Science April 19 2024, Vol.384

ヒト大脳皮質における配線原則 (Wiring principles in the human cortex)

ヒト大脳皮質における神経細胞の特性と接続性を理解することは、認知機能を支える機構の理解に不可欠である。現状の大脳皮質シナプス構造に関する知識のほとんどは、げっ歯類に対する研究から得られたものである。Pengたちは、ヒト大脳皮質切片から得られた、パッチクランプ法による多ニューロン記録を解析して、シナプス接合形態を支配する原則を特定し、その結果をげっ歯類の大脳皮質の活動と比較した。げっ歯類とは異なり、ヒト大脳皮質における接続形態は不均質で、有向かつほぼ非巡回グラフ(directed Acyclic Graph: DAG)トポロジーを示す。神経回路網モデルにおけるこれらの原則の使用は、機能的に関連する課題において神経回路網作動の広がりを増やし、処理能力を向上させた。これは、ヒトの大脳皮質におけるこのような接続形態の特性が、高次の計算を容易にしていることを示唆している。(MY,KU,nk,kh)

【訳注】
  • パッチクランプ法:針電極を用いて細胞の電位測定を行う方法の1つ。電極がガラス管微小ピペット内に装着されていることで、細胞膜を穿刺して細胞膜の一部を取り除いた際に、その部分がピペットにより密封状態となって高絶縁が達成され、正確な電位測定が可能になる。
  • マルチニューロン記録:多数の神経細胞の発火活動を同時に測定して解析すること。
  • 有向非巡回グラフ(Directed Acyclic Graph: DAG):閉路のない有向グラフのことで、サイクルが存在しないため、ある頂点から同じ頂点に戻ってこれないという特徴がある。
Science p. 338, 10.1126/science.adg8828

より良いコンデンサへの鍵を明らかにする (Identifying the key to better capacitance)

超コンデンサとしても知られる電気化学二重層コンデンサは、多くの場合、ナノ多孔質炭素電極を基にしている。電荷は多孔質炭素構造内に蓄えられるため、長い間、細孔の大きさが蓄電容量を決定する重要な要素であると考えられてきた。Liuたちは、市販のナノ多孔質炭素を評価したが、細孔の大きさと静電容量との間に相関関係は見出せなかった。むしろ、シミュレーションと核磁気共鳴分光法測定データの組み合わせは、無秩序度が高くてグラフェン状領域がより小さい方がナノ細孔内にイオンをより効率的に蓄えることができることから、鍵となる要因が無秩序の程度であることを示している。この研究は、よりエネルギー密度の高い超コンデンサを製造するためにこれらの材料を改良する方法を示唆している。(Sk,nk,kh)

Science p. 321, 10.1126/science.adn6242

役に立つヘテロ構造(Helpful heterostructures)

エネルギー効率を向上させるためには、コンデンサ作動中の廃熱を防ぐことが重要である。Hanたちは、2次元材料の間にチタン酸バリウムが挟まれた誘電体ヘテロ構造を設計した。交流電場下での材料界面への電荷蓄積は、このヘテロ構造の緩和時間を変化させる。これにより、適切な材料を選択すると、エネルギー損失を大幅に削減できる。著者らは、2層の二硫化モリブデンとチタン酸バリウムを用いて、高エネルギー密度と低損失を備えたそのような構造の1つを作製した。この一般的な方法は、他の誘電体材料の改良にも役立つであろう。(Sk,kh)

【訳注】
  • ヘテロ構造:組成元素が異なる固体を、分子線エピタクシーなどの技術で接合した接合体
Science p. 312, 10.1126/science.adl2835

巨大惑星移動の年代測定 (Dating the giant planet migration)

太陽系の巨大惑星は、現在よりも太陽に近い場所で形成され、その後、現在の軌道に移動した。その移動の時期は、太陽系形成の始まりから測ると、1億年未満という上限値しか得られていなかった。Avdellidouたちは、小惑星のAthorファミリーを調べた。これは、低鉄分エンスタタイト(low-iron enstatite EL)コンドライトに分類される隕石に関連すると考えられている。著者たちは熱モデルと軌道の力学シミュレーションを用いて、ELコンドライトとAthorファミリーを結びつけるシナリオを精査した。彼らは、AthorファミリーとELコンドライトの結びつきが巨大惑星の移動によってのみ生じうること、そして、その時期は太陽系形成開始から6000万年以降という下限があることを見出した。(Wt,nk,kh)

Science p. 348, 10.1126/science.adg8092

高速なスキルミオン (Fast skyrmions)

トポロジカルに保護されたスピン・テクスチャである磁気スキルミオンは、スピントロニクス素子の情報キャリアとして有望であることを示していた。スキルミオンを電流によって操作することは可能であるが、その走行路中速度は、スキルミオンの動きをそらしたり減衰させたりする、スキルミオン・ホール効果のような現象によって制限される傾向にある。Phamらは、強磁性体で一般的なこの課題を反強磁性体を代わりに用いることによって回避した。スパッタリングによって製作された合成反強磁性材料は、ルテニウム薄膜を介して結合した2つの白金/コバルト層から構成された。筆者らは、磁気力顕微法を用いて電流注入後のスキルミオンの動きを観察し、電流方向に沿って最大秒速900メーターのスキルミオンの速度を測定した。(NK,KU,kj,kh)

【訳注】
  • スキルミオン:連続場に生じる位相幾何学的に特徴のある渦のモデルのことで、この渦はそれぞれが粒子のように振る舞うため、有限な質量を持つ準粒子とみることができる。
Science p. 307, 10.1126/science.add5751

デジタル処理とメモリスタ的な処理の融合 (Fusing digital and memristive processing)

エッジ・コンピューティングは、スマート・デバイスからのデータが、センターに送る前の効率的処理を可能にす。デジタル計算メモリー(compute-in memory CIM)プロセッサーは精度が高いが、メモリスタCIMプロセッサーはエネルギー効率と不揮発性ストレージ密度が高い。Wenたちによって開発された人工知能CIMプロセッサは、デジタルとメモリスタ的なアプローチの利点を組み合わせたものである。著者たちの CIM 融合方式は、カスタマイズのための適応的局所学習と組み合わされ、高速、高エネルギー効率、高精度を達成している。(Wt,nk,kh)

【訳注】
  • メモリスタ: 通過した電荷を記憶し、それに伴って抵抗が変化する受動素子。過去に流れた電流を記憶する抵抗器であることからメモリスタ (memristor) と名づけられた(Wikipediaより)
Science p. 325, 10.1126/science.adf5538

地下の通信網 (A communication network belowground)

植物は、脅威や資源の利用可能性を示すことができる化学信号を地上で送信・検知し、それにより協調的応答を促進している。植物は地下でも通信することができる。植物は、根の滲出液を通じて近傍者と直接相互作用することができたり、真菌が作る通信網を通じて、また場合によっては細菌を通じて、通信することができる。GuerrieriとRasmannは展望記事で、植物の地下での通信の種類に関して何が分かっているのかや、植物による多様な防御の活性化や競合植物の成長阻害など、植物がどんな影響を引き起こし得るかについて論じている。著者たちは、通信を仲介するこれらの通信網とそれらの分子をより深く理解することが、害虫や病気から作物を保護する方法の改善つながると示唆し、どのように群落が組織化されるかを明らかにしているが、このことは生態系管理を改善できるかもしれない。(MY,kh)

Science p. 272, 10.1126/science.adk1412

全原子手法 (All-atom approach)

機械学習の進歩は近年、タンパク質構造の予測と設計をより正確でより利用容易にしてきたが、これらの手法はほとんどの場合ポリペプチド鎖に限られてきた。しかしながら、小分子などのリガンド、金属イオン、および核酸は、構造と生体機能の両方の点で、ほとんどのタンパク質の重要成分である。Krishnaたちは、リガンドと共有結合性アミノ酸修飾を広範囲に受入れ可能な、タンパク質構造を予測・設計する次世代の手法である、RoseTTAFold All-Atomを提示している。著者たちは、入力する実験構造が実在しない場合でさえも、他の手法と比較して、タンパク質-リガンド構造予測に対する優れた能力を実証している。彼らはまた、補因子と小分子に結合するタンパク質の1からの設計を行い、これらの設計の有効性を実験的に検証している。(MY,kh)

Science p. 291, 10.1126/science.adl2528

コレラにおける入れ子状態の相互作用 (Nested interactions in cholera)

9.コレラにおける入れ子状態の相互作用(Nested interactions in cholera) 病気の腸内では多くのことが起こっている。病原体と宿主の間の動態だけでなく、病原体とその寄生生物の間でも、さらには抗菌薬への曝露の影響も含まれる。このような因子がヒトの感染症においてどのように相互作用するかを研究するために、Madiたちは、バングラデシュにおいて下痢性感染症(主にコレラで、この国の風土病である)のために病院にきた患者の承諾のもとで糞便検体を採取した。著者たちは、コレラ菌感染の結果、ファージの発生率、抗生物質耐性、移動因子の発生、超突然変異、およびファージと細菌の抗ファージ防御の間の進化的軍拡競争の間の多因子動態を研究した。劇症感染時にファージがコレラ菌集団に適用しているように見える進化圧の重要性を確認するには、今後の長期的研究が必要である。(KU,kj,kh)

Science p. 292, 10.1126/science.adj3166

フラビウイルス感染の遮断 (Interrupting flavivirus transmission)

フラビウイルス感染症は、ヤブカ属媒介蚊の都市化により発生率と有病率が増加している。蚊の駆除は、いくつかの人間の病気を制御するための鍵であると考えられているが、多くの場合、蚊の耐性を促進する有毒な化学物質を含んでいる。生物的防除の代替手段のなかにはマラリア・キャンペーンにおいて有望そうに思われるものもあるので、Zhangたちは、デング熱とジカウイルスの感染を制御する効力のありそうな生物防除手段を求めてネッタイシマカの微生物叢を調べた。著者たちは、ヒトスジシマカにおいてRosenbergiella_YN46と呼ばれる細菌を分離した。この細菌をかごに入れられた蚊に与えると安定な腸内感染を確立し、それがこの蚊のウイルス感染を防ぐことが見出され、そしてマウスへのウイルス感染を阻止した。(KU,nk,kj,kh)

【訳注】
  • 生物的防除:害を与える病害虫の天敵を導入し、病害虫密度を下げる防除法
Science p. 293, 10.1126/science.adn9524

飲食対薬物摂取 (Eating and drinking versus drug-taking)

通常は自然な報酬を処理する生来の脳機能は、薬物の乱用によって損なわれる。しかしながら、これらの機能を結びつける根本的な生理学的および分子的機構は依然として不明である。Tanたちは、同じ動物において、飢えと渇きによって活性化される主要な報酬回路の反応と、モルヒネとコカインに対する反応を比較した (MillanとMcNallyの展望記事参照)。彼らは、哺乳類ラパマイシン標的タンパク質のシグナル伝達の相手であるタンパク質RHEB (脳に豊富に存在するRasホモログ)が、薬物が自然な報酬を処理するニューロンにアクセスすることを可能にする重要な分子基質であることを見出した。この分子機構は、側坐核と呼ばれる脳領域のニューロンの解離可能な集合体に携わっている。これらのニューロン集合体はこれら薬物の習慣性効果の中心にあるが、そこで薬物摂取と飢渇による恒常性調節との間の衝突が起こる。(Sh,kj,kj)

【訳注】
  • 哺乳類ラパマイシン標的タンパク質:さまざまな細胞生理反応を制御するリン酸化酵素で、栄養・エネルギー状態やストレスを感知することで、たんぱく質翻訳や細胞骨格調節、オートファジー制御などにおいて重要な役割を果たしている。
  • Rasホモログ:Rasは、GTP(グアノシン三燐酸)と結合すると活性化しGDP(グアノシン二燐酸)と結合すると不活性化する性質があり、このON/OFFの状態差と切り替えタイミングで、生体内の様々なシグナル伝達に重要な役割を果たす低分子GTP結合タンパク質。このRasと一次構造の相同性が有意に高いタンパク質。
  • 側坐核:前脳にあるニューロンの集団で、左右の大脳半球に一つずつ存在、報酬・快感・嗜癖・恐怖に重要な役割を果たすと考えられている。
Science p. 294, 10.1126/science.adk6742; see also p. 271, 10.1126/science.ado9989

適切な小さな角度を見つける (Finding the right small angle)

グラフェンや遷移金属ジカルコゲナイドなどの、さまざまな2次元 (2D) 材料を積層してねじると、強く相関した状態(強相関電子系)を生成することがある。ねじれた構造では、電子相関は一般的に小さなねじれ角で最も高くなるが、小さなねじれ角がこの種の材料の一部では困難なことがある。Fouttyたちは、約1.23°のねじれ角で二セレン化タングステンのねじれた二重層を作製し、一連の量子異常ホール絶縁状態を観察して、非自明なトポロジーを持つ複数のモアレ・バンドの存在を示した。この基盤技術は、強相関現象とトポロジーとの相互関係のさらなる探索を可能にするであろう。(Sk,nk,kj,kj)

【訳注】
  • 量子異常ホール効果:電子の動きが2次元面内に制限された薄膜材料に強磁場を印加した場合、電流に直交する方向に量子化されたホール抵抗が生じることを量子ホール効果と呼ぶ。磁気的性質を持った材料では、材料自体の磁気的性質が外部磁場と同等の役割を担って量子ホール効果と同じ量子化された抵抗を生じ、量子異常ホール効果と呼ばれる。
  • モアレ・バンド:ねじれた2次元材料格子が作るモアレ(干渉模様)の長周期構造(超格子)により、電子間相互作用が再構成されて生じるエネルギー・バンド構造。
Science p. 343, 10.1126/science.adi4728

沈みゆく中国の都市 (China’s sinking cities)

衛星からのレーダー観測により、地盤の変形が追跡可能である。何年も経て、、レーダーは年間数ミリメートルのオーダーの比較的小さな変化さえも検出できる。Aoたちは衛星観測を使用して、中国の主要82都市にわたって地盤沈下の程度を計測した(NichollsとShirzaeiによる展望記事参照)。彼らは沿岸陸地の約40%が中程度から大規模の地盤沈下を引き起こしており、これにより多くの人口にとって洪水の危険が増大していることを見出した。(Uc,nk,kh)

Science p. 301, 10.1126/science.adl4366; see also p. 268, 10.1126/science.ado9986

端に反射する (Reflecting off the edge)

量子ホール系では、バルク電流がエネルギーギャップの無いエッジ電流を通じて系の境界に反射されることがある。この現象を電子材料で研究するのは大変であるが、「人工的」量子ホール系ではより行いやすい。Zhuたちは、極低温のカリウム40原子を用いて、1つの実次元と1つの合成次元を特徴とするある量子ホール系と同等の系を設計した。原子は系の端に向かって「ポンプ」され、トポロジカル境界の位置で方向を反転させた。研究者らは、反発する原子相互作用の存在下で、追加の、部分的反転を見出した。(Sk,kh)

【訳注】
  • 量子ホール系:電子の動きが2次元面内に制限された薄膜材料に強磁場を印加した場合に、電流に直交する方向に電場が発生して量子化されたホール抵抗が生じる、量子ホール効果という現象が現れる系。
  • バルク電流/エッジ電流:量子ホール系において、試料端部に流れるエネルギー損失のない電流をエッジ電流と呼び、それ以外の内部を流れる電流をバルク電流と呼ぶ。
  • ポンピング: ここでは、空間的に周期的なポテンシャルを時間的にも周期的に変化させることで、1周期あたり決まった数の電子が輸送される、トポロジカルThoulessポンプの意味。
Science p. 317, 10.1126/science.adg3848

気管の守護者 (Guardians of the pipe)

神経内分泌 (NE) 細胞は、末梢神経と相互作用して環境刺激を感知できることが示されている気道における上皮細胞の特殊な集団である。しかしながら、その生理学的調節と機能はまだ十分には解明されていない。SeeholzerとJuliusは、マウスの気道全体でのこれらの細胞の詳細な分子的、生物物理学的、形態学的な特性評価を行った (ZhuとSunによる展望記事参照)。著者たちはex vivoとin vivoの記録、光遺伝学的介入、および行動分析を用いて、気管および喉頭のNE細胞が潜在的に有害な刺激に応答して、嚥下と咳のような行動を引き起こすことで気道を保護していることを示した。これらのデータは貴重な資源であり、重要な保護機構を明らかにする。(KU)

Science p. 295, 10.1126/science.adh5483; see also p. 269, 10.1126/science.ado9995

水濾過用ポリエステルの安定化 (Stabilizing polyesters for water filtration)

逆浸透膜はポリアミド化学材料が主流であり、水透過性と塩除去の点では十分な性能を備えているが、塩素やその他の強力な酸化剤の存在下では劣化しやすい。ポリエステルは水溶液に浸漬すると加水分解を受けやすいため、通常、水濾過膜用には使用されない。Yaoたちは、3,5-ジヒドロキシ-4-メチル安息香酸と塩化トリメソイルの重合が、酸性または塩基性条件(pH 9まで)において加水分解に対する優れた耐性と、塩素に対する完全な耐性を備えた重合体膜を与えることを示している。(KU,kh)

【訳注】
  • ポリエステル:多価カルボン酸(-COOH)と多価アルコール(-OH)のエステル化反応によって生じる高分子であり、3,5-ジヒドロキシ-4-メチル安息香酸は多価アルコールとして塩化トリメソイル(化学名:1,3,5ベンゼントリカルボン酸塩化物)は多価カルボン酸としてエステル化反応で縮重合するポリエステル高分子。
Science p. 333, 10.1126/science.adk0632

免疫におけるインターフェロン-γを評価する (Evaluating interferon-γ in immunity)

感染に応答して、免疫系に属するいくつかの種類の細胞によって、インターフェロン-γ (IFN-γ)と呼ばれる小さいタンパク質が合成され、放出される。IFN-γは免疫細胞と非免疫細胞の両方に作用して、細菌、寄生生物および真菌に対する防御を提供する。Casanovaたちは、IFN-γ研究における進歩とIFN-γ不足に由来する症状の研究とがいかに一緒になって、宿主保護とIFN-γによって提供される具体的な寄与の理解を改善してきたか、について概論している。さらに、著者たちは感染症にIFN-γを治療薬として用いることの見込を評価している。(hE,kh)

Science p. 290, 10.1126/science.adl2016