Science June 7 2024, Vol.384

炭素が豊富な原始惑星系円盤 (A carbon-rich protoplanetary disk)

大多数の天体では、炭素と酸素は同じような存在量である。しかし、分子が形成されるのに十分な低温領域では、それらの相対的な存在量に依存して、結果として分子の化学的特性は炭素、あるいは、酸素のどちらかに富む可能性がある。Arabhaviたちは中赤外線分光法を用いて、若い低質量星の周りの原始惑星系円盤を調べ、そのスペクトルは小さな炭化水素分子が支配的であることを見出した。これは、円盤内部のガスの炭素/酸素比が高いことを示している。著者たちは、この炭素の濃縮を生み出す可能性のあるメカニズムについて検討し、それが円盤内で形成される惑星の組成に影響を与える可能性があると示唆している。(Wt,kh)

Science p. 1086, 10.1126/science.adi8147

段階的なアミロイドプロセス (Amyloid processing step-by-step)

神経細胞中のアミロイドβ(Aβ)凝集体の存在は、アルツハイマー病における主要な特徴の1つであり、また、神経変性の原因である。Aβは、γ-セクレターゼによるアミロイド前駆体タンパク質(APP)の連続的切断により産生される。しかしながらこれらの多重切断がどの程度正確に起こるのかは十分解明されていない。Guoたちは低温電子顕微法を用いて、一連のAPP切断段階の間にヒトのγ-セクレターゼがこのさまざまなペプチド基質とどのように結合しているのかを可視化して説明した。γ-セクレターゼがどのようにしてさまざまな長さのAβを生成するのかを解明することは、アミロイドの生物学的性質の理解を深め、ADに対する治療戦略の進歩に寄与するだろう。(MY,kj,kh)

Science p. 1091, 10.1126/science.adn5820

ナノリボン・アレイの制御された成長 (Controlled growth of nanoribbon arrays)

低次元材料におけるバルク光起電力効果は、その内部にある固有の分極を利用して、接合不要で光励起キャリアを生成する。しかし、出力される光電流は低く、この効果を高めるための努力が続けられている。Xueたちは、あらかじめ規定されたキラリティとコヒーレント極性を持つ二硫化タングステンのナノリボン・アレイのエピタキシャル成長法を導入している。確定的な構造を持つリボン・アレイを柔軟に作製できるため、キラリティに依存するバルク光起電力効果の系統的な研究と、光起電力素子アレイの実現が可能になる。著者たちの戦略は、一次元材料を要求に応じて適合させ、大規模に集積化する汎用的な手段を提供するものであり、これにより、自動駆動のオンチップ・エレクトロニクスやオプトエレクトロニクスにおける発展が可能となるであろう。(Wt,kj,nk,kh)

Science p. 1100, 10.1126/science.adn9476

一年生メダカにおける軸形成 (Axis formation in annual killifish)

一年生メダカであるNothobranchius furzeriにおける発生は、胚形成物語の魅力的なひねりを明らかにする。他の魚類では、母親が産生物を卵に提供して胚軸を決定するが、メダカはこの台本に従わない。Abituaたちは、メダカの割球細胞が卵黄全体に広がり、凝集し、母親の決定因子であるHuluwaと名付けられたタンパク質による指示なしに発生中の胚に体軸を形成することを発見した。さらに、メダカは2つの重要なシグナル伝達経路であるNodal経路とβ-catenin経路を転用して、凝集と軸形成を協調させた。この発生戦略は、一年メダカが水がれ状況を生きぬくことに役立つかもしれず、また、哺乳類の人工胚の自己組織化過程と特徴を共有する。(MY,kj,kh)

【訳注】
  • 胚軸:胚発生の初期過程で胚中に生じる軸のこと。体の構造が作られる起点となる。
  • 割球細胞:母細胞の卵割により生じた娘細胞。卵割が進むと割球細胞の大きさは小さくなる。
Science p. 1105, 10.1126/science.ado7604

位相幾何学的熱輸送 (Topological thermal transport)

科学と工学における多くの応用は、熱環境を調節および制御する能力に依存している。Ergoktasたちは、位相幾何学的方法を導入し、光共振器系の熱特性を制御している。著者たちは、光共振器の幾何学的要因を制御することで、光共振器表面からの熱放射を制御する位相幾何学的特性を効果的に調整できることを示している。これらの結果は、熱管理、エネルギー収穫、熱迷彩における応用向けに、材料の熱特性を設計する新しい手法を示している。(Sk)

【訳注】
  • 熱迷彩:赤外線など使用した温度センサーから、自らの存在を隠す技術
Science p. 1122, 10.1126/science.ado0534

太陽光による損傷を軽減する (Mitigating sunlight damage)

ペロブスカイト太陽電池は、多くの場合、屋外での使用を代表していない条件の屋内で試験される。Feiたちは、この電池の屋外試験でのより急速な劣化が、インジウム-スズ酸化物と混成正孔輸送層の界面での剥離を引き起こす、より高い紫外線水準によって起きていることを見出した。著者らは、インジウム-スズ酸化物に結合するホスホン酸基とペロブスカイト中の鉛に結合される芳香族カルバゾール基中の窒素原子を有する、正孔輸送材料を設計した。最も優れたペロブスカイトの小型部品は、29週間の屋外試験後も 16%を超える電力変換効率を維持した。(Sk,kh)

Science p. 1126, 10.1126/science.adi4531

哺乳類細胞内での遺伝子コードの変更 (Altered genetic code in mammalian cells)

非標準アミノ酸 (ncAA) の遺伝子符号化は、化学と生物学の接点にある重要な技術であり、天然タンパク質と異なる性質を持つタンパク質を生成する能力を高める。しかしながら、以前の戦略におけるブランク・コドンの使用は、さまざまな生物医学研究分野でのこの技術の普及と応用を制限してきた。Dingたちは、原理的にはncAA組み込みのボトルネックを解決する、希少コドンの再符号化戦略を提案した。この技術を用いることで、広範囲の基礎面と応用面の進歩に対して天然タンパク質の翻訳効率を持つ哺乳類細胞内で、さまざまな機能性タンパク質がncAAを用いて合成される。(KU,kh)

【訳注】
  • ブランク・コドン:人工的な翻訳系で導入される, 対応するアミノ酸が決まっていないコドン
Science p. 1134, 10.1126/science.adm8143

T 細胞構造は運命と関連する (T cell architecture links to fate)

個々のT細胞が感染の徴候に応答するとき、その細胞がたどる分化の軌跡は、細胞外因性因子と細胞内因性因子によって決まる。単一細胞イメージングとディープ・ラーニングを用いて、Haleたちは、集団内の一部のT細胞が「縞模様」であり、細胞小器官を集中させる核膜陥入部を持っていることを見出した。縞模様表現型の出現は、さまざまな発達段階のT細胞集団間で異なっていた。in vitro解析は、抗原刺激時に縞模様の構造を持つナイーブT細胞が、エフェクター様表現型に優先的に分化することを示した。核膜陥入部を持たない細胞は抗原に応答したが、記憶T細胞に関連する特性を示した。(KU,kh)

Science p. 1081, 10.1126/science.adh8967

KRAS変異腫瘍のための地図 (An atlas for KRAS mutant tumors)

KRAS遺伝子の変異はヒトのがんで最も多い発がん性事象の一つである。KRASを抑制する薬剤がKRAS変異腫瘍の治療用に最近承認されたが、その臨床的有効性は一次生得的な機構と治療に付随する耐性のために制限を受ける。KRAS駆動の腫瘍がどのように増殖して治療に抵抗するかをよりよく理解するために、J. A. Klompたちは、KRAS変異体膵臓がんにおけるKRAS-調節遺伝子トランスクリプトームを確立した。KRAS変異体トランスクリプトームは、ERK分裂促進因子活性化タンパク質キナーゼ(MAPK)カスケードの活性化によって主に制御されていることが分かった。別の研究で、J. E. Klompたちは、KRAS変異型膵臓がんにおける異常なERKシグナル伝達の包括的な分子情報を集めて、1500以上のERK基質を特定した。これらの研究は、いかにERKがKRAS依存性のがんの増殖を助けているかという我々の理解を前進させるものであり、KRASとERK阻害剤を用いる次世代の治療に希望を与えるものかもしれない。(hE,KU)

【訳注】
  • RASタンパク質は、細胞増殖の信号を送る分子のスイッチの役割を果たすが、RASタンパク質に変異が生じると、常に活性になってしまい、細胞の異常増殖やがんの形成につながる。HRAS、KRASおよびNRASの3種類のアイソタイプがある。
  • トランスクリプトーム:細胞内における遺伝子転写産物(mRNA)全てを対象として網羅的、包括的に行う遺伝子発現解析。
  • ERK(extracellular signal-regulated kinase):分裂促進因子活性化タンパク質キナーゼ(MAPK)経路の1つで,細胞の増殖において重要な役割を有する。
Science p. 1082, 10.1126/science.adk0775; p. 1083, 10.1126/science.adk0850

繊毛虫の超伸張可能な細胞骨格 (A ciliate’s hyperextendable cytoskeleton)

細胞形状の形態学的変化は、細胞分裂、狭い空間を通る動き、あるいは心臓の拍動や腸内消化などの機能性の関連において研究されてきた。FlaumとPrakashは、(単細胞性の)捕食性繊毛虫であるLacrymaria olorで見られる急速超伸張を可能にする機構を探究した。この繊毛虫は首に似た摂食装置を30秒もかからずに1.2ミリメートルまで伸ばすことができる(GordilloとCerdaによる展望記事参照)。著者たちは、生体イメージング、共焦点顕微法、透過電子顕微法を併用して、急速な形状変化を可能にする、細胞内構成要素中の湾曲し折り目のあるオリガミ構造を特定した。(MY,kh)

【訳注】
  • 繊毛虫:ゾウリムシやラッパムシ、ツリガネムシ、テトラヒメナなどを含む(分類上の)門に属する単細胞生物。 全身に繊毛を持ち、これを使って移動する。
Science p. 1084, 10.1126/science.adk5511; see also p. 1064, 10.1126/science.adn9351

報酬と嫌悪のコード化 (Encoding reward and aversion)

脳内でα-オピオイド受容体シグナル伝達に関与するオピオイドは、中毒性が非常に高いが、その報酬効果に加えて、オピオイドは嫌悪効果も非常に高い。オピオイドの報酬効果と嫌悪効果が脳内でどのように相互作用して中毒関連行動を制御するかは、十分に理解されていない。Smithたちは、オキシコドンの報酬用量に応答して神経活動を変化させる領域を特定した。オピオイドに対する生理的および行動的応答の確立された調節因子に加えて、腹側前頭前皮質の比較的未開拓の領域である背脚核における神経活動も、高いオピオイド応答性を示した。背脚核に空間的に制限された異常なグルタミン酸作動性ニューロンの集団が嫌悪の状態をコード化し、オピオイドによって直接抑制された。(KU,nk,kh)

【訳注】
  • オピオイド:ケシから採取されるアルカロイド。鎮痛、陶酔作用がありオキシコドンはその一つ。
Science p. 1085, 10.1126/science.adn0886

自発的なねじれ (Spontaneous twist)

数多くのねじれたらせん構造が、アキラル分子のシステムにおいて観察されている。しかしながら、これらの構造は通常、曲がった形状を持つ分子か、あるいはキラルな添加剤や溶媒の導入によって誘発される。後者の場合、キラリティーは添加剤のキラリティーを反映する。Karczたちは鏡面対称性の破れによって、近赤外および可視光波長範囲のらせんピッチを持つらせん構造が自発的に形成される極性ネマティック相を明らかにした (Lucchettiによる展望記事参照)。鏡面対称性の自発的な破れは電気双極子相互作用によって発生し、このため磁気システムにおけるスピンの挙動と類似している。(Uc)

Science p. 1096, 10.1126/science.adn6812; see also p. 1067, 10.1126/science.adp8824

熱産生タンパク質の起源 (Origins of a thermogenic protein)

寒冷条件下で熱を発生させ体温を維持する熱産生は、哺乳類が地球上で繁栄するための重要な適応であった。Keipertたちは、ミトコンドリアで呼吸代謝とATP生成を切り離し、エネルギーを熱として放出させる脱共役タンパク質1 (UCP1)の進化的起源を調べた (GrabekとSprengerの展望記事を参照)。著者らは、約1億5000万年前に分岐した有袋類と真獣類の系統の代表であるオポッサムとマウスのトランスクリプトームの一覧を解析した。また、推定される真獣類の祖先UCP1配列から作られたタンパク質の特徴も明らかにした。UCP1の発現は、最初に脂肪組織で進化し、獣類の共通祖先の幼若期の寒冷ストレスで機能したようである。しかし有袋類は熱産生UCP1を欠いており、熱産生が第2段階で真獣類において出現したことを示している。(Sh,nk,kh)

【訳注】
  • トランスクリプトーム:特定の状況下で細胞中に存在する全てのmRNA(ないしは一次転写産物)の総体を指し、同一の個体にあっても、組織ごと、あるいは細胞外からの影響に呼応して固有の構成をとる。
Science p. 1111, 10.1126/science.adg1947; see also p. 1065, 10.1126/science.adp8782

化学反応において核スピンの可干渉性を保存する (Preserving spin coherence in reactions)

単純な好奇心にかられた疑問によって、画期的な実験が動機づけられることは珍しいことではない。Liuたちは、多くの場合、無秩序で混沌とした反応に見える化学反応が、核スピンの可干渉性を保存するのかどうか疑問に思った。著者らは、500ナノケルビンの極低温での、カリウム-ルビジウム分子の「モデル」気相反応 2KRb→K2+Rb2 を用いて、この疑問を調査した。KRb分子は、磁場勾配を用いて、もつれた核スピン状態で調製された。著者らは、反応後の核スピン波動関数において保存された可干渉性を観察した。本研究は、根本的に重要であるだけでなく、化学反応の可干渉性制御や幅広い量子科学の応用に新たな可能性を開く。(Sk,kj,kh)

【訳注】
  • 可干渉性制御(コヒーレント制御):物質の波動関数の振幅と位相を制御する光技術
Science p. 1117, 10.1126/science.adl6570