Science November 1 2024, Vol.386

聴覚空間地図 (A hearing map)

食虫コウモリは、反響定位を用いて獲物を捕まえたり障害物を避けて飛行したりすることでよく知られている。さらに、より視覚に頼るオオコウモリは、周囲の空間認知地図を持っていることも示されてきた。Goldshteinたちは、小さなアブラコウモリに、視覚と嗅覚の一時的な遮断と併せて、極小のGPS追跡装置を取り付けた。著者たちは、それにもかかわらずこのコウモリが、反響定位のみを用いて、キロメートル規模の距離にわたって飛行できることを見出した。したがって、反響定位は、局所的な飛行を可能にするだけでなく、この動物が利用できてたっぷりした遠い地域にわたって飛行する、周囲の音響認知地図への変換もなされているかもしれない。(Sk,nk,kh)

Science p. 561, 10.1126/science.adn6269

パラジウム触媒上の協同現象 (Cooperativity on a palladium catalyst)

パラジウム表面で水を生成する水素の酸化は、少なくとも3つの酸素原子がステップ部位で協同的に結合して活性な立体配置を形成することで進行する。Schwarzerたちによる速度分解された反応速度測定は、酸素の被覆率とステップ密度の複雑な依存性を明らかにした。密度汎関数理論と遷移状態理論は、2つの非反応性吸着酸素原子が3番目の酸素原子をすぐ近くの結合部位に補充できた後、反応性が大幅に増加することを示した。(Sk,kh)

【訳注】
  • ステップ:金属単結晶の表面構造の平坦部分間にある階段部分で、その部分の原子は平坦な部分よりも配位不飽和となるため、触媒の活性点として働く場合がある。
Science p. 511, 10.1126/science.adk1334

細胞間の橋 (Intercellular bridges)

原形質連絡は、分子の細胞間輸送をうまく進める植物細胞壁のチャネルである。細胞間の正確な分子輸送は、細胞の増殖と発達にとって必須である。しかしながら、これらの細胞壁チャネルがどのようにして形成されるのかはほとんど分かっていない。Liたちは小さなカラシナ植物のシロイヌナズナを研究し、原形質連絡橋が小胞体により推進される不完全な細胞質分裂を通じて形成されることを見出した。遺伝学、高分解能顕微法、モデル化の組み合わせが、接続された小胞体連結がどのようにして、局所的なアブシション事象の進行を妨害し、収縮しつつある細胞板開口部内にエネルギー障壁を作り出すのかをが突きとめた。これらの細胞事象は細胞板開口部の完全な閉塞を妨げ、不完全な細胞分裂と原形質連絡形成をもたらす。(MY,kh)

【訳注】
  • 原形質連絡:多細胞の植物体において、細胞壁を横切って、細胞間の輸送や通信を可能とする微小な流路。
  • アブシション:つながった細胞や器官が脱離する生物過程。
  • 細胞板:植物の細胞分裂の際、その終期に2つの娘細胞間にできる隔膜。分裂後、隔膜にセルロースが沈着することで細胞壁となる。
Science p. 538, 10.1126/science.adn4630

トランスクリプトーム-ワイド・スプライシング・ネットワーク (Transcriptome-wide splicing networks)

有核細胞は、遺伝子の一次RNA転写物からイントロンとして知られている内部配列を除去するための複雑な分子装置を進化させてきた。このスプライシング過程は、遺伝子メッセージをタンパク質に翻訳するために必要であり、個々の遺伝子から選択的mRNAとタンパク質の生成を可能にする。Rogalskaたちは、イントロン除去装置の成分をコードする300を超える遺伝子の発現を個別に低下させた後、選択的RNAスプライシングへの影響を分析し、機能の類似性と相互の影響を推測した。スプライソソームの込み入った複雑さが、多数の一体型調節機構を提供し、これらの結果は、生理学と疾患におけるそれらの動作を決定するための手段を与える。(KU)

【訳注】
  • スプライソソーム:タンパク質とRNAの複合体で、転写されたmRNA前駆体からイントロンを取り除いて成熟RNAにする機能を持つ。
Science p. 551, 10.1126/science.adn8105

燃えるような疑問 (Burning questions)

人間活動の影響による気候変動により、世界の多くの地域で山火事の頻度と激しさが増し、壊滅的な結果をもたらしている。Marianiたちは、オーストラリアでの高い強度の火災の増加に、人間の別の活動である植民地化が寄与していると示唆している。著者たちは、複数の古生態学の代理データセットを使用して、最終間氷期(10万年以上前)まで遡る期間の植生構造を比較した。低木は火災の燃料となり火災を森林樹冠へと広げるが、その被覆率は、中期から後期完新世の間、先住民オーストラリア人が野焼きによって環境を管理していたため、他の期間よりも低かった。低木の被覆率は、イギリスの植民地化とそれに伴う先住民の野焼き習慣の強制的な撤去以来、大幅に増加している。したがって、所定の規模の野焼きを復活させることは、大規模火災の防止に役立つ可能性がある。(Uc,nk,kh)

Science p. 567, 10.1126/science.adn8668

クールな積み重ね (A cool stack)

電気熱量材料は、電場によって引き起こされる相転移を通じて熱を送出することができる。しかしながら、大きな温度差を維持する素子の設計は困難なことがある。Wuたちは、電場の下で形状もまた変化させる強誘電性高分子の層を使用したヒート・ポンプを設計した。いくつかの高分子薄膜積層を直列に接続することで、効率的な熱伝達が実現され、その温度差は14Kに達する。この冷却は、系の複雑さを増大させる流体や他の方策を必要とすることなく達成される。(Wt,nk,kh)

Science p. 546, 10.1126/science.adr2268

免疫細胞が脳シナプスの形成を助ける (Immune cells aid brain synapse formation)

自然免疫細胞は、進入病原体からの保護提供に加えて、組織恒常性に寄与している。Barronたちは、2型自然リンパ球(ILC2)がマウスの脳において抑制性シナプスの形成に必要であることを見出した(GreenとFosterによる展望記事参照)。髄膜に局在するILC2は、出生後のシナプス形成期間に、サイトカインであるインターロイキン-13(IL-13)を産生した。ILC2を欠くあるいはIL-13によるシグナル伝達を欠くマウスは、出生後の発育期に、大脳皮質中の抑制性シナプスの形成がより少なく、成体時に社会的行動の低下を示した。そのため、ILC2により産生されるIL-13は神経細胞に直接作用し、神経発達に影響しうるかもしれない。(MY)

【訳注】
  • 2型自然リンパ球:寄生虫感染、アレルゲン、毒素などの刺激により、IL-13を含む2型サイトカインを産生して炎症応答を引き起こす自然免疫細胞。
Science p. 507, 10.1126/science.adi1025; see also p. 494, 10.1126/science.adt0040

オウムは色素を欲しがる? (Polly want a pigment?)

オウムの鮮やかな呈色は、シッタコフルビンとして知られている色素によって決まることが知られているが、これらの色の分子的基礎はまだわかっていない。Arboreたちは、遺伝子発現、クロマチン・アクセシビリティ、全ゲノム関連研究を用いて、コシジロインコの赤と黄色の呈色の遺伝的基盤を特定した。著者たちは、脂肪アルデヒドの酸化に関与する酵素の近くに、推定原因となる多様体を特定し、この遺伝子を酵母で試験して色素変化を引き起こす能力を確認した。この研究における広範な生化学および遺伝学の成果は、モデル生物以外の呈色の理解に役立ち、オウムやその他の鳥類の色素に関する将来の研究への扉を開く。(Sk,kh)

【訳注】
  • シッタコフルビン:アルデヒド(-CHO)あるいはその酸化体であるカルボン酸(-COOH)で終端されたC14~C20の直鎖共役ポリエン化合物。可視光領域に吸収を持ち、終端基と炭素数で吸収域が異なる。
  • クロマチン・アクセシビリティ:ヒストンとよばれるタンパク質にDNAが巻き付いたものをヌクレオソームといい、これが数珠状に連なったものをクロマチンという。局所クロマチンのゆるみ度合いによって転写因子等のDNAへの結合のしやすさ(アクセシビリティ)が変化する。
  • 全ゲノム関連研究:ある集団を設定し、集団に存在する個体間の形質の違いと遺伝子多型との関連をゲノム全体にわたって調べることにより、対象とする形質と関連する遺伝要因を検出する手法。
Science p. 506, 10.1126/science.adp7710

AlphaFold百科事典の構築 (Assembling an AlphaFold encyclopedia)

既知のプロテオーム空間のごく一部のみが、実験によるタンパク質構造手法によって研究されたきた。したがって、AlphaFoldタンパク質構造データベース(AFDB)は、タンパク質構造モデルの分野における真に大規模な拡張を表している。このような大規模なデータベースは、分類と分析にとって大きな課題となる。Lauたちは、予測されたタンパク質構造モデルを個別のドメインに区分して分類するための、深層学習に基づく分析パイプラインを開発した。その結果得られたドメイン百科事典(Encyclopedia of Domains)は、既存のドメイン・ファミリーを拡張しそして接続するものであり、実験での構造においてまだ観察されたことのない折り畳み構造を持つ多数のドメインもある。(KU)

【訳注】
  • AlphaFold(アルファフォールド):タンパク質の構造予測を実行するGoogleによって開発された人工知能プログラム。
Science p. 508, 10.1126/science.adq4946

ねじれを持つオレフィン (Olefins with a twist)

100年前、Julius Bredtは、隣接する幾つかの炭素中心を特別な非平面配置に強制するある種の分子は、それら炭素原子の間で二重結合を形成できないという知見を発表した。これらの仮説上の二重結合は「アンチBredt」オレフィンとして知られるようになり、これらの化合物は得ることができないという学説が、時折反対の示唆があっても、依然として広く信じられている。McDermottたちは、今回、これらのオレフィンを環化付加反応で捕捉できる一時的な中間体として合成する一般的な戦略を報告している。この合成手順は、前駆体からのシリコン-フッ素の結合形成の駆動力に依存しており、これは歪のある芳香族を入手するために用いられる方法に似ている。(KU,kh)

Science p. 509, 10.1126/science.adq3519

分子の密集化と浸透圧感知 (Molecular crowding and osmosensing)

植物は絶えず浸透圧ストレスの状況に曝されているが、どのようにして浸透圧変化を感知するのかはよく分かっていない。Wangたちは、シロイヌナズナのDECAPPING5(DCP5)タンパク質が、細胞外高浸透圧に対する浸透圧感知器として機能することを報告している。この機能は分子密集化がもたらす相分離により達成され、そこではDCP5タンパク質が立体構造変化を受けて相分離を引き起こす。高浸透圧になるとDCP5は、DCP5を多く含む浸透圧ストレス顆粒へと可逆的に会合し、mRNAと調節性タンパク質を隔離する。これらの知見は、植物が浸透圧ストレス下で素早く細胞恒常性を調節できる、原形質の浸透圧感知機構を説明している。(MY,kh)

【訳注】
  • DCP5:タンパク質合成に必須の構造であるmRNAの5’末端キャップの除去に関与するタンパク質。
  • ストレス顆粒:細胞がストレスを受けると、細胞質内のmRNAやタンパク質が液-液相分離現象により集合して一時的に形成される100nmから200nm程度の細胞内構造体。異常タンパク質の蓄積防止やシグナル伝達経路の調節などにより細胞損傷を回避するストレス適応機構であると考えられている。
Science p. 510, 10.1126/science.adk9067

トリッキーなコア・タンパク質折り畳み機構TRiCの障害 (TRiC-ky disorders)

脳形成異常は、発作や認知機能障害などの主要な障害と関わる出生前の脳の異常な発生である。Kraftたちは、脳形成異常患者のゲノム配列決定を行い、タンパク質折り畳み機構の中核をなすTRiCの構成タンパク質分子での変異を特定した(Sharmaによる展望記事参照)。複数のモデルにおいて、これらの変異は、ニューロンの増殖と発生の欠陥と、アクチン、微小管、ミトコンドリアを含む細胞内構造と経路でのさまざまな欠陥を誘発した。これらの結果は、脳の発生におけるタンパク質折り畳みの重要な役割を明らかにし、TRiCの変異が脳形成異常群を規定する可能性があることを示唆している。(Sh,nk,kh)

【訳注】
  • TRiC(T-complex protein-1 ring complex):真核生物において新生タンパク質の折り畳みを助ける重要なタンパク質で8つのサブユニットから成る。
Science p. 516, 10.1126/science.adp8721; see also p. 493, 10.1126/science.adt0039

細胞分裂への2つの経路 (Two pathways to cell division)

βラクタム系抗生物質は世界中で最もよく処方される薬である。これらの分子は、細菌の細胞壁ペプチドグリカンを架橋する役目を果たす酵素群であるペニシリン結合タンパク質(PBP)を不活性化することによって細菌を殺す。メチシリン耐性黄色ブドウ球菌(MRSA)は、βラクタムに対して親和性の低い非野生型PBPであるPBP2aをコードするmecA遺伝子によってβラクタムへの耐性を獲得した。Adedeji-Olulanaたちは、抗生物質耐性を大幅に高める変異増強を可能にする分子経路を調査してきた(Harrisonによる展望記事参照)。著者たちは原子間力顕微法を用いて、抗生物質が、隔壁リングにおける細胞壁ペプチドグリカンのナノスケール構造をどのように変化させ(その結果、細胞複製を防止することになる)のかを決定した。さらなる分析で、耐性変異体は、細胞分裂部位で細胞壁合成の別の型を示し、隔壁リングを必要としないことが明らかにされた。(hE,kh)

【訳注】
  • 隔壁リング(septal ring):ここでは、黄色ブドウ球菌によって細胞分裂時に新たに作られる細胞壁表面上の同心円状模様のことを言っている。耐性株ではこの模様が消失する。
Science p. 573, 10.1126/science.adn1369; see also p. 491, 10.1126/science.adt0042

光学的に明るい双極子励起子 (Optically bright dipolar excitons)

半導体中の励起子は、電子-正孔対で形成される電荷中性準粒子である。電気的制御を行うためには、電子と正孔を分離して双極子を作る必要がある。この分離は光学活性を低下させるため、光学的に暗くなる。Huangたちは、90度ねじれた黒リン層を用いて、永久双極子を有する新しい種の励起子を実証した(MiloševićとCovasiによる展望記事参照)。層ハイブリッド化した伝導帯と層偏極した価電子帯の結果として、正味双極子モーメントを有する層間励起子は光学的に輝度が高い。本発見は、幾何学形状によってこの励起子の特性を調整できることとともに、オプトエレクトロニクス応用に有用な技術基盤を提供するであろう。(NK,nk)

Science p. 526, 10.1126/science.adq2977; see also p. 490, 10.1126/science.adt0451

安定化カチオン (A stabilizing cation)

メチル・テトラヒドロトリアジニウム(MTTZ+)およびジメチルアンモニウム・カチオンのその場形成は、ペロブスカイト太陽電池の膜結晶性を向上させる。Dingたちは、N,N-ジメチルメチレンイミニウム・クロリドを前駆体溶液に添加することで形成されるMTTZ+が、セシウム・イオンとヨウ化物イオンの移動の障壁を高めることによって、ペロブスカイトを安定化させることを見出した。照射面積27平方センチメートルのペロブスカイト太陽電池モジュールは、23%の電力変換効率を有し、温度85℃、相対湿度85%の環境下で最大電力点追尾を約1900時間行った後も、その変換効率の87%を維持した。(Wt)

Science p. 531, 10.1126/science.ado6619