Science September 13 2024, Vol.385

岩石崩落で地球を鳴らす (Ringing the Earth with a rockslide)

2023年9月16日にグリーンランドで大規模な岩石崩落が発生し、局地的な津波が発生した。この事象は、十分に強力で、9日間響き渡る地球規模の信号を生み出した。Svennevigたちは、さまざまな地球物理学的手段を使用して、発生した一連の事象を詳細に調べ、地球規模の信号の起源を特定した。著者たちは、この信号が、岩石崩落によるディクソン ・フィヨルドの定在波によって生成されたことを見出した。気候変動は雪氷圏、水圏、マス・ウェースティング事象の間でフィードバックを引き起こすが、著者たちが観測したような信号は、これらの相互作用を理解する別の方法を提供する可能性がある。(Wt,nk,kh)

【訳注】
  • マス・ウェースティング:斜面上の風化層など未固結物質が重力によって移動されるタイプの浸食のこと。
Science p. 1196, 10.1126/science.adm9247

分極化は予想より根強い (Polarization holds steadier than expected)

民主主義に基づく政治に対する理想主義的な説明は、選挙のことを一貫的集団的意思決定をする統一をもたらす機会と表現する。世界中で本年起きているさまざまな民主主義的競技会で約40億人の有権者が証明できているように、現実はしばしば全く異なる。これまでの政治学研究の多くは、選挙が党派性をより顕著にさせると示唆している。Faschingたちは今回、米国およびその他の国で、継続性のある分極化の新しい証拠を報告している。著者たちは、2022年の選挙期間前後の米国の大規模データ群に焦点を当て、党派性に基づく敵意が選挙日前後の米国政治状況を構成していたことを見出した。彼らは、米国での2020年の選挙前後と、2000年から2014年までのデータを使った世界の86か国のかなりの割合に対して、同様の結果を報告している。多くの状況で分極化は現実であり、例外ではない。(MY,nk,kh)

Sci. Adv. (2024) 10.1126/sciadv.adm9198

無駄をしない (Waste not)

食品廃棄物は、世界の食料体系からの温室効果ガス排出量の約半分を生み出しており、さらに埋め立て式ゴミ処理場に廃棄される食品廃棄物からのメタン排出も含んでいる。排出量を削減するため、一部の政府は、埋め立て式ゴミ処理場での食品廃棄物処理を禁止している。Anglouたちは、米国の5つの州で商業廃棄物生産者に適用された禁止令の有効性を評価した。彼らは、そのような政策は成功するかもしれないが、これは標準にはなっていないことを見出した。禁止令のある州は、禁止令のない州で得られた抑制と比較して、埋め立て地への有機廃棄物処分量にほとんど変化を示さなかった。この例外はマサチューセッツ州であった。規制の単純さ、十分な基盤施設、法令順守のコストの低さ、および/または強力な法令施行が、マサチューセッツ州の成功に貢献したのかもしれない。(Sk,nk,kh)

Science p. 1236, 10.1126/science.adn4216

過酸化物が引き金 (A peroxide trigger)

局所免疫反応によって引き起こされる全身獲得抵抗性(SAR)は、広範囲の病原体に対する植物の防御を開始させることができるのかもしれない。サリチル酸(SA)はSARに必要であることが知られているが、局所感染に応答して植物の遠位部でSAを産生する移動性信号物質と機構は依然として不明である。Caoたちは、移動性信号物質がNADPHオキシダーゼによって産生される過酸化水素であることを見出した。濃度依存的なやり方で、過酸化物は転写因子CCA1 HIKING EXPEDITION(CHE)のシステイン残基を酸化するのに十分である。CHEのスルフェニル化は、転写因子がSA生合成遺伝子のプロモータへの結合を可能にする。システインを欠くCHE変異体はSARが損なわれる。(Sh,MY,kh)

【訳注】
  • 全身獲得抵抗性:植物が局所的に病原体に曝された後に起こる、植物全体の抵抗性反応。
  • NADPHオキシダーゼ:電子と水素の運搬体であるNADPH(ニコチンアミド・アデニン・ジヌクレオチドリン酸)を補酵素として活性酸素種を産生する酵素。
  • スルフェニル化:ここでは、システイン残基にあるチオール基(-SH)が酸化されスルフェン酸(-SOH)になる過程。
  • プロモータ:転写の開始に関わる遺伝子の上流領域で、転写因子が結合し、転写が開始される部位として機能を果たす。
Science p. 1211, 10.1126/science.adj7249

変幻自在のタンパク質被膜 (A protean protein coat)

B型肝炎ウイルスは、タンパク質表面抗原HBsAgの中に被覆され、脂質膜に結合したウイルス粒子を通して伝播される。このタンパク質の構造、およびこれがどのようにしてさまざまな形や大きさの粒子へと組み立てられるのかはわかっておらず、またタンパク質被膜の不均一性や柔軟性のために複雑なものとなっていた。Wangたちは、HBsAg二量体を40コピーおよび48コピーを含む2つのクラスの球状粒子を単離したが、これが局所性組立様式として1つの三量体と3つの異なる4量体をもつことが低温電子顕微法で明らかになった。HBsAgおよび同定された組立部品のいくつかは、極めて柔軟であり、これが、いかに単一の二量体がこんなにも多くの異なるオリゴマー形を作り出せるのかを説明するものであろう。これらの観察された組立規則に基づいて、著者たちは球状構造がどのようにして、よく知られた、より大きな管状構造へと発展していくのかを推測している。(hE,kh)

【訳注】
  • B型肝炎ウイルス:直径42nmの球形粒子で、外被(envelope)にHBs抗原(hepatitis B surface antigen)、内部(core)にHBc抗原(hepatitis B core antigen)と約3,200塩基対からなる環状二本鎖DNAを有する。
Science p. 1217, 10.1126/science.adp1453

自己放電を深く掘り下げる (A deep dive into self-discharge)

リチウム・イオン電池の効率と信頼性の1つの限界は、時間の経過とともに自己放電しやすくなることにある。Wanたちは、代表的な高ニッケル含有正極について一連の実験的な表面特性評価方法と理論的計算を用いて、表面のニッケルがバルクと比較して減少する機構を調べた。その結果、彼らは、自己放電が、充電された正極へのプロトン挿入によって引き起こされることを観察した。このプロトン挿入は、電解質の分解によってもたらされる。この機構は、表面の水素化反応に基づいており、電解液から正極へのリチウム拡散に基づく広く受け入れられているモデルとは異なっている。(Wt,kh)

Science p. 1230, 10.1126/science.adg4687

自然免疫のシグナルがクローンの多様性を規定する (Innate signals define clonal diversity)

胚の発達の間に、マクロファージは血液幹細胞と相互作用し、高水準の細胞ストレスを示す幹細胞を取り除く。存続した造血幹細胞および前駆細胞(HSPC)は増殖し、成人の細胞系統となる。Pessoa Rodriguesたちはゼブラフィッシュ・モデルと哺乳類系を用いて、マクロファージによるストレスHSPCの貪食を防ぐことができるHSPC内のシグナルを調べた。自然免疫における核酸感知関連分子がHSPC表面上のベータ-2-ミクログロブリンの発現を促進して、それらがマクロファージと相互作用した際のそれらの存続性を高めた。この経路を害すると、成体ゼブラフィッシュにおける異なる幹細胞クローンの数が減少した。(MY,nk,kh)

【訳注】
  • ミクログロブリン:小分子量の単鎖ポリペプチド。リンパ球,単球などの免疫細胞表面に豊富に存在して免疫応答に重要な役割を果たす。
Science p. 1181, 10.1126/science.adn1629

T細胞は彼らの生命をつなぎ合わせる (T cells splice up their life)

RNA結合タンパク質(RBP)は遺伝子発現を微調整する。TRA2βなどの一部のRBPは、遺伝子転写物から、超保存された有害エクソン(PE)要素を除去またはスキップすることで、自身のタンパク質の量を増幅する。Karginovたちは、T細胞受容体(TCR)に対する高親和性リガンドがCD8T細胞中で、TRA2β転写物におけるPEスキップを刺激することを見出した。TRA2βタンパク質は、TCRシグナル伝達に関与するタンパク質をコードするmRNAに結合し、T細胞エフェクター機能を強化するスプライシング事象に関与していた。TRA2βにおけるPEスキップの強化は、ナイーブT細胞の初期活性化を促進してエフェクター細胞を形成し、低親和性抗原への応答を増強した。PEの再包含は、免疫応答の終了と相関していた。(KU,kh)

Science p. 1180, 10.1126/science.adj1979

チャットボットは陰謀論を追い払うことができるのか? (Can a chatbot dispel conspiracy theories?)

米国大統領選挙が不正だったとの陰謀論を信じることが2021年1月6日の未遂に終わった暴動を扇動した。ドイツでのCOVID-19に関係する規制が邪悪な意図によって駆り立てられたと主張する別の陰謀論が、2020年8月のベルリン国会議会堂での暴力的抗議行動を引き起こした。民主主義への脅威が増す中、Costelloたちは、生成系人工知能(AI)インターフェースとの対話が、自分たちの陰謀論的信念を捨てることを人々に納得させることができるかを調査した(BagoとBonnefonによる展望記事参照)。調査参加者は彼らが賛同している陰謀論を記述し、次にAIが、証拠を用いて彼らの信念に反論を加えるという説得性のある議論を彼らと行った。一人一人に対する異なる反論と対象者に合わせた徹底的な議論とを持続できるAIチャットボットの能力は、彼らの陰謀論的信念を何か月かの間弱めた。これは、そのような信念は変化を受けないと示唆する調査に異議を唱えるものである。この介入措置は、AIの展開がどのようにして対立を和らげ社会に役立つのかを説明する良い例である。(MY,nk,kh)

【訳注】
  • チャットボット:ユーザーとの会話をまねる人工知能を利用するソフトウェア・プログラム。
Science p. 1183, 10.1126/science.adq1814; see also p. 1164, 10.1126/science.ads0433

ものを聴診する (Sounding things out)

超音波の最も広く知られている応用は、妊婦管理などでの診断であるが、決してそれがこの汎用技術の唯一の可能な利用法というわけではない。超音波の重要な特徴は、機械的波動の精密な適用を目的として、慎重に選択された小さな組織に焦点を結べることである。組織の特性と超音波の照射方法によっては、そのような手法によりその部位に熱的および/または機械的な効果を発生させることが可能である。O’Reillyは、薬物送達、免疫活性化、神経調節など、さまざまな目的に対する収束超音波の臨床応用における最近の進歩について総説した。(Sk,MY,nk,kh)

Science p. 1179, 10.1126/science.adp7206

好みの問題 (A matter of taste)

海洋への炭素の排出は、海洋が気候変動を媒介する役割を果たしているために、理解することが極めて重要である。この環境状況での炭素排出の多くは微生物の活動により行われているが、脂質が炭素循環にどのように寄与しているのかについてはほとんど分かっていない。Behrendtたちは、さまざまな組み合わせの海洋細菌とともに窒素限定生活環境中で培養された海藻Phaeodactylum tricornutumから遊離された脂質滴の分解を追跡することで、海洋での生物脂質分解を調べた(Schubotzによる展望記事参照)。著者たちは、どんな特定の細菌分類群よりも、生物群内のいくつもの(脂質分解)遺伝子の存在こそがこの脂質分解の動態を駆動していることを見出した。彼らは自家蛍光を測定することでこの過程を観察することができた。実験データを用いて、細菌による消費が、脂質沈下量の海洋深度に伴う減衰をどのように制御しているのかを探索するための数理モデルが開発された。(MY,nk,kh)

【訳注】
  • 自家蛍光:生物の細胞や組織内にある蛍光発光能力を示す内因性分子による蛍光のこと。細胞や組織内で広く発生する。
Science p. 1182, 10.1126/science.aab2661; see also p. 1167, 10.1126/science.ads0919

酸化アルミニウム表面の安定化 (Stabilizing an aluminum oxide surface)

非接触型原子間力顕微法と密度汎関数理論を用いて、酸化アルミニウムの(0001)表面の大規模な表面再配置の原因が明らかにされた。以前の研究は、表面が酸素原子を失い、金属的特性を持つことを示唆していたが、Hutnerたちは、複雑な(√31×√31)R±9°への表面再構築がほぼ化学量論的であることを示している(GiessiblとWeymouthによる展望記事参照)。画像化によって横方向の原子位置が決定され、理論では、アルミニウムの再混成によって表面下の酸素原子への結合が可能になることを示し、これが再構築を大幅に安定化させる。(KU)

Science p. 1241, 10.1126/science.adq4744; see also p. 1166, 10.1126/science.ads0942

競合する結合形態 (Competing bond motifs)

反応相手同士が化学結合を形成する際、それらはより強い結合を形成する前に、短命で弱い相互作用を行うことが多い。LiuとGabbaiは、立体的および電子的束縛が、平衡状態で強弱の結合形態の両方を安定化する珍しい化合物を報告している(Juppによる展望記事参照)。問題となっている結合は、炭素とリンの中心を酸素で架橋するものである。2つの異なる異性体が結晶化され、それらは各々、C···O=PとC–O–Pの立体配置を持ち、前者はC–O結合を犠牲にしてより強いO–P相互作用を持つ。(KU)

Science p.1184, 10.1126/science.adp7465; see also p. 1165, 10.1126/science.ads0207

高効率で柔軟な遮蔽 (More efficient and flexible shielding)

電子部品を積層することで装置の小型化が可能になるが、熱蓄積と、電磁混信防止の必要という2つの課題が生じる。一般的に優れた電磁干渉遮蔽性を示す材料は熱特性が悪く、その逆もまたしかりである。Zhouたちは、シリコーン高分子母体に埋め込まれた液体金属粒子を用いた複合材料を開発した。液体金属を用いる利点は、遮蔽効率を低下させるであろうパーコレーション網目を形成することなく、より大きな相分離した粒子を形成することにある。この複合材料は従来の硬い電磁遮蔽材とは異なり、ポッティング材として直接配置することができ、そして狭い空間や割れ目に設置することができる。(NK,MY)

【訳注】
  • ポッティング:ケース内に装着された部品や回路に樹脂を注入・硬化して、電気的絶縁、固定、保護、防水、防塵、耐久性、耐候性等を向上させること。
Science p. 1205, 10.1126/science.adp6581

受け継がれる戦闘招集 (An inherited call to arms)

植物は草食動物に反応して揮発性物質を放出し、これらの化学物質は近くの植物が草食動物に対する化学的防御を開始する合図として機能する。しかし、揮発性物質はすぐに二次有機エアロゾル(SOA)へと酸化される。Yuたちは、元の揮発性物質よりも長く持続しえるSOAが、近隣の植物への信号物質としても機能することを見出した。ゾウムシの地下での摂食に反応して松の苗木が生成した揮発性物質と、その結果生じたSOAは、防御の強化、草食動物による被害の軽減、光合成の増加など、近隣の苗木に反応を引き起こした。このように、植物間相互作用におけるSOAの関連性は過小評価されてきたのである。(Sh,nk,kh)

Science p. 1225, 10.1126/science.ado6779

加熱が始まった (The heat was on)

顕生代における数多くの火山活動由来の高温化のほんの一部だけが大量絶滅を引き起こし、しかもそのどれもがペルム紀末期に見られた地球規模の種の消失水準には及ばなかった。ペルム紀末期は、なぜそれほど異なっていたのだろうか。Sunたちは、極端なエル・ニーニョ事象と平均的状態の温暖化の組み合わせが森林破壊、サンゴ礁の消滅、プランクトン危機を引き起こし、これらのすべてが正帰還の循環をもたらし、さらに温暖な平均的気候とさらに強いエル・ニーニョ事象を引き起こしたことを見出した。(Sk,kh)

Science p. 1189, 10.1126/science.ado2030