Science September 27 2024, Vol.385

リンが酸の光化学反応を促進する (Phosphorus promotes acid photochemistry)

カルボン酸は医薬品および精密化学薬品の作製に対して、汎用で幅広く利用可能な原材料である。しかしながら、それらの光化学反応性を直接利用することは十分なされておらず、それは1つには、光吸収端が遠紫外域にあることによる。Pengたちは、カルボン酸をホスホン酸アシルに変換することで、光吸収が近紫外/可視領域に移動し、その後に続く光化学反応の選択性もより向上することを報告している。著者たちは、さまざまな水素原子転移とそれに続く環化、それにまた、環の拡大と縮小を実際に示している。(MY,nk,kh)

【訳注】
  • アシル基:カルボン酸のカルボキシル基(-COOH)からOHを除いた残りの原子団の総称。 RCO-で表される。
Science p. 1471, 10.1126/science.adr0771

概念細胞は代名詞にも反応する (Concept cells respond to pronouns, too)

言語は、会話中にそれ以前に紹介された名詞や概念を参照するため、代名詞を用いる。これらの代名詞は、以前に導入された単語と同じ脳内の神経表現を活性化するのであろうか。Dijksterhuisたちは、人間の頭蓋内記録を用いて、読書中、特定の個々の単語に選択的に反応する内側側頭葉の単一細胞が、文のより後ろでそれ以前に読んだ名詞を参照する代名詞にも反応することを見出した。これらの結果は、記憶と言語が単一細胞段階でどのように結びついているかを示している。(Sk,nk)

Science p. 1478, 10.1126/science.adr2813

免疫原性のためにタンパク質の形態を固定化する (Fixing protein form for immunogenicity)

呼吸器合胞体ウイルス(RSV)は、幼児、高齢者、または免疫不全の人に重篤な疾患を引き起こす可能性がある。ワクチンは免疫原としてRSV融合(F)タンパク質を使うが、このタンパク質は柔軟なので、それの”融合前(prefusion)”構造への閉じ込めが、免疫系のRSV感染中和に最有益な応答構築を可能にする。Liangたちは計算手法を用いて、タンパク質形状の変形開始から終了までの間に移動する、Fタンパク質中に局在化された柔軟領域を特定した。これらの領域の中の1つのアミノ酸を変異させることが、タンパク質を融合前の状態に保つのに役立った。これらの変異を、Fタンパク質三量体を安定化させる他の変異と結合し、アジュバントを含む処方でマウスまたはコットン・ラットに注射すると、抗体応答を誘発し疾患からの保護を提供するタンパク質形態が作り出された。(Sh,kh)

【訳注】
  • 融合前構造:細胞への侵入前にウイルス表面にスパイクを形成している糖タンパク質の構造。安定化することで、免疫系がより効果的にウイルスを認識して攻撃ができる。ウイルスが細胞に付着すると、タンパク質全体の大幅な配置転換がおき融合後構造になる。
  • アジュバント:ワクチンと一緒に投与して、その効果を高めるために使用される物質。
  • コットン・ラット:広い範囲のヒト病原体に感受性を持ち、複数疾患が併存できる実験動物。
Science p. 1484, 10.1126/science.adp2362

シナプス強度の増加と睡眠要求 (Synaptic strength increase and sleep need)

シナプスの動態と睡眠要求の関係はまだ明らかではない。Sawadaたちは、数理モデルにおいて、増大したシナプス強度が、神経細胞の過分極を促進し、脳波(EEG)のデルタ波量を増加させることを示した。著者たちは、多電極記録装置を用いて、シナプスを強化するとデルタ波量が増加することを実験的に確認した。前頭前野興奮性神経細胞に長期増強(LTP)誘導のための分子的手段を適用すると、毎日の睡眠要求が最小限の場合でも、非急速眼球運動(NREM)睡眠量とEEGのデルタ波量の両方が増加した。この手段は、生理学的範囲内でスパインの大きさの増加(構造的LTP)を引き起こした。このような効果は、抑制性神経細胞または視覚皮質神経細胞では見られなかった。シナプス伝達を薬理学的に増大させるか、長期抑圧を阻害すると、NREM睡眠の量とEEGのデルタ波量の両方が増加した。(Sk,nk,kh)

【訳注】
  • デルタ波量(デルタ・パワー):デルタ波は深い睡眠中や麻酔時に現れる脳波で、睡眠の質の評価に利用される。
  • 長期増強(LTP)/長期抑圧(LTD):神経細胞の活動履歴に応じて柔軟に変化するシナプスにおいて、情報伝達物質受容体が増加して情報伝達効率効率が長期的に増強される現象を長期増強(LTP)と呼び、逆の現象を長期抑圧(LTD)と呼ぶ。
  • スパイン:神経細胞のシナプスの樹状突起上にある小さなトゲ状構造体であり、その表面にある受容体がシナプス前部から放出された神経伝達物質と結合し、シナプス後電位を発生させることにより神経細胞の活動電位の発生に寄与する。
Science p. 1459, 10.1126/science.adl3043

除去作業 (Removal works)

過去のわずか65年間に私たちが作り出したプラスチックが、重大な環境問題や健康問題を引き起こしていることはよく知られている。こうしたプラスチックごみの大きな発生源の1つは、廃棄または紛失した漁具である。こうした漁具は、あらゆる種類の海洋生物を捕獲するために設計されており、廃棄された後も機能し続けるため、高い絡まり割合につながっている。こうした絡まりの対象となる種の1つが、絶滅危惧種のハワイモンクアザラシだ。Bakerたちは、アザラシの生息域全体から数百万トンのプラスチックごみを除去する40年間の取り組みによって絡まる回数が減ったことを見出し、こうした取り組みはコストと労力に見合う価値があることを確認した。(Uc,nk,kh)

Science p. 1491, 10.1126/science.ado2834

百聞は一見にしかず、 動かしてみればなおさら (Seeing (and manipulating) is believing)

神経信号を読み取り操作する能力は、生理学的および病理学的な状態において、脳機能を支配している基本原理を理解するために重要である。Muirたちは、神経調節物質および神経ペプチドの動態を観察し、生体内で神経シグナル伝達を操作するための化学生物学を活用したツールの最近の進歩について、洞察に満ちた要約を提供している。彼らはまた、このようなツールによって可能となった最新の発見について説明し、時間的および空間的にこれまでなかった精度で神経伝達物質がどのように脳回路や行動を調節するかを理解するために、これらの新しい研究方法を従来の手法に統合することができる方法を提案している。(ST,kh)

Science p. 1433, 10.1126/science.adn6671

霊長類とげっ歯類の小脳組織図 (Primate and rodent cerebellar atlas)

小脳は体の動きを調整する上で重要な役割を果たしており、この領域に対する損傷は、細かな動き、運動学習、姿勢に障害をもたらす。小脳の構造とその進化に対しての完全な理解は、小脳の組織化と機能の解明にとって最も重要である。Haoたちは、2種の霊長類と1種のげっ歯類の全小脳皮質に対する空間トランスクリプトミクスを行い、小脳の細胞構成に対する三次元復元図を単一細胞の分解能で作製した。彼らは、げっ歯類と霊長類間の類似性と違いについて記述し、小脳進化に関する貴重な理解を提供した。さらに、空間的な遺伝子発現が、小脳内での機能の連結性と相関していることが分かった。これらの結果は、種間の小脳機能の理解に対する確固たる基盤を提供する。(MY)

【訳注】
  • トランスクリプトミクス:細胞中に存在する全ての転写産物(RNA)を網羅的に解析すること。
Science p. 1434, 10.1126/science.ado3927

抗マラリア薬の候補 (A candidate antimalarial drug)

数十年にわたる制御の取り組みにもかかわらず、マラリアは未だに傷つきやすい集団に厳しい苦しみを課している。1つのワクチンまたは薬剤によって数年の小休止がもたらされるが、マラリア原虫が抑止を逃れるにつれて、次の制御手段が現れるまで病気が再び蔓延するのが普通である。Chahineたちは、抗マラリア薬のパイプラインに追加するために、イソシアノテルペン天然物類似体を研究してきた。トランスクリプトーム解析、メタボロミクス解析、プルダウン・アッセイおよびサーマル・シフト実験の結果、宿主細胞への侵襲に必要なマラリア原虫の小器官であるアピコプラストに対する作用と考えて矛盾しない結果が得られた。具体的な標的はまだ特定されていないが、この薬剤は脂質の合成と輸送を阻害すると考えられる。分泌機構の一部における変異によって、耐性選択がなされる可能性がある。総体的に、この候補薬はマラリアのヒト化マウス・モデルで安全であった。(hE,nk,kh)

【訳注】
  • プルダウン法:親和性の違いを利用して探索対象タンパク質を同定する方法。具体的には探索対象のタンパク質と相互作用する化合物(ここでは候補薬剤)を表面に固定化したビーズを用いて、細胞抽出液などから化合物に結合するタンパク質を探索するもの。
  • サーマル・シフト法:対象タンパク質と結合する化合物(候補薬剤)を用い、化合物の結合によるタンパク質の熱安定性変化を検出することで標的タンパク質を同定する手法。化合物が結合したタンパク質は熱安定性が変化する。
  • アピコプラスト:マラリア原虫や近縁の寄生性原虫の細胞内に見つかる細胞内小器官。原虫での脂肪酸の合成や、酵素活性に必要なイソプレノイドの合成に関与する。
Science p. 1435, 10.1126/science.adm7966

免疫グロブリンを食べる (Grazing on immunoglobulins)

次世代配列決定法によって微生物叢の時代が開かれ、この手段はヒト疾患に対する多重の治療標的のヒントを提供してきた。しかしながら、臨床上の問題の原因をある1つの微生物種または微生物群に正しく絞り込むことは未だ困難である。Luたちは、免疫グロブリンA-分解細菌を特定するための選別法を用いて、Tomasiella immunophilaと呼ばれるこれまで未知の属および種を特定した(Slackによる展望記事参照)。この微生物は、自己認識κ-軽鎖免疫グロブリンの分泌を特異的に刺激する。豊富なプロテアーゼを含むこの微生物の外膜小胞は、これらの宿主タンパク質を分解する。したがって、T.immunophilaは、自分自身の消費のために宿主由来の栄養素の供給を刺激すると同時に、潜在的に疾患を引き起こすに十分なほど宿主に免疫不全をもたらす一方で、耐性免疫グロブリンサブクラスをも選択できるらしい。(KU,kh)

Science p. 1436, 10.1126/science.adk2536; see also p. 1418, 10.1126/science.ads2152

作業記憶内の事項をどのように整列させるか (How to order items in working memory)

作業記憶内の異なる順位にある複数事項の知的な操作である配列並べ変えは、計画、進路決定、会話などの日常的な活動に不可欠である。前頭前野がこれらの操作に関与していると考えられているが、配列並べ変えの神経機構は不明である。Tianたちは、2匹のマカクザルが視空間での配列並べ変え課題を実行している間、前頭皮質の数千の神経細胞からの記録をとった。これらのサルは、情報を一時的に保存してから操作するために、別々の神経作業副空間を用いた。これらの計算は複数の段階に分かれており、直列的にも並列的にも実行された。神経細胞が混合選択性を示し、複数の手がかりとなる特徴に反応するため、これが可能であった。これらの知見は、推論と計画の神経機構を理解するための重要な一歩である。(Sk,kh)

【訳注】
  • 作業記憶:外界から入ってきた感覚情報などを、それが消えた後に数秒から数十秒の間短期記憶として保持し、それを用いて他の認知機能を実行するための脳の機能。
  • 混合選択性:前頭前皮質のような高次領野における神経細胞が、刺激が持つ情報の様々な特性(形、色など)の組み合わせに対して反応する機構。
Science p. 1437, 10.1126/science.adp6091

能動的と受動的のリチウム採取 (Active and passive lithium harvesting)

再生可能エネルギーに基づく社会基盤におけるリチウム二次電池の重要性は、より効率的なリチウム調達に関する活発な研究を活発化させてきた。海洋にはかなり大量のリチウム塩が含まれているが、比較的低濃度であるため、ナトリウムやマグネシウムから分離するのが困難である(Darlingによる展望記事参照)。Liたちは、二次電池そのものをヒントにした手法を実証した。この手法においては、リン酸鉄電極が塩水(海水)からリチウムを選択的にインターカレートし、その後、淡水に放出することができる。電荷バランスは、それぞれの媒体中で、対となる対向電極での銀の酸化と還元によってもたらされ、その他のすべてのカチオンは塩水側に保持される。異なる取り組みとして、Songたちは、植物をヒントに太陽光を動力源としてリチウムを抽出、貯蔵、放出する太陽光利用蒸発散装置を作り出した。(NK,MY,kh)

Science p. 1438, 10.1126/science.adg8487, p. 1444, 10.1126/adm7034; see also p. 1421, 10.1126/science.ads3699

米国水質浄化法の解釈 (Interpreting the US Clean Water Act)

米国水質浄化法は、多くの変更が加えられてきた重要な環境保護法の1つである。ごく最近の変更は、2023年のSackett対EPA裁判の最高裁判決であり、それは連邦保護湿地域が連邦保護水域に「連続した表面接続」を持つことを要求した。Goldは洪水頻度に関するデータを用いて、Sackett対EPA判決のさまざまな解釈のもとで保護を失うだろう湿地域の面積を評価した(Owenによる政策フォーラム参照)。湿地域が恒久的、季節的、または一時的に冠水している必要があるかどうかに依存して、非潮汐湿地域の19~91%が保護を失うと予測される。州レベルの保護は役立つことがあるが、南東部およびグレート・プレーンズの州ではこうした保護がほとんどなく、これらの州では湿地域の大部分が米国水質浄化法の保護資格を失うだろう。(KU,kh)

【訳注】
Science p. 1450, 10.1126/science.adp3222; see also p. 1414, 10.1126/science.adr6670

粘土の中に埋蔵される (Buried away in clay)

樹木や植物は成長する過程で多くの二酸化炭素を取り込むが、そのほとんどは葉や木材が腐敗する際に比較的早期に放出される。Zengたちは、粘土中に埋もれた木を調査し、数百年から数千年さえもの間、劣化を防ぐ可能性のある木材地下貯蔵庫を作り出した(Yaoによる展望記事参照)。この取り組みを支持するのは、著者たちが分析した約3800年前に粘土に埋まった1本の木の発見であり、その発見はその木がその間にほとんど劣化してこなかったことを示していた。この研究は、バイオマスを半永久的に地下貯蔵する環境を作り出すことが可能なことを示唆している。そのための経費は、空気や海洋からの直接回収などの他の炭素隔離方法よりも低いと思われる。(Wt,MY,nk,kh)

Science p. 1454, 10.1126/science.adm8133; see also p. 1417, 10.1126/science.ads2592

心臓はいっぱいになる (Hearts getting their fill)

ヒトの心拍数は、ストレス、発熱、活動などの状況により変化する。しかしながらヒトの心拍数は狭い範囲内にとどまり、過度に速い心拍は許容されない。それは、速い心拍では心臓の収縮と収縮の間の拡張期に、心臓を血液で満たすのに十分な時間が残されていないからである。しかしながら動物の中には、コウモリやトガリネズミなど、心拍数がヒトよりも10倍以上速いものもあるが、悪影響を生じてはいない。Joyceたちは、心臓収縮に関与する重要タンパク質である心臓トロポニンの遺伝子配列を、ヒトやマウス、および心拍数がそれよりはるかに高い動物を含むさまざまな種にわたって解析した(Landim-VieiraとPintoによる展望記事参照)。著者たちは、この生物学的な違いの原因となる重要な変異と、それが拡張期充満を向上させる方法を特定した。(MY,nk,kh)

Science p. 1466, 10.1126/science.adi8146; see also p. 1420, 10.1126/science.ads2585