Science April 26 2024, Vol.384

効果的な保全活動 (Effective conservation actions)

現在の生物多様性の危機は、種を絶滅から守り、生態系を深刻な劣化から守るための活動を必要としている。そのため、世界の保全活動には毎年数十億ドルが投資されている。保全の試みが生物多様性にとってプラスの結果をもたらすかどうかを評価することは、今後の取り組みの指針とするために必要である。Langhammerたちは、保護区や管理を含む保全活動が、何もしない場合と比較してより良い結果をもたらすかどうかを判断するためにメタ分析を行った。その結果、半数以上の場合、保全活動は正味でプラスの効果をもたらしたが、必ずしも生物多様性の減少を食い止めたわけではなかった。この研究は、複数の種類の保全活動が、通常は有益であり、生物多様性の損失を抑制するために必要であることを示している。(Wt)

Science p. 453, 10.1126/science.adj6598

歪み開放のニッケルのささやかな価値 (A nickel’s worth of strain relief)

炭素炭素三重結合はどれくらいしっかりと閉じ込めることができるのだろうか? 適切な駆動反応を用いることで、ベンザインのような6員環中に三重結合を押し入み、次に環のひずみによって促進される迅速な反応性の恩恵を獲得することは容易だった。しかしながら、五員環はあまりにもいびつになりすぎる傾向があった。Humkeたちは、今回、ニッケルによる配位がアザインドールの五員環部分に三重結合を安定化するのに十分なほど歪みを開放できることを報告している。このアザインドリン錯体は結晶学的に構造が明らかにされ、求核剤と求電子剤の両方と反応した。(KU,kj,kh)

【訳注】
  • ベンザイン:ベンゼンの二重結合の一つが三重結合になった化合物の総称
Science p. 408, 10.1126/science.adi1606

食物が肝臓のミトコンドリアを断片化する (Food fragments liver mitochondria)

エネルギー状態の変化に対する予測的応答は、代謝恒常性の制御において重要な役割を果たす。視床下部における代謝調節性プロ-オピオメラノコルチン(POMC)発現ニューロンは、食物に関連する信号によって活性化され、末梢代謝を促す。Henschkeたちは、感覚性食物知覚とPOMCニューロンの活性化が、ミトコンドリア分裂因子 (MFF) をリン酸化するAKTキナーゼの活性化により肝臓におけるミトコンドリアの断片化を急速に促進すると報告している。MFFのリン酸化を妨げる変異は、in vitroではインスリンに応答して、in vivoではマウスでの急激栄養補給に応答してAKT誘発性のミトコンドリア断片化を阻害にする。この断片化の崩壊は、肝臓でのグルコース生成を抑制するインスリンの能力に影響を与える。(KU,nk,kj,kh)

【訳注】
  • ミトコンドリア断片化:ミトコンドリアはエネルギー生産だけでなく細胞内で融合と分裂(断片化)を活発に繰り返してその形態により組織形成、代謝などさまざまな調節機能に関与している。本記事では栄養環境で肝臓のミトコンドリアの断片化が起こる
  • プロ-オピオメラノコルチン:241個のアミノ酸残基からなるポリペプチド前駆体。
Science p. 438, 10.1126/science.adk1005

小さなペプチドの大きな広がり (Big expansion for small peptides)

小さな環状ペプチド、すなわち大環状分子は、その束縛された可動性が他の生体分子との結合を促進するので、天然物向けの普通の構造的分類群の一つである。Salvestonたちは深層ニューラル・ネットワークを用いて、エネルギー面を作り、22の異なる骨格化学反応にわたる130アミノ酸の組合せから構築される大環状分子に対する低エネルギー高次構造を抽出した。彼らはこのデータを用いて、閉環した大環状分子に導くほぼ1500万の組合せを特定し、予測された物質の合成実験と構造解析からその特性化を行った。ペプチド断片に基づく足場モチーフを用いて、著者たちは2つの酵素への大環状分子結合剤を作り出した。彼らはまた、予測した大環状分子の仮想スクリーニングによって、タンパク質‐タンパク質の相互作用阻害剤を開発した。(hE,KU,nk,kh)

【訳注】
  • 深層ニューラル・ネットワーク(DNN:Deep Neural Network):人の脳神経細胞の仕組みをコンピューターで再現し、高精度の答えを導き出すことを可能にしたディープラーニングの一種。
Science p. 420, 10.1126/science.adk1687

トポロジカル4層膜 (Topological tetralayer)

二次元薄膜材料の物性は、層の積層配置に強く依存する。菱面体晶系多層グラフェンは、チャーン絶縁体のような非自明なトポロジカル状態を示すと予測されてきた。Shaらは、六方晶窒化ホウ素に被覆され、かつジセレン化タングステン層に隣接配置された4層菱面体晶系グラフェンにおいて同様の状態を観測した。この最後の層の役割は、スピン軌道相互作用を誘発することであったが、この相互作用はグラフェンにおいて通常は無視できる。輸送測定は、チャーン数4に相当する強磁性と磁場によって安定化されたホール抵抗の量子化を示した。(NK,KU,kj,kh)

【訳注】
  • チャーン絶縁体:トポロジカル絶縁体のこと。エッジや表面に現われる荷電帯と伝導帯のバンドギャップがない状態(特異な金属状態で 特徴付けらる。内部は絶縁体で、その表面は伝導性を持つ金属となる。
  • チャーン数:波数空間における波動関数位相の特異点,ゼロ点の数に相当し,トポロジカル不変量 (topological invariant) と呼ばれる量の一種。
Science p. 414, 10.1126/science.adj8272

電流渦を見つける (Spotting current whirlpools)

導体中の電子輸送は、試料中の不純物や格子励起との衝突よりも電子間の衝突の方が支配的な場合、流体の流れに似た性質を示すことがある。この流体力学的領域の兆候はグラフェンでも確認されているが、流体力学的な理論が予言する定常渦を観測することは意外に困難なものであった。Palmたちは、六方晶窒化ホウ素でカプセル化されたグラフェン試料において、この電流渦を室温で可視化した。この観測は、ダイヤモンド中の窒素空孔中心を利用した高感度磁気測定を用いることで可能になった。これは、極低温環境を必要としない非侵襲的な技術である。(Wt,nk,kh)

Science p. 465, 10.1126/science.adj2167

好奇心の力 (The power of curiosity)

タンガニーカ湖には最も印象的な適応放散が存在し、約250種のシクリッドがさまざまな生態的地位を占めている。多くの研究は、いろいろな適応放散の駆動源を理解することに焦点を当ててきた。Tremboたちは、これらのシクリッドのうち57種を、その行動、生態形態学、ゲノミクスに関して詳しく調べた。彼らは、特にある行動、つまり探索傾向が生態的地位への適応に関連していることを見出し、この行動に深く関連する制御遺伝子を特定した。これらの知見は、新しいものを探索する性向が原因の一部となって引き起こされる、適応行動様式の存在を示唆している。(Sk,nk)

【訳注】
  • 適応放散:系統的に同類の生物が、さまざまな環境に適した生理的・形態的・生態的分化を起こして多くの種に分かれ、時代とともにその程度が強くなること。
  • シクリッド:東アフリカ、中央アメリカ、南アメリカを中心に分布する熱帯魚で、和名カワスズメ。
Science p. 470, 10.1126/science.adj9228

繊毛病におけるチューブリンの変化 (Tubulin changes in ciliopathic diseases)

微小管は細胞生物学において多様な構造的および動的役割を果たしており、それぞれ単一のα-およびβ-チューブリン・サブユニットからなるチューブリン・ヘテロ二量体の重合体で構成されている。ヒトは9種類のα-チューブリンと10種類のβ-チューブリンを有し、それらは理論的にはいかなる組み合わせでも対形成が可能である。それ故に、細胞は微小管を構築するヘテロ二量体の選択に混乱する。しかし、すべてのチューブリン・ヘテロ二量体は互いに交換可能なのか? 希少疾患の遺伝学は我々にノーという。Doddたちは、繊毛病患者の次世代シーケンシングを用いて、中心小体と繊毛の組み立てにおけるβチューブリンTUBB4Bの非冗長機能を明らかにした。同じ遺伝子における異なるドミナント-ネガティブな疾病機構が、失明から肺疾患に至る異なる臨床症状を引き起こした。空間的プロテオミクスは、UBB4Bが繊毛と中心小体の安定な微小管に優先的に局在することを明らかにし、このことは、なぜこれらの細胞構造が患者において破壊されるかを説明できる可能性がある。(KU,kh)

【訳注】
  • 繊毛病:繊毛や鞭毛に関係する遺伝子の異常により引き起こされる病気。
Science p. 404, 10.1126/science.adf5489

配列中に書き込まれた転写規則(Transcription rules written in sequences)

どのような配列の特徴が、プロモーターを定義するのであろうか? あらゆる遺伝子の転写開始においてプロモーターが果たしている重要な役割にもかかわらず、ヒト・ゲノムにおけるプロモーターの性質は十分に理解されていないままである。Dudnykたちは、Puffinと呼ばれる説明可能な機械学習モデルを開発し、転写開始がその配列にどのように依存するかを特定した(WangとAgarwalによる展望記事参照)。これにより、大部分のヒト・プロモーターを説明する小さな塩基配列一式と規則が明らかになった。これらの知見は、大部分のヒト・プロモーターにおける転写開始の統一モデルを提示し、プロモーターの配列と機能に関連する基本的な疑問に新たな光を当てている。(Sk)

【訳注】
  • プロモーター:DNAからRNAへの転写開始に関与する、遺伝子の上流領域。
Science p. 405, 10.1126/science.adj0116; see also p. 382, 10.1126/science.adp0869

リガンド探索の規模拡大 (Scaling up the search for ligands)

タンパク質構造の決定と予測が大きく進展しているにもかかわらず、ほとんどのタンパク質に対する小分子リガンドを突き止めるのは困難なままである。Offenspergerたちは、化学的手法を用いたプロテオミクス解析を行い、タンパク質-リガンド間相互作用の対応付けをヒト・プロテオーム全域にわたっておこなった。著者たちは、光活性化可能な架橋剤に結合した約400種のリガンド断片から構成されるライブラリーを用いて、約2500のタンパク質について、約50,000の統計的に有意な相互作用を突き止めた。その大部分はこれまで知られていなかったリガンドが標的とするタンパク質である。彼らはこれらの結果を生化学実験で検証し、高速大量処理選別法により、ユビキチンE3リガーゼへの結合剤と膜透過輸送体の阻害剤を特定した。この豊かな内容の相互作用データ群はまた、断片の特性と相互作用プロファイルを予測する機械学習モデルを開発するための基盤を提供した。著者たちは、この研究結果をオンライン・コミュニティにおける資源として利用可能なものにしている。(MY)

【訳注】
  • プロテオミクス:生体内の細胞や組織における、タンパク質の構造・機能を総合的に解析する研究手法。
  • プロテオーム:特定の細胞が特定の条件下に置かれたときに、その細胞内に存在する全タンパク質のこと。
  • 小分子リガンド: タンパク質に結合して、その機能を活性化あるいは抑止する小分子。
Science p. 406, 10.1126/science.adk5864

何がジェネラリストを作るのか? (What makes a generalist?)

生物種の中には特定の資源を用いることに高度に特化したり、狭い範囲の環境条件に生息したりするものがある。それに対し、ジェネラリストは広い生態的生息適所を持つ。種間で生息適所の幅が大きく変動する根底にある因子群はほとんど分かっていない。Opulenteたちは、スペシャリストがジェネラリストよりもより効率的に資源を利用しているのか、あるいは環境的またはゲノム的な因子が生息適所の幅の漸次変化を形作るのかを調べた。サッカロミケス亜門に属する1000種を超える酵母のゲノムと、24の異なる環境で増殖するそれらの種の能力に関するデータを用いて、著者たちは代謝経路に関係する遺伝子が生息適所の幅と最も明瞭な相関性を持つことを見出した。この亜門にわたって、「なんでも屋は何一つ専門はない」と言う妥協的な遺伝子への裏づけは殆どなかった。(MY,nk,kj,kh)

Science p. 407, 10.1126/science.adj4503

ビタミンDと微生物叢、がん免疫 (Vitamin D, microbiota, and cancer immunity)

腸内微生物叢は、がん患者の治療に対する反応を調節することが示されているが、微生物叢が抗がん免疫にどのように影響するかについては、まだ解明されていない。Giampazoliasたちは、マウスにおけるビタミンDの生体学的利用能が腸内微生物叢の構成に影響を及ぼすことを報告している (FrancoとMcCoyによる展望記事参照)。食事療法の後、ビタミンD濃度は腸内細菌に影響を及ぼすことが観察され、その結果、がん免疫療法と抗腫瘍免疫が改善された。ヒトでは、ビタミンD濃度の低下は腫瘍の発生と相関しており、ビタミンD活性の遺伝子特徴は免疫療法に対する患者の反応の改善と関連していた。これらの知見は、腸内細菌を介したビタミンDと免疫系との関連性を強調しており、がん治療の改善に応用できる可能性がある。(Sh,kh)

【訳注】
  • 生物学的利用能:投与された薬物のうち、どれだけの量が全身に循環するのかを示す指標。
Science p. 428, 10.1126/science.adh7954; see also p. 384, 10.1126/science.adp1309

より安全なザンドマイヤー反応 (Safer Sandmeyer)

ザンドマイヤー反応は有機化学における最も古い反応の1つで、驚くべきことに、19世紀に報告されたのとほぼ同じ方法で、いまなお広く実施されている。この反応は、最初に反応性の高いジアゾニウム脱離基を生成することにより、アリール環上にさまざまな置換基を付加する。しかしながら、この反応には爆発の危険性が伴っている。Mateosたちはジアゾニウムの蓄積を避けるより安全な変法を報告している。著者たちは、置換の直前にこれらの反応性中間体を少量を着実に作ることで、はるかに低い危険度で同じ成果を達成した。(MY,nk,kh)

【訳注】
  • アリール環:芳香族環のこと。
  • ジアゾニウム:-N≡Nで表される化学基。
Science p. 446, 10.1126/science.adn7006

生態系サービスの減少は計画される (Projected declines in ecosystem services)

20世紀には、生物多様性の損失速度が6回目の大量絶滅に相当するほど高くなっている。気候変動は現在、種と生態系サービスをさらに脅かしている。Pereiraたちは13の異なるモデルの結果を組み合わせ、生物多様性の損失と生態系サービスの両方の2050年までの変化を予測し、1900年から2015年までの変化と比較している。3つの共通の社会経済経路シナリオ全体で、土地利用の変化による生物多様性の減少速度は20世紀よりも低いと 期待されているが、気候変動を考慮するとはるかに高くなると期待されている。供給生態系サービス(例えば物質材料)は増加すると予想されるが、調節サービス(例:受粉)はほとんどのシナリオで減少する。結果はシナリオに依存しており、政策が変化をもたらす可能性があることを示唆している。(Uc,kh)

Science p. 458, 10.1126/science.adn3441

有害な音 (Damaging sounds)

人間が生み出す騒音は世界の環境の一部となっており、そして特に交通騒音は絶え間がなく、世界中で生じている。そのような騒音は、鳥類を含むさまざまな動物の行動を変化させることが示されてきた。Meillereたちは、キンカチョウにおいて、そのような騒音が成鳥の行動を変えるだけではなく、さらに、胚がさらされるだけで、成長と健康状態に直接的な影響があることを示している(Slabbekoornによる展望記事参照)。具体的には、卵の中で交通騒音にさらされた鳥は、成長が阻害され、テロメアが短くなり、成鳥になって生む子供の数が減少した。我々の交通騒音からの常在的な背景持続音を考慮すると、そのような影響は広範囲に広がっているかもしれない。(Sk,kh)

【訳注】
  • テロメア:真核生物の染色体の末端部にあって、染色体複製時に末端を保護する役割を持つ構造であり、その短縮が細胞寿命に関与しているとされている。
Science p. 475, 10.1126/science.ade5868; see also p. 380, 10.1126/science.adp1664