Science June 21 2024, Vol.384

自然から着想を得た双方向の流体流 (Bidirectional fluid flow inspired by nature)

人工構造物および自然構造物はどちらも、表面の特定の様式によって駆動される、方向性を持った液体輸送を示すことがある。Yangたちは、青鎖竜(Crassula muscosa)という植物から着想を得た。この植物では、茎ごとに異なることが可能な、構造化されたひれ状の葉の形状と方向、および流体の表面張力によって、流体の流れの方向が決められる。著者らは、磁性粒子を含むことの可能な生物模倣型の対応物をしたが、その磁性粒子がひれの角度と形状のわずかな変化だけで流れの方向を変えることを可能にする。(Sk,kh)

Science p. 1344, 10.1126/science.adk4180

変化のときには仲よくせよ (In times of change, make friends)

環境の変化は一般的に、必須資源の入手可能性の転換をもたらす。そのような転換は、主要な選択圧となる可能性があり、ハリケーンのような極端気象が変化の原因の場合には特に急速に生じるだろう。Testardたちは、プエルトリコに棲むアカゲザル孤立集団の、カテゴリー4のハリケーン・マリアにより引き起こされた樹木被覆の喪失に対する応答を調べた。樹木被覆の減少は日影の減少をもたらした。日影はこれらのサルにとって極めて重要である。これを受け、これらの集団のアカゲザルの間で社会的寛容が全般的に増加した。最も寛容性の高いサルたちは生存率が最も高かった。(MY,nk,kh)

Science p. 1330, 10.1126/science.adk0606

古い爆弾からの新しい推定 (New estimates from old bombs)

純一次生産力 (NPP) は、光合成の結果として生じる植物組織内の炭素の蓄積量であり、気候変動を遅らせるために我々が頼りにしている主要な二酸化炭素吸収源である。世界のNPP推定値は変化しやすく、現在および将来の炭素循環のモデル化における不確実性につながっている。Graven らは、1960年代の核爆弾試験の放射性炭素データを用いてNPP推定値を更新した。この放射性炭素の植生への取り込みの分析は、現在のモデルがNPPを過小推定していることを示唆した。これは、短命の非木質組織に蓄積される炭素の過小推定によるものと考えられる。この研究は、植物はより多くの炭素を蓄積するが、現在認識されているよりも短い期間しか蓄積しないことを示唆している。(Sk,kh)

Science p. 1335, 10.1126/science.adl4443

水素の強調表示 (Hydrogen highlights)

タンパク質複合体光化学系IIは、水とプロトンの移動を可能にする足場内で多数の補因子と色素を結び合わせる。水とプロトンは、光合成の際の酸素放出中心でなされる水酸化(みずさんか)の化学的現象にとって極めて重要である。しかしながら、X線結晶構造で水分子、特にプロトンを特定することは、困難であることが多い。Husseinたちは代わりに、さまざまな利点と欠点がある低温電子顕微法を用いて、既存のX線構造よりもさらに高い分解能で光化学系IIを可視化した。この方法により、水素原子がよりはっきりと見え、著者たちは、存在すると予想される水素の半数以上を特定した。これはこの極めて重要な酵素の働きへの重要な洞察を提供する。(MY,kh)

【訳注】
  • 光化学系II:光合成の前半過程であってその最初に、光エネルギーを吸収して葉緑素が励起され、それにより酸素放出中心において水分子が分解されて電子が引き出される。
Science p. 1349, 10.1126/science.adn6541

タングステンは去って、あとに残るのはコバルト (Tungsten leaves so cobalt can stay)

現在、大規模な水の電気分解は塩基性条件で行われている。酸性条件を代わりに用いると効率上の利点があるが、希少で高価なイリジウム以外のほぼすべての陽極触媒はあまりにも速く溶解して実用的ではない。Ramたちは、浸出するタングステンを意図的に導入することで、地球に豊富に存在するコバルト触媒を安定化させる戦略を報告している。水と水酸化物が結果として生じる空孔を充填して構造を形成し、1平方センチメートルあたり1アンペアの電流密度で少なくとも600時間の触媒活性の間コバルトをその場に保持する。(KU,kh)

Science p. 1373, 10.1126/science.adk9849

脳が心拍数を制御する仕組み (How the brain controls the heart rate)

人の心拍リズムの随意的制御は、フィードバック訓練によって達成することができる。この手法は、フリー・ダイビングや瞑想などの分野で実践されており、不整脈、痛み、うつ病の治療におけるこれからの応用に希望を与える。しかしながら、この生体フィードバックの根底にある神経回路は、まだ十分には理解されていない。生体フィードバックに基づくオペラント学習を用いて、Yoshimotoたちは自己調節心拍数制御のラット・モデルを開発した。前帯状皮質の神経活動が、徐脈の発生の中心であった。電気生理学、カルシウム・イメージング、シナプス追跡技術により、前帯状皮質から幾つかの中継地点を経由して心臓に至る完全な神経経路が明らかになった。(KU,kh)

【訳注】
  • フリー・ダイビング:呼吸するための器材を使わないダイビングのうち、無呼吸状態で到達深度などを競う競技。
  • オペラント学習:報酬や罰に適応して、自発的にある行動を行うように学習させること。
Science p. 1361, 10.1126/science.adl3353

フォトンの干渉を守る (Protecting photon interference)

光学におけるトポロジカル構造の利用は、伝播する光束の挙動を制御し、保護する方法を提供してきた。この概念を量子光源への拡張が、フォトンの量子状態も同様に保護できることことを示している。Ehrhardtたちは、量子情報処理に不可欠な機能である伝播するフォトンの干渉を実証した。この結果は、トポロジカルな起源を持つ干渉により、トポロジカルに堅牢な量子ゲートによって保護された次世代のフォトニック量子回路と拡張可能な量子コンピューティングへの道筋を示している。(Wt,kh)

Science p. 1340, 10.1126/science.ado8192

がん免疫療法をJAK阻害剤を用いて高める (JAK-ing up cancer immunotherapy)

がん免疫療法は、患者の免疫系を動員して腫瘍細胞を殺す治療法の一種である。それが特定の腫瘍の治療には効果があったが、患者はしばしば慢性炎症と免疫抑制に患い、これが治療応答を制限する。2つの独立した臨床試験は、JAK阻害剤と呼ばれる薬剤を用いて炎症を抑えることで、がん患者における抗PD-1免疫療法の有効性を改善できるかどうかを調べた (GadinaとO’Sheaの展望記事参照)。Mathewたちは第2相試験を実施し、転移性非小細胞肺がんに対する第一選択療法としての薬剤組み合わせを研究した。ペンブロリズマブ(pembrolizumab)による治療後にイタシチニブ(itacitinib)の時間をおいての投与が治療応答を改善した。Zakたちは、再発性/難治性ホジキンリンパ腫の患者を対象に第1/2相試験を実施した。ルキソリチニブ(ruxolitinib)とニボルマブ(nivolumab)の組み合わせにより、以前にチェックポイント阻害免疫療法が失敗に終わった患者において臨床効果の改善をもたらした。(KU,kh)

【訳注】
  • JAK阻害剤:JAK(Janus Kinase)は炎症性サイトカインのシグナル伝達にかかわる細胞内分子で、その伝達を阻止する薬剤
  • 非小細胞肺がん:肺がんは小細胞肺がんと非小細胞肺がんの2種類に分けられ、非小細胞肺がん症状が現れにくく、薬剤療法に対する感受性が高い。
  • 第一選択療法:患者に対して最初に行われる治療のこと。
Science p. 1314, 10.1126/science.adf1329, p. 1315, 10.1126/science.ade8520; see also p. 1303, 10.1126/science.adq1717

有望な予測 (Promising predictions)

構造に基づく創薬は高分解能の実験構造に依存しており、いくつかの研究はAlphaFold2 (AF2)のような深層学習構造予測手段が既知のリガンドの受容体へのドッキング(結合)には十分機能しないことを見出している。2つのヒト受容体を研究して、Lyuたちは、新規リガンドを特定するための有望なドッキング作戦について、出発モデルとして高信頼性のAF2で予測された構造を用いると、実験構造を用いるのと同じくらい効率がよいことを見出した。著者たちは、計算でヒットした数百のものを追跡し、計算モデルと実験構造を対照して出発点としたとき、同じ受容体について重複がほとんどないことを見出した。機能検定は、AF-2ドッキング作戦が作動薬と拮抗薬との混合を作ったが、作動薬束縛の構造で出発すると、作動薬のみが観察されることを明らかにした。これらの結果は、ある種の構造予測は創薬に対して大きな可能性を持つことを強調するものである。(hE,nk,kh)

【訳注】
  • AlphaFold2:アミノ酸配列からタンパク質の立体構造を予測するソフトウェア。
Science p. 1316, 10.1126/science.adn6354

乳がんの転移に関する洞察 (Insights into breast cancer spread)

脳と脊髄の表面を裏打ちする脳脊髄液を含む膜、軟膜(LM)への乳がん転移の治療成績は極めて悪い。Whiteleyたちは乳がんのLM転移の実験モデルを用いて、細胞表面受容体インテグリンa6を発現する乳がんが、隣接する椎骨と頭蓋骨の骨髄を中枢神経系の髄膜に通常はつなぐ血管外表面を横切ることによってLMに侵入できることを示した (MonteranとErezの展望記事参照)。次いで、乳がん細胞は常在性髄膜マクロファージを刺激して、腫瘍の増殖を支援するグリア細胞由来神経栄養因子と呼ばれるニューロン生存促進性タンパク質を分泌する。これらの知見は、LMにおける腫瘍と宿主の相互作用に新たな光を当て、LM転移の治療のための新たな治療標的を導く可能性がある。(Sh,KU,kh)

【訳注】
  • 脳脊髄液:脳や脊髄の外側、内部にある脳室や脊髄中心管を満たしている無色透明の液。
  • 軟膜:脳と脊髄を覆うように保護している三層からなる髄膜のうち、最も内層の膜。
  • 椎骨:脊椎の分節を形成する個々の骨。
  • マクロファージ:全身の各組織・臓器に存在し、細菌や死細胞を貪食して除去する能力を持ち、その一方で組織の恒常性維持に重要な役割を果たしている免疫細胞。
Science p. 1317, 10.1126/science.adh5548; see also p. 1302, 10.1126/science.adq4019

動的に丈夫なカーボン・ナノチューブ繊維 (Dynamically strong carbon nanotube fibers)

カーボン・ナノチューブ (CNT) を加工処理して繊維にする場合、繰り返し起こる問題は、この繊維の機械的特性がCNT本来の機械的特性よりはるかに劣るというものである。この問題は、繊維が高ひずみ速度または弾道衝撃にさらされる場合の、動的強度に対して特に当てはまる。Zhangたちは、CNTを高性能高分子材料と組み合わせる際に、CNT間の配列、空隙率、および界面相互作用を制御することにより、最大14ギガパスカルの動的強度を持つカーボン・ナノチューブ繊維を開発した。著者らは、この高い動的強度は、高ひずみ速度負荷過程中に発生する、個々のナノチューブの同時破損と広範囲に及ぶ衝撃エネルギーの非局在化によるものと考えている。(Sk,nk,kh)

Science p. 1318, 10.1126/science.adj1082

汚染された空気を調理する (Cooking up bad air)

北米とヨーロッパの主要都市では都市汚染の削減に大きな進歩が遂げられているものの、そのような汚染の原因については不明な点が数多く残っている。Pfannerstillたち、夏季ロサンゼルスにおけるオゾンと二次有機エアロゾル形成の潜在能力の約60%は、AAA放出に原因があり、この寄与は気温とともに大幅に増加すると報告している (Karlによる展望記事参照)。都市の大気汚染を効果的に緩和するには、気候温暖化によって放出量と組成が大きく変化することを考慮する必要がある。(Uc,kh)

Science p. 1324, 10.1126/science.adg8204; see also p. 1299, 10.1126/science.adq1423

ペンタセンの単一スピンを制御する (Controlling single spins in pentacene)

スピン軌道トルク効果は、伝導電子と局在電子の間の交換相互作用を介して生じるスピン流と磁性層の間の角運動量移動を伴う。磁性材料においてこれら効果を測定することは、基礎研究及び応用展開の両面でスピントロにクスにおける極めて関心の高い領域となっている。このような測定を行う厳密な方法はスピン偏極電流を用いて、強磁性体(または反磁性体)の共鳴磁化力学に摂動をあたえ、次にその応答を測定することである。本手法は、過去10年にわたって大いに利用されてきたが、マクロ系にのみに限られていた。Kovarikらはスピン偏極走査トンネル顕微法を用いて電子常磁性共鳴におけるスピン流のスピン軌道トルク効果を単一分子スケールで測定し、本手法における著しい進歩を示している。筆者らの研究は、量子情報科学、表面化学、有機エレクトロニクス、有機太陽電池のような幅広い分野に興味を持たれるであろう。(NK,KU,kh)

Science p. 1368, 10.1126/science.adh4753

トポロジカル周波数コム (Topological frequency combs)

単一のマイクロ共振器で生成される光周波数コムは、計測、測距、度量衡に応用されている。Flowerたちは、結合マイクロ共振器の広範な2次元アレイに基づくトポロジカル基盤を紹介している。アレイの周辺に光を閉じ込めることで、著者たちはトポロジカル周波数コムを生成することができた。この結果は、単一のマイクロ共振器には存在しない付加的機能を備えたコム・スペクトルを設計するための新しい道筋を示している。(Wt,kh)

Science p. 1356, 10.1126/science.ado0053