Science June 28 2024, Vol.384

深海の膜は潜水病ならぬ屈曲を用いる (Deep-sea membranes use the bends)

数千フィートの深さの海洋における極度の圧力は、生体膜を形成する分子の構造を圧縮するのに十分である。Winnikoffたちは、クシクラゲがそのような圧力にどのように適応してきたかを調査した。採取試料は、深海に生息するクラゲが、低圧では負の自発曲率を示すのであるが高圧では機能的な膜の形成を可能にする、豊富なリン脂質を有していることを明らかにした。大腸菌においてそのような脂質の発現を増大させる操作は、それらの細胞の圧力耐性を高めるのに十分であった。(Sk,kh)

【訳注】
  • 自発曲率:脂質膜が自然な状態でもっている曲率。
Science p. 1482, 10.1126/science.adm7607

中規模で組織化する (Organizing at the mesoscale)

リラクサー強誘電体は、外部電場に対して魅力的な分極応答を示す材料の一種である。この特性は、様々な応用分野に対して魅力的である。これらの材料は異なる電気分極を有する小さなドメインを有しており、当該材料の効率的な分極スイッチングを可能にしている。ZhengらはX線コヒーレント・ナノ回折を用いて、数百ナノメートルの分解能でこれらナノドメインがどのように組織化されているかを調べた。これらのドメインは、筆者らがナノラミネートと呼ぶ中規模の構造へと自己組織化し、それは当該材料が電場の変化に対して微視的水準でどのように応答するかに対して重要である。(NK,KU,nk,kh)

Science p. 1447, 10.1126/science.ado4494

昆虫の嗅覚を解明する (Making sense of insect senses)

動物が食べ物を示す小分子を感知するのに、多くの分子的な方法が存在する。2つの独立した研究グループが、昆虫固有の、四量体からなるリガンド開閉イオン・チャネルに関する構造的研究を報告している。これらのチャネルは、リガンドに結合する1つの嗅覚受容体(OR)サブユニットと、リガンドに結合しない3つのOrcoサブユニットで構成されている。Wangたちは、農業で問題になっているアブラムシ由来のOR-Orco複合体を研究し、Zhaoたちは、他の昆虫由来のOrcoサブユニットに結合した、2種の蚊由来のORの構造を決定した。両方のグループとも、単一の活性化ORの存在が四量体チャネルの開口をもたらすことができるという同様の開閉機構を提案している。この受容体の生理学的な構成と機能に関しては疑問が残っているが、これらの構造は、さまざまな用途に対して昆虫ORを標的にする分子を開発する上での一つの出発点である。(MY,nk,kh)

【訳注】
  • OR-Orco複合体:多くの昆虫が持つ、匂い感知イオン・チャネルで、匂い物質の結合により活性化される。数十種類が知られているOR(odorant receptor)のうちの1種と、進化的に保存されている3つのOrco(odorant receptor co-receptor)からなる。
Science p. 1460, 10.1126/science.adn6384 p. 1453, 10.1126/science.adn6881

アルケンとイミンの光ペアリング反応 (A light pairing of alkenes and imines)

アゼチジンは、3つの炭素中心と1つの窒素中心からなる飽和4員環である。これを作る一見して直感的合成方法は、2つのアルケンのシクロブタンへの光カップリング反応と同様に、光を用いてアルケン (C=C) とイミン (C=N) における二重結合を対にすることであろう。しかしながら、この方法は、意外にも特殊な基質に限定されることが知られている。Wearingたちは、オキシム形成によってイミンの電子構造を変えることが、スチレンとのより一般的な光増感カップリング反応を可能にすると報告している。(KU,kh)

Science p. 1468, 10.1126/science.adj6771

球状星団の中で中間質量ブラックホールは作られる (Forming IMBHs in globular clusters)

中間質量ブラックホール (Intermediate-mass black holes:IMBH)は、太陽の10^2~10^5倍の質量である。これは、超新星によって生成される恒星質量ブラックホールよりも大きいが、銀河中心に見られる超大質量ブラックホールよりは小さい。中間質量ブラックホールがどのように形成されるかは不明である。一つの可能性は、より小さなブラックホールの合体によるものだが、そのプロセスのシミュレーション結果では十分な質量に達しない。Fujiiたちは、球状星団の形成をシミュレーションした。球状星団とは、重力で束縛された、数百万の恒星の大規模な集合体である。初期には、 星団核における高密度が恒星合体の原因となり、単一の超大質量星を生成した。その恒星が寿命を迎えると、崩壊して直接中質量ブラックホールが形成された。(Wt,kh)

Science p. 1488, 10.1126/science.adi4211

ネアンデルタール人の子どものダウン症候群 (Down syndrome in a Neanderthal child)

看護をしなければ、ダウン症候群を持って生まれた赤ちゃんは、短命に終わる可能性が高い。この症候群の数少ない考古学的事例は、少なくとも5500年前にまで遡るが、1歳までの乳児または出生前に死亡した胎児に関するものである。Conde-Valverdeたちは、スペインのコバ・ネグラ遺跡で発見された22万年前から14万6000年前のネアンデルタール人の子どもに、この症候群に一致する内耳の病状を発見した。死亡時6歳から11歳だったこの子どもが幼年期を生き延びるためには、おそらく共同育児を含む、継続的な看護を必要としたであろう。この事例は、病人、負傷者、高齢者に対して、ネアンデルタール人が看護をしていたという証拠に新たな一例を付け加えている。(Sk,nk,kh)

Sci. Adv. (2024) 10.1126/sciadv.adn9310

調整可能な小孔 (Tiny tunable pores)

ガス分離は固体膜を使用して行われることが多いが、これは、同じような原子サイズを有するガスを分離できるほど小さな孔を持つ多孔質膜を作るのが難しいためである。Huたちは、テトラフェニルボレート結合を持つモノマーを重合することにより、一連のイオン性共有結合有機構造 (ICOF) 材料を合成した。これらのICOFは、温度依存性のリンカー振動を示し、孔の振動である種の分子を排除して、0.2オングストローム以下の分解能で、孔サイズの動的制御が可能になった。著者たちは、産業関連ガス (O2、N2、CH4、CO2、およびH2) のサイズ依存的分子認識と分離を実証している。(KU,nk)

Science p. 1441, 10.1126/science.adj8791

脳加齢の推進力としての老化 (Senescence as a driver of brain aging)

細胞老化は、ストレス条件下で分裂細胞に生じる、永続性のある細胞周期の停止状態である。老化細胞は、免疫活性化を引き起こすことがある化学信号を放出する。高齢者では老化細胞が生き残る場合が多く、組織の機能不全の一因となる。神経細胞を含む非分裂細胞において、健康な状態から老化状態への移行が最近確認されている。展望記事において、Herdyたちは、神経細胞の老化の証拠と、加齢や神経変性疾患におけるこの細胞状態の潜在的な役割について論じている。彼らはまた、神経細胞老化がアルツハイマー病やパーキンソン病などの疾患に対する有効な治療の標的となるかもしれないことを示唆する、前臨床的証拠に光を当てている。(Sk,nk,kh)

Science p. 1404, 10.1126/science.adi3450

樹状細胞が、膵臓がん免疫療法を用意する (DCs prime pancreatic cancer immunotherapy)

膵炎として知られる膵臓の炎症は、膵臓がんの発生と進行に影響を及ぼすことがある。体の免疫系が、膵炎対膵臓がんで、どう応答するかは依然として不明のままである。Mahadevanたちは、膵炎が、T細胞による自己破壊から組織を保護するのに役立つ標準型樹状細胞と呼ばれる種類の免疫細胞の動員につながると報告している。彼らは、膵炎と膵臓がんが共存すると、標準型樹状細胞がT細胞に抑制的な影響を与え、通常はがんを破壊するT細胞の作用を無効にする侵攻性疾患が生じることを見出した。免疫療法でT細胞の抑制を遮断すると、膵臓がんの増殖が減った。したがって、改変されたがん特異的標準型樹状細胞は、免疫療法を併用することで膵臓がんに介入する機構を提供できる可能性がある。(Sh,nk)

【訳注】
  • 樹状細胞:体内に入ってきた異物を食べて無毒化する食細胞であると同時に、その異物を分解した一部を抗原として提示する抗原提示細胞としての働きも持つ白血球の一つ。ウイルスなどに応答して大量のI型インターフェロンを産生する形質細胞様樹状細胞とそれ以外の標準型(従来型)樹状細胞に大別される。
Science p. 1420, 10.1126/science.adh4567

CHARMが神経細胞をだましてプリオンを無効にする (CHARM tricks neurons to turn off prion)

プリオン病は重篤な神経変性疾患で常に致命的であるが、神経細胞からのプリオン・タンパク質の除去で疾患の進行を防ぐことができる。Neumannたちは、CHARMと呼ばれる緻密で後成的なサイレンサーを開発した。これは、ウイルス・ベクターにより全身に送達されると、基礎となるDNA配列を変えることなく、マウスの脳全体でプリオン遺伝子を効率的に停止させことができた(WhittakerとMusunuruによる展望記事参照)。この後成的な遺伝子編集物質はまた、その標的をサイレンシングさせた後に自身を無効にするようプログラムすることができ、それゆえ、長期発現による潜在的な有害作用を制限する。CHARMは、不要タンパク質の有害蓄積が引き起こす一連の他の疾患に適用できるかもしれない治療法を提供する。(MY)

【訳注】
  • プリオン:タンパク質性の感染因子のことで、三次元構造の異常なタンパク質が正常型タンパク質を自己触媒的に異常型へと構造変換させるもの。
Science p. 1421, 10.1126/science.ado7082; see also p. 1407, 10.1126/science.adq3334

特異的手段が免疫状況を提供する (Specific tools provide immune context)

転写因子GATA3は、免疫応答中にナイーブ自然リンパ球とT細胞のそれらの2型エフェクター・サブタイプである自然リンパ球2細胞 (ILC2) とTヘルパー2細胞 (TH2) それぞれへの分化を制御する。Szetoたちは、別の転写因子であるMef2dがGATA3と2型サイトカイン・インターロイキン13の発現を増強することを見出した。著者たちは、成熟したILC2において特異的にMef2dの欠失したマウス・モデルを作成した。そのモデルを確立された遺伝子ノックアウト系と一緒に用いることで、著者たちは、Mef2dが肺炎症中にILC2とTH2細胞の機能を促進することを突き止めた。Mef2dは、mRNAの量を制御するRegnase-1の発現を抑制することで、そして別の転写因子である活性化T細胞の核因子1と相互作用することで、2型応答に関連する遺伝子発現を制御する。(KU,kh)

Science p. 1422, 10.1126/science.adl0370

阻止される融合 (Arrested fusion)

ワクチン接種率が減ったために、米国およびその他の国々で麻疹の発生が増加している。現在のところ、入手可能な特効のある抗ウイルス治療はなく、治療薬として有用かもしれない中和抗体についての構造情報もごく限られている。Zylaたちは、抗体または遺伝子操作したペプチド(これらはいずれも融合を阻止できる)との複合体における麻疹ウイルス融合タンパク質の低温電子顕微法構造を決定した(Aguilarによる展望記事を参照)。著者たちは融合タンパク質の複数の立体構造を特定し、抗体が再折り畳み過程にある中間体を捕えること、したがって融合を停止することができると推測した。したがって、治療標的となるかもしれない重要なエピトープ(抗原決定基)を可視化することに加えて、これらの構造はこの系におけるウイルス融合過程についての機構的情報を提供する。(hE,kh)

【訳注】
  • 融合:麻疹の病原ウィルスは気管の粘膜上皮細胞に、付着後融合タンパク質の補助で、融合することにより感染する。
Science p. 1423, 10.1126/science.adm8693; see also p. 1406, 10.1126/science.adq3348

三葉虫のポンペイ (A trilobite Pompeii)

三葉虫はおそらくカンブリア紀の最もよく知られた生物である。その特徴的な化石化した外部形態は、カンブリア紀初期からペルム紀の絶滅までにわたる広範な化石記録からよく知られている。三葉虫の化石の大部分は外部形態のみを示しているが、しかしながら内部形態については不明な点が多く残っている。El Albaniたちは、水中の火砕流による急速な死と保存によって作られたいくつかの三葉虫の化石について 記載している。この保存現象は驚くほどよく保存された解剖的構造を持つ3次元化石を生んだ。この三葉虫の解剖学的構造に関する深い理解は、いくつかの新しい特徴を明らかにし、クラウン・グループの真節足動物に関する重要な洞察をもたらした。(Uc,KU,nk,kh)

【訳注】
  • クラウン・グループ:系統学において、ある系統で現生する種の最も近い共通祖先の子孫全てから構成される系統群のこと。
Science p. 1429, 10.1126/science.adl4540

一時的現象が持つ効果 (Transient effects)

一時河川は、降雨後にのみ流れのある短命の水域である。一時河川はどこにでもあるものの、下流にどの程度の寄与があるのかはほとんどわかっていない。Brinkerhoffたちは、米国本土の 2,000万以上の恒久的な水域に対するこのような河川の寄与をモデル化し、一時河川が排水域からの総排出量の約60%を占めることを見出した (HarveyとKampfによる展望記事を参照)。この研究は、 恒常水域に水と汚染を輸送する経路として、一時河川がいかに重要であるかを示している。(Wt,kh)

Science p. 1476, 10.1126/science.adg9430; see also p.1402, 10.1126/science.adq1714

メチルアルミノキサンが解明された(Methylaluminoxane revealed)

現代のプラスチック産業は、数十年にわたって重合触媒を活性化するためにアルミニウム、酸素、メチル基の謎の化合物であるメチルアルミノキサンに頼ってきた。メチルアルミノキサンのそんな大量生産に対する中心的位置にもかかわらず、その凝集挙動が詳細な構造特性の解明を大きく妨げてきた。Luoたちはメチルアルミノキサンの結晶化とⅩ線回折分析について報告し、2次元シート配列を明らかにしている。活性部位の帰属は、量子化学シミュレーションと重合触媒活性化の実験テストによってさらに裏付けられた。(KU,kh)

Science p. 1424, 10.1126/science.adm7305

5個の水分子がHClを解離できる (Five water molecules can dissociate HCl)

酸の解離を引き起こすのに何個の水分子が必要かという長年の基礎的疑問は、幅広い研究の主題であった。この疑問に確信をもって答えようとするには、解離した酸-水クラスターについての曖昧さと矛盾がないスペクトル帰属が提供されてきていない。この課題に取り組むため、Xieたちは回転分光法を用いて、超音速膨張噴流中で生成されたHCl-(H2O)nクラスターの超微細構造の特性を明らかにした。この分光法は、会合した水の数の関数として、塩素原子の核の電子的環境に関する特徴的な情報を提供することができる。HClは、5個目の水が付加されると水分子と3つの水素結合を形成した後に解離し、接触イオン結合をもつ解離H+Cl?(H2O)5クラスターに到ることが分かった。(MY,kh,Sk)

【訳注】
  • 超音速膨張噴流法:対象分子の蒸気を希ガスで希釈した混合ガスをノズルから高圧で噴出して、分子の熱運動(並進、振動,回転)を噴出方向の運動に変換し, 断熱膨張と合わせて対象分子を低温に冷却し、分子が固定化された状態を得る方法
Science p. 1435, 10.1126/science.ado7049