Science November 8 2024, Vol.386

植物幹細胞の位置決定 (Positioning of plant stem cells)

維管束形成層組織は、木部組織と師部組織を反対側に作り出す一層の両面性幹細胞を含有している。成長様式と細胞運命決定がこれらの両面性幹細胞の位置をどのように決定するのかは謎のままである。Eswaranたちはモデル植物のシロイヌナズナにおいて、形成層の幹細胞因子として、ある転写因子ファミリーを特定した。彼らは隔離に基づくモデルを提案し、ペプチドTDIFのその受容体であるPXYへの強い結合が、オーキシン-PXYの濃度勾配端でどのようにTDIFの移動を止め、これにより、転写因子が発現する狭い領域が幹細胞性の決定を可能にすることを実証している。動物と同様に植物は、隔離に基づくフィードバックを介して対向するモルフォゲン濃度勾配を用いて、位置決定と細胞運命決定を正確に制御している。(MY,kh)

【訳注】
  • 維管束形成層:茎や根の肥大成長を担う分裂組織。単に形成層ともいう。木部と師部の間にある1層の維管束内形成層と、その内周側にある木部分化状態の細胞群と、外周側の師部分化状態の細胞群からなる。茎頂、根端の分裂組織は出芽前に形成されるが、形成層は出芽後に作られる。
  • TDIF:ペプチドホルモンの1種で師部側の細胞で産生される。木部分化を阻害する。
  • PXY:TDIFの受容体。
  • 隔離に基づくモデル:互いに異なる細胞運命決定因子が、中間の位置で捕捉・隔離され(ここではTDIF)、中間状態の細胞(ここでは形成層)が生じるというもの。
  • オーキシン:植物の成長ホルモン。ここでは木部分化を促進する役割を果たしている。
  • モルフォゲン:濃度依存的に細胞の発生運命を決定する物質。
Science p. 646, 10.1126/science.adj8752

全合成においてC–H結合を切断する (Breaking C–H bonds in total synthesis)

C–H結合は、医薬品合成の前駆体として用いられるさまざまな分子に豊富に存在しているが、通常最も不活性である。過去20年間にわたって、触媒のさまざまな進歩が、C–H結合の直接的官能基化を可能にしてきた。Bosse たちは今回、天然物 (–)-シリンドロシクロファンAの不斉合成におけるこれらの進歩の一部を紹介している。具体的には、ロジウムとパラジウムの触媒に依存して、C–CおよびC–O結合を形成するための10個のC–H官能基化反応を達成した。(Sk,kh)

【訳注】
  • 全合成:入手できる一番単純な化合物から出発して、複雑な構造を持つ天然生理活性物質(天然物)そのものを合成すること。
Science p. 641, 10.1126/science.adp2425

小さな孔と大きな表面を併せ持つ (Both small pores and large surface areas)

希少な自己貫通トポロジーを備えた三次元共有結合性有機構造体は、小さな細孔サイズと非常に大きな表面積との両方を備えており、メタンの大量貯蔵が可能である。Yinたちは、6連結多面体と三角形分子を使って、孔径1.1ナノメートル、単位体積当たり表面積1900平方メートル/立方センチメートルの2つのイミン結合COFを作り出した。これらのCOFは、吸着剤1立方センチメートルあたり264立方センチメートルという大量のメタンを吸収した。(Wt,nk,kh)

Science p. 693, 10.1126/science.adr0936

それほど遅くはない (Not so slow)

約125万年前から85万年前の中期更新世移行期(MPT)は、氷河サイクルの期間が41,000年から100,000年に変化した時期であった。MPTの原因は、約90万年前の崩壊によって引き起こされた深海循環の減速であったと広く信じられている。Hinesたちは、MPT中に深海循環における劇的な変化の証拠が少しもなく、海洋循環のわずかな調整のみがあることを見出した。彼らのデータは、深海が循環形状に大きな変化を起こさずに二酸化炭素を隔離できることも示している。(Uc,MY,kh)

Science p. 681, 10.1126/science.adn4154

細胞膜輸送を調節する (Modulating membrane traffic)

何千もの分泌タンパク質と膜タンパク質は、小胞体(ER)への挿入時にアスパラギン残基が糖による修飾を受ける。この広く見られる修飾はN-糖鎖付加と呼ばれ、タンパク質の折り畳みと品質管理における調整機能を有している。Maたちは、N-糖鎖付加がリン酸化やユビキチン化に類似した調節性分解シグナルとしても機能することを示した。著者たちは、多くのシグナル伝達受容体の折り畳みと細胞表面への輸送を促進するシャペロンであるHSP90B1の糖鎖付加と安定性を制御する、ER中のタンパク質回路網を特定した。このER経路は、発生・成長・炎症のシグナルに対する細胞と組織の感受性を調節する。(MY,kh)

【訳注】
  • ユビキチン化:ユビキチンと呼ばれる低分子量のタンパク質が標的タンパク質に結合し、標的タンパク質の目印付けが行われること。目印付けされたタンパク質は、タンパク質分解酵素で後に分解される。
Science p. 667, 10.1126/science.adp7201

成長すべきか、防御すべきか? (To grow or to defend?)

適応度に対する感染の明らかな影響にもかかわらず、種によって抗病原体防御能力には差がある。研究者たちは、この違いが成長と防御へのエネルギー配分の交換妥協によって引き起こされているとの仮説を立てているが、防御の生理学的代価を測定することは困難であり、成長と防御の交換妥協に関する証拠はまちまちであった。GiolaiとLaineは、約200種の植物に関する既存のデータを用いてこの問題に取り組んだ。彼らは、成長率に関連する形質である単位質量当たりの葉面積と、広範な病原体耐性をもたらす免疫受容体をコードする遺伝子との関係を調べ、野生種では成長と防御の交換妥協の証拠を見つけたが、農業用植物では見出さなかった。(Sk,nk,kh)

Science p. 677, 10.1126/science.adn2779

体性感覚による身震い (Somatosensory shake-up)

濡れた犬の身震い(wet dog shakes:WDS)は、有毛動物において有毛皮膚から水や刺激物を取り除くために用いられる広く見られる行動である。しかしながら、WDSを引き起こす機構は完全には解明されていない。Zhangたちは、光遺伝学的方法と行動分析を用いて、マウスにおいてWDSが脊髄傍小脳脚ニューロンとシナプス結合した無髄C線維低閾値機械受容器のPiezo2仲介の活性化によって引き起こされることを示した。この経路の特定は、有毛動物に共通する共有された行動を明らかにする。(KU,MY,kh)

【訳注】
  • 体性感覚:皮膚感覚のような感覚器が外からははっきり見えず、皮膚・筋肉・腱・関節・内臓の壁そのものに含まれる。
  • 無髄C線維:末梢神経の神経線維の1つで、有毛部に存在し、有髄繊維と比べ細く、刺激伝達速度が遅い。皮膚表面の毛の振動を感知し、刺激を脳に伝える役割を持つ。
  • 機械受容器:機械刺激をうけて最終的に求心性活動電位の発生を引き起こす受容器の総称。
  • Piezo2:哺乳類には配列のよく似た2つの遺伝子があり、Piezo2は感覚神経で多く発現し、Piezo1はリンパ管や赤血球に多く発現する(2021年のノーベル賞)。
Science p. 686, 10.1126/science.adq8834

酵母における進化の加速 (Accelerating evolution in yeast)

我々は、自然相同体全体にわたっての保存と変化のパターンから、タンパク質の構造、機能、適応の根底にある複雑な設計原理を抽出することができる。しかしながら、自然は相同遺伝子配列の豊富な集合を生成するのに何百万年もかかり、事実上、それらを作り直しのできない資源にしている。Rixたちは、大規模な遺伝子多様性を実験室の時間枠に圧縮する、エラー率の高い直交複製システムであるOrthoRepを開発した。彼らはOrthoRepを用いて、不適応酵素を数千の多様な相同体に進化させ、その過程で酵素のin vivoでの機能と適応に影響を与える、既知と予期しない要因の両方を明らかにした。彼らの方法は、タンパク質の設計原理を明らかにし、生体分子工学を加速し、将来的には遺伝子の進化を研究する新しい機会を与える。(KU,kh)

【訳注】
  • 直交複製:細胞中でそのゲノムと独立に行われる複製のこと。そこでは、改変されてエラーを起こしやすい特定の複製起点を認識して急速な変異を誘発するDNAポリメラーゼを使用することができる。
Science p. 638, 10.1126/science.adm9073

多数の神経細胞からのデータ (Data from many neurons)

近年、脳を研究する数多くの手法が開発されてきた。最も有望なものの一部が、電気生理学的または光学的画像化方法により多数の神経細胞の機能的記録を可能にする技術である。StringerとPachitariuたちは、過去10年にわたる大規模神経活動記録技術の進歩と、その結果得られた複雑で高次元なデータを解釈するための分析手段と取り組み方の最近の発展の両方について概説している。彼らはまた、近い将来どのような進歩を期待できるのか、またどのような課題が待ち受けているのかについても触れている。(NK)

Science p. 636, 10.1126/science.adp7429

赤血球を量産するシグナル (Signals to manufacture red blood cells)

赤血球は造血性幹細胞(HSC)の分化を通じて形成される。Phanたちは赤血球を作る要求が増大することで生じる高い赤血球産生圧下にある2つの状況を調べ、レトロトランスポゾンとして知られている遺伝因子の転写物がHSC中で増加することを見出した。逆転写の阻止あるいはHSCで核酸の感知・応答に使われる細胞機構の遺伝子欠失は、妊娠マウスにおいて血球数を減少させたが、妊娠していないマウスではそうではなかった。この研究は、レトロトランスポゾンの転写物がこれらの自然免疫分子を用いて、恒常性の状況よりもストレスの状況において血球新生と赤血球新生を促進することを示唆していて、つまりは同様の機構がヒトにおいて存在するかもしれない。(MY,nk,kh)

【訳注】
  • レトロトランスポゾン:ゲノム上のある場所から別の場所へと移動する転移因子(トランスポゾン)のうち、自身の転写産物を逆転写でDNAにしてゲノムの別の場所に挿入する(DNA因子が増幅される)型のもの。
Science p. 637, 10.1126/science.ado6836

パンデミックによる自然実験 (Natural experiment by pandemic)

最近の重症急性呼吸器症候群のコロナウイルスによるパンデミックは、関連する公衆衛生対策や行動変容が世界的に分布する他の感染症にどのような影響を与えたかを分析するまたとない機会を提供した。Chenたちは、分子的データ、疫学的データ、旅行に関するデータを組み合わせたファイロダイナミクス(phylodynamics)分析を用いて、パンデミック期間中にインフルエンザに何が起こったのかを調べた(RohaniとBahlによる展望記事参照)。インフルエンザ陽性検体は急激に減少したが、インフルエンザA型は南アジアで存続し、西アジアからインフルエンザB/ビクトリア型が発生した。西アジアでは、熱帯条件とより少ないパンデミック関連制限が当てはまった。2023年3月までに、航空機による旅行が回復するにつれ、インフルエンザ系統の流行が再び激しさを増し、それと同時に重症急性呼吸器症候群のコロナウイルス2(SARSCoV-2)オミクロンが流行した。したがって、世界的なインフルエンザの伝播は長期にわたる混乱に対しても堅牢であり、この効果は他の呼吸器感染症にも当てはまる可能性がある。(Wt,MY,kh)

【訳注】
  • ファイロダイナミクス:病原体の遺伝的変異と、伝播などへの変異の影響を数理的に研究する研究分野のこと。
Science p. 639, 10.1126/science.adq3003; see also p. 620, 10.1126/science.adt3453

さまざまな感情に対するさまざまな経路 (Different pathways for different emotions)

哺乳類の脳の2つの半球は交連線維によって接続されている。3つの主要な交連投射のうち、前交連は脳内で決定的な機能を有すると考えられている。しかしこれらの半球横断構造、特に前交連、の生理的意義はほとんど知られていない。Tianたちは、行動試験と組み合わせた、解剖学的経路追跡、選択的損傷、光遺伝学、測光、およびカルシウム・イメージングを用いて、扁桃体基底外側核(BLA)から対側をなす核の側坐核(NAc)への投射の、行動への寄与を調査した。マウスでは、対側BLA-NAc投射が、嫌悪刺激によって誘発される回避行動を促進することを見出した。しかし、同一大脳半球内で起きる同側BLA-NAc投射は、報酬刺激によって誘発される食欲行動を促進した。(Sh,kh)

【訳注】
  • 交連線維:大脳半球の大脳縦裂の底部にあり、左右の大脳半球間を相互に連絡している神経線維の束。半球間の情報交換を行い、個体が心的統合を保つうえで大きな役割を果たしている。交連線維には、脳梁、前交連、海馬交連などがあり、このうち前交連は、大脳半球間の嗅覚経路に関係する部分や、扁桃体と側頭葉を相互に連結している。
  • 扁桃体:側頭葉の背内側部に位置し、基底外側核など複数の神経核から構成される。情動反応の処理と短期的記憶において主要な役割を持っている。
  • 側坐核:前脳に存在する神経細胞群で、大脳半球に1つずつ存在し、報酬・快感・嗜癖・恐怖に重要な役割を果たすと考えられている。
Science p. 640, 10.1126/science.adp7520

乳濁液の同時分離 (Synchronous separation of emulsions)

界面活性剤は乳濁液中の油と水を安定化させることができ、この特性はさまざまな工業用の工程や流出物からの油分回収に有用である。しかしこのことは、次に界面活性剤による油と水の必要時の分離を困難にすることを意味するが、これは廃棄物の排出流をほぼゼロにする試みの中で両方の成分の回収要求がある場合には特に顕著になる。Guoたちは、親水性膜と疎水性膜を向かい合わせに重ね合わせ、4~125ミリメートルの間で変化可能な(膜間)寸法で、それらの間に四角い流路を形成した。油水乳濁液がそのすきまを通って循環させられるにつれて、水が親水性膜を通過し、引き起こされる乳濁液中の油の濃度上昇が、疎水性膜を通過する油の透過速度を増大させている(YangとJandaghianによる展望記事参照)。(Sk,kh)

Science p. 654, 10.1126/science.adq6329; see also p. 621, 10.1126/science.adt2513

迷走神経が脳と肝臓を同期させる (Vagus nerve synchs brain and liver)

摂食と代謝の制御は、複数の組織での調節機構と概日リズムに依存する。Woodieたちは、マウスの肝臓での概日機能の変化が、摂食行動の脳制御とどのように協調しているかを調べた(Martinez-SanchezとRayによる展望記事参照)。肝臓での概日機能の混乱は、肝臓からの求心性迷走神経を介するシグナル伝達を変化させ、マウスの摂食と活動リズムの協調を乱した。高脂肪食の摂取は、マウスで同様の肝臓リズムと摂食制御の混乱を引き起こし、迷走神経を外科的に切断して肝臓からのフィードバックを妨げると、体重増加が制限された。肝臓と脳の間のこのような情報の授受と概日協調の調整は、代謝制御を改善し、肥満を予防するための戦略を提供する可能性がある。(Sh)

【訳注】
  • 迷走神経:延髄から出て体内で多数枝分れして複雑な経路をとり、頸部や胸部さらに腹部に達して多くの内臓など広く分布する脳神経の1つ。筋肉や臓器の状態を脳に伝える求心性の知覚線維と、筋線維を動かす遠心性の運動線維からなる。
Science p. 673, 10.1126/science.adn2786; see also p. 622, 10.1126/science.adt0743

多成分系構造体の設計 (Designing multicomponent frameworks)

多成分系金属有機構造体(MOF)の設計と合成を可能にする数学的ネットの探索は、数百の併合ネットの枚挙によって単純化されてきた。より単純な2成分系MOFは、辺推移ネット(edge-transitive nets)で記述することが出来る。Jiangたちは、これらの基本ネット53個の間のノード・ネットの関係を図化し、その共有された特徴により、研究者たちは多重のノードとリンカーを持つ353個のより複雑な併合ネットを特定できた。彼らはこの設計方法を用いて、3つの周期ネットの併合に基づく4つのクラスのMOFを合成した。(KU,kh)

Science p. 659, 10.1126/science.ads7866