Science October 18 2024, Vol.386

溶岩の起源を解明する (Unraveling the origin of lava)

アイスランドのレイキャネス半島で進行中の噴火は、地殻中部のマグマ溜まりを理解する機会を与えてくれる。 Matthewsたちは、最近噴出したマグマの組成を調査した。それは、マグマ溜まり状況に関する情報を提供している。著者たちは、溶岩が多様な均質だが別々のマグマ体からのものであることを見出した。彼らの観察は複雑な地殻中部のマグマ領域を示唆しており、これは一連の噴火の期間と広がりとに密接に関係する知見だ。(Wt,nk,kh)

Science p. 309, 10.1126/science.adp8778

発展を評価する (Assessing progress)

相互作用する量子多体系の挙動を理論的および計算的手法により予測することは極めて困難である。しかしながら、現在の技術を用いると、すべてのこのような問題が同じように困難というわけではない。Wuらは、様々な多体系のハミルトニアンの基底状態を計算する為に用いられるいくつかの変分法の結果を解析した。著者らはVスコアと呼ばれる計量を定義して、これらの計算の精度を定量化する為に用いた。Vスコアは、アルゴリズムと計算的基盤のさらなる開発が精度の向上に導く可能性がある分野を特定するのに用いることができる。(NK,KU,nk)

Science p. 296, 10.1126/science.adg9774

妊娠期の化学物質曝露 (Chemical exposure during pregnancy)

外因性化学物質への暴露は、特に妊娠などの重要な期間中に、人間の健康に影響を与えることがある。Braunたちは、高分解能の質量分析法と生体外試験を用いて、ドイツの妊娠女性の血液中化学物質を同定し、個々の物質と混合物による神経毒性効果の特性を明らかにした。産業および消費者向け商品に起因する化学物質が、混合物における神経毒性効果の主な要因であった。この仕事は、人々に化学物質曝露を知らしめ、リスク評価を手伝う包括的監視の能力を実証するものである。(MY,nk,kh)

Science p. 301, 10.1126/science.adq0336

電気的追跡者 (An electrical tracker)

レーストラックを移動する磁壁は、計算機応用における記憶装置として魅力的な候補である。典型的には、磁壁の位置は光学的に追跡される。Jeonたちは、トラックに沿って多数のナノ規模のホール・バーを配置した系を設計した。この研究者たちは、これらの電気検出素子を用いて、光学的方法を用いてこれまで達成されていたよりも約25倍高い空間解像度で、複数の磁壁位置を同時に検出した。(Sk)

【訳注】
  • レーストラック:もともとは競技用走路を意味するが、磁気ナノワイヤを磁区で細かく区切って磁壁の磁化方向でデータの記録、読み出しを行う方式のメモリーに対して、ナノワイヤ上を磁壁(データ)が駆け巡るというイメージから、レーストラック・メモリーという名前が付けられた。
  • ホール・バー:主電極に挟まれた半導体の側部に複数の測定用電極を設け、測定用電極間の電圧を測定することで、主電極・半導体間の接触抵抗に影響されずに特性測定を行えるようにした形状の半導体試料。
Science p. 315, 10.1126/science.adh3419

多様であるほど栄養豊富 (More diverse, more nutritious)

多くの生態系にわたり、生物多様性の低下は生物量の減少と他の生態系機能の喪失につながる。この分野における研究の多くは植物群落に注目してきており、少しの注意しか食物連鎖の消費者に払っていないが, それこそが有機栄養素の蓄積と合成で重要な役割を果たしているのだ。Shipleyたちは、昆虫とクモの多様性が、必須栄養素の1種であるポリ不飽和脂肪酸(PUFA)の群落規模での濃度にどのように影響を及ぼすかについて調べた。彼らは、陸生系と水生系の両方とさまざまな土地利用において、群落の多様性が高い程、生物量とPUFA量が高いことを見出した。人工的な系では、昆虫とクモの種類が与えられた同じ水準にある場合で比べると、それら捕食者の生物量とPUFA量の両方ともが、自然そのままの系よりも低かった。これは機能が負に移ることを示唆している。(MY,nk,kh)

Science p. 335, 10.1126/science.adp6198

皿の中の代謝調節 (Metabolic regulation in a dish)

腸管内分泌細胞は、消化および代謝に関与する様々なホルモンを分泌する胃腸管の全体にわたって見い出だされる細胞型の集合である。これらの細胞は相対的にまれであり、その位置や分泌するホルモンの型が様々であるため、その亜型や生物学的機能を十分に特性を明らかにすることを困難にしている。この困難さに対処するために、Beumerたちは、ヒトの胃壁細胞からなるオルガノイドを培養する方法を開発した。次いで著者たちは、ヒト患者の胃、小腸および大腸細胞由来のオルガノイドで、特定の受容体を不活性化するという狙いの変異を持っているか、いないかを研究して、さまざまな代謝センサーの機能を描写し、潜在的な薬理学的標的を特定した。(hE,nk,kh)

【訳注】
  • 腸管内分泌細胞(enteroendocrine cell):食餌性脂質や糖質を感知し、様々なホルモンを分泌することで消化や食欲、代謝を制御する
  • オルガノイド(organoid):試験管内で幹細胞から作製された、臓器や組織を模倣した3次元構造体のことで、「ミニ臓器」とも呼ばれる
Science p. 341, 10.1126/science.adl1460

はるか遠方を動かす (Mobilizing far afield)

地震は断層付近を劇的かつ壊滅的な方法で変形させる。しかし、追加的な変形が断層から遠く離れた場所でより長い時間尺度で、地殻が応力の変化に適応するにつれて変形が生じる。Ergintavたちは、2023年2月6日の Kahramanmara?の地震系列の後では、この遠方場の変形が予想よりもはるかに大きかったことを示した。遠方の変形のこの大きさは、この地域の地震危険度評価にとって広範な意味を持ち、ある種の地震の機構の再考が必要な可能性がある。(Wt,nk,kh)

Science p. 328, 10.1126/science.ado4220

腫瘍を樹状細胞になるよう調教する (Training tumors to be dendritic cells)

がん免疫療法の成功は、腫瘍が免疫系による破壊を回避するために発達させる機構によって制限される。腫瘍は免疫系の活性化を阻止し、免疫細胞 (樹状細胞とTリンパ球) が腫瘍を破壊する能力を阻害し、こうしてがんの増殖に有利な環境を作り出す。Ascicたちはアデノウイルス・ベクターを用いて、転写因子 PU.1、IRF8、およびBATF3を送達することで、in vivoでがん細胞を樹状細胞に直接再プログラムする方法を開発した (ZhouとWuによる展望記事参照)。転写因子は樹状細胞様機能を促進し、遺伝子操作された腫瘍細胞に抗原を提示してがん特異的T細胞免疫応答を開始することが出来た。腫瘍から免疫細胞への「再プログラム化」は腫瘍の微小環境を再形成し、これが腫瘍の縮小と全身免疫を誘発した。(KU,nk,kh)

Science p. 286, 10.1126/science.adn9083; see also p. 274, 10.1126/science.ads6228

燃える世界 (World on fire)

人類活動の影響による気候変動は、山火事を、より大規模に、より高温に、より当たり前にしてきた。Jonesたちは機械学習の手法を用いて、観測された増加の「理由」と「場所」を分析した。著者らは、異なる森林生態地域を明らかにし、それらを12の地球規模の森林パイロームに分類し、気候、人間、および植生に対する異なる感受性について述べた。彼らの分析は、気候が主な制御要因である温帯パイロームにおいて森林火災による炭素排出量がいかに増加してきたか、そしてそれが人間の影響が最も重要な熱帯パイロームからの排出量を上回ってきたことを示している。それはまた、気候変動下で高まりつつある、火災での撹乱に対する森林の脆弱性を説明している。(Sk,kh)

【訳注】
  • パイローム:火災の数、規模、強度、火災シーズンの長さなど、火災特性が比較的均一な地域。
Science p. 287, 10.1126/science.adl5889

予想外の効率 (Unexpected efficiency)

熱電材料は熱と電気を相互変換し、熱電材料を発電と冷却の両方に役立つものにしている。 Qinたちは、セレン化スズの発見が一因となった、この分野における最近の進展である、熱電材料として当然の選択ではなかった、ナローギャップ型半導体の概要を提示している。しかしながら、10年前に、セレン化スズが高い熱電効率を持つことが示された。この化合物の発見とさらなる改良は、新世代の熱電材料とデバイスの開発にとって重要なものになっている。(Sk,kh)

Science p. 285, 10.1126/science.adp2444

細菌は獲物をホールド・アップさせて刺す (Bacteria stick ‘em up and stab)

細菌群集は、競争者を寄せ付けないか、可能な宿主に入るか、あるいは捕食者になるかなど、さまざまな相互作用を必要とする複雑な生態系を持っている。これらの目的のために、毒素やアドヘシンなどのエフェクターを頻繁に細胞から特定の標的細胞内へと移動させる収縮性の注射器のような機構を用いて働く分泌装置群を、細菌は組み入れている。低温電子顕微法構造と遺伝学的解析を用いて、Lienたちは、水生の糸状菌が、獲物の鞭毛をつかむための鉤縄として作用する9型分泌装置の7分子複合タンパク質と、獲物を刺して殺す6型分泌装置のエフェクターで武装して狩りに行くことを見出した (CaultonとLoveringの展望記事参照)。同様の機構は、腸の生態系など、より身近な細菌の相互作用にも重要である可能性がある。(Sh,nk,kh)

【訳注】
  • アドヘシン:細菌の表面や繊毛に存在し、他の細胞や物体表面への付着を促進するタンパク質や多糖類などの化学物質。
  • エフェクター:タンパク質に選択的に結合してその生理活性を制御する小分子。
  • 分泌装置:細胞内で合成されたタンパク質を細胞外に輸送するために細胞質膜や外膜にある装置。現在、1型から11型まで知られており、このうち3型は菌体外に突出した針状構造を有し、これが宿主細胞膜に触れるか宿主内環境を感知すると、エフェクターが針を通過して宿主細胞内に注入される。9型は分泌物の駆動と滑走運動を可能にする回転機構を持つ。滑走は装置基質の糸状タンパク質によって起こる。
Science p. 288, 10.1126/science.adp0614; see also p. 273, 10.1126/science.ads6761

AIが政治的な合意点を見つける (AI finds political common ground)

グループは、まとまって行動すために合意に達する必要がある。しかしがら、討論参加者たちが全く異なるが妥当な意見を述べる場合は、これは困難なことがある。Tesslerたちは、民主的な討論の間にグループが意見一致に至るのを人工知能(AI)が助けることができかどうかを調べた(NyhanとTitiunikによる政策フォーラム参照)。著者たちはHabermas Machineと呼ばれる大規模言語モデルを訓練して、少数の英国人グループが英国のEU離脱、移民流入、最低賃金、気候変動、普遍的子育て支援などの意見の分かれる政治課題を議論する際に合意点を見つけるのを助けるAI介在者として機能させた。人間介在者と比べてAI介在者は、広い合意を生み出しグループの意見の違いをより少なくする、より好ましい発言を生成した。AIの発言は、少数者の視点を無視することなく、より明確で論理的で有益であった。この取り組みは、意見が大きく異なるグループをまとめるAIの可能性について、方策としての意味合いを持つものである。(MY)

Science p. 289, 10.1126/science.adq2852; see also p. 268, 10.1126/science.ads7371

介入が党派的な憎悪心を軽減させた (Interventions reduced partisan animosity)

学者と一般市民は、最近の米国の民主主義的価値観の衰退に関して懸念を強めているが、これは、対立する政治グループ間の敵意 (党派的な憎悪心) と、暴力的または非民主的な方法での政治関与の容認 (反民主主義的態度) によって悪化している。Voelkelたちは、米国の党派的な憎悪心と反民主主義的態度を軽減するために設計された25の介入について、大規模なフィールド実験を行った (NyhanとTitiunikによる政策フォーラム参照)。ほとんどの介入は、党派間の共通の基盤を確立したときに 党派的な憎悪心を軽減した。しかしながら、 党派的な憎悪心を軽減しても、必ずしも政治的暴力や非民主的慣行への支持が減るわけではない。したがって、 党派的な憎悪心は、これまで考えられていたよりも概念的に異なる可能性がある。(KU,kh)

Science p. 290, 10.1126/science.adh4764; see also p. 268, 10.1126/science.ads7371

選挙と自由は民主主義の鍵 (Elections and liberty key to democracy)

世界中のほとんどの人々は民主的な統治を望んでいるが、民主主義とは何かについて世界的合意はあるのだろうか?民主主義を守り強化するには、国民が民主主義の特徴について共通の理解を共有する必要がある。Chuたちは、よく機能している民主主義 (イタリアと日本)、衰退または後退している民主主義 (米国とインド)、非民主主義 (エジプトとタイ) とされる6つの異なる国で、人々が民主主義の最も重要であると考えているものを調べた (NyhanとTitiunikによる政策フォーラム参照)。国を超えてもしくは国内で、人々は一貫して、自由で公正な選挙と言論の自由などの市民の自由の保護を最も重要な属性としてランク付けした。男女平等は、米国とエジプトを除くすべての国で3番目に重要な属性としてランク付けされた。経済的平等は全体で4番目にランク付けされた。(Uc,kh)

Science p. 291, 10.1126/science.adp1274; see also p. 268, 10.1126/science.ads7371

回復への道筋 (A pathway to recovery)

シリコン電極の容量損失は、リチウム化による体積変化と、固体電解質界面形成に伴う関連した問題によって発生し、これらが分離した、不活性なリチウム・シリサイド (LiSi) 粒子の形成を引き起こす可能性がある。Yangたちは失われた容量を回復する一つの方法として、短時間 (数秒) に高電圧を印加した (JinとTaoの展望記事参照)。この電圧パルスが誘電泳動を引き起し、離れ離れのLiSi粒子を移動させ、リチウムが再活性化される。パルス印加は繰り返し適用することで、セルの寿命にわたって失われた容量を大幅に回復する。(KU,kh)

【訳注】
  • シリコン電極:本研究は、リチウムを負極材料として利用するリチウムイオン電池に代わって登場したシリコン負極電池を対象にしている。シリコンには黒鉛負極に比べて10倍以上のエネルギー密度があり、より高速に充電できる。(https://www.capterra.jp/glossary/647/silicon-anode-batteries)
  • 誘電泳動:不平等電界中では,帯電していない粒子も電界の影響を受けて運動する。この運動を,帯電した粒子の電気泳動と対比して誘電泳動という。
Science p. 322, 10.1126/science.adn1749; see also p. 276, 10.1126/science.ads9691