Science August 9 2024, Vol.385

植物の力 (Plant power)

生物圏は、巨大火成岩岩石区の迸入によって引き起こされる極端な高温事象の深刻さと持続期間に今まで影響を与えたことがあったのだろうか?Roggerらは、陸上植物がマグマ 迸入によって引き起こされる気候衝撃に適応するに連れて、その生物学的進化と地理的分散がこのように極端な高温期の長さと強度に根本的な制御を働かせることを示している。彼らの再構築したペルム紀-三畳紀、三畳紀-ジュラ紀、および暁新世-始新世の地球温暖化事象は、突然の大規模なガス噴出と地球温暖化という事象に対して、活発な生物圏の活動が地球システムの何百万年にわたる応答をどう形づくったかを示す。(Uc,KU,kj,nk,kh)

Science p. 661, 10.1126/science.adn3450

応力支援型金属ナノワイヤ成長 (Stress-assisted metal nanowire growth)

金属酸化物および半導体ナノワイヤを容易に成長させる方法は、金属原子の供給に制限があるため、金属ナノワイヤに対して使用できない。Kimuraたちは、集束イオン・ビーム注入法を用いてアルミニウム膜内に高応力領域を作成した。その領域は、金属原子の拡散を促進し、アニーリングによる垂直ナノワイヤ成長の部位として機能した。この方法は、局所的な表面応力を生成することで、アルミニウム・ナノワイヤの高密度アレイの成長を可能とする。(Wt,KU,kj,nk)

Science p. 641, 10.1126/science.adn9181

頑強なキンク状態 (A robust kink state)

トポロジカル固体デバイスにおける電子の運動は、特定の条件下では、量子光学に類似した方法で制御することができる。この概念の中心はトポロジカル・エッジ状態であり、理想的には後方散乱を示さず、磁場の印加を必要としないはずである。Huangたちは、磁場ゼロの二層グラフェンにおいて、キンク状態と呼ばれるらせん状のエッジ状態の一種に関連した、抵抗の非常に正確な量子化を観測した。この量子化は、温度を約50Kまで上昇させてもわずかに劣化するだけで、後方散乱から保護されていることが示された。(Wt,kj,nk,kh)

Science p. 657, 10.1126/science.adj3742

量子センシングにおけるランタニド錯体 (Lanthanide complexes in quantum sensing)

蒸気セル中のアルカリ原子集合体は、最も汎用な電磁場検出システムの一つであり、最も感度の高い磁力計を製造するのに用いられている。しかし、原子蒸気セルにおける低い数密度の為にその感度に制限があった。Sinらは、高い数密度と高い化学種調整能を有し、本技術の制約を解決できる可能性のある、液体類似物について提案している。著者らは、室温溶液中にて極めて狭い吸収線幅を示すフェロセンに担持されたイッテルビウム錯体について報告している。彼らの研究成果は、液体系精密量子センシングに用いる注文仕立ての分子をデザインする可能性を示すものであり、将来の応用に拍車をかけるかもしれない。しかし、ランタ二ド錯体における同様の狭い遷移の設計原理についてはさらなる研究が必要である、(NK,kj,nk,kh)

Science p. 651, 10.1126/science.adf7577

巨大生合成酵素 (A monster biosynthetic enzyme)

海洋性微生物には、さまざまな生物学的機能を持つ風変わりな有機分子を産生するものがある。これらの分子は、それらの生合成に大きな、時には巨大な酵素や酵素複合体を必要とすることが多い。Fallonたちは有毒性微細藻類から、ポリケチド合成用巨大酵素群に対応する遺伝子を特定した。この酵素群は、現在までに突き止められた最大のタンパク質に入るもので、その1つは約5メガダルトンの分子量を持つ。著者たちはこれらの系をPKZILLAと呼び、個々のドメインを魚毒性物質であるプリムネシン・ポリケチドの構造的特徴と対応させた。これらの海洋毒素の生合成を理解することは、有害アオコを監視する助けになるだろうし、また、巨大タンパク質合成の限界に対する我々の認識を広げるものである。(MY,kh)

【訳注】
  • プリムネシン:ハプト藻Prymnesium parvumが作る魚毒性物質で縮合多環式ポリエーテル構造を有する巨大分子。
  • ポリケチド:-C(=O)-CH2-で表されるケチド基が連なった化合物。
  • アオコ:富栄養化が進んだ湖沼等において植物プランクトンが大量に増殖し、それらが湖沼表面に浮かび上がり水面を覆いつくすほどの状態になったもの。
  • ダルトン:主として生物化学分野で用いられている分子量を表すのに使われている単位で1モルの分子の質量からグラムを取った値。5メガダルトンは分子量が5百万のこと。
Science p. 671, 10.1126/science.ado3290

要警戒甘味の検出(Alarming sweet detection)

自己と非自己を区別することは、すべての生物にとって存在に関わる課題である。哺乳類は、病原体関連分子パターン (PAMP) を検出し、免疫反応を引き起こす一連のセンサーを備えている。有名なPAMPは、フラジェリンやリポ多糖などの大きな分子を含むが、小さな分子が時にPAMPとして働く役割の重要性が認識されるようになってきた。Tangたちは、小さなヌクレオチド二リン酸 (NDP) ヘプトースが、核因子κBシグナル伝達カスケードを介して脊椎動物にαタンパク質キナーゼ依存性自然免疫応答を引き起こすことを見出した。宿主応答の程度は、取り込まれたヌクレオチドに依存する。これらのヘプトースは、広範囲のウイルス、原核生物、単純な真核生物により界を超えて合成され、侵入する可能性のある病原体のシグナルとして脊椎動物によって使用される可能性がある。(KU,nk,kh)

【訳注】
  • ヘプトース:7つの炭素原子を持つ単糖
Science p. 678, 10.1126/science.adk7314

細孔を取り入れる (Embracing the voids)

材料は多くの場合さまざまな大きさの細孔を含んでおり、細孔は破壊の核生成部位として働くことにより材料の強度を低下させるため、大抵は望ましくないと考えられている。Chenたちは、非常に小さく、比較的均一に分散させた細孔を金の中に導入すると、実際には材料を強化し、多くの場合延性も改善させることを発見した。細孔の導入は密度も低下させ、固体の特性を操作する魅力的な方法を示唆している。(Sk,kj,kh)

Science p. 629, 10.1126/science.abo7579

マクロファージの結びつきが幹細胞の滞留を左右する (Macrophage ties sway stem cells to stay)

造血幹細胞 (HSC) は赤血球と白血球を生み出す。これらは、恒常状態の時には骨髄から血液中に少量ずつ放出されるが、感染や疾患に応答すると大量に放出されることがある。マウスとヒトの細胞を用いた研究で、Gaoたち、骨髄中のHSCはマクロファージに関連するタンパク質の発現によって区別できることを見出した。これらのタンパク質はHSC内で生成されるのではなく、幹細胞増殖因子に関連するシグナル伝達によって負に制御される可能性のある細胞間膜移動のプロセスを介して骨髄関連マクロファージから獲得されるのかもしれない。(KU,nk,kh)

Science p. 619, 10.1126/science.adp2065

ウイルス治療のための妨害粒子 (Interfering particles for virus therapy)

RNAウイルスは複製中に元の配列とは違う欠陥粒子を頻繁に生成し、それらの粒子は寄生して元々のウイルスの複製と外装を妨害する。このような欠陥粒子は、宿主の免疫反応も刺激する可能性がある。Pitchaiたちは連続培養法を開発し、その粒子の欠陥がHIV中でクローン化されて治療妨害粒子 (TIP) を産生した。まず、彼らは、形質伝達能のあるウイルス様粒子が元のHIVによりある条件下でトランスに生成され、HIVの複製負荷を減少させることを示した。その後の配列決定では、大きな欠失や再配置は検出されなかった。次に、遺伝子操作されたTIPSが、提供されたHIV感染ヒト細胞、ヒト化マウス、および HIVに感染した非ヒト霊長類に1回の注入量で試験された。これらの実験は、抗体陽転、HIV複製の抑制、および少なくとも30週間のTIP持続を証明した。(KU,kj,kh)

【訳注】
  • 抗体陽転:ワクチン接種後に抗体価が減少し、陰性になること。
Science p. 622, 10.1126/science.adn5866

捕捉しにくい超高速化学反応 (Elusive ultrafast chemistry)

化学動力学についての何十年にもわたる超高速(フェムト秒)での実験面と理論面からの研究にも関わらず、ある種の化学反応は、そのような高い時間分解能で追跡することが依然として困難である。これらは二分子化学反応と電子誘起化学反応を含んでいるが、それこそが宇宙化学および大気化学で重要である。Dantusは、これらの課題を克服するための継続的な取り組みを概説し、最近の実験的成功に光を当てている。著者は、背景情報を提供し、重要な成果を確認し、これらの捕捉しにくい化学反応に対する超高速での研究を改善するための今後の取り組みを探求している。(MY,kh)

Science p. 618, 10.1126/science.adk1833

固体凝縮物からの海馬シグナル (Hippo signals from solid condensates)

海馬経路は、細胞の成長と発達、およびそれをさまざまなヒト疾患に結び付ける他のプロセスの制御に機能している。Guoたちは、細胞膜と細胞骨格からの入力を海馬経路に結び付ける調節因子であるMerlinの相転移が、経路のシグナル伝達の調節に重要であることを示している。細胞膜でのMerlinの結合と凝縮は、ホスファチジルイノシトール-4リン酸によって促進され、その量は海馬活性化因子Pezによって増加し、細胞骨格の張力によって抑制された。これらの固体凝縮物は、低酸素症や低浸透圧ストレスなどの細胞変化に対してシグナル伝達を安定化するらしい。(KU,kj,kh)

Science p. 620, 10.1126/science.adf4478

ケタミンの抗うつ効果の位置を特定する (Locating ketamine’s antidepressant effect)

ケタミンの抗うつ効果の発見は、精神的健康の治療における重要な進歩である。しかしながら、その根底にある機構はまだ十分には理解されていない。Chenたちは、うつ病様の動物において、ケタミンが外側手綱核神経細胞でのNMDA受容体応答を選択的に抑制するが、海馬錐体神経細胞ではそうでないことを見出した(Hernandez SilvaおよびProulxによる展望記事参照)。海馬神経細胞と比較して、外側手綱核神経細胞はうつ状態で、はるかに高い固有の活性をもち、またNMDA受容体のシナプス外貯蔵量がはるかに少なかった。海馬神経細胞の固有の活性を増加するか、あるいは外側手綱核神経細胞の活性を減少することにより、ケタミン遮断に対する、それらのNMDA受容体応答の感度が入れ替わるかもしれない。外側手綱核における必須のNMDA受容体サブユニットNR1を除去すると、ケタミンの抗うつ効果を妨げた。(hE)

【訳注】
  • ケタミン:1960年代に合成された全身麻酔薬。NMDA(N-methyl-D-aspartate)受容体に対する拮抗作用をもつ。全身麻酔薬として古くから用いられているケタミンが、麻酔用量よりも低用量で治療抵抗性うつ病患者に対して即効性の抗うつ作用をもたらすことが明らかとなり、注目を集めている。
Science p. 621, 10.1126/science.ado7010; see also p. 608, 10.1126/science.adq9566

より構造化した磁石 (A more structured magnet)

優れた磁石の開発は、多くの場合さまざまな特性の二律背反をうまく切り抜けることを必要とする。この過程は通常、ある用途には望ましくない特性を持つ磁石を生み出す複雑な合金化方法を伴う。Huaたちは、プラセオジム・コバルト磁石の微細構造を設計した。粒径を小さくし、積層欠陥を導入することにより、著者らは、この磁石が高い飽和磁化と電気抵抗率を有するように、磁区の挙動を変化させた。この変化は、渦電流による加熱を回避するために重要である。この磁石はまた、割合に温度に鈍感であった。これはいくつかの特定の用途に有用な特性である。(Sk)

Science p. 634, 10.1126/science.adp2328

変形可能なMOF薄膜 (Deformable MOF films)

金属有機構造体(MOF)は有機リンカーで連結された金属ノードから作られる。それらは高多孔性で、構成成分の選択により細孔の大きさとその化学的相互作用を調節できる。しかしながらMOF薄膜を作る場合には、MOFの充填量と力学的コンプライアンスの間に二律背反の関係がある。Luoたちは、酸化亜鉛薄膜と閉じ込め用高分子膜との界面における反応を使ってMOFを合成する合成法を開発した。彼らは、並外れた引っ張り耐性と力学的特性を示す、チューリング模様のしわ形態を持つMOF薄膜を達成した。これらの薄膜は欠陥がごく少なく、変形と転写が可能であり、分離膜として用いた場合に、水素と二酸化炭素に対する高い選択性と水素に対する高い浸透性を示す。(MY,kh)

【訳注】
  • チューリング模様:アラン・チューリングが反応拡散方程式で存在を証明した、生物の形態形成でしばしば見られる、疑似規則的・疑似繰り返しの模様。
Science p. 647, 10.1126/science.adn8168

過去の代謝が未来を支配する (Past metabolism controls the future)

子宮内での食糧不足などの悪条件への暴露が、成人になって健康に悪影響を及ぼすことが知られているが、そのような影響の詳細を定量化することは困難である。この現象を系統的に研究するために、Lumeyたちは、1930年代初頭に起こった深刻ではあるが特定の期間での人為的飢饉であるホロドモールの前、最中、後にウクライナで生まれた人々に関する広範なデータを入手した(KlimekとThurnerの展望記事を参照)。これらのデータを2000年代の2型糖尿病の全国登録からの記録と相関させることで、著者らは、出生前の飢饉への暴露が後の人生での糖尿病発症リスクに用量依存的な影響を及ぼすことを実証することができた。(Sh,nk,kh)

【訳注】
  • ホロドモール:1932~1933年にかけウクライナで発生した大飢饉。当時のウクライナはスターリンが最高指導者を務める旧ソ連の統治下にあり、ソ連政府の農業集団化政策と外貨獲得のため生産能力を上回る穀物の強制徴収が主な要因で、約400万人が餓死したと言われている。
Science p. 667, 10.1126/science.adn4614; see also p. 606, 10.1126/science.adr1425

深く掘削する (Drilling deep)

地球のマントルは試料を採取するのが難しく、マントルに関する直接的な情報のほとんどは、海洋底から浚渫された岩石か、オフィオライトの形で地殻に押し上げられた太古のマントルに由来している。Lissenberg たちは、国際海洋掘削計画の第399次遠征での船上観測結果を発表した。この遠征では、海底下のマントルに向けて 1,268 メートルの深さまで掘削した(Hellebrand による展望記事参照)。この岩石部分は、大西洋中央海嶺近くの熱水活動地域から回収されたものであり、新しい海洋地殻を形成している近くのマグマ流出過程によって作られたマントル岩石の化学をよりよく理解するのに役立つであろう。(Sk,kj,kh)

【訳注】
  • オフィオライト:陸上に露出する過去の海洋性リソスフェア(海洋地殻・マントル)の断面
Science p. 623, 10.1126/science.adp1058; see also p. 607, 10.1126/science.adr2490