Science June 14 2024, Vol.384

分解速度 (The rate of breakdown)

植物の残骸は継続的に河川と小川に流入し、そこで蓄積・分解されて水生食物連鎖の基盤を形成する。河川は炭素循環と温室効果ガスの排出に大きな役割を果たしているが、河川における有機物の分解に影響を与える要因は十分に理解されていない。Tiegsたちは、6大陸の500以上の小川で再現されたセルロース分解の分散実験 (CELLDEX) を用いてこの知識ギャップに対処した。多数の環境変数によってセルロース分解速度が明らかになり、落葉の質に関するデータと組み合わせると、公表されている落葉の分解速度も説明された。この研究は、地球規模の変化が炭素循環に与える影響の予測を改善するのに役立つ可能性がある。(Uc,nk,kh)

Science p. 1191, 10.1126/science.adn1262

電子回折で測定されるエントロピー (Entropy measured by electron diffraction)

電子回折中に誘発される有機物結晶の無秩序化は、その融解エントロピーの評価に用いることができる。Liuらは、無秩序化によって引き起こされる電子回折信号の減衰に関わる状態量と非弾性散乱断面積の積から、形成されるミクロ状態の数を実験的に測定できることを見出した。この数を用いることで、次ぎにはエントロピーがボルツマンの式から決定できる。このエントロピーは、数種類の有機物結晶に関する融解の測熱エントロピーと高い相関を示しており、従ってこの方法は融解ではなく昇華や分解する試料に対してこのエントロピーを決定することができる。(NK,KU,kh)

Science p. 1212, 10.1126/science.adk3620

脳に入る経路の鍵を開ける (Unlocking a path into the brain)

アデノ随伴ウイルス(AAV)を用いる遺伝子治療の開発が大きく進歩してきたが、この取り組みはこれまでのところ脳障害が対象の場合には機能してこなかった。多くの研究者が選別法を用いて、血液?脳関門を越えることができるAAVを見つけようとしてきた。しかし、そのようなAAVは動物モデルで見出されてきただけで、ヒトには移し替えられていない。Huangたちはこれと反対の取り組みを行い、血液?脳関門で発現しているヒト・トランスフェリン受容体を特異的に標的にするAAVを特定した。著者たちはこのヒト・タンパク質を発現する遺伝子改変マウスを用いて、彼らが最適化したAAVが中枢神経系に入り込むことができ、更に、ゴーシェ病では変異している治療上適切な(正常)遺伝子の送達さえできることを示した。(MY,nk,kh)

【訳注】
  • アデノ随伴ウイルス:エンベロープがなく2本鎖DNAを持つウイルスで、これが持つカプシド・タンパク質により、特定細胞や組織への指向性を持つ。非病原性で、増殖・非増殖細胞いずれにも感染可能であることから、ベクターウイルス(遺伝子の運び屋)として用いられる。
  • 血液?脳関門:血中から脳内への物質の移行を物質の違いで選択的に制限する機能。脳に必要な物質を血液中から選択して脳へ供給するとともに、有害な物質の侵入を阻止する。
  • トランスフェリン受容体:トランスフェリン(血漿に含まれ、鉄イオンと結合して鉄輸送を担うタンパク質)と結合する細胞表面の受容体。
  • ゴーシェ病:リソソーム酵素をコードする遺伝子(GBA1)が変異することで、セラミドにグルコースが結合した配糖体であるグルコセレブロシドが細胞内に蓄積して起こる病気。この遺伝子の変異はまた、パーキンソン病やレビー小体型認知症の危険因子となっている。
  • 遺伝子の中枢神経系への効率的な送達が著者論文の中心であり、それに沿って最終文面を訳してあります。
Science p. 1220, 10.1126/science.adm8386

節と節間の形成 (Shaping nodes and internodes)

交互に連なる節と節間は茎の構造を決定するが、これは農作物の改良にとって重要な特徴である。葉は節の位置で茎に付いているのに対し、節間は節と節の間の領域であって、素早い伸長をおこす。この基本様式の重要さにもかかわらず、節と節間の間の境界を決定する調節機構と、これらの基本単位が成長の段階でどのように定まるのかはほとんど分かっていない。Tsudaたちは、明瞭な節と節間を持つ植物であるイネの茎を実験系に用いて、特定のサブクレードに属するknotted1様ホメオボックス(KNOX1)遺伝子が、葉に関わる調節因子であるYABBY遺伝子と、異なるサブクレードに属するもう1つの節特異的なKNOX1遺伝子とを抑制することで、節間を形成するよう節を制限することを示した。このようにして、KNOX-YABBYモジュールは、植物の茎を構成する、節と節間からなる基本単位の様式を作り出すのである。(MY,nk,kh)

【訳注】
  • KNOX1遺伝子:茎頂分裂組織の活性を維持し、葉や花などの側生器官の分化を抑制する遺伝子。
  • YABBY遺伝子:葉の分化・発達に不可欠なことで知られる転写因子をコードしている遺伝子。
  • クレード:ある共通の祖先から分岐した生物群や遺伝子群のこと。
Science p. 1241, 10.1126/science.adn6748

都市熱をはねつける(Rejecting urban heat)

布地は、受動放射冷却によって熱放射を宇宙空間に押し出すように設計することが可能である。しかしながら、これらの材料はまた、都市環境などのヒート・アイランドが存在する場所では熱放射を吸収する。Wuたちは、大気の赤外線透過波長帯から選択的に放射する上層、入射する熱放射をはねつける銀ナノワイヤ(中間)層、皮膚から中間層に熱を移動させる毛織物の下層を備えた布地を開発した。その結果、ヒートアイランドが存在する場合でも受動的に冷却し、その一方で優れた耐久性、機械的特性、洗浄性をも有する布地となった。(Sk,nk,kh)

Science p. 1203, 10.1126/science.adl0653

水の超潤滑性 (Superlubricity of water)

水の移動はさまざまな条件下で劇的に変化し、変化し超潤滑性さえも実現できるが, このことは摩擦が事実上なくなることを意味す。この直感に反する特性の微視的な源は不明である。Wuたちは極低温原子間力顕微法を用いて、同極性グラフェンおよび異極性六方晶窒化ホウ素単層上の二重層六角形をなす2次元水の島を直接画像化し、島面積の関数として摩擦力を測定した。実験データにより、グラフェン上の水の島の移動に摩擦のない限界が確認された。分子動力学シミュレーションと合わせて、この特性が水と水、および、水と表面の相互作用の微妙な相互作用から生じることが示された。(Wt,kh)

Science p. 1254, 10.1126/science.ado1544

2回の切断でより純粋なライブラリを (Two cuts for purer libraries)

DNA-encoded chemical library (DEL)は、膨大な数の有望な薬剤化合物を同時に選別することを可能にする。その考え方は、各有望な薬剤の機能成分がDNA配列でそれぞれコード化され、後で増幅して的中化合物の構造を特定するということである。しかしながら、不完全な合成は、タグと機能性のマッチングでエラーをもたらす可能性がある。Kellerたちは、忠実性を確保するためにデュアル・リンカー技術を考案した。直交的に切断可能なリンカーは、最初と最後に導入された成分をビーズに繋ぐ。間に洗浄を挟んで、両方のリンカーを引き続いて切断すると、完全な構造だけが放出される。(KU,kh)

Science p. 1259, 10.1126/science.adn3412

犬を使って人間の健康を理解する (Using dogs to understand human health)

伴侶犬は飼い主の生活に深く結びついており、人間の健康、社会福祉、公衆衛生の理想的な番犬となるかもしれない。展望記事において、SextonとRupleは、私たちが暮らす環境について犬が情報提供しているかもしれない多くの方法を論じている。犬は、エクスポソームとして知られる、私たち全員がさらされている物理的および社会的環境要素の長期的な影響を示唆するのに特に適している。犬と人間のデータを組み合わせることは、それらの環境がいかに健康に影響しているかを明らかにするのに役立ち、それは犬だけでなく人間にも利益をもたらすかもしれない。(Sk,kh)

Science p. 1170, 10.1126/science.adl0426

肝臓における健全な競争 (Healthy competition in the liver)

肝障害が発生するとき、回復の鍵となる条件は、病気の細胞や損傷した細胞を増殖させずに健全な組織の増殖を確保することである。Wangたちは、これがミトコンドリアにおける選択圧によって起こる一つの機構を特定した。肝硬変などの幾つかの病原性条件において、患部はミトコンドリア・ゲノムに変異を含んでおり、細胞呼吸に必要な電子伝達系に機能障害をもたらす。このような機能障害は直接致命的ではないが、著者たちは、それが影響を受けた細胞に競争上の不利な立場に置き、代謝の柔軟性を低下させることを見出した。さらに、健全な肝細胞が不足すると、胆管上皮細胞が協力して肝細胞に分化転換することがある。(KU)

Science p. 1189, 10.1126/science.adj4301

マラリア薬がホルモン調節に役立つ (Malaria drugs help regulate hormones)

多嚢胞性卵巣症候群は生殖年齢の女性によくある内分泌疾患である。その症状にはアンドロゲン過多およびその他のホルモン変化、月経周期の変化、不妊および代謝異常が含まれる。アルテミシニンは、抗マラリア活性でよく知られた植物由来の化合物であるが、いくつかの有利な代謝効果をもつことでも知られてきた。Liuたちは、アルテミシニンが複数のげっ歯類モデルとヒト患者で多嚢胞性卵巣症候群の内分泌症状をも軽減できることを示し、この内分泌疾患の複数の面を治療するための将来性のある取り組みであることを 示唆している(Stener-Victorinによる展望記事を参照)。(hE,nk,kh)

Science p. 1187, 10.1126/science.adk5382; see also p. 1174, 10.1126/science.adq0328

ヒト脳の複雑さを理解する (Understanding human brain complexity)

ヒト脳の微細構造、細胞、分子の詳細を解明することは、中枢神経系の機能と機能障害を理解する上で重要である。しかしながら、技術的な制限が、ヒト脳の包括的な解析を妨げてきた。BRAIN Initiative Cell Census Network (BICCN) の一環として、Parkたちは、細胞内分解能でのヒト脳細胞地図を作成するための完備な計算パイプラインを開発した。この技術基盤により、BICCNの研究者はヒト脳を非常に詳細に調べることができ (https://www.science.org/collections/brain-cell-census を参照)、他の多くのヒト臓器にも適用できる可能性のある非常に貴重な手段となる。(KU,kh)

Science p. 1188, 10.1126/science.adh9979

テンプレートによる冷却結晶化 (Templating cooler crystallization)

二次元ペロブスカイト・テンプレートは、ヨウ化ホルムアミジニウム鉛(FAPbI3)の光活性黒色相を、溶液から運動学的に捕捉する。Sidhikたちは、Ruddlesden-PopperペロブスカイトであるA'2FAPb2I7が、前駆体溶液を100℃で黒相のFAPbI3に変換することを示した。この温度では通常不活性な黄色相の方が安定である。ここで、A'カチオンはブチルアンモニウムまたはペンチルアンモニウムである。テンプレートは黒色相に圧縮ひずみを与える。太陽電池としては、0.5平方センチメートルの活性領域で24.1%の電力変換効率を示し、最大電力点追従の下、85℃で1000時間にわたってその効率の97%を維持した。(Wt,nk,kh)

Science p. 1227, 10.1126/science.abq6993

不活性状態で捕捉される (Caught in the deactive state)

ミトコンドリア呼吸鎖への電子の主要入口点である複合体Iは、呼吸を続けるための十分な酸素がない場合、その活動を停止して休止・不活性状態に入る精巧な機構を持っている。活性及び休止の状態の正確な構造とそれらの間の相互変換の機構は、純度の高いタンパク質試料ではっきりさせることが困難であった。Grbaたちは、ウシ心臓の複合体Iをプロテオリポソームの状態で準備した。この状態では、生化学試験と電子顕微法を並行して研究することができた。著者たちは、3つの状態を特定した。2つは開いた形の休止型である。残りの1つは閉じた形であり、著者たちはこれが活性に適合する唯一の立体構造だと論じている。さらなる解析により、不活性化と再活性化に対する構造的機構が示唆された。(MY,nk,kh)

【訳注】
  • プロテオリポソーム:リン脂質二重膜からなる小胞であるリポソームに、膜輸送タンパク質が埋め込まれたもの。
Science p. 1247, 10.1126/science.ado2075

テイロシンを追い詰める (Tracking down tailocins)

細菌ウイルス(バクテリオファージ)は豊富に存在するが、ウイルスが野生集団の中で細菌とどのように相互作用しているかについてはあまり分かっていない。Backmanらは、細菌Pseudomonas viridiflavaに感染したモデル植物、シロイヌナズナの野生採取の植物標本を調べた。現代と過去のPseudomonas株の比較ゲノム解析は、テイロシンと呼ばれるファージの尾部繊維タンパク質をコードしているウイルス遺伝子のクラスターを明らかにした。テイロシンは、細菌が競争相手を撃退するための毒性成分として利用されてきた。精製されたテイロシンは、一部の非同族だが近縁の細菌を殺したが、他の植物関連細菌に対しては効力が弱いか、まったく効力がなかった。調査した植物標本の中で支配的なテイロシンは、177年以上にわたってほとんど変化せずに持続していた。(KU,kh)

Science p. 1190, 10.1126/science.ado0713

嚢胞性線維症を遺伝子編集によって除去 (Editing away cystic fibrosis)

遺伝子編集は、いくつかの遺伝性疾患に対する介入として臨床的に受け入れられ始めているが、困難は残っている。難題として、生体外ではなく直接的な生物内での細胞の効率的編集と、編集の長期持続であるが、これは関連する幹細胞の標的化を必要とする。Sunたちは、遺伝子編集試薬を送達するための脂質ナノ粒子を設計し、これらの試薬を、幹細胞を含むすべての肺細胞型に送達するよう最適化した (BulcaenとCarlonの展望記事参照)。次に著者らは、嚢胞性線維症の患者由来の細胞とマウス・モデルにこの手法を試験し、結果として彼らは最大1年間持続する治療に関連する編集を達成できることを実証した。(Sh,KU)

【訳注】
  • 嚢胞性線維症:全身の粘膜の塩化物イオンの輸送能力が遺伝的に弱いため、生まれて間もない頃から、気管支、消化管、膵管などが粘り気の強い分泌液で詰まりやすくなり、多様な症状を表す病気。
Science p. 1196, 10.1126/science.adk9428; see also p. 1175, 10.1126/science.adq0059

循環を追跡する (Trace cycling)

亜鉛は、海洋の生物学的過程にとって不可欠な元素である。植物プランクトンによる取り込みが水柱上層の溶解亜鉛を枯渇させ、深海でより豊富になる難分解性の無機形態に変換されることが知られている。しかしながら、亜鉛の海洋循環については未だ不明なところが多い。Duanたちは、海洋における亜鉛の生物地球化学的循環を解明して、その分布を説明するのとあわせて無機粒子による亜鉛捕集の重要性を強調した(Cutterによる展望記事参照)。(Sk,kh)

【訳注】
  • 水柱:海面から海底につながる一本の水柱で、光合成量(総生産)と呼吸量が等しくなる深度。
Science p. 1235, 10.1126/science.adh8199; see also p. 1172, 10.1126/science.adq0550