Science November 15 2024, Vol.386

ヤシの樹海に浮かぶ島 (An island in a sea of palms)

アブラヤシ農園は多様な熱帯林を単一栽培に置き換えるが、回復により、これらの大きく改変された景観に生物多様性と生態系サービスを取り戻すことができる。森林地帯の植林地(樹木島)は、在来樹木の自然再生に適した種子と微気候を提供できる。Paternoたちは、サイズと多様性レベルがさまざまな樹木島を植林し、これらの管理因子が自然再生の成功にどのように影響するかを調べた。植林がより大規模で多様性に富むほど、種だけでなく機能的特性や系統の点でも、補充される樹木の多様性が高まった。これら内的因子は、森林区画までの距離や景観内の在来樹木の密度よりも大きな役割を果たした。(Uc,nk,kh)

Science p. 795, 10.1126/science.ado1629

宇宙空間の四環芳香族分子 (A four-ring aromatic molecule in space)

多環芳香族炭化水素(PAH)は隣り合う多数の芳香族炭素環を含有する有機分子である。それらは星間媒質中に豊富にあることが知られているが、特定のわずかなPAHだけが同定されてきており、それらは全てニ環を持つものである。Wenzelたちは、ラボ実験と電波天文学を組み合わせて、–CN基が結合した四環PAH(ピレン)である、1-シアノピレンを探索した。著者たちは、ある星間ガス雲中で1-シアノピレンを検出し、その存在量を測定した。彼らはこの結果から、同族分子であるピレンもどのくらい存在するのかについて、また、星間物質の全炭素量へのその寄与についても推定した。(MY,nk,kh)

Science p. 810, 10.1126/science.adq6391

PFASを予測する (Predicting PFAS)

ペルフルオロアルキル化合物及びポリフルオロアルキル化合物(両者をPFASと総称)などの永久化学物質は、環境や人間の健康に対する潜在的危険因子である。地下水中のPFASの検出は、特に飲料水源として、非常に懸念されている。Tokranovたちは、井戸の深さに基づいてPFAS汚染の可能性を推定するためのモデルの基礎として、米国の地下水観測結果の大規模なデータベースを作り上げた。このデータは、観測用、家庭用水道水、公共水道など、さまざまな種類の井戸から収集されている。このモデルは、米国本土の中の約8,000万人が、処理前の状態で、検出可能な量のPFASを含む地下水に依存していることを浮き彫りにしている。(Sk,nk,kh)

Science p. 748, 10.1126/science.ado6638

幻覚のない治療 (Therapy without hallucinations)

幻覚剤は精神疾患を処置するための治療薬としての可能性をもつことが最近示されてきた。Muirたちは、マウスの内側前頭前野内の幻覚剤で活性化された神経細胞で、シングル核RNA配列決定を行った。マウスで抗不安薬様の効果をもつ5HT2A受容体拮抗薬である幻覚剤の2,5-ジメトキシ-4-ヨードアンフェタミン(DOI)は、この脳領域にある神経細胞の特定サブセットを活性化した。これらの神経細胞は、光遺伝学的に再活性化されると、マウスに幻覚発現様の事象に付随する症状を引き起こすことなく、DOIの抗不安薬効果を再現した。これらの結果は、幻覚剤の治療効果と幻覚発現効果は分離できることを示唆しており、より特異的な医薬の開発に道を開くものである。(hE)

Science p. 802, 10.1126/science.adl0666

尿素の2拍子ダンス (A urea two-step)

尿素は1つのカルボニルでつながれた2つの窒素含有断片を含むもので、多岐にわたる医薬品と精密化学物質にありふれた化学構造である。にもかかわらず、それぞれの側の窒素置換基が異なる場合は、それらを効率的に作るのは依然として難題である。多くの一般的な方法は、対称および非対称の生成物質からなる望ましくない混合物を作り出してしまう。Wangたちは、この問題を克服する共同触媒作用による取り組みについて報告している。具体的には、銅触媒を用いて第二級アミンを選択的に活性化し、また、コバルト錯体が第一級アミンをカルボニル化する。その結果、この2つ組み合わせが選択的に非対称尿素を与える。(MY,nk,kh)

Science p. 776, 10.1126/science.adl0149

氷で覆われて (Icing up)

過冷却雲の水滴からの氷形成は、それらの雲の放射特性、ひいては気候に大きな影響を与える。人為的な大気汚染はこの過程に何らかの影響を与えているのだろうか? Tollたちは、そうであることを示した。著者たちは、冶金・セメント産業、石炭火力発電所、石油精製所の近くで雲氷形成が高まるという観測結果を発表している。影響を受けた雲は、雲被覆の減少とそれに伴う雲の光学的厚さの減少により、宇宙への太陽放射の後方散乱が減少した。この過程はまた、かなりの誘発された降雪を引き起こした。(Wt,nk,kh)

Science p. 756, 10.1126/science.adl0303

隠れたスプライシングからの保護 (Protecting from cryptic splicing)

調節因子の変異または不均衡によって引き起こされるスプライシングの調節不全は、光受容体の変性を特徴とする疾患である網膜色素変性症などの病理学的条件につながる可能性がある。しかしながら、隠れたスプライシングが細胞の病変形成を引き起こす機構と条件は不明のままである。Prieto-Garciaたちは、スプライソソーム複合体の調節不全が隠れたスプライシング転写物を生成し、それが誤って折り畳まれたタンパク質を生成し、それが細胞毒性の小胞体ストレスとタンパク質毒性凝集体の原因となることを見出した。ユビキチン-プロテアソーム系と選択的オートファジーなどのタンパク質分解系の強化は、隠れたスプライシングの有害な影響を軽減した。このため、タンパク質分解経路の調節は、網膜色素変性症を含むスプライソソーム関連疾患に対する実行可能な治療戦略を与える可能性がある。(KU,kh)

【訳注】
  • 隠れたスプライシング(cryptic splicing):転写されたRNAのスプライシングを行うスプライソソームが、スプライシングを行う部位と塩基配列が似ている部位をスプライス部位と誤認してスプライシングすること。
Science p. 768, 10.1126/science.adi5295

化学生物学的手段は微細化に向かう (Chemical biology tools go micro)

人間の体表、周囲、体内に生息する微生物は、食物、免疫系、他の微生物との相互作用を通じて、我々の健康に影響を及ぼす。これらの過程の化学的および生物学的機構を解明することは、遺伝学、生化学、化学生物学の手段を通して取り組む課題となってきた。Yangたちは、微生物叢がどのように機能しているかの理解における最近の進歩を総説し、特に技術的手段と概念的探究を概説した。機構的な研究は、治療法開発の基礎を築き、健康に不可欠な宿主と微生物の相互作用の豊かなつながりに関する理解を深めるのに役立つかもしれない。(Sk,nk,kh)

Science p. 743, 10.1126/science.ado8548

無機リン酸の豊富さをシグナル伝達する (Signaling plenty of inorganic phosphate)

無機リン酸はすべての細胞における必須のイオンであり、その輸送と恒常性は、ポリリン酸化イノシトール・シグナル伝達分子の増加への応答結果としての細胞からの流出によりある程度は調節される。Luたちは、ヒト細胞で唯一知られている無機リン酸の輸出体であるXPR1の構造を決定した。その構造は、リガンドの結合がゲート開閉に関連する構造変化を制御する仕組みを具体的に説明している。2つの分子が二量体輸送体の二量体界面付近の部位に結合し、推定上のリン酸転位置経路を安定化する。電気生理学実験は急速なゲート開閉事象を示し、この輸送体におけるチャネル様動作を示唆した。(KU,kh)

Science p. 744, 10.1126/science.adp3252

ゲノムの基礎モデル (A foundation model for genomes)

大規模言語モデルは、生物学的配列データを解釈するための大きな可能性を秘めている。Nguyenたちは、大規模なゲノム配列を解釈および生成できるマルチモーダル人工知能モデルであるEvoを発表した。Evoアーキテクチャは深層学習技術を活用し、長い配列を効率的に処理できる。数百万の微生物ゲノムを分析することで、Evoは個々のDNA塩基からゲノム全体に至るまで、生命の複雑な遺伝コードに関する包括的な理解を深めた。これによりEvoモデルは、小さなDNAの変化が生物の適応度にどのように影響するかを予測し、現実的なゲノム長の配列を生成し、合成CRISPRシステムとIS200/IS605トランスポゾンの実験室検証を含む新しい生物学的システムを設計することが可能になる。Evoは、多数の様式、多数の複雑さの規模にわたって生物学を理解し設計する我々の能力における大きな進歩を表している (Theodorisによる展望記事参照)。(KU,nk,kh)

Science p. 746, 10.1126/science.ado9336; see also p. 729, 10.1126/science.adt3007

赤血球新生用に調整される (Tuned for erythropoiesis)

健康な人体は1秒間に何百万個もの赤血球を作ると考えられている。Lyuたちは、赤血球新生細胞がどうやってこの偉業をやってのけるかをもっとよく理解するために、マウス骨髄から得られた赤血球前駆細胞の転写的・代謝的な特性を明らかにした。これらの細胞はグルタミン合成酵素産生の増加を示した。ヘモグロビンを作るためのヘムの生化学合成はアンモニウムの蓄積をもたらし、これが酸化ストレスを引き起こす。著者たちは、グルタミン合成酵素活性の増大が、過剰アンモニウムの消費を助け、細胞損傷を防止すると提案している。マウスでのグルタミン合成酵素の欠失は、貧血を引き起こす血液疾患であるベータ-サラセミアに罹ったマウスから得られた赤血球における代謝変化と同様な変化を引き起こした。ベータ-サラセミアにおける赤血球新生の不良は、抗酸化物質あるいはグルタミン合成酵素の発現により改善された。(MY,kh)

【訳注】
  • ヘム:赤血球を構成するタンパク質であるヘモグロビンに含まれる鉄を含む錯体化合物で、ここに酸素が結合する。
  • グルタミン合成酵素:アンモニアとグルタミン酸からグルタミンを合成する酵素。
  • ベータ-サラセミア:ヘモグロビンを構成するタンパク質である2本ずつのアルファ鎖とベータ鎖のうちのベータ鎖の異常によって生じる遺伝性疾患。ヘモグロビンの量が減少して正常な赤血球が不足する。
Science p. 745, 10.1126/science.adh9215

根端分裂組織の生育相変化 (Phase change in root apical meristem)

植物の幼若栄養生長相(juvenile phase)から成熟栄養生長相(adult phase)への転換は、指向性を持つ細胞分裂を伴ったそれまでとは異なる、細胞の拡大と増殖を必要とする。しかし、これらの形態変化の動態を制御する機構はほとんど知られていない。Yangたちは化学遺伝学的スクリーニング法を開発し、生育相変化の重要な制御因子であり、SPL13と呼ばれる転写因子の発現を活性化する小分子としてCoral7を特定した。SPL13発現の活性化は、明確に異なる幼若栄養相と成熟栄養相を示す根端分裂組織において、指向性のある細胞分裂と細胞増殖をもたらした。この細胞増殖制御の機構は、シロイヌナズナとイネの両方で観察されたため、生育相変化期の根分裂組織における生長依存の形態変化についての分子的洞察を提供している。(Sh,MY)

【訳注】
  • 化学遺伝学:化学物質ライブラリから生物に表現型や生理学的変化を引き起こす可能性がある小分子を選択、細胞や動物に投与、特定の表現型が生じたときの、表現型や投与情報と変異した遺伝子情報などから生命現象の解明を目指す方法論。
Science p. 747, 10.1126/science.ado4298

高温での二酸化炭素捕獲 (High-temperature CO2 capture)

炭素回収への応用を目的とした水性アミンによるCO2の吸着は、通常、室温近くまでの排出ガスの冷却を必要とする。Rohdeたちは、金属有機構造体の水素化亜鉛部位が、高温の発電や工業過程からのCO2の迅速な回収を可能にすることを見出した(LiとZhaoによる展望記事参照)。ギ酸亜鉛を形成するCO2の吸着は、終端の水素化亜鉛部位への挿入により可逆的に生じる。この過程は室温では緩慢であるが、200°Cから400°Cの温度では効率が良い。(Sk)

Science p. 814, 10.1126/science.adk5697 see also p. 727, 10.1126/science.adt4825

機械的量子ビットを打診する (Sounding out a mechanical qubit)

機械系の量子状態を制御し操作することは、より高度なセンシング応用を開発する機会を提供する。Yangたちは、機械共振器中のフォノン同士の強い非線形相互作用によって可能になる機械的量子ビットの動作について述べている(Pistolesiによる展望記事参照)。超伝導量子ビットにバルク音響波共振器を結合することによって、著者たちは、共振器の機械的モードが強いフォノン-フォノン相互作用に必要な超伝導量子ビットの非線形的特徴を継承するパラメーター領域を構成した。次に彼らは、機械的量子ビット上で単一量子ビット全一式の動作を実証した。この機械的量子状態の寿命がより長いことは、量子音響を高度な量子技術の技術基盤として確立する上で有用であると分かるはずである。(NK,nk,kh)

Science p. 783, 10.1126/science.adr2464 see also p. 728, 10.1126/science.adt2497

垂直設置のとっぴな冷却 (Off the wall cooling)

受動放射冷却材料は、大気の赤外線窓と宇宙空間を冷却シンクとして利用する。この過程が周囲より低い温度を作り出すが、通常は材料を空に向ける必要がある。Xieたちは今回、温度を周囲温度より2.5°C低くすることができる垂直設置の受動放射冷却材料を実証している。材料設計では、受動冷却効果を打ち消すような地面との熱エネルギーの交換を避けながら、十分な赤外線を宇宙に放出するために、厳密なパラメータに従う必要がある。(Wt,kh)

Science p. 788, 10.1126/science.adn2524

治療用の大きなRNAをStitchR技術で”縫い合わせる” (“Stitching” large therapeutic RNAs)

アデノ随伴ウイルス(AAV)を用いる遺伝子治療は、ヒトの遺伝性疾患の治療に有効である可能性があるが、特定の筋ジストロフィーなどの、1つのAAV粒子にまとまるには大きすぎる遺伝子の変異によって引き起こされる疾患については、治療は依然として課題である。Lindleyたちは、StitchRと名付けられ、継ぎ目傷なしのRNAトランスライゲーション技術を開発した。この技術は、リボザイムと呼ばれる触媒として働く小さなRNA配列を用いて、2つの独立したAAVから単一のタンパク質をコードするmRNAを再構成することができる。StitchRを用いて著者たちは、ジスフェルリンやジストロフィンなどの大きな治療用筋肉タンパク質を体内で作られる量まで回復させることができ、マウスの疾患病状を治した。(Sh,kh)

【訳注】
  • アデノ随伴ウイルス:ヒトや霊長目の動物に感染するアデノウイルス存在下でのみ複製が可能なウイルス。弱い免疫反応しか起こさず、病原性が未確認、細胞周期に関わらずゲノムを送達でき、染色体外でも生存、などの特性から、遺伝子治療において体内に狙いの遺伝子を送達するベクターや疾患モデル細胞の作成などに用いられている。
  • 筋ジストロフィー:筋線維の破壊や変性と再生を繰り返しながら、しだいに筋萎縮と筋力低下が進行していく遺伝性筋疾患の総称。
  • RNAトランスライゲーション技術:2つ以上の異なるRNAを互いに結合して異種組み合わせRNAを形成する技術。
  • ジスフェルリン:筋肉細胞に存在する巨大タンパク質で、欠損すると、筋細胞膜の損傷時の修復機能が損なわれ、その結果、筋細胞の変性・壊死が生じ、筋肉の萎縮と筋力の低下につながると考えられている。
  • ジストロフィン:筋肉の構造を保つために重要な役割を持っているタンパク質で、筋ジストロフィー患者ではジストロフィンの欠損や量的減少や分子量異常が認められている。
Science p. 762, 10.1126/science.adp8179