恐怖記憶を格納する細胞を選ぶ (Selecting cells to store fear memories)
脳のある部位の適合性ニューロンの僅かな部分だけが、記憶痕跡の一部となるのに利用できる。このニューロン動員の根底にある機構は現在分かっていない。Santoniたちは、連合恐怖学習の間の扁桃体外側核のクロマチン可塑性に注目することで、この問題に取り組んだ(Krabbeによる展望記事参照)。ヒストン・アセチル転移酵素をニューロン間でまばらに過発現させてクロマチン可塑性を高めた後、ヒストン・アセチル化が高められたニューロンは記憶痕跡へと優先的に登録される。この過剰発現は扁桃体外側核の主細胞が持つ固有の興奮性を変化させ、これは、クロマチン接近可能性の向上と、主としてシナプス・タンパク質に関する遺伝子発現の変化とを伴う。これらの結果は、ニューロンの後生的な修飾が、学習情報を格納するのに選択されるニューロンの適合性を特徴づけることを示している。(MY,nk)
【訳注】
- 記憶痕跡:記憶に対して脳内で形成されるとされている生物化学・生物物理学的な変化・構造のこと。記憶エングラムともいう。
- 連合恐怖学習:それ自体では恐怖反応を引き起こさない音や光などの中性的な刺激(条件刺激)と電気ショックなどの恐怖刺激を対呈示することにで、恐怖を学習させる方法。
- 扁桃体外側核:恐怖連合学習において条件刺激と恐怖刺激の連合を担っている脳領域。
- ヒストン・アセチル転移酵素:ヒストン・タンパク質中の特定のリジン基へのアセチル化を行う酵素。アセチル補酵素A(アセチルCoA)から供与されたアセチル基をヒストンのリジンに転移させるのでこの名が付いている。
- クロマチン接近可能性:転写因子がクロマチン上の標的領域と結合できる可能性のこと。標的領域でヌクレオソーム(DNAがヒストンに巻き付いた構造)が密(ヘテロクロマチン)になっていると転写因子は結合できず、疎(ユークロマチン)になっていると結合容易となる。
Science p. 408, 10.1126/science.adg9982; see also p. 367, 10.1126/science.adq8496