Science October 11 2024, Vol.386

ねじれ二層膜における極性渦 (Polar vortices in twisted bilayers)

ねじれ二硫化モリブデン二層膜中の電界の観測が、ねじれ角に依存した面内キラル渦ドメインを明らにした。Tsangらは、4次元走査透過電子顕微法(TEM)と第一原理計算を用いて、局所極性ドメイン構造を決定したが、その構造はねじれ積層によって誘起される電荷再分配と少しの面内イオン変位によって生じる可能性がある。大きなねじれ角に対しては、モザイク状のキラル渦パターンが観測された。12重の準結晶二重膜は、顕微鏡内で層を変位させることで調整できる、複雑な渦パターンを有していた。(NK,KU,kh)

Science p. 198, 10.1126/science.adp7099

プレニルの不斉付加 (Asymmetrically adding prenyl)

プレニル基は、生化学と天然物化学のあらゆるところでよく見られる、5炭素からなる疎水性の原子団である。医薬品として関心をひく天然物に属する広範な1分類をなす多環式ポリプレニル化アシルフロログルシノール(PPAP)は、多くの合成研究の対象となってきたが、プレニル基の不斉導入が長期にわたる難題であることが分かっている。Ngたちは今回、不飽和ケトンをプレニル化することで高いエナンチオ選択的でPPAPに至る、銅触媒法について報告している。この方法の鍵は、ホウ素が幾分常識とは異なる位置にある有機ホウ酸塩化合物である。(MY,kh)

【訳注】
  • プレニル基:-CH2-CH=CH-(CH3)2で表される化学基。
  • エナンチオ選択性:2つのキラル体のうち、どちらかを優先的に生成する反応の性質。
Science p. 167, 10.1126/science.adr8612

ナノメーター以下の超解像 (Subnanometer super-resolution)

ナノメーター規模で距離を直接測ることは光学的手法にとって難題で、回折限界以下の分解能の蛍光顕微法を用いた手法でさえもそうである。Sahlたちは、1から10ナノメーターの範囲で、また配向を持つ分子では1ナノメーター以下で、正確な分子間距離を測定できるように、MINFLUXと呼ばれる光学的手段を精緻化した。著者たちはポリプロリン定規を用いて、1桁ナノメーターの既知間隔を持つ(2つの)蛍光団の解像を実際に示している。彼らはこの手法を、現状の非直接的な方法では短すぎる距離を含み、光活性色素で標識された巨大分子タンパク質に対する分子間と分子内の距離測定に適用した。画像化実験により、細胞内のタンパク質-タンパク質相互作用を研究するためのこの手法の可能性が実証された。(MY,kh)

【訳注】
  • MINFLUX:蛍光分子付近を中心が暗いドーナツ状の励起光でスキャンして蛍光のない位置を特定することで蛍光分子の位置を決定する方法。
  • ポリプロリン:アミノ酸の1種であるプロリンの重合体(ここでは数量体)で、剛直ならせんを形成する。両末端に蛍光団を結合させ、プロリンの数を変えることで異なる長さの分子定規としている。
Science p. 180, 10.1126/science.adj7368

危険な状態にある種間相互作用 (Species interactions at risk)

植物は、個体の移動と個体群の拡張を、多くの場合動物による種子散布に頼っている。生息地の喪失と環境の変化は、多くの植物種と動物種を脅かすことが知られているが、種子散布の将来性に及ぼす個体数減少の影響はほとんど分かっていない。この知識空白に対処するため、Mendesたちは全ヨーロッパの植物-動物間種子散布相互作用に関するデータを統合し、それぞれの種の相互作用を、種の保全状況と個体群の軌跡に基づき、低、高、非常な高懸念に特性づけた。全ての種間相互作用のうちのほぼ3分の1が高あるいは非常に高の懸念であることが分かり、植物種の存続をさらに脅かす可能性がある。しかしながら、データの空白は大きく、この知見はさらなる研究と評価を必要とする。(MY,kh)

Science p. 206, 10.1126/science.ado1464

二重の困難 (Double trouble)

呼吸器合胞体ウイルス(RSウイルス)では複数の株が同時流行するが、重症急性呼吸器症候群コロナウイルス2株では複数の株が互いに置き換わる。このような違いを説明しようとして、Parkたちは、ヒトにおける、競合する病原体間の免疫ニッチと適合性の相違を数値化する方法を開発した。この理論では、病気の流行中は感染しやすい個人がとても少なくなるので、別の株が直ちには侵入できない、という現象を定式化するものである。感染しやすい個人の集団が現れるまでには時間を要するのであり、それはその病原体によって生じる免疫の強度と持続性の組合せ、ならびに侵入する変異体がもっているかもしれない何か伝達の利点に依存する。かく、弱い免疫は流行する複数株の共存を許容する傾向があり、強い免疫は逐次的な置き換わりになる。(hE,kh)

【訳注】
  • 免疫ニッチ:骨髄で造血幹細胞や造血前駆細胞が接着して維持される、限局した微小環境を指す
Science p. 175, 10.1126/science.adq0072

何て言ってるの? (What’s that you say?)

環境変化に適応する種について考える場合、我々はたいてい1つの特性について考える。しかし、1つの特性の変化は、他の特性にも影響を及ぼす可能性がある。ガラパゴス・フィンチでは、干ばつが、種子資源の変化に応じて嘴の大きさと形状の変化を引き起こすかもしれないことが示されてきた。しかしながら、鳥たちは嘴で餌を食べるだけでなく、嘴で鳴くこともする。Podosたちは、一連の干ばつに応じて嘴の大きさがどのように変化するかを予測し、鳥たちが出す鳴き声を予測した。彼らは、一連の模擬干ばつの後では、その鳴き声が、縄張りを持つ雄鳥がもはやそれらを認識できないほど大きく変化することを見出した。(Sk)

Science p. 211, 10.1126/science.adj4478

グラフェン研究の次のステップ (Next steps for graphene research)

グラフェンの発見の発表から20年が経過し、ZhaoとLinは、ある展望記事の中で、この分野の研究がどのように進展してきたかを論じている。これまで、未加工の連続的な形態の研究から、消費者分野での応用に成功したグラフェン・ナノプレートレットやグラフェン酸化物などの誘導体へと移ってきた。著者たちは、電子デバイスや光電子デバイスにおけるグラフェンの使用を拡大するために克服すべき課題を明確にし、学界と産業界の協力的な取り組みの重要性を強調している。まだ多くの課題が残されているものの、グラフェンはその可能性の最大限の活用に向けて進んでいる。(Wt)

Science p. 144, 10.1126/science.ads4149

薄氷を踏む (On thin ice)

5億人以上の人々が、冬の間中凍る湖の近くに住んでいる。しかしながら、湖は、温暖化に応じて急速に冬の氷量を減少させつつあり、その減少速度は過去25年にわたって加速してきている。Hamptonたちは、湖の季節の氷量の状態を再調査し、その消失の重要な影響のいくつかを論じている。氷の減少は、文化、経済、水質、漁業、生物多様性、さらには天候や気候にも影響を及ぼすであろう。(Sk,kh)

Science p. 162, 10.1126/science.adl3211

哺乳類ゲノムの連続編集 (Continuous editing of mammalian genomes)

ヒトゲノムの領域を変異させる能力は、遺伝子機能における個々の遺伝子変異の影響を理解するのに役立つ。Chenたちは、いかなるゲノム座位も標的にできる長距離変異誘発の新しい手段を報告している。ヘリカーゼ支援連続編集 (HACE) はニッカーゼ-Cas9-シングル-ガイドRNA(sgRNA)を用いて、ヘリカーゼ・デアミナーゼ融合酵素を動員し、これが次に、1,000塩基対以上移動して領域全体に変異を引き起こす。著者たちは、HACEをsgRNAと組み合わせて翻訳配列と非翻訳配列を多様化し、それによって薬剤耐性を付与したり、RNAスプライシングを乱したり、誘発性免疫遺伝子の発現を調節したりする単一の変異を特定した。HACEは、内因性遺伝子座の変異誘発に対する強力な手段を提供し、哺乳類細胞における指向性進化を通じて新しい配列空間を探索する可能性を持っている。(KU,kh)

Science p. 163, 10.1126/science.adn5876

T細胞応答のエピジェネティック核心 (An epigenetic core of T cell response)

T細胞免疫療法は、一部の難治性がんの治療に成功してきたが、T細胞が長時間の刺激の後では持続できないために限界がある。Kangたちはリバース・トランスレーション方法を採用して、チェックポイント阻害免疫療法に対するT細胞応答の持続性を調節する分子機構を研究した (TsuiとKalliesの展事記事参照)。骨髄異形成症候群の患者からの臨床観察にヒントを得て、クローン性造血に関連するエピジェネティック調節因子 (Dnmt3a、Tet2、およびAsxl1) がT細胞枯渇の実験モデルを用いて特定された。ポリコーム・グループ抑制性脱ユビキチン化酵素複合体のエピジェネティック破壊が、免疫療法に応答する幹細胞様T細胞集団の保存をもたらした。この機構をがん養子細胞療法に拡張すると、Asxl1の破壊はT細胞により優れた治療効果とチェックポイント阻害免疫療法との相乗効果をもたらす能力を与えることが見出された。(KU,kh)

【訳注】
  • リバース・トランスレーション方法:「臨床から基礎へ(リバース・トランスレーション)」という臨床で問題になったことを基礎の戻って研究し、そのあと基礎から臨床(トランスレーション)への応用を試行する。
  • クローン性造血:血液がんの前がん病変
  • ポリコーム:遺伝子の発現を調節するタンパク質のグループ
Science p. 165, 10.1126/science.adl4492; see also p. 148, 10.1126/science.ads6217

変動性と堅牢性 (Variability and robustness)

初期の哺乳類の胚は、遺伝子発現、機械的特性、細胞分裂のタイミングに変動性を示す。固有の確率的動態にもかかわらず、胚は堅牢な形状と機能を実現する。Fabregesたちは、時間的変動性と細胞力学がマウス、ウサギ、サルの胚における胚発生の堅牢性にどのように影響するかを研究した。彼らは、細胞の非同期化が確率的かつ細胞自律的な方法で増加する一方、胚間の空間的変動性は、特定の構造に向かって圧縮と形態的転移によって駆動される、8細胞期中に減少することを見出した。コンピューター・シミュレーションはこれらの知見を裏付けた。卵割のタイミングの操作は、細胞運命のパターン形成へのその影響を実証し、これは堅牢な形態形成を保証する上での時間的変動性の役割を強調している。(KU)

Science p. 164, 10.1126/science.adh1145

雪よ降れ (Let it snow)

沈降していく海洋微粒子有機物は、一般に「マリン・スノー」と呼ばれ、大量の炭素を新たな海表面から深海へと移動させ、地球の炭素循環の主要な構成要素の1つを構成している。これらの粒子の生物学的および物理的複雑さ、およびそれらの動きに関係する広範な長さと時間尺度が、それらの動態を詳細に決定することをきわめて困難にしてきた。Chajwaたちは顕微法的撮像法を用いて、これらの粒子が例外なく、その運動と深海への炭素隔離量に大きく影響する、彗星の尾のような流れの形態を呈すること、いかに多くの炭素を深海に隔離しているかを示した(CaelとGuidiによる展望記事参照)。(Sk,kh)

Science p. 166, 10.1126/science.adl5767; see also p. 149, 10.1126/science.ads5642

出生前の脳変異と統合失調症 (Prenatal brain mutations and schizophrenia)

脳の発達中の体細胞変異は、いくつかの神経障害と関連させられてきた。Mauryたちは、統合失調症(SZ)と診断された提供者の背外側前頭前野組織の全ゲノム高重複度配列解析を行い、神経新生が終了する前に起きたと推定される体細胞変異を特定した (AnとKimによる展望記事参照)。彼らの結果は、対照組織と比較してSZ組織の転写因子結合部位の近傍で体細胞一塩基変異の割合が高いことを示した。これらの変異のいくつかは既知のSZリスク遺伝子と関連しており、これは神経新生中の体細胞変異が、後年にSZを発症する全体的なリスクの決定に寄与する可能性があることを示唆している。(Sh,KU)

【訳注】
  • 背外側前頭前野:大脳の前方に位置する前頭前野の一領域で、ワーキングメモリ(今注意が向けられている記憶)、認知的柔軟性、計画、抑制、抽象的推論などの実行機能を持つ。
Science p. 217, 10.1126/science.adq1456; see also p. 146, 10.1126/science.ads6781

アルカンに非対称性をもたらす( (Bringing asymmetry to alkanes)

過去半世紀にわたり、有機化学者は、2つの可能な鏡像 (エナンチオマー) 生成物のうちの1つだけを生成する多数の触媒を考案してきた。これらの触媒のほとんどは、酸素または窒素原子との結合部位に依存している。そのような部位を持たない純粋な炭化水素は、反応進行時に空間的に偏頗にすることが非常に困難である。Rautたちは、キラル酸の一種であるイミドジホスホリミデートが対称的シクロプロパンを包み込み、その開環転位を触媒して、高いエナンチオ選択性を持つキラルなオレフィン化合物を生成できると報告している。(KU,nk,kh)

Science p. 225, 10.1126/science.adp9061

酸化物は内、フラーレンは外 (Tin oxide in, fullerenes out)

ペロブスカイト太陽電池の長期安定性は、フラーレンの電子輸送層を酸化スズで置き換える原子層堆積法(atomic-layer deposition method:ALD)によって改善されてきた。Gaoたちは、まず、ペロブスカイトと正孔輸送層を単一のステップで堆積させ、次に、ALDを用いて、酸素の欠乏した酸化スズ層を作成し、通常の酸化スズを過剰に厚く成長させた層へのバンド・オフセットを低減させた。太陽電池の電力変換効率は25%以上で、65℃での最大電力点で2000時間動作させた後でも95%以上の効率を維持した。(Wt,KU)

【訳注】
  • バンド・オフセット:半導体ヘテロ接合におけるエネルギーバンドの相対的な位置関係を表す。
Science p. 187, 10.1126/science.adq8385

新しい方向性 (A new direction)

多くの研究が、気候変動により植物種が極地や高地へ向けて移動していることを記述している。他の地球規模の変化、例えば窒素沈着も植物種の地理的分布を変える要因となり得るが、これらはあまり観察されていない。Sanczukたちは、数十年にわたる環境変化の中で、ヨーロッパの温帯森林における下層植物種がどのようにその分布を変化させたかを調べるため、約3000の再サンプリングされた植生区画のデータを使用した。気候変動を追いかけて北へ移動するのではなく、種はより一般的に東西方向へ移動していた。西または東への移動はその生息区域を通じてより高い窒素沈着を経験した種はより多い局所絶滅と新生息地でのより少ない定着を示した。(Uc,kh)

Science p. 193, 10.1126/science.ado0878