Science October 25 2024, Vol.386

危険な混合物 (A damaging brew)

現代の昆虫の個体群は、殺虫剤、除草剤、殺菌剤などからなる農薬の混合物にさらされている。これらの化合物の多くは、個々に、また致死率に対して試験されているが、それらは自然界で単独で見出されるわけではなく、死を通じてのみ動物に影響を与えるものでもない。Gandaraたちは、ショウジョウバエのモデルにおいて1000種類以上の農薬をふるいにかけ、これらの分子の大半が致死量以下の水準で行動に影響を与え、急性曝露後には生存率をさらに低下させることを見出した。農薬を田畑であり得る水準で混合した場合に、著者らは、幼虫の発育、行動、生殖に広範囲にわたる変化を観察した。これらの結果は、農薬への曝露が致死量以下の水準であっても、昆虫の個体群に影響を与えつつあることを示唆している。(Sk,kh)

Science p. 446, 10.1126/science.ado0251

半導体コロイドのための風変わりな溶融物 (A different melt for semiconductor colloids)

ガリウムリン化物 (GaP) やガリウムヒ素化物(GaAs)などの二成分種から五成分組成までに至る、III-V族半導体ファミリーの 構成要素は今日、無機塩の共晶溶融物における単分散ナノ粒子として成長させることが出来る。Ondryたちは、Ga(III)の代わりに弱い酸化種であるGa[GaI4]が酸化還元反応で用いられるなら、より広範囲の半導体が得られることを見出した。この方法は、より高い反応温度を可能にし、バンド端光ルミネセンスを示すGaAsナノ粒子の合成を可能にした。(KU,kh)

【訳注】
  • バンド端発光:価電子帯の端の正孔 伝導帯の底の電子が再結合することによる発光
Science p. 401, 10.1126/science.ado7088

個体数の調整 (Population regulation)

腸内細菌には正と負の相互作用のための多くの機構があり、彼らの間のそのやり取りは活発である。腸内に豊富に生息するバクテロイデス種は、DNA転移による接合と、VI型分泌装置(T6SS)と呼ばれる兵器化した注入装置を用いて、競合する細胞にエフェクター毒素を送り込む。遺伝子構造1(GA1)、GA2、およびGA3と呼ばれるT6SS遺伝子座は、大きな接合伝達因子(ICE)上に存在し、それら遺伝子はバクテロイデス種間で最も一般的にやり取りされる遺伝子の一つである。Sheahanたちはトランスクリプトーム解析を行い、GA3がGA1遺伝子を有するICEによって阻害されることを明らかにした。阻害はICEによってコードされる転写調節因子によって仲介され、さらにGA3のT6SS注入機構の発現を遮断した。免疫タンパク質も関わっている可能性がある。無菌マウスを用いた競合実験から、GAとICEの相互作用がバクテロイデス属の異なる菌種の存在量を調節していることが示唆されている。(Sh,kh)

【訳注】
  • VI型分泌装置:細胞内で合成されたタンパク質を細胞外に輸送するために細胞質膜や外膜にある分泌装置のうちⅥ型は菌体外に突出した針状構造を有し、これが競合する細胞を感知すると、エフェクター毒素が針を通過して競合細胞内に注入される。
  • 接合伝達因子:切り出しに関わる酵素によって偶発的に染色体内から切り出された染色体外DNA分子。可動性遺伝因子の一つで、接合によって他細胞に伝達した後に再び染色体内に戻る。
  • トランスクリプトーム解析:細胞や組織などに蓄積するRNA全体をトランスクリプトームと呼び、それを網羅的に解析する手法。
Science p. 414, 10.1126/science.adj9504

溶媒交換が溶解性の問題を解決する (Solvent exchange solves solubility problems)

高含水ハイドロゲルは、生体組織の柔らかさに調和するその固有の柔らかさと、水分補給と酸素透過を維持するその能力により、バイオメディカル分野での用途をますます見出しつつある。しかしながら、ほとんどのポリマー半導体は水に溶けないため、半導体機能を付与することが困難である。Daiたちは、溶媒交換プロセスによるハイドロゲル-半導体ポリマー複合材料の設計、合成、特性評価、および応用について報告している。彼らは、ポリマー半導体 p(g2T-T) とハイドロゲル形成モノマーのアクリル酸をジメチルスルホキシド中で結合させ、紫外線による架橋により二重ネットワーク構造を形成した。水との溶媒交換後、この半導体ハイドロゲルは、高い電荷キャリア輸送特性を維持しながら弾性率が低く、臓器適合性と異物応答の減少も示した。(KU,kh)

Science p. 431, 10.1126/science.adp9314

きわめて、焼死するほど速い (Deadly fast)

最も危険な山火事は、急速に移動して広がる山火事である。Balchたちは衛星データを用いて、米国本土全体の山火事の増加率が、特に西部全体と東部の一部で、2001年から2020年の間に大幅に増大したことを示した。その期間中、米国西部では一日当たり燃焼面積拡大率の最大値は2倍以上になった。山火事で破壊された建物の4分の3以上が、これらの急速な火災で焼失した。(Sk,nk,kh)

Science p. 425, 10.1126/science.adk5737

ちょっと緩和して (Just relax)

タンパク質設計法は近年、機械学習に基づく生成モデルの導入により急速な進歩をはたした。Frankたちは、勾配降下法に基づくハルシネーションを用いた反復性の配列進化を土台に最適構造への効率的で堅牢な収束を可能にする、緩和配列最適化(relaxed sequence optimization)と呼ばれる代替手法を初めて発表している。著者たちは、構造的に多様で柔軟な方法で望ましい特性に片寄らせることができる100から1000個範囲のアミノ酸の、新規なタンパク質設計法を生成した。徹底した実験的特性評価は、高い成功率と、設計とタンパク質構造の密接な対応を確認した。この設計方法は、ヘテロおよびホモ二量体タンパク質の生成を可能にし、他の複雑な設計課題に適応できるだろう。(KU,kh)

【訳注】
  • 勾配降下法(Gradient descent):機械学習モデルを訓練するために用いられる最適化のアルゴリズム。
  • ハルシネーション(Hallucination:幻覚):もっともらしいが「事実とは異なる内容」や「文脈と無関係な内容」といった誤情報を、人工知能(AI)が生成する。
Science p. 439, 10.1126/science.adq1741

放射線耐性の機構 (Mechanisms of radiation resistance)

緩歩動物は、多くの生物を殺してしまう高エネルギー放射線など、苛酷な環境条件への耐性で知られている微小無脊椎動物である。Liたちは今回、緩歩動物の新種であるHypsibius henanensisを記載し、ゲノム解析、トランスクリプトーム解析、プロテオーム解析を用いて、これらの生物がどのようにして放射線処理に応答するのかを調べている。この応答機構は、ベタレイン色素の生合成の誘導と、ストレスに応答してDNA損傷を修復するための緩歩動物特有の経路とより広く他の生物に分布している経路の両方に対する上方制御とを含んでいる。(MY,nk,kh)

【訳注】
  • 緩歩動物:地球のほとんどの環境に生息する微小動物で、8本の短い脚を持ち、形がクマに似ていることからクマムシと呼ばれている。乾燥、温度、圧力、放射線に強い耐性を持つことが知られている。
  • ベタレイン:植物の花や果実などを赤紫や黄色に彩る植物色素で、緑色のクロロフィル、黄~橙色のカロチノイド、幅広い色を呈するフラボノイドとともに植物四大色素の1つ。抗活性酸素機能や抗活性窒素機能を持ち、DNA損傷を抑制することが知られている。
Science p. 396, 10.1126/science.adl0799

プラスチック問題 (A plastic problem)

「マイクロプラスチック」という用語が初めて使われてから20年が経ったが、環境におけるマイクロプラスチックの存在について私たちは何を知っているだろうか? Thompsonたちは、マイクロプラスチックとは何か、その発生源と吸収源、生態学的影響とリスク、人間の健康に及ぼす危険性、検出と識別の進歩、マイクロプラスチックの管理と規制の見通しなど、この期間に私たちが学んだことを概観している。マイクロプラスチックの環境負荷は増加し続けているため、その増加を抑制するには科学的、経済的、社会的介入の組み合わせが必要となるだろう。(Uc)

Science p. 395, 10.1126/science.adl2746

雄性生殖能を詳しく地図に示す (Mapping out male fertility)

不妊は世界中で一般的な健康問題であり、多くの患者に対して、彼らの不妊問題の原因をいまだ特定することができていない。哺乳類の精巣は、どの組織よりも最も複雑なトランスクリプトームと、豊富なRNA結合性タンパク質とを含有している。Liたちは、雄性生殖能の生物学的性質への洞察を提供するために、さまざまな発生段階のマウス雄性生殖細胞を調べて、RNA結合タンパク質と精子形成におけるその役割に関する図譜を作り出した。著者たちは図譜からの知見を用いて、進化的に保存された主要なRNA結合タンパク質と調節要素を特定し、マウスの精子形成に果たすそれらの役割を実証した。最後に彼らは、不妊治療中の何百人もの男性のデータを収集し、マウスでの知見とヒト不妊との関連性を実証した。(MY,kh)

【訳注】
  • 調節要素:エンハンサーやプロモーターなど、遺伝子発現を制御するDNA領域のこと。
  • RNA結合タンパク質:RNAと結合して複合体を形成するタンパク質のことで、RNAのスプライシングや翻訳などの多様なRNA機能を制御する。
Science p. 397, 10.1126/science.adj8172

炎症老化と肺ガン (Inflammaging and lung cancer)

免疫系の老化はガンの転帰に対する重要な因子である。Parkたちは免疫プロファイリングを実施し、免疫系が加齢に伴いどのようにしてガンと戦う能力が低下するかを探索した。肺ガンの実験モデルにより、加齢は老齢マウスにおいて、骨髄AAA動員し腫瘍増殖を高めることに関連していた。モデルを通じて、加齢は 骨髄免疫細胞を腫瘍へとより迅速な動員と関連しており、また腫瘍増殖を老齢マウスにおいて高めた。サイトカインであるインターロイキン-1α(IL-1α)の骨髄細胞よる産生は、骨髄内造血性前駆細胞にシグナルを出し、これが、免疫抑制性骨髄集団の動員をさらに促進する機構を作り出した。加齢性のDNAメチル化に関与する酵素DNMT3A(DNAメチル基転移酵素)は、加齢に伴い減少しIL-1の産生と相関していた。IL-1受容体を阻害すると、老齢マウスでの肺ガン進行が弱められることが分かった。(MY,nk,kh)

【訳注】
  • 免疫プロファイリング:組織や生物体内の免疫細胞や免疫分子を分析することで、その免疫系の状態を特徴づけること。
  • インターロイキン-1α:細胞が障害を受けた時にその細胞から放出される分子で、他の免疫細胞を動員する機能を持つ。
  • DNAメチル基転移酵素:DNAへのメチル基の転移を触媒する酵素ファミリー。
Science p. 398, 10.1126/science.adn0327

2つの病気に1つのサプリメント (One supplement for two diseases)

抗酸化薬ががん促進性効果をもちうるとの証拠が出たことを踏まえて、Swamynathanたちは、潜在的な酸化促進剤による介入を試験した(Panniaおよび Dowlingによる展望記事を参照)。特に、著者たちは、ビタミンKの水溶性前駆体であるメナジオン重亜硫酸ナトリウムに注目した。著者たちが予測したように、このメナジオン誘導体は前立腺がんの増殖を抑制した。次に、研究者たちはその作用機構を検討し、キナーゼVPS34(ホスファチジルイノシトール3キナーゼ触媒サブユニット3型)をその標的として特定した。偶然にも、彼らは、X連鎖性ミオチュブラー・ミオパチーと呼ばれる致死的な遺伝性筋疾患も、その拮抗物質が失われるために、VPS34活性の相対的過剰と関連することに気づき、またメナジオンによる食事の補完がこの遺伝性疾患のマウス・モデルで有益であることを証明した。(hE,nk,kh)

【訳注】
  • X連鎖性ミオチュブラー・ミオパチー:X染色体に存在するMTM1遺伝子の異常によって引き起こされる遺伝性筋疾患である。主に骨格筋に影響を及ぼし、ほとんど男性にのみ発生する。
Science p. 399, 10.1126/science.adk9167; see also p. 380, 10.1126/science.adt2538

子供の成長のために細菌を培養する (Cultivating bacteria for a child’s growth)

腸内細菌叢は、宿主の生理機能に影響を及ぼす可能性のある多様な生物活性化合物を生成する。栄養失調が起きている間では細菌叢も枯渇し、これが宿主に、特に小児期に害を悪化させる可能性がある。Chengたちは、設計された食事で栄養失調から回復中のバングラデシュの小児の体重増加に関連する一連の代謝産物を産生する生物を特定した。この食事を摂取している小児の腸内には、Faecalibacterium prausnitziiが豊富に存在する。この細菌株は、N-アシルエタノールアミンを加水分解し、N-アシルアミドを腸粘膜で活性生成物に合成する巾広い基質特異性を有する二方向性脂肪酸アミド加水分解酵素の類似体を有する。この多機能性は、ヒトの腸内でシグナル伝達を調節し、免疫、食欲、および成長に影響を及ぼす特異的な細菌の能力を示している。(Sh,kh)

Science p. 400, 10.1126/science.ado6828

電荷貯蔵の統一的見解 (A unified view of charge storage)

電気化学的なエネルギー貯蔵機構は、しばしばインターカレーションによるバルク貯蔵と界面における超コンデンサー的な貯蔵に分けられる。Xiaoたちは、統一的な方法を提案しており、さまざまな基板を用いた種々の厚さの二酸化チタン(TiO2)膜におけるリチウム(Li)貯蔵を、Li活性のある範囲にわたって調べる研究を行った。これらの膜厚依存性測定を用いることで、TiO2はそのバルクにおいては挿入メカニズムによってLiを貯蔵し、また界面においては超コンデンサーの機構によってLiを貯蔵することが示された。 著者たちは、位置に依存する Li貯蔵機構を電荷キャリア欠陥の化学に関連づけている。したがって、混合導電電極そのものだけでなく、隣接する集電相も考慮する必要がある。電荷貯蔵に関する考え方を見直すことにより、著者たちは、高出力貯蔵と高エネルギー密度貯蔵の間の最適化を図るための、風変わりな視点を提供している。(Wt,kh)

【訳注】
  • インターカレーション:分子または分子集団の空隙に他の元素が侵入する可逆反応のこと。
Science p. 407, 10.1126/science.adi5700

境界での奇妙な共同作用 (Strange coordination at the boundaries)

合金の粒界構造は、強化にも脆化にもなりうるため、材料設計において粒界構造を理解することは重要である。Devulapalliたちは高分解能顕微法を用いて、チタン-鉄合金の粒界構造を調べた (Luoによる展望記事を参照)。著者たちは、粒界に存在する鉄は、5回対称性を持つケージの形成によって配置されていることを見出した。これは秩序相の形成を妨げ、準結晶またはガラスを連想させる。シミュレーションは、この予期せぬ構造を再現することができた。これにより他の合金組成の粒界構造を設計する方法が創出された。(Wt,nk)

Science p. 420, 10.1126/science.adq4147; see also p. 381, 10.1126/science.ads5954

変化しつつある相互作用 (Changing interactions)

20世紀半ばの Kettlewellの研究以来、昆虫は、人間が引き起こした変化に応じた、急速な体色変化による適応の明確な例を示してきた。Niたちは、そのような適応が変化に対する単一種の応答の中で生じるだけでなく、そのような変化が密接に関連した種の相互作用に影響を及ぼしうることを示した(Nosilによる展望記事参照)。彼らは、同族の有毒種を模倣するカワゲラが、森林消失と捕食圧の変化によってより鳥類の少なくなった地域では、森林消失と捕食圧の変化に応じてくり返し体色を変えることを見出した。体色を制御する遺伝子座と外部表現型の両方で、変化は明らかであった。(Sk,nk,kh)

【訳注】
  • Kettlewellの研究:1953年にバーミンガムで行われた実験で、汚染された森では淡色型個体が優先的に捕食され、暗化型であることが生き残りに重要であることを示した(工業暗化)。異論があったが、2012年に再確認された。
Science p. 453, 10.1126/science.ado5331; see also p. 376, 10.1126/science.ads9992