Science August 2 2024, Vol.385

一つの網の中の制御された絡み合い (Controlled tangles in a single network)

高分子材料を3次元(3D)印刷する場合、高速硬化(強度AAA確保する)と、低反応速度(さらなる後工程処理を可能にするがバット重合など一部の印刷方法と非互換のことがある)との間で、二律背反がある。Dhandたちは、高速光開始重合を用いての部分的反応が可能で低速の酸化還元開始工程が後続する単量体を設計し、それによって密に絡み合った長い高分子鎖を形成した。この工程の鍵は、開始剤の含有量を低い水準に保つことである。この方法は、機能性単量体、複雑な形状、および複数の材料を有する物体の印刷を可能にする。(Sk,kh)

【訳注】
  • バット重合:光源を用いて光重合樹脂を硬化させる3D印刷方法
Science p. 566, 10.1126/science.adn6925

小さな太古のCRISPR-Cas13リボヌクレアーゼ (Tiny ancient CRISPR-Cas13 RNases)

細菌が持つCRISPR-Cas免疫系の進化的起源を決定することは、RNAガイド型酵素の機能を説明するのに役立つ可能性がある。Cas9やCas12などのDNAを標的とするクラスIICRISPR-Cas酵素は、トランスポゾンにコードされたヌクレアーゼから出現した可能性が高いが、RNAを標的とするCas13系の起源は分っていない。Yoonたちは分子構造誘導型タンパク質データベース検索を用いて、多様性の高いCas13酵素の起源を遡った。この取り組みは、大腸菌における堅牢な対ファージ防御を提供する 太古の小さなRNAガイド型Cas13群を見つけ出した。起源に類縁性がないもかかわらず、初期のCas13酵素は、DNAを標的とする初期のCRISPR-Cas系と興味深い特性を共有していて、これはすべてのクラスIICRISPR-Cas系の収斂進化を示唆するものである。(MY,kj,kh)

【訳注】
  • CRISPR-Cas13:一本鎖RNAに配列特異的に結合して切断する免疫系。
  • トランスポゾン:ゲノム上の位置を転移することのできる塩基配列。
  • CRISPR-Cas系のクラス:CRISPR-Cas系は、複数タンパク質の複合体でDNA/RNAを切断するクラスⅠと、1つのタンパク質でDNA/RNAを切断するクラスIIに分類される。
Science p. 538, 10.1126/science.adq0553

結晶学を機械学習で進歩させる (Advancing crystallography with machine learning)

結晶学は自然科学における核となる分析技術の一つである。ノイズのない検出器、シンクロトロン、自由電子レーザー、3次元電子密度回折法などの様々な実験技術の進歩により、弱い散乱を持つナノメートル・サイズの結晶の高速実験が可能になった。しかし、データの解釈、特に構造の決定は、何十年もの間大きな進歩が見られなかった手法に依存している。Larsenたちは、何百万もの人工結晶構造とそれに対応する合成回折データを用いて訓練した深層学習ニューラル・ネットワークを用いて、非常に高い予測能力を示す方法を開発したが、この能力は正確な電子密度マップを作成した。現在の構成 (ニューラル・ネットワーク)は、中心対称空間群のみを考慮したものであるが、さらに研究を進めることで、他の空間群にも拡張することが可能であろう。(Wt,kh)

Science p. 522, 10.1126/science.adn2777

ステム軟体動物 (A stem mollusk)

軟体動物門は、ハマグリのような二枚貝から巻貝の腹足類やタコのように非常に複雑な頭足類まで多種多様な形態を有する、最も多様性に富んだ現存動物門の1つである。Zhangたちは、Shishania aculeataというカンブリア紀の新しい化石について述べている。この化石は、足や外套膜などの基本的な軟体動物の特性だけでなく、それらの上門であるLophotrochozoaに属する他の仲間のより特徴的な特性も示している。著者らは、この分類群を、外骨格で覆われたステム軟体動物と位置付けており、Lophotrochozoaの仲間と、間もなく発達して多様化する クラウン軟体動物(crown mollusks)の中間的形態であったことを示唆している。(Sk,kj,kh)

【訳注】
  • ステム(幹)分類群:系統学において、ある系統で現生する種の最も近い共通祖先の子孫全てから構成される系統群をクラウン(冠)系統群と呼ぶ。クラウン系統群から部分クラウン系統群を除いたものをステム系統群と呼ぶ
Science p. 528, 10.1126/science.ado0059

情報を増やしながら、電子線を減らす (More information, less beam damage)

現代の透過型電子顕微法の検出器は、各画素が一定時間に電子を検出するという点で、初期の写真フィルムによく似ている。Petersたちは、電子数のしきい値を満たすのに必要な時間を測定する電子顕微法の検出機構が、電子1個あたりに得られる情報量を改善させることを示している。彼らの統計分析は、シャッター機構を用いて予め決められた数の検出数に達するまでの時間を測定することにより、同じ分解能に対して総電子流束を減らせることを示した。著者らは、この方法をゼオライトやヒトの単球のような電子線に敏感な試料の画像化に適用した。(Sk,kh)

【訳注】
  • 単球:白血球の一種で、最も大きなタイプの白血球であり、マクロファージや、樹状細胞に分化することができる。
Science p. 549, 10.1126/science.ado8579

歓迎されない後退 (Unwelcome retreat)

熱帯氷河は、気候温暖化の影響を受けやすいものだが、ここ数十年で急速に後退していたが、完新世の他の期間と比べて現在どの程度の大きさになっているかは不明である。Gorinたちは、熱帯アンデスの氷河の縁で最近露出した岩盤中の宇宙線生成核種の測定結果を報告して、その場所が完新世を通じて氷に覆われていたことを示しており、この氷河が少なくとも過去11,700年そうであったよりも現在小さくなっていることを示唆している。これらの知見は、熱帯氷河の状態が温暖化が進む世界においていかに危機に瀕しているかを劇的に思い出させるものである。(KU,nk,kh)

Science p. 517, 10.1126/science.adg7546

新生カチオンによる安定化 (Stabilization with nascent cations)

ヨウ素との強い水素結合を複数方向に形成する環状カチオンのその場形成が、ペロブスカイト-シリコン・タンデム型太陽電池の性能と安定性が向上する。Ugurたちは、微量添加物である二塩化メチレンジアンモニウムがテトラヒドロトリアジニウムを形成し、薄膜結晶化の間に格子に組み込まれることを示している。この化学種は脱プロトン化に対する耐性があり、またその水素結合能力を増大させる多数の窒素原子を有する。照射面積1平方センチメートルのペロブスカイト-シリコン・タンデム型電池は33.7%の電力変換効率を示した。(MY,kh)

Science p. 533, 10.1126/science.adp1621

サメの多様な役割 (The varied role of sharks)

サメは広い回遊域を持つ巨大な頂点捕食者としてよく知られている。この理解は正しいが狭すぎる。サメは非常に多様なニッチ(生態的地位)を占め、さまざまな大きさと形態で存在する。Dedmanたちは、サメが果たす生態的役割を概説し、また、彼らが棲む生態系にどの程度影響を及ぼすのかの観点からサメの重要性を概説した。多くのサメは生態系が機能するのに不可欠であり、これらの影響の多くは、サメの個体数に及ぼす人間の影響によって変化してきた。サメの個体数を復元することは、サメの保護ばかりでなく、サメの生態学的機能の保護にとっても不可欠である。(MY)

Science p. 512, 10.1126/science.adl2362

氷が鍵 (The ice is the key)

約120万年前から70万年前の間の中期更新世移行期に、地球の氷河サイクルの長さは約41,000年から約100,000年に変化したが、この変化の理由は明らかではない。Anたちは気候と氷床の記録を結び付けて、南極の氷床の成長とそれに伴う南洋の海氷の拡大が、北の高緯度の冷却、北半球への活発な水分輸送、それに続く北半球の氷床の急速な成長をもたらし、それによって中期更新世移行期を引き起こしたことを示した。(KU)

Science p. 560, 10.1126/science.abn4861

塩化物の捕獲と放出 (Chloride catch and release)

タンパク質に基づくイオン・チャネルは、非常に複雑な構造を利用して濃度勾配を実現する。Shaoたちは、塩化物を輸送するために使用される、はるかに単純な小分子系を報告している。具体的には、異なる波長の光がヒドラゾン部分を異性化したり戻したりするため、輸送体は開いた構造と閉じた構造を切り替えることができる。光源を分離することで、著者たちは、それによってジクロロメタン橋で分離された水性貯蔵庫間の正味のポンピング・サイクルで塩化物の捕獲、拡散輸送、放出を誘発した。(KU,nk,kj)

【訳注】
  • ヒドラゾン:RCH=NNH2
Science p. 544, 10.1126/science.adp3506

DNAクランプの装着法 (How to load a DNA clamp)

増殖細胞核抗原 (PCNA) は、DNAを取り囲み、DNA二重鎖に沿って滑る環状のクランプである。PCNA環は、多数のDNA代謝因子に結合して、それらをDNAに動員したり、DNA上でのそれらの速度と効率を高めたりする。PCNAがDNAに乗るには、多サブユニットATPase駆動型の「クランプ装着機」を必要とする。真核生物は4つの異なるクランプ装着機を持っている。YuanたちはCtf18-RFCクランプ装着機の構造を解明したが、それは二重鎖DNAゲノムのリーディング鎖の合成専用のDNAポリメラーゼε (Polε) に特異的に結合する。この構造は、Ctf18-RFCとPolεの両方に対して、それらの相互依存的な機能を確保するために進化の時間をかけて念入りに作り上げられてきた独特の特徴を明らかにしてしている。(KU,kh)

【訳注】
  • DNAクランプ:DNA複製を進行させる機能を持つタンパク質複合体。
Science p. 513, 10.1126/science.adk5901

それほど厄介な問題ではないのでは? (A not-so-thorny issue?)

棘として知られる表皮由来の鋭い突起は多くの種に見られるが、最も象徴的なのはおそらくバラだろう。しかし、棘の遺伝的基盤は多くの種で知られておらず、この構造がどの程度広く共有されているかは不明である。Satterleeたちは、ナス属全体の系統発生解析を行い、LOGファミリー遺伝子、つまりサイトカイニン生合成の基礎となる酵素を特定したが、この遺伝子が混乱すると多様な種で棘が失われる(Kelloggの展望記事を参照)。著者らは、一つの原種の作物を含めていくつかの種でCRISPR実験を行い、これらの遺伝子の喪失が、標的外の表現型への影響なしに棘を大幅に減少または消失させることを見出した。本研究は、収斂進化に光を当て、作物における棘除去の遺伝的標的を提供する。(Sh,kj,kh)

【訳注】
  • 系統発生解析:遺伝子構造の変化や化石年代などを考慮に入れ、種間の系統関係を明らかにする分析。
  • サイトカイニン:細胞分裂の促進、生長の促進などに関係する植物ホルモンの一つ。
  • 収斂進化:複数の異なるグループの生物が、同様の生態的地位についたときに、系統にかかわらず類似した形質を独立に獲得する現象。
Science p. 514, 10.1126/science.ado1663; see also p. 495, 10.1126/science.adr2473

孤発性アルツハイマー病のモデルをつくる (Modeling sporadic Alzheimer’s disease)

アルツハイマー病のモデルをつくる能力はこの病気の病態生理学を理解し、効率的な治療を特定するために必須である。孤発性、非遺伝型、遅発性アルツハイマー病(LOAD)はこの病気の最もありふれた症状であるが、残念なことに、LOADモデルがない。Sunたちは、LOADをもつ個人由来の線維芽細胞を用いる、マイクロRNAに基づく直接リプログラミング手法を開発した。著者たちは、アミロイドβ(Aβ)およびタウ・タンパク質の沈着および年齢に付随する転移因子の調節不全を含む、この病気の主要な特徴を示す神経細胞を作成した。転移因子の調節不全を防ぐことにより、神経変性を救出し、Aβの沈着が減少した。LOADモデル作りのための直接リプログラミングの使用はこの不治の障害に対する治療の開発に役立つかもしれない。(hE)

【訳注】
  • マイクロRNA:タンパク質をコードしない21?24塩基程度の小さなRNAであり,mRNAからタンパク質への翻訳抑制やmRNAの分解による転写後制御を行なっている。
  • 直接リプログラミング:線維芽細胞などから直接,iPS細胞などの未分化細胞を介さずに目的の細胞を作り出す手法。
Science p. 515, 10.1126/science.adl2992

ワイド・バンド・ギャップに注意せよ (Mind the wide band gap)

タンデム型太陽電池に必要なワイド・バンド・ギャップのペロブスカイトにおいては、ハロゲン化物アニオンを均一に分布させることが難しい。なぜならば、ホルムアミジニウムヨウ化鉛のようなペロブスカイトの擬立方晶核を安定化させる、小さな塩化メチルアミン添加剤は、混合ハロゲン化物組成には有効ではないからである。Chenたちは、ヨウ化オレイルアンモニウムを使用して目的の結晶核を安定化し、真空急冷して表面張力を制御した。有効面積25平方センチメートルのペロブスカイト-シリコン・タンデム太陽電池は、29.4%の電力変換効率を達成し、50℃で800時間放置した後もその90%の効率を維持した。(Wt,nk,kj,kh)

Science p. 554, 10.1126/science.ado9104

一方向性の超伝導 (One-way superconductivity)

非中心対称性超伝導体では、電流の流れる方向によって超伝導と通常伝導とが入れ替わることがある。この超伝導ダイオード効果(SDE)は、反転対称性と時間反転対称性の破れが必要であると考えられているが、本質的な役割は不明なままである。Liuらは、第二高調波発生を用いて積層三方晶2セレン化鉛タンタルにおいてSDEを調べ、ひずみ誘起電気分極の本質的な役割を明らかにした。筆者らは、ひずみと電流がアームチェア方向に沿っている場合、ゼロ磁場または磁場イーブン型であり、ひずみと電流がジグザク方向に沿っている場合磁場オッド型であることを示している。本研究は、時間反転対称バルク結晶におけるゼロ磁場-本質的SDEの最初の観測である。(NK,kj)

【訳注】
  • 第二高調波発生を用いて:800nmのパルスレーザーを用いて400nmの第二高調波を測定し分極の大きさや方向を測定した。
Sci. Adv. (2024) 10.1126/sciadv.ado1502

神経活性化が免疫細胞を教育する (Nerve activation instructs immune cells)

ニューロンと腸の免疫系との間の情報交換の重要性がますます認識されつつある。マウス・モデルを用いて、Zhuたちは、腸を神経支配する異なるニューロン・サブセットを個別にかつ体系的に活性化し、腸組織における免疫細胞サブセットの数への影響を調べた (Vergnolleによる展望記事参照)。応答は多様で、活性化されるニューロンの種類に依存したが、このことは神経免疫関係の複雑さを示している。転写因子RORγを発現する調節性T細胞のサブセットは、痛覚受容体Trpv1を発現する脊髄感覚ニューロンの活性化後に結腸と盲腸で数の減少を示した。これらのニューロンは、カルシトニン遺伝子関連ペプチドを介して直接T細胞と情報交換をした。(KU,kh)

Science p. 516, 10.1126/science.adk1679; see also p. 496, 10.1126/science.adq9533