子ビット技術基盤の開発に対する新たな可能性を開くものである。(Wt,kh)

Science p. 888, 10.1126/science.ads0512

金属-担体の相互作用のモデル化 (Modeling metal-support interactions)

金属-酸化物相互作用の一般理論は、後周期遷移金属触媒の場合、金属-金属相互作用が、酸化物の担持効果と金属ナノ粒子に対する亜酸化物のカプセル化とを支配することを示している。Wangたちは、金属ナノ粒子の金属酸化物への付着に関する実験的研究、および理論的エネルギー計算と分子動力学シミュレーションをもとに機械学習を行った。重要な記述子は、担持された金属元素の親酸素性と、酸化物担体を構成する金属元素に対する担持された金属元素の親和性であった。著者たちは、また、強い金属-金属相互作用によって酸化物担体による金属ナノ粒子のカプセル化が予測できることも示した。(Wt,kh)

Science p. 915, 10.1126/science.adp6034

ナノ粒子触媒の再構成 (Restructuring of nanoparticle catalysts)

金属ナノ粒子が担体材料上に分散された不均一触媒は、活性化およびそれに続く反応条件の後に多くの変化を受ける可能性がある。TaoとSalmeronは、さまざまな環境条件に応じて、大きさ、形状、および表面組成が変化する金属ナノ粒子の基礎研究と、これらのナノ粒子が金属酸化物担体とどのように相互作用するかについて総説した。これらの洞察は、合成された触媒が、反応条件下でその反応性をどのように変化させるかを予測するのに役立つ。(Sk,kh)

Science p. 865, 10.1126/science.adq0102

マクロファージがTregのための燃料を供給する (Macrophages provide fuel for Tregs)

腫瘍微小環境(TME)には制御性T細胞(Treg)を含む多数の免疫抑制性細胞が存在する。TME中で、TregはTH1-Tregとして知られる、Tヘルパー1(TH1)型細胞サブセットとなることが多い。しかしながら、TME中でTH1-Tregが生成する根底にある機構はよく理解されていない。Kurataniたちは、腫瘍随伴マクロファージがケモカイン血小板第4因子(PF4)を分泌し、Tregを極性化してTH1-Tregへと導くことを報告している(Savageによる展望記事参照)。腫瘍保持マウスでPF4を遺伝的に欠損するか、あるいはモノクローナル抗体でPF4を中和すると、抗腫瘍免疫が増強されて腫瘍の増殖を抑えた。この分子経路は、TME中の腫瘍随伴マクロファージおよびTregを標的とするガン免疫治療に新しい道を開くかもしれない。(hE,nk)

【訳注】
  • 腫瘍微小環境:腫瘍やガン細胞の周囲に存在する免疫細胞や血管系細胞、線維芽細胞などのさまざまな細胞や分子、血管によって構成される複雑な環境。
  • 制御性T細胞(Treg):ヘルパーT細胞サブセットであり、免疫恒常性の維持と自己免疫の抑制に重要な役割を果たす。Tregの中でも、TH1型Treg(TH1-Treg)と呼ばれるサブセットは腫瘍組織に多く蓄積し、ガン免疫を抑制する。
Science p. 860, 10.1126/science.adn8608; see also p. 872, 10.1126/science.adt5661

減数分裂中の染色体対合の感知 (Sensing chromosome synapsis in meiosis)

細胞には、減数分裂中のDNAの複製と細胞の再編成に関わる多くの段階を監視するためのさまざまな機構がある。LiuとDernburgは、植物ホルモン感知経路に基づいた化学的誘導近接法を考案した。次にこの方法を用いて、減数分裂中の相同染色体間のシナプトネマ複合体の適切な形成を監視する機構におけるポロ様キナーゼ2の役割を実証した。このキナーゼが長期存在することで生じるシグナル伝達は、核膜の物理的特性を変化させ、対合欠陥に応答してアポトーシスを誘導するには機械感受性のピエゾ・イオン・チャネルが必要であった。(Sh)

【訳注】
  • 対合:減数分裂の最初の段階で、相同染色体同士が物理的に接触し、その一部を交換する現象。
  • 相同染色体:同じ形状とサイズで同じ種類の遺伝情報を持つ、お互いが対の染色体。
  • 化学的誘導近接法:生物は、細胞膜受容体の活性化やシナプスを介した情報伝達など、さまざまな目的のために分子間の物理的距離(近接性)を制御する機構を有している。化学的誘導近接法は、合成分子を用いて化学的に近接性を誘導し、生体内の近接性の機構や役割を解明する手法。
  • シナプトネマ複合体:減数分裂の際に相同染色体間に形成されるタンパク質構造体。
  • ポロ様キナーゼ:細胞周期を調節し、有糸分裂の開始、終結、紡錘体の形成、細胞質分裂、減数分裂に関わるキナーゼ。
  • ピエゾ・イオン・チャネル:細胞膜に埋め込まれた3つのプロペラの羽根のような構造を持ち、細胞膜の張力変化に応じて中央部が開口し、細胞内に陽イオンを取り入れることで、機械刺激を電気信号に変換する膜タンパク質。
Science p. 867, 10.1126/science.adm7969

tRNAがmRNAの代謝回転を調節する (Regulating mRNA turnover by tRNAs)

mRNAの分解率は、各メッセージから産生されるタンパク質の量に対する主要決定因子である。翻訳中、各コドンは、成長中のポリペプチド鎖にアミノ酸を運ぶ転移RNA(tRNA)により読み取られる。Zhuたちは、tRNAがまた、翻訳中にmRNAの分解を調節する上で重要な役割を果たすことを発見した。低温電子顕微法およびtRNAへの変異誘発は、アルギニンのコドンを解読する特定のtRNAが、翻訳中のリボソームにCCR4-NOT複合体を直接動員し、それによりmRNAの代謝回転を促進することを明らかにした。他方、いくつかのtRNAは、CCR4-NOT複合体の動員を妨げる構造的特徴を有している。これらの知見は、tRNAの既知の機能を、解読におけるその正準的な役割を越えて拡大し、哺乳類細胞におけるmRNAの安定性を調節する新規な機構を明らかにするものである。(MY,kh)

【訳注】
  • CCR4-NOT複合体:酵母からヒトまで進化的に高度に保存されたタンパク質複合体で、mRNAの脱アデニル化を担っている。
Science p. 869, 10.1126/science.adq8587

マイクロプラスチックではなく代謝産物を作る (Make metabolites, not microplastics)

強力でガラス質の超分子ポリマーは、塩水中でゆっくり分解して代謝可能な化合物になることで、海洋マイクロプラスチックの形成を防ぐことが示されてきた。Chengたちは、ヘキサメタリン酸ナトリウムまたは硫酸化多糖類と、硫酸グアニジンとの間の塩架橋が硫酸ナトリウムを排出して、電解質が再び加えられない限り安定な架橋ネットワークを形成することを示している。その乾燥した材料は、疎水性コーティングで水安定化できる、成形可能でリサイクル可能な熱可塑性プラスチックである。(KU,kh)

Science p. 875, 10.1126/science.ado1782

高周波への感受性 (High-frequency sensitivity)

現代の海洋は、海洋生物に悪影響を与える可能性のある、人為的に生成された騒音で満ち溢れている。しかしながら、海洋生物が感知できる音の周波数を直接特定することは困難であり、特に大型クジラの場合は困難である。Hauserたちは、大規模な一時収容施設を開発し、それを用いて2頭の若いミンククジラの聴力を検査した。聴覚脳幹反応の遠隔測定は、ミンククジラが45~90キロヘルツという高い周波数に敏感であることを示した。これは、これまで考えられていたよりもはるかに高い周波数である。このような増大した感受性は、クジラが我々が考えていた以上に騒音の影響を受けていることを意味しているのかもしれない。(Sk,kh)

Science p. 902, 10.1126/science.ado7580

クロラミン問題 (The trouble with chloramines)

米国における自治体飲料水は、有害微生物の増殖防止のためにクロラミンで処理されることが多いが、これらの分子はまた、有機および無機の溶解化合物と反応して、毒性を持つ可能性がある殺菌性副生物を形成することがある。Faireyたちは、これまで知られていたが特性が明らかにされていない、モノクロラミンとジクロラミンの分解生成物を研究し、それらがクロロニトロアミド・アニオンであると同定した(McCurryによる展望記事参照)。このアニオンは、クロラミンを使っている米国10か所の飲料水系統から得られた40の飲料水試料で検出されたが、超高純度水や塩素系殺菌剤を使わずに処理された飲料水からは検出されなかった。現在、毒性は不明だが、この副生成物の蔓延と、それが他の毒性分子と類似していることは懸念事項である。(MY)

【訳注】
  • クロラミン:クロロアミンのことで、アンモニアの水素が塩素で置換された一連の化合物。
Science p. 882, 10.1126/science.adk6749; see also p. 973, 10.1126/science.adt8921

アミラーゼの進化 (The evolution of amylase)

アミラーゼはデンプンを糖に分解する極めて重要な酵素である。アミラーゼ遺伝子の数の拡大はヒト集団全体で見られており、しばしばデンプンの摂取と農業の始まりと相関している。しかしながら、ゲノム領域の反復性が高いため、拡大の正確な時期を決定することが困難であった。Yilmazたちは、光ゲノム・マッピング法を用いて、現代のヒト集団と古代初期人類に見られるハプロタイプをカタログ化した。彼らは、唾液腺アミラーゼ遺伝子のコピー数の拡大が農業の始まりの前に起こり、(農業に基づくデンプン摂取による)選択が長年にわたって蓄積された遺伝子多様性への作用を可能にすることを、そしてさまざまな型の切断修復がこの遺伝子座全体の構造的多様性に寄与しているらしいことを見出した。(KU,MY,kh)

Science p. 868, 10.1126/science.adn0609

つながりによる文化 (Culture through connectivity)

人類に最も近い近縁種であるチンパンジーには、複雑な道具の文化的な発達の例がいくつか見られる。このような行動がどうやって発達したかを理解することは、現在は絶滅してしまった我々の祖先が、時間とともにどのように文化を同様に発達させて、我々の高度に文化的な種に至ったかについての洞察を得ることができる。Gunasekaramたちは、チンパンジーの集団間の遺伝的なつながりや文化的な類似性についての数十年にわたるデータを調査した。異なる集団間の移動が、時間の経過とともに、複雑な道具の発達とその後の多様化を引き起こしたことがわかった(RichersonとBoydによる展望記事参照)。単純な道具や採食戦略はそのような関係を少しも示さなかったので、それぞれの集団で別々に出現していることを示している。(ST,kh)

Science p. 920, 10.1126/science.adk3381; see also p. 968, 10.1126/science.adt8896