Science September 6 2024, Vol.385

セントロメアの機能を振り付ける (Choreographing centromere function)

細胞分裂の成功には、ほとんど完璧な忠実性で娘細胞への染色体の正確な分離を必要とする。この極めて重要な過程の中心にあるのは、紡錘体微小管への染色体セントロメアの付着である。DNA複製後には、セントロメアとその関連タンパク質複合体の適切な時期における再生が不可欠である。ContiたちとParasharaたちは、ポロ様キナーゼ1(PLK-1)が有糸分裂の終期にいかにしてこの過程を統合しているのかを明らかにしている。PLK-1はセントロメア領域のタンパク質群と複雑な相互作用を持ち、最初に関連タンパク質群をリン酸化し、次にそれ自身がそれらの部位と結合し、それにより、ヒストンH3様タンパク質CENP-Aとそのシャペロンタンパク質HJURPの動員を促進する立体構造変化を引き起こす。これらの結果は、セントロメア領域のタンパク質複合体が各細胞周期で1度、適時のやり方で、どのようにして堆積し、調節されるのかを説明するのを助けるものである。(MY,kh)

【訳注】
  • セントロメア:細胞分裂期の染色体において一次狭窄(くびれ)を形成する領域。細胞分裂の際、この領域に特殊なタンパク質が堆積してタンパク質複合体(キネトコア)が形成され、このキネトコアが、細胞の両端の中心体から伸びてきた紡錘体微小管に付着する。
  • ポロ様キナーゼ:細胞周期を調節するセリン/スレオニン・キナーゼで、有糸分裂の開始、終結、紡錘体の形成、細胞質分裂、減数分裂に関与する。活性を調節するpolo-boxと呼ばれるドメインを2個含んでいる。
Science p. 1091, 10.1126/science.ado5178, p. 1098, 10.1126/science.ado8270

アルコールとオレフィンからのエーテル (Ethers from alcohols and olefins)

化学者は、19世紀半ばのWilliamsonの研究に遡る求核置換反応を用いて、エーテルの炭素-酸素結合を今でも頻繁に作り出している。この反応の大きな欠点は、主に立体障害のない炭素中心に限定されることである。Kasterたちは、パラジウム触媒によるオレフィンとアルコールの酸化カップリング反応が関与する、広範囲に汎用性のある代替法を報告している。シミュレーションが、リン酸対イオンへの水素結合を介した反応に対してアルコールを最善の向きに配向させるための配位子設計を最適化するのに役立った。(KU,MY,kh)

Science p. 1067, 10.1126/science.ado8027

ATP合成酵素のその場観察 (In situ view of ATP synthase)

高分解能のタンパク質構造を決定するには、多くの場合、in vitroでの巧みな操作や精製過程が必要で、細胞内状態を不明瞭にし、動態を停止させてしまう。Dietrichたちは低温電子断層撮影法を用いて、単細胞藻類Polytomella内のF型ATP合成酵素の構造と機能を調べたが、この藻類は活発な増殖条件下で瞬間冷凍された。これらの細胞のミトコンドリア内で、ATP合成酵素は主に二量体として見出され、それが円盤様のクリステの頂上部に超分子らせん配列を形成し強い膜の湾曲を生み出す。著者たちはサブトモグラム平均を作り、中央軸の6つの異なる状態と21のサブ状態を特定することができたが、そのうちのいくつかは、以前の精製されたタンパク質構造では見られなかった。この研究は、活動しているATP合成酵素複合体のエネルギー地形に関する洞察を提供し、動的な複合体をその場で捉える構造生物学の新たな力の重要な実証である。(KU,nk,kh,kj)

【訳注】
  • クリステ:ミトコンドリア内膜の折り畳み構造。
  • サブトモグラム平均:多数の電子線トモグラムから部分画像を抽出し、平均化を行い分解能を改善する新しい構造生物学的方法。
Science p. 1086, 10.1126/science.adp4640

柔軟な記憶と強固な記憶の均衡をとる (Balancing flexible and rigid memories)

記憶は、生涯を通じて蓄積されたより前の経験を背景に、継続的に追加される。脳は相反する記憶機能を、特に堅牢な記憶のコード化と行動の柔軟性の間の切り替えをどのように均衡させているのだろうか。Gavaたちは2種の記憶からなる枠組みを設計し、グラフ理論を用いて、マウス海馬における同時活性化ニューロンの大規模な組み合わせによって形成される活性パターンを研究した。食物に対する文脈条件付け学習は、新しい関連記憶の獲得を妨げる集団表現の固定化を引き起こした。この影響は、主に表層の亜層CA1錐体細胞の亜集団によって仲介された。適切な時点でのこれらの細胞の抑制は、強められたネットワーク相関の発達を妨げ、同じ文脈において以前は損なわれていた物体位置学習の獲得を回復させた。(KU,kh)

【訳注】
  • グラフ理論:ノード(節点・頂点、点)の集合とエッジ(枝・辺、線)の集合で構成されるグラフに関する数学理論。
Science p. 1120, 10.1126/science.adk9611

失われたエネルギーを探す (Looking for lost energy)

多体系の励起状態は通常寿命が短いが、いくつかの系は量子多体スカー(scar、傷跡)として知られる、エネルギー散逸への強い耐性を有する高エネルギー励起状態を有している。しかし、そのスカーを調べるのは容易ではない。Yangたちは、ジスプロシウム原子の一次元気体を用いてその非線形応答を調べるのに十分安定な量子スカーを作り出した。研究者たちは、急激にその気体を圧縮することで、運動エネルギーが一見予想外に減少することを見出した。計算との比較から、予測と観測との差を説明する”幻の”エネルギーが、実験的検出を逃れる高運動量状態によって運ばれていることが明らかとなった。(NK,nk,kh)

Science p. 1058, 10.1126/science.adk8978

生き続ける (Staying alive)

認知能力と長寿命との関連はしばしば仮定されてきたが、検証が難しく、たいていは種と種とを進化との関連で調べられてきた。Welklinたちは、マミジロコガラに関する長期間にわたるデータ集合を用いて、(同一種の)各個体同士の関係を検証した。認知能力の特性を明らかにするために、彼らは、個々の鳥の個性と食物の報酬を連携させる給餌装置を配置し、それぞれの鳥に報酬を与えてくれる特定の扉を記憶するように要求した。より優れた空間記憶を有する鳥、この場合は「自分の」扉に行く前の間違いがより少ない鳥はより長生きし、したがって、容易に行う能力が繁殖率と健康状態を向上させた。(Sk,MY,nk,kh)

【訳注】
  • マミジロコガラ:スズメ目シジュウカラ科の鳥。
Science p. 1111, 10.1126/science.adn5633

増大する環境への影響 (Increasing environmental impacts)

集約型農業はさまざまな環境上の困難を起こすが、それは過剰栄養素の流出、化学農薬の使用、生物多様性の喪失、温室効果ガスの排出などを含む。増加する世界人口を養いながら農業のこうした悪影響を抑えることは、すでに大規模な課題であり、気候変動によってさらに悪化する可能性がある。Yangたちは、気候変動と農業の環境影響の相互作用に関する研究を概説し、この研究のほとんどが今後さらに大きな課題が待ち受けていることを示唆していることを見出した。(Uc)

Science p. 1058, 10.1126/science.adn3747

皮膚線維芽細胞が新しい策略を学ぶ (Skin fibroblasts learn new tricks)

ヒトは手のひらと足の裏に特に厚くて丈夫な皮膚を有していて、この手掌足底皮膚は、歩行などの高圧力条件によく適合している。しかしながら手足切断者にとっては、手足の切断端がこのような皮膚で覆われておらず、人工装具の使用が損傷を与えかねない。Leeたちは手掌足底および手掌足底以外の線維芽細胞の生物学的特性を比較して、何がこれらの物理的差異を促しているのかについて解釈した(Wattによる展望記事参照)。彼らはまた、ヒト試験を実施し、ヒト自主提供者から足底の線維芽細胞と手掌足底以外の線維芽細胞を得てそれらを培養して増やし、被験者自身の手掌足底以外へ皮下注入した。足底線維芽細胞の皮下注入は、注入が行われた皮膚で手掌足底様の特徴の発生を促進した。このことは、これが手掌足底以外部位での皮膚圧による損傷を防ぐ実行可能な取り組みになるかもしれないことを示唆するものである。(MY,kh)

【訳注】
  • 線維芽細胞:真皮に存在し、皮膚の機能を保つ上で重要な細胞。揖傷が加わると揖傷部に遊走し、コラーゲンなどの細胞外マトリックスの産生を始めるなど、創傷治癒過程の中で重要な働きを果たす。
Science p. 1059, 10.1126/science.adi1650; see also p. 1047, 10.1126/science.adr9294

ガンのためのクロマチン接近可能性地図 (A chromatin accessibility atlas for cancer)

ガンは、遺伝子発現を支配するゲノム(エピゲノム)の核タンパク質構造の顕著な変化をしばしば伴うDNA中の変異によって引き起こされる。Sundaramたちは、さまざまな型のヒト・ガン中の単細胞由来の調節DNA配列の活性領域の位置を調べた。彼らの解析により、ガンの異なる型および遺伝的サブクローン中で、また腫瘍の免疫細胞中で、オープン・クロマチンの固有のパターンが明らかになった。これらのデータは、さらに乳ガン・サブタイプの調節性表現型についての洞察を促し、ガン特異的神経回路網モデルの訓練を可能にし、非コード変異によるオープン・クロマチン状況への影響を解釈可能にする。深層学習モデルは、遺伝性またはガン特異的変異は、鍵となるガン原因遺伝子に隣接して、おそらくはこれを制御する重要な遺伝子調節エレメントに影響を及ぼしうることを示している。(hE,kh,kj)

【訳注】
  • クロマチン接近可能性:DNA-ヒストン複合体であるヌクレオソームの位置や高次構造により、DNA配列への分子アクセス性が変化すること。
  • エピゲノム:DNAの塩基配列は変化せず、ヒストン・メチル化等のゲノムに重畳してその発現を変更する化学的な変更記録の集まり。
  • サブクローン:ガン細胞が変異して作られた新たなガン細胞。
  • オープン・クロマチン:クロマチンが開放状態になっている領域を指し、遺伝子発現を可能にするようにほどけた構造を指す。オープン・クロマチン領域では、ヌクレオソーム密度が低下しており、DNAへのアクセス性が高い状態である。
Science p. 1060, 10.1126/science.adk9217

生きた動物の光透過性 (Optical transparency in live animals)

生物組織の光学的画像化は​​、透過深度を制限する、光の散乱とそれほどではない光の吸収とによって妨げられる。Ouたちは、最初は直観に反すると思われるかもしれない手法によって、この問題に取り組んだ。それは、吸収率の高い分子の導入である(RowlandsとGoreckiによる展望記事参照)。著者たちは、近紫外および青色領域で吸収を生じる一般的な染料分子の追加が、近くのより長波長での光透過性を向上させることを示している。本質的には、青色領域で鋭い吸収を引き起こすことによって、スペクトルの赤色部分の屈折率は吸収を増加させることなく増大する。タートラジンの追加で、生きたげっ歯類の皮膚を一時的に透明にすることができた。(Sk,kh)

【訳注】
  • タートラジン:黄色に着色することが可能なアゾ系の合成着色料(通称黄色4号)
Science p. 1061, 10.1126/science.adm6869 see also p. 1046, 10.1126/science.adr7935

野生動物を失うコスト (The cost of losing wildlife)

白い鼻症候群は、北米全土でコウモリの種の減少を引き起こしてきた。コウモリは一般に農業害虫を捕食するため、この減少は重要な生態系サービスの喪失に伴うコストを定量化する自然実験として扱えるかもしれない。Frankは準実験法を用いて、殺虫剤の経済的コストと健康コストの両方を考慮することにより、殺虫剤の使用がコウモリによる自然害虫駆除の喪失をどのように補うことができるかを調査した(LarsenたちによるPolicy Forum記事を参照)。白い鼻症候群の発生後、郡総計での殺虫剤使用量と内因性の乳児死亡率はどちらも増加したが、農場の作物収益は減少した。この研究は、生物多様性の喪失が人間の健康にどのように影響するかの例を示し、それらのコストを定量化する観察方法を提供している。(Sk,kh)

Science p. 1062, 10.1126/science.adg0344 see also p. 1042, 10.1126/science. adq2373

月における最近の火山活動の兆候 (Signs of recent volcanism on the Moon)

月にある火成岩は、月が大規模な火山活動を経験したことを示しており、正確に年代測定された最新の月の火山岩は20億年前のものである。火山噴火の種類によっては微細なガラス・ビーズが生成されるが、衝突でも生成される。Wangたちは、嫦娥5号によって収集された月の試料から採取された数千個のガラスビーズを調べた(AmelinとYinによる展望記事参照)。彼らは組成測定と同位体比測定を用いて、火山関連のビーズと衝突関連のビーズとを区別し、3個の火山起源ビーズを特定した。これらの火山ビーズの放射年代測定から、それらは1億2,000万年前に形成され、その後、嫦娥5号の着陸地点に運ばれたことが示された。この結果は、熱モデルでは予測できなかった最近の月の火山活動を示している。(Wt)

Science p. 1077, 10.1126/science.adk6635; see also p. 1049, 10.1126/science.adr9336

傍観者は感情回復力を身につける (Bystanders develop emotional resilience)

困難に対処するヒトとげっ歯類の能力は、心的外傷への脆弱性を低減するやり方を提供するが、この回復力を増進するやり方はいまだ課題である。理論および実験心理学は、心的外傷強度を調節しながら漸増することが、個人をこれから起きる困難によりうまく対処させることができるという考えを支持している。しかしながら、その根底にある機構は多分に不明瞭である。Mondoloniたちは、傍観者動物が心的外傷性実験の前に、困難な状況に置かれた同種動物を自身は害を被らずに目撃するというマウスでの感情伝播タスクを使って、回復力を可能にする1つのモデルを特定した(MetzgerとDonatoによる展望記事参照)。傍観者が回復力表現型を発現するには、外側手綱核におけるセロトニン放出の増加を必要とした。セロトニンと否定的感情の伝播の両方が手綱核神経細胞の発火を減らした。これは回復力の原因機構を示唆するものである。(MY,kh)

【訳注】
  • 外側手綱核:手綱核は脳の中心部に位置する領域で前脳からの入力を受けて脳幹に情報を伝達する中継核となっている。内側手綱核と外側手綱核に分けられ、外側手綱核は、ドパミンやセロトニンなどの精神疾患と関連する神経伝達物質の豊富な領域と直接連絡していて、これらの物質の脳内における放出を制御すると考えられている。
  • セロトニン:神経伝達物質の一種。この枯渇によりうつ病症状が悪化することが知られている。
Science p. 1081, 10.1126/science.adp3897; see also p. 1045, 10.1126/science.adr9296

高温で作動する膜 (A hotter-running membrane)

ナフィオン・プロトン交換膜が高温で脱水するため、プロトン交換膜燃料電池(PEMFC)の動作温度は通常100℃以下である。Yangたちは、ナフィオンを織り交ぜた共有結合性有機構造体(COF)を用いることで、水素-空気PEMFCの出力密度を高める高い動作温度を達成できることを見出した。著者たちは、高温でも水を保持する水素結合部位と、酸素輸送を改善する大きな細孔を持つα-アミノケトン結合COFを合成した。このCOFの添加により、105℃における市販の白金-炭素カソードの評価出力密度が90%近く向上した。(Wt,kh)

Science p. 1115, 10.1126/science.adq2259

細菌はどのようにして冬に備えているのか (How bacteria get ready for winter)

長命の動植物は、生理機能を適切に適合させるよう日長の季節的変化に応じて生理機能を明らかに調節している。Jabburたちは、シアノバクテリアが、個体が1日の光周期よりも短い、数時間しか生きられないにもかかわらず、同じことができることを見出した。これらのシアノバクテリアは、冬に特徴的な短い光周期に晒されることに刺激され、寒冷条件に適応するように膜脂質と遺伝子発現を調節した。これらの応答には機能的な概日時計が必要であった。このように個体を超えた群全体を基底とする光周期の感知が、おそらくストレス経路の精緻化として、早い時期に進化したようである。(Sh,MY,nk,kh)

Science p. 1105, 10.1126/science.ado8588