Science October 4 2024, Vol.386

アリの農業 (Ant agriculture)

人間は、植物と動物の両方を含む、多くの他の種と広範囲にわたる農業上の関係を発展させてきたが、そうしている種は人間だけではない。アリは、自らの消費のために多くの菌類の系統を栽培することが知られており、その関係はさまざまな形をとっている。Schultzたちは、これらの集団間の共進化の特徴を明らかにし、現代の関係の複雑さをもたらしてきたいくつかの重要な変遷を特定したが、それは白亜紀末の大量絶滅後のその出現を含む。(Sk,kh)

Science p. 105, 10.1126/science.adn7179

太陽の変化するコロナ磁場 (The Sun’s varying coronal magnetic field)

太陽のコロナは太陽の上層大気であり、それは低密度のプラズマと磁場を含んでいる。この領域の磁場を全球的にマッピングすることは難しく、わずかな限られた機会にしか行われていない。Yangたちは、8ヶ月間ほぼ1日おきに測定を行って、コロナ磁場を定期的に測定する方法を実証した。著者たちは、太陽が回転し、(黒点に関連する)活動領域が太陽表面に現れるにつれて、磁場が変動することを見出した。モデル計算との比較は、特に高緯度地域や小さなスケールで、この観測手法がモデルよりも情報に富んでいることを示した。(Wt,nk,kh)

Science p. 76, 10.1126/science.ado2993

ディフィシル菌に対する困難な課題 (Difficult challenge for)

入院は1つの健康上の問題を解決するかもしれないが、別の問題を引き起こすことがある。それは、ディフィシル菌による難治性感染症である。この細菌は、正常な腸内細菌が抗生物質によって排除されると増殖して毒素を産生する。Alamehたちは、毒素産生性ディフィシル菌に対して罹病しやすい個人を保護するための多価mRNA-脂質ナノ粒子ワクチンを開発してきた。このワクチンは、腸への細菌の定着と病原性に必要ないくつかの表面因子を処理する、これら細菌の多様な株に見出される酵素を標的とするように設計されている。動物感染モデルにおいてこのワクチンは、ディフィシル菌の栄養細胞と胞子に対抗して強固で長寿命のT細胞、抗毒素免疫グロブリンG、および粘膜抗体応答を誘発し、常在微生物叢を測定できる程には乱すことなく、マウスに完全な生存をもたらした。(Sh,nk,kh)

【訳注】
  • 多価ワクチン:抗原性の異なる同種の病原体病原に対し、それぞれに応じた抗原を含むように作られたワクチン。
Science p. 69, 10.1126/science.adn4955

結晶粒回転を制御する (Governing grain rotation)

材料がどのように変形するかを正確に究明することは、微結晶物質の作成と設計の向上に重要ではあるが、結晶粒の剛体回転に関する機構のような、ある種の過程の原因を特定するは困難であった。Tianらは4次元透過型電子顕微法を用いて、白金薄膜におけるナノ結晶粒回転の機構について調べた。筆者らは、回転と結晶粒成長または縮小との相関を伴う回転の主要機構を特定した。これら観察結果は、さまざまな材料の機械特性の理解を深めるのに役立つであろう。(NK,nk,kh)

Science p. 49, 10.1126/science.adk6384

あっちとこっちで (Now and again)

ある地域の気象状況が、一般に大気の"遠隔相関"と呼ばれるものを通じて、離れた別の場所の気象状況に影響を与えることがある。たとえば、太平洋で発生するエルニーニョ南方振動 (the El Nino Southern Oscillation ENSO) は、温帯ジェット気流への影響を通じて、大西洋の状況に影響を与える可能性がある。Scaifeたちは、今回、ENSOにはまた遅延効果もある可能性を示している。北極振動と北大西洋振動は、1年遅れて同時性応答とは逆向きの応答を示す。著者たちは、この挙動が大気角運動量異常の移動の結果であると説明している。(Wt,nk,kh)

Science p. 82, 10.1126/science.adk4671

生き急ぐと、若死にするのか? (Live fast, die young?)

樹木の最大サイズ、成長率、寿命は、森林の炭素蓄積率を決定づける。これらの生活史特性は相関していると考えられているが、熱帯系では研究が地域規模に限られてきた。Bialic-Murphyたちは、北米、中米、南米の1000種を超える樹木のサイズと状態に関するデータを使用し、これらの関係がより複雑であることを示した。予想外のこととして、彼らはサイズ、寿命、成長率の測定値の間に弱い正の相関関係があることを見出した。ただし、種は4つのタイプに分かれていた。1つの成長が速い種と、小型で長寿命から大型で短寿命までさまざまな3つの成長の遅い種だった。寒冷地域の種は成長が遅く、寿命が長い傾向があったが、これらの特性はほぼ独立していた。(Uc,kh)

Science p. 92, 10.1126/science.adk9616

活性化剤に転用されるキナーゼ阻害剤 (Kinase inhibitors repurposed to activators)

キナーゼを標的とする薬剤のほとんどは、その酵素を阻害するように設計されているが、そうではなく、キナーゼ活性を増強するか、または標的を変える方がいいような特定の状況がある。Sarottたちは、特定のヒトB細胞リンパ腫中で通常は抑制されている、鍵となる遺伝子の転写を活性化する分子を設計した。このがん細胞では、これらの遺伝子の転写が転写因子BCL6とその後生的コリプレッサー(補助抑制因子)の過活性によって阻害されていた。著者たちは、タンパク質キナーゼCDK9の阻害剤とBCL6のリガンドを連結する分子を用いて、CDK9とBCL6を標的遺伝子の近くに誘導した。CDK9は阻害剤複合体から明らかに放出され、RNAポリメラーゼIIを十分にリン酸化し、転写伸長を増強した。マウス・モデルでは、CDK9の全体としての活性を変えることなく、BCL6に異常に応答するB細胞において、このことが特異的に生じていた。したがって、タンパク質キナーゼ阻害剤をこのような近接誘導剤の一部に転用することは治療上の可能性をもつかもしれない。(hE,KU)

【訳注】
  • BCL6:リンパ球の成長や機能を制御する転写抑制因子で、免疫系細胞の分化や機能に必須の因子。
  • CDK9:サイクリン依存性タンパク質キナーゼ(CDK)ファミリーに属するタンパク質キナーゼで、細胞周期の重要な調節因子。CDK9の働きは、RNAポリメラーゼIIのC末端ドメインをリン酸化することで、RNAポリメラーゼIIによる転写を調節することである。
Science p. 39, 10.1126/science.adl5361

γδT細胞を用いる免疫療法 (Immunotherapy using γδ T cells)

γδT細胞は、腫瘍を認識して殺すことができる独特の免疫細胞集団である。 それらは、より多様患者集団が利用できる、有害事象がより少ないかも知れないことを狙う次世代免疫療法に有望である、進化的に保存された細胞系統を包含している。γδT細胞は、組織内での増加と迅速応答性のような自然免疫に似た特徴を兼ね備えており、同じくT細胞の下位群であるαβT細胞よりもより広い応答性を持つ。さらにγδT細胞は、個人の主要組織適合性複合体タンパク質によって制約されないため、特性が十分明らかにされた治療用γδT細胞からなる「即納」バイオバンクが、健康な提供者をもとに作り出される可能性がある。Haydayたちは、γδT細胞がどのようにして健康な組織からガンを生得的に区別するのかに注目した現状の研究活動について論じ、γδT細胞による免疫療法の利点を探り、γδT細胞に基づくいくつかの臨床試験と応用に対する進展と見込みについて考察している。(MY,nk,kh)

【訳注】
  • αβT細胞:T細胞の大半を占める細胞障害性細胞。細胞表面にはα鎖、β鎖という受容体があり、ここで抗原提示細胞から提示された抗原情報を得て、抗原を攻撃する。
  • 主要組織適合複合体:細胞表面にある細胞膜貫通型の糖タンパク質で、細胞内のさまざまなタンパク質の断片を細胞表面に提示する働きをもつ。提示タンパク質断片が自己由来でない場合は、免疫反応が引き起こされる。
Science p. 37, 10.1126/science.abq7248

逆転写酵素による新規遺伝子の合成 (De novo gene synthesis by reverse transcriptase)

分子生物学のセントラルドグマは、遺伝子情報がDNAとRNAからタンパク質に流れ、逆転写がRNAをDNAに変換する、と述べている。2つのグループが、細菌がどのようにしてウイルス感染から自らを守るのかの理解を追い求める中で、これまでタンパク質をコードしていなかったRNAから遺伝子を作る別の経路を見出した(OstermanとSorekによる展望記事参照)。Tangたちは、逆転写酵素がRNAを鋳型として新規遺伝子を合成した結果、反復してほぼ無終端読み取り枠(Neo)の、細胞増殖を停止させウイルス拡散を規制するタンパク質の発現をもたらす機構を発見した。Neoコード化の見えにくさは、遺伝情報に関する従来の流れを覆し、他の生物学的な状況下での隠れた遺伝子の発掘可能性に光を当てている。Wilkinsonたちは、細菌の中には逆転写を用いて、末端間で連結したDNAの反復配列へとRNAを複製するものがあることを見出した。この反復配列DNAは1つの遺伝子を再編成し、毒性タンパク質をコードする反復配列RNAへと転写されうる。細菌はこの遺伝子合成能力を用いて、ウイルス感染から守ることができる非常に毒性の高いタンパク質を産生する。(MY.kh)

Science p. 40, 10.1126/science.adq0876, p. 41, 10.1126/science.adq3977; see also p. 25, 10.1126/science.ads3638

ジオールの反転 (Flipping diols)

キラルなジオール (二重アルコール) は、医薬品合成の重要な構成要素である。Lahdenperaたちは、対称的ジオールを2つの可能な鏡像異性体のいずれかに選択的に変換する金属を使用しない方法を報告している。具体的には、光酸化還元染料を用いてキラル・アミン触媒を活性化し、これが次に2つのジオール炭素のうちの1つから優先的に水素原子を引き抜く。チオールから非選択的クエンチングが、次に反応の過程全体における生成物の流れを目的生成物に向けて集中させる。(KU,kh)

Science p. 42, 10.1126/science.adq8029

人間が引き起こす独特な鳥類の減少 (Human-driven loss of distinct birds)

人間の活動は、直接間接を問わず種の絶滅の主な原因であるが、人間が引き起こす絶滅は数千年にわたって起きてきた。Matthewsたちは、絶滅が世界の鳥類の多様性にどのように影響を及ぼしてきたかを、特に鳥類の特徴と進化の歴史の観点から調査した(Kempによる展望記事参照)。過去13万年間にわたって既知の鳥類の約5%が絶滅してきており、これらの種、特に西暦1500年以前に絶滅した種は、その特徴と系統の観点からは、偶然に選ばれたと予想されるよりも独特である。種、機能、系統の多様性の損失は島嶼で最も大きい。見積もられる将来の絶滅は、鳥類の機能的および系統的多様性にさらに深刻な影響を引き起こすと予測されており、特に島嶼における保全活動の必要性を強調している。(Sk,nk)

Science p. 55, 10.1126/science.adk7898; see also p. 23, 10.1126/science.ads5639

ALSに対する精密医療 (Precision medicine for ALS)

筋萎縮性側索硬化症 (ALS) の大きな特徴の1つは、ニューロンのサブセットにおけるRNA-結合タンパク質TDP-43の機能喪失である。Wilkinsたちは、TDP-43の機能喪失によって引き起こされる潜在的エクソン・スプライシングの活性化を利用して、治療上の構成物を病変細胞で選択的に発現するレポーター系について記述している (ZengとGitle の展望記事参照)。著者たちは、自分たちのレポーター設計を促進するために、in silico指向進化アルゴリズムを開発した。この設計は、in vitroとin vivoの両方で潜在的に有益な効果を示し、TDP-43病理に関連する神経変性疾患に対する精密医療の開発への道を開いた。(KU,kh)

Science p. 61, 10.1126/science.adk2539; see also p. 24, 10.1126/science.ads5951

マウス胚は用意する (Mouse embryos get ready)

受精後、哺乳類の胚は遺伝子発現を急速に活性化し、着床を助け、体内のすべての組織を形成する細胞型を指定する。マウス胚における細胞がさまざまな系統を産み出すように準備する因子は十分に理解されていない。Festucciaたちは、孤児核受容体NR5A2がこのプロセスで継続的な役割を果たすことを示した。最初に、NR5A2は胚ゲノムの活性化に関与する。次に、8細胞の桑実胚段階で、NR5A2はその主要な役割を果たし、異なる系統を指定する因子とハウスキーピング機能を保証する遺伝子の発現を調整する。この役割は必須であり、NR5A2のないばあいに、発生は軌道から外れる。(KU,kh)

【訳注】
  • 孤児受容体:リガンドが同定されていない受容体
Science p. 38, 10.1126/science.adg7325

OをNと交換して外す (Swapping out O for N)

化学者たちは近年、分子骨格から個々の原子を取り外して、場合によってはそれを別の官能性を持つ原子に置き換えるという編集方法を相次いで導入してきた。Kimたちはこの流れをさらに推し進め、Nとの交換のためにOを除去し、具体的にはフラン環のOを1級アミンのNに置き換え、それによりピロールを生成させた(PlachinskiとYoonによる展望記事参照)。この方法は、光酸化還元触媒に依存してフランを酸化してそれをよりアミン付加しやすくするものであり、結果それは幅広い種類の医薬品関連化学骨格に適用できる。(MY,kh)

【訳注】
  • フラン、ピロール:環を構成するヘテロ原子がフランは酸素、ピロールは窒素であるヘテロ五員環化合物。
Science p. 99, 10.1126/science.adq6245; see also p. 27, 10.1126/science.ads2595

突然変異は平凡に後戻りするのか? (Do mutations regress to the mean?)

単一の突然変異は、遺伝的および環境的状況に応じて、適応度に大きく異なる影響を及ぼすことがある。これがいかにより広範囲に生じているのかを理解することは、多くの変数を試すという必要な高次元性を考慮すると、歴史的に研究が困難であった。Ardellたちは、6つの実験室条件で42種の酵母株にわたって99の突然変異が成長率に与える影響を調べた。彼らは、どの突然変異も株や環境にわたって普遍的に有益または有害というわけではなく、その株の適応度が低いほど、新しい突然変異が有益である可能性が高くなることを見出した。この研究は、エピスタシスの複雑な動態に関する洞察を与えている。(Sk,kh)

【訳注】
  • 適応度:生物が環境に適応して子孫を残す能力の度合いを指し、個体が繁殖によって次世代に残す遺伝子の量を表す指標。
  • エピスタシス:異なる遺伝子座間の相互作用が一つの形質に影響すること
Science p. 87, 10.1126/science.adn0753