Science August 16 2024, Vol.385

我々は一緒に働くだけで、離れて働かない (We only work together, not apart)

個々のタンパク質が単独では機能しないタンパク質複合体の進化は、大きな関心を集めている。相棒と一緒に新しい機能の獲得を目指すには、少なくとも2つのタンパク質が協調して進化する必要があるため、二倍に困難である。このようなプロセスを研究するために、Despresたちは酵母におけるシトシン・デアミナーゼ遺伝子を複製し、選択圧を用いてシトシン・デアミナーゼ複合体(ホモダイマー)に影響を与える機能喪失型変異を誘発した。彼らは、そのような多種のホモマー変異体の内、異なる変移が入ったホモマー同士で相棒を交換することにより、多くの有害な変異が補償され、元々の適応状態を維持することを見出した。これが、この複合体が進化する可能性のある変異の数を大幅に増加させた。(KU,kj.nk,kh)

Science p. 770, 10.1126/science.ado5719

ナトリウム系層状酸化物を安定化する (Stabilizing sodium-layered oxides)

ナトリウム系層状酸化物を用いた電池正極の展開における障害は、特に製造中に、空気によって引き起こされる有害な影響によって生じる。しかしながら、明らかになっていなかったことは、空気中のどの成分が犯人であるかということである。Yangたちは、個々の空気成分を効率的に分離して検査し、それらの安定性が水と二酸化炭素または水と酸素との複合効果によって損なわれることを見出した。前者は酸による劣化を引き起こし、後者は酸化による損傷を引き起こす。したがって、水の除去だけで、製造中および保管中の安定性を確保できるかもしれない。著者らはさらに、空気に対して安定したナトリウム層状酸化物を設計するには、イオン電位、遷移金属の酸化還元電位、および粒子径の間で因子を最適化する必要があることを示した。(Sk)

Science p. 744, 10.1126/science.adm9223

チクシュルーブにおける炭素質小惑星の衝突 (Carbonaceous asteroid impact at Chicxulub)

6,600万年前の白亜紀と古第三紀の間の地質学的境界は、現在のメキシコのチクシュルーブ(Chicxulub)で起きた衝突による、世界規模の堆積物によって特徴付けらる。この衝突は、鳥類以外の恐竜や他の多くの種を絶滅させた大量絶滅と整合している。Fischer-Goddeたちは、衝突堆積物中のルテニウム同位体を測定し、それらを複数のクラスの隕石と比較した。これらの隕石は、衝突物質の組成を表してる可能性がある。彼らは、チクシュルーブ衝突体が外側太陽系で形成された炭素質小惑星であることを見出した。5つの他衝突の追加測定は、それらが内側太陽系で形成されたケイ酸塩小惑星によるものであることを示した。(Wt,nk,kh)

Science p. 752, 10.1126/science.adk4868

自分はこの先どこにいるのだろうか? (Where will I be in the near future?)

嗅内皮質の格子細胞は、空間ナビゲーションのための環境座標系を作り出す。しかしながら、嗅内皮質の格子細胞系が、次の瞬間に動物がいる場所の予測にも関与しているのかは明確ではない。OuchiとFujisawaは、開放場所内で目標指向行動中のラットの嗅内皮質と海馬CA1野の神経細胞の活動を高密度で記録した。彼らは、現在の位置ではなく将来のラットの予測位置に対する格子表現をはっきりコードする、内側嗅内皮質の第三層神経細胞を観測し、それらを「予測格子細胞」と名付けた。内側嗅内皮質の神経細胞群はこのようにして予測認知地図を編制するのである。(MY)

Science p. 776, 10.1126/science.ado4166

単一分子状態解析を可能にする (Enabling single-molecule state analysis)

分子状態の進展を詳述する分子動力学は、分子物理や化学物理の学界において盛んに研究されてきた話題であった。しかし、分子状態の制御は、対象となる分子と外部環境との相互作用によって制限されることが多く、これが対象分子の状態に意図せぬ変化をもたらすことがある。Liuらは、環境-誘発性遷移を積極的に補正することにより分子状態を保つ手法について報告している。彼らは量子論理分光法を用いて、熱放射によって生じる水素化カルシウム単一分子イオンの回転状態間の量子ジャンプを実時間で観測し、次にマイクロ波駆動遷移によってこれらジャンプを逆転させた。報告された分子状態制御手順は、量子情報科学、精密計測、分子物理、化学領域の機会を広げる。(NK,kh)

Science p. 790, 10.1126/science.ado1001

奇妙なギャップ (A peculiar gap)

銅酸化物材料は、親化合物に電子または正孔をドープすることで超伝導にすることができる。正孔をドープした銅酸化物は一般に転移温度が高く、より広範囲に研究されている。Xuたちは、光電子分光測定を用いて、電子ドープされた銅酸化物Nd2-xCexCuO4の相図を調べた。その結果、超伝導転移温度より高いところに異常なエネルギー・ギャップが生じることが観測された。彼らは、このギャップを、大域的なコヒーレンスのない超伝導ペアリングによるものだと考えている。(Wt)

Science p. 796, 10.1126/science.adk4792

海馬神経回路網を再均衡させる方法 (How to rebalance the hippocampal network)

睡眠中は、それ以前の行動中に活性だった神経細胞集団の協調発火が増加する。これらの海馬での鋭波は、睡眠依存性の記憶の固定化に必要である。しかしながら、海馬がどのようにして、神経回路網の全体的な恒常性均衡を保ちながら、そのような細胞集団の再活性化と同期の増加を調節しているのかは分かっていない。Karabaたちは、一斉活性化(barrage)という新しい型の神経回路網様式を発見した。これは海馬CA2野で始まり、錐体細胞と特定の種類の介在神経細胞が関与するものである(MouとJiによる展望記事参照)。この一斉活性化はCA1野の遠心性神経細胞にさまざまな影響を及ぼし、経験に依存していた。この活動性を光遺伝学的に操作することで、さまざまな課題におけるその役割が示された。鋭波は海馬の出力を増大させるものであるが、それとは異なり、この一斉活性化は海馬の出力を低下させ、それにより海馬回路網を再均衡させた。(MY,kh)

【訳注】
  • 鋭波:海馬で見られる150~250Hzの高周波の脳波で、1Hz程度の大きな振幅を持つ鋭波に重畳されて発生する。
  • 遠心性:中枢からの興奮信号を末梢へ伝導すること。
Science p. 738, 10.1126/science.ado5708; see also p. 710, 10.1126/science.adr2431

ヘブの洞察に基づく視覚 (Hebb’s vision)

感覚経験の始まる前に、自発的な活動が微細な大きさの機能回路の接続性をどのように形作るかは、神経科学における根本的疑問である。Matsumotoたちは、新生仔マウスの網膜波と網膜丘軸索の自発的活動の同時画像化を行い、網膜神経節細胞軸索の形態変化を測定した (SomaiyaとFellerの展望記事参照)。彼らのin vivoのデータは、発達中に接続はヘブの法則に従って確立される:すなわち、個々の軸索枝の自発的な活動が網膜波とより相関している場所では、新しい軸索枝が追加される傾向があり、一方、非同期の活動は軸索枝の除去と 連動していることを示した。これらの結果は、感覚系の発達においてヘブの機構が主要な役割を持つことを示している。(KU.nk,kh)

【訳注】
  • ヘブの法則:脳のシナプス可塑性についての法則(ニューロン間接合部のシナプスに、長期的な変化が起ると信号の伝達効率が変化する)
Science p. 727, 10.1126/science.adh7814; see also p. 711, 10.1126/science.adr3322

複製中の切断を固定 (Fixing breaks during replication)

我々の細胞の一つ一つに毎日、何万もの一本鎖DNAの切断が自然に生じており、これは最も一般的な内在性DNA損傷の1つである。これらの損傷が持続すると、それらは後続の複製フォークを崩壊させる可能性があり、結果として致命的な二本鎖切断 (DSB) につながる。このプロセスを研究するために、PavaniたちはCas9-切断酵素(nicking enzyme)を用いて、ヒトゲノムに部位特異的な切断を導入した。切断が後続の複製フォークに対してどちらのDNA鎖に位置するかによって、異なる末端構造を持つDSBが生成される。さらに、これらのDSBは、複製とは無関係に生成されるDSBとくらべて異なる方法で処理される。(KU,nk,kh)

【訳注】
  • 切断酵素(nicking enzyme):特定の塩基配列を認識して2本鎖DNAの一方を切断する酵素
Science p. 728, 10.1126/science.ado3867

最大接触に対する目標 (Goals for peak contacts)

感染症の世界的流行が発生すると、公衆衛生対応の迅速さが効果的な制御の鍵となる。データ収集は、流行の軌跡の監視を可能にするための優先事項である。Kendallたちは、検査とデジタル接触追跡技術が、どのようにして病原体の拡散方法に関するほぼ即時での洞察を与え得るのかを示している。データは、2020年から2023年までイングランドとウェールズで用いられた国民保健サービスのCOVID-19アプリから分析された。このアプリは、2021年2月の最大時には1,800万人に及ぶ利用者を抱えていた。このデータは、他のどの推定よりも5日早く現在の感染状況を提供し、感染に対する家庭内接触の大きな寄与を示し、強い週末効果を明らかにし、2021年のUEFA欧州サッカー選手権とクリスマスの買い物に関連する感染の山が目立つことを示した。(Sk,kh)

Science p. 729, 10.1126/science.adm8103

記憶の永続性と再編成 (Memory persistence and reorganization)

記憶は固定されたものではなく、符号化後に進展し、外部または内部の偶発的変化に応じてその内容はアップデートされる。Kveimたちは、特定の記憶に関連するニューロン集団の再編成を支配する機構と、これらの動的変化が時間経過とともに記憶の持続にどのように影響するかを調査した。彼らは、海馬ネットワークにおいて、学習が2つの別個の記憶痕跡を並行して確立することを見出した。これらの痕跡は別個の、胚発生初期生れと後期生まれとしてニューロン新生時定義の、ニューロン亜集団の中で表現されていた。時間的に制限されているにも関わらず、後期生まれニューロンの過渡的なレクリートメントが記憶の長期的な永続性に必要であったが、初期生まれと後期生まれのニューロンのレクリートメントにおけける変動は最近獲得された記憶の可塑性に強い影響を及ぼした。(Sh,kj.kh)

【訳注】
  • レクリートメント:神経系への反復刺激によって新規のニューロンが次々に興奮するため, 反応が次第に強くなること。
Science p. 730, 10.1126/science.adk0997

活動中のスパイクを捕獲する(Catching spike in the act)

重症急性呼吸器症候群コロナウイルス2 (SARS-CoV-2)は、スパイク・タンパク質を用いてヒト細胞上の受容体と結合する。プロテアーゼによるスパイクの切断によりS2と呼ばれる断片を生じるが、このS2は構造的技術を用いて可視化することがこれまで困難であった劇的な立体構造変化によって膜融合の開始を惹起する。スパイクまたは受容体のいずれかを装飾されたウイルス様粒子を用いて、Grunstたちは、膜付随のスパイク−受容体複合体および再折り畳み中のS2の低温電子断層撮影画像を収集した。著者たちは、S2が反対側の膜に挿入される、プレヘアピン構造を解明することができ、また彼らは断層撮影構造上に以前の分子動態シミュレーションからのモデルを図化した。ステム・ヘリックスを標的とする抗体は、プレヘアピン複合体の頭部近くに結合して、再折り畳みの抑止と隣接する膜の融合を阻止する結果となった。(hE,KU)

【訳注】
  • スパイク(S)タンパク質:ウイルスの付着、融合、侵入において最も重要な役割を果たし、受容体結合S1サブユニット(RBDドメイン)と膜融合S2サブユニットをもつ。受容体アンジオテンシン変換酵素2 (ACE2)と結合して、S2ドメインの再折り畳みによってウイルス−宿主膜の融合を引き起こす。
Science p. 757, 10.1126/science.adn5658

透明な導電膜 (Transparent conducting)

金属酸化物薄膜は多くの用途に役立つが、多くの場合、合成することが難しい。Kongたちは、表面の酸化物薄膜を簡単に除去することが可能な、液体金属に基づく印刷法を開発した。この薄膜は、著者らが微量の金属をその上に堆積させることで安定化させた、高い電気伝導性を有している。結果として得られる薄膜は透明であるが、依然として高い導電性を有しており、機械的に安定である。この方法はもしかすると、高温でも堅牢なフレキシブル回路の開発に使用できるかもしれない。(Sk)

Science p. 731, 10.1126/science.adp3299

固体の環による確固たる環形成 (Solid ring formation)

ディールス・アルダー反応は、四炭素と二炭素の反応物対から六員炭素環を作るのに広く化学で用いられていて、十分に最適化されたさまざまな触媒によって、生成物の幾可学的形状に対する微細制御がもたらされる。一方、四炭素と六炭素の断片を類縁反応で十員環へとカップリングするのは制御がはるかに難しいことが分かっている。Zhengたちは、反応混合物から非共有結合性構造体として沈殿すると、リン中心を持つ酸性度の高い触媒が高い立体選択性でこれらの大きな環を形成できることを報告している。(MY,nk)

Science p. 765, 10.1126/science.adp1127

安全とは程遠い (Far from safety)

安全な飲料水がどこでも手に入るというわけではない。しかし、正確にどのように地理的に変化があるか、またなぜそうなるのかはよく分かっていない。Greenwoodたちは、地球観測データ、地理空間モデル作成、世帯調査データを組み合わせて、低所得国および中所得国で安全に管理された飲料水サービスを利用できるのは3人に1人だけであると見積もった (Hopeによる展望記事参照)。ふん便汚染が主な制限要因であり、これらの地域の人口のほぼ半数に影響を及ぼしている。これは貧困国で44億人以上が安全な飲料水を利用不能ということであり、これは他で得られた推定値の2倍以上の数字である。(Uc,nk,kh)

Science p. 784, 10.1126/science.adh9578; see also p. 708, 10.1126/science.adr3271