Science September 20 2024, Vol.385

アノールでの遺伝子量補償 (Dosage compensation in the anole)

性染色体に対する遺伝子量補償は、異形の性染色体における遺伝子過発現や同形の性染色体における片側複製物のサイレンシングのどちらかによって仲介されうる。これらの過程は複雑であるが、通常は長鎖非コードRNA(lncRNA)群によって仲介される。しかしながらそれらのlncRNAは、広く種間で共有されることが少ないため、研究するのが困難である。Tenorioたちはグリーン・アノールを調べ、X染色体上の遺伝子群がオスでは過剰発現していることを見出した。この遺伝子発現様式は、彼らがMAYEXと呼ぶ1本のlncRNAによって仲介されているらしかった。このlncRNAはアノールを超えて他種のトカゲに共有されている可能性があり、従って、動物間の遺伝子量補償の理解に寄与するものである。(MY,nk,kh)

【訳注】
  • アノール:イグアナ科アノール属に含まれるトカゲの総称。グリーン・アノールはその一種。
  • 遺伝子量補償:性染色体上にコードされている遺伝子の発現量が雄と雌の間で同じになるように調節されること。オスの性染色体がXY、雌がXXの場合、XXの一方のXが不活性化する場合(哺乳類)やXYのXが過剰発現する場合(ショウジョウバエやトカゲ)が知られている。本論文は後者に対応するもの。
  • 長鎖ノンコーディングRNA:RNAの一種で、タンパク質へ翻訳されない200ヌクレオチド以上の長さの転写産物。
Science p. 1347, 10.1126/science.adp1932

より安上がりなプラスチックの分解 (Less costly plastic breakdown)

プラスチックを元の成分に分解することは、原理的に理想的な再生利用法である。残念ながら実際問題として、この手法は、現在用いられている2種類の最も一般的なプラスチックであるポリエチレンとポリプロピレンに対して、その反応がエネルギー的に不利すぎるため、不可能である。ごく最近、いくつかの研究グループが、適切な触媒を用い新規なエチレンを導入すると、ポリオレフィンをプロピレンに変換できることを示したが、触媒に用いられる貴金属が法外に高価である。Conkたちは今回、地球上により豊富に存在する酸化タングステンとナトリウムの組み合わせを用いて、この方法が働くことを報告している。(Sk,nk,kh)

Science p. 1322, 10.1126/science.adq7316

冷たい空気が氷河融解を遅らせている (Cooler air is slowing glacial melting)

グリーンランドでは近年、氷河の質量損失が加速している。McPhersonたちは、海に流れ込む北氷河79号の融解が近年やや遅くなっていることを見出した。氷の流出現場での観測では、2018年から2021年にかけて氷舌の下の水温が下がったことがわかった。海洋熱輸送の減少は、北欧海域の海洋循環の減速と大西洋中層水の冷却によるものと考えられている。この減速はフラム海峡を通って冷たい北極の空気をもたらしたヨーロッパの大気のブロックによって引き起こされた。(Uc)

Science p. 1360, 10.1126/science.ado5008

光による軽い逆戻り (A light reversal)

クリック化学反応は、発展中のカップリング反応の一種であり、競争経路を回避し、廃棄物を比較的少なく抑えながら、温和な条件で急速に進行して高転化率に到るものである。この技術の主要な欠点は、これらの好ましい特性の基盤をなす強力な反応駆動力が可逆性を妨げがちなことにある。Zhaoたちは、室温でクリック反応と同様の効率を示す、アミンとフェノチアジンの酸化カップリングを報告している。しかしながら、得られた硫黄-窒素結合は、近紫外領域の光照射で順反応と同様の効率で還元的に開裂することができる。(MY,kh)

【訳注】
  • クリック化学反応:シートベルトをカチッと締めるように、2つの反応原料を高収率で副生成物を出さずに結合させる、基質特異的な化学反応。
Science p. 1354, 10.1126/science.adn2259

最小限の動原体による両方向性 (Biorientation by a minimal kinetochore)

動原体は、細胞分裂中に染色体分離を駆動するセントロメア領域のDNA上に構築される巨大分子複合体である。Asaiたちは、動原体の表面側にあるタンパク質群であるヘテロ二量体NDC80-NUF2をビーズに繋ぎ止めることで人工動原体ビーズを作製し、これらのビーズが染色体と同様に効率的に紡錘体の赤道上に整列することを示した。整列したビーズは、内部側の動原体またはセントロメア領域のタンパク質やDNAとは無関係に、安定微小管が両方向から接続した両方向性と同様の状態を確立した。より大きなビーズはより効率的に整列し、これはサイズ依存の両方向性機構を示唆している。人工動原体ビーズは、合成DNA分離の開発の基礎となる可能性がある。(KU,MY)

【訳注】
  • 両方向性:細胞分裂では、両極に形成された紡錘体極から伸びた微小管が、複製された姉妹染色体内の動原体に結合し、そこを起点に姉妹染色体を両極に引っ張り2つに分ける。微小管が姉妹染色体のそれぞれの動原体に結合した状態を両方向性と呼び、姉妹染色体が2つの極側に引っ張られる状態が整ったことを両方向性の確立と言う。
Science p. 1366, 10.1126/science.adn5428

障害許容型の量子処理 (Fault-tolerant quantum processing)

量子もつれとプロセッサーをまたがる量子状態のテレポーテーションは、量子コンピューティングの重要な要素である。しかし、量子状態は壊れやすいため、高信頼度の処理を保証するためにエラー訂正コードが必要となる。Ryan-Andersonたちは、最大30個の捕捉イオンで構成される捕捉イオン基盤「Quantinuum H2」量子プロセッサーを用いて、障害許容型の量子状態のテレポーテーションを実証した。実装されたエラー訂正カラー・コードは量子ビットを効果的に安定させ、障害許容型の方法で量子テレポーテーションを実行可能なものとする。この結果は、捕捉イオンに基づく量子計算基盤にとって有望である。(Wt,nk,kh)

Science p. 1327, 10.1126/science.adp6016

免疫パラドックスの解決 (Resolving immune paradoxes)

ヒトでのまれな生殖細胞変異は、生理学的過程とそれらの調節不全がどのように疾患を引き起こすかについて理解する上での手掛かりとなる。Hamたちは、GNAI2遺伝子変異を持ち、免疫応答障害を示唆する感染への感受性を示す一方で、免疫細胞活性の上昇に関わる炎症と自己免疫の徴候をも示す患者を特定した。これらの相反する表現型は、GNAI2遺伝子によってコードされるタンパク質であるヘテロ三量体Gタンパク質の1つの構成タンパク質Gαi2が、複数のシグナル伝達経路を調節することを確定することで解決された。T細胞では、変異したGαi2によるケモカイン・シグナル伝達の調節不全はT細胞の遊走を減らしたが、Gαi2とタンパク質RASA2との相互作用はT細胞受容体シグナル伝達を強めた。(Sh)

【訳注】
  • ケモカイン・シグナル伝達:炎症部等で産生される生理活性タンパク質ケモカインは、免疫細胞の細胞膜にあるケモカイン受容体に結合、受容体に隣接するヘテロ三量体Gタンパク質が活性化することが引き金になって細胞内に炎症等の情報を伝達、免疫細胞の遊走など細胞応答につながっている。
  • RASA2:転写や細胞増殖、細胞運動などに関わる低分子GTP[グアニシン二リン酸]結合タンパク質であるRASタンパク質のGTPase活性化タンパク質(GTPの分解促進によって不活性化を早める)として働くタンパク質。ここではRASA2がGαi2と相互作用することでRASがより活性となり抗原の刺激によるT細胞の過剰反応や自己免疫が促進される。
Science p. 1314, 10.1126/science.add8947

顕生代の地表温度 (Phanerozoic surface temperatures)

動植物の進化様式が気候の変遷に非常に重要な影響を及ぼしてきた年代である過去5億年間に、地球の平均表面温度(GMST)がどのように変化してきたかを理解することは、その期間にわたって気候を左右してきた過程を理解するために不可欠である。Juddたちは、代表的データと気候モデルを組み合わせて構築した、過去4億8,500万年間の GMST の記録を提示している(Mills による展望記事参照)。彼らは、GMST が11°Cから36°Cの範囲にわたって変化し、他の要素を捨象した「見かけの」気候感度は約8°Cであり、現在の約2倍から3倍であることを見出した。(Sk,nk,kh)

【訳注】
  • 気候感度:大気中の二酸化炭素濃度が倍増した場合に、地球全体で平均した地表気温が何℃上昇して平衡に達するかを示す値。
Science p. 1316, 10.1126/science.adk3705; see also p. 1276, 10.1126/science.ads1526

新しいリガンドの大規模ライブラリ (Large libraries for new ligands)

体内のカルシウム濃度は、ホルモン分泌の制御を通じて恒常性を仲介するGタンパク質共役受容体によって検知される。カルシウム検知受容体の活性化または不活性化に影響を与えるアロステリック調節薬剤は、慢性腎臓病患者における二次性副甲状腺機能亢進症の治療に使用されるが、低カルシウム血症に関連する有害作用が深刻な問題である。Liuたちは計算ドッキングを用いて、カルシウム検知受容体に対するアロステリック・リガンドを特定する上での大規模ライブラリ選別の価値を実証している。いくつかのヒットしたリガンドの最適化は、ナノモル有効性を持つリードをもたらしたが、そのうちの2つは、低温電子顕微法構造において受容体に結合した形で捕捉された。マウスでの実験は、これらのリードが現在の薬剤の悪影響の一部を回避し、その使用を拡大する可能性があることを示唆した。(KU,kh)

【訳注】
  • アロステリック:ここでは、リガンドが結合する場所とは異なる場所で、そこに結合する物質によって受容体機能が影響を受ける意味で使われている。
  • 計算ドッキング:タンパク質-リガンドの相互作用や薬剤開発に用いられる計算手法。
Science p. 1317, 10.1126/science.ado1868

擬ギャップを考える (Mind the pseudogap)

ハバード・モデルは、簡素にもかかわらず、強相関物質のいくつかの事例を記述する能力を持つ可能性がある。しかし、これを数値的に解くのは依然として困難であり、特にゼロと有限の温度結果を結びつけるのが極めて難解である。Simkovicたちは、図式的モンテカルロ計算を用いて、ドープされたハバード・モデルにおける有限温度での擬ギャップ相の出現を調べた。この相は、反強磁性スピン相関と緊密に関係し、ゼロ温度で計算された基底状態のストライプ相につながることが見出された。(NK,nk,kh)

Science p. 1315, 10.1126/science.ade9194

スクイーズド光は量子限界を超える (Squeezed light beats the quantum limit)

重力波検出器は、数キロメートルの長さを有する干渉計を用いて、時空のわずかな膨張と収縮を測定する。これらの測定の精度は量子力学的効果で制限される。理論的には、その量子限界は光のスクイーズド状態を使用することで超えることができ、この強味は、適切なフィルター共振器によって広い周波数範囲にわたって拡げられる可能性がある(Asoによる展望記事参照)。Jiaたちは、スクイーズド光とフィルター共振器システムで改良された後の Laser Interferometer Gravitational-Wave Observatory(LIGO)の性能を測定した。著者たちは、改良によって広範囲の周波数にわたって検出器の感度が向上したことを実証している。より狭い周波数帯では、量子限界を超えた。(Wt,nk,kh)

Science p. 1318, 10.1126/science.ado8069; see also p. 1275, 10.1126/science.ads1544

CO2ではなくCOを切り出す (Slicing out CO rather than CO2)

天然および合成の両方のカルボン酸の豊富さが、クロス・カップリング反応向けの脱炭酸法で、近年の多数の飛躍的進歩を引き起こしてきた。言い替えると、活性化反応剤と触媒のある種の組み合わせが二酸化炭素(CO2)を切り取り、アルキル成分をあとに残してカップリング相手と炭素-炭素結合を形成する。しかしながら、これらの手法は、選択性のない可能性があるラジカル機構に依拠している。Huangたちは、それに代わる非ラジカル活性化の枠組みを提供している。そこではニッケル触媒がエステルの炭素-水素結合を開裂し、その後、CO2ではなく一酸化炭素(CO)を切り取る。配位子の巧みな最適化がこの経路を有利にする鍵であった。(MY,kh)

Science p. 1331, 10.1126/science.abi4860

ガン遺伝子KRASをノックアウト (Knocking out oncogenic KRAS)

カーステン・ラット肉腫ウイルス(KRAS)はヒト腫瘍においてしばしば変異するガン遺伝子である。KRAS機能を標的にすることは腫瘍薬の開発にとって優先度が高く、最近では、KRASの12位のグリシンがシステインへ変異する(G12C)のを阻害する薬剤が開発されてきた。しかしながら、さらなるKRAS腫瘍の変異が高頻度で起こり、これらを阻害するのに利用可能な薬剤は今のところない。Popowたちは、二官能性タンパク質分解標的キメラ(PROTAC)分解剤と呼ばれる薬剤を開発することにより、残るガン遺伝子KRAS変異を標的とするための戦略を設計した(CoxとDerによる展望記事参照)。KRAS用の非共有結合型リガンドとE3リガーゼであるフォン・ヒッペル・リンダウ(VHL)から出発して、KRAS:PROTAC:VHLの三元複合体の共結晶構造によって導かれる化学的最適化により、17の最も一般的な変異体のうちの13を選択的に分解する低分子化合物を得た。KRAS分解は阻害よりも効果的であり、実験モデルで腫瘍の退縮を誘導した。(hE)

【訳注】
  • PROTAC(Proteolysis Targeting Chimera:標的タンパク質分解誘導化合物の1つ):ユビキチン・プロテアソームシステムを利用して、細胞内の標的タンパク質の分解を誘導する低分子化合物。標的タンパク質とタンパク質分解酵素であるユビキチンE3リガーゼの2つのリガンドをリンカーで連結したヘテロ二官能性分子。
Science p. 1338, 10.1126/science.adm8684; see also p. 1274, 10.1126/science.ads2150