Science April 5 2024, Vol.384

勝利のための多様化 (Diversification for the win)

農場は、1つまたは少数の作物や家畜を効率的に生産するように設計された単純化された生態システムになりがちである。生物多様性の損失や汚染等の単純化された農業が環境に与える悪影響に対抗する方法として、複数の種を管理したり、非作物植生の領域を組み込んだり、土壌や水を保全することにより、これらのシステムを多様化する戦略が提案されてきた。Rasmussenたちは、11か国における24件の研究からのデータをまとめて、環境と社会の両方の成果に対するそのような実践の影響を調査した。彼らは、家畜の多様化や土壌保全を実施すると、特に生物多様性に関して有益な社会的および環境的成果を生み出す傾向があることを見出した。複数の多角化戦略を実施した農場では、更に多くのWin-Winの成果が得られた。(Uc,nk)

Science p. 87, 10.1126/science.adj1914

普遍性から乖離する (Departing from universality)

大きく異なる多体系が、同じ”普遍性クラス”に属する場合類似した挙動を示すことがある。この挙動は低温領域では十分に立証されているものの、有限温度領域における動的挙動は理論的にも実験的にも取り組むのがより困難である。Rosenbergらは、一次元のハイゼンベルグ・モデルをシミュレートする46連鎖超伝導キュービットの磁化挙動について調べた。鎖の中心で測る移動磁化の平均値と分散は、予想されるKardar-Parisi-Zhang (KPZ)普遍性クラスから予期される相似則に従った。しかし、高次モーメントに進むにつれてKPZ予想から乖離することをが明らかとなり、これは本挙動を記述する為にはより正確な理論的概念が必要であることを示唆している。(NK,nk,kh)

Science p. 48, 10.1126/science.adi7877

進行中の姉妹結合 (Sister bonding on the move)

細胞分裂中に複製された染色体の精密な分離は、複製された姉妹DNA両者を保持する環状タンパク複合体であるコヒーシンによって促進される。この合着はDNAの複製中に達成されるが、どのようにして姉妹DNAがコヒーシンの環の中に捕えられるのかは明らかではない。Cameronたちは1分子イメージング法を用いて、コヒーシンが複製装置(レプリソーム)によってDNAに沿って押され、別のレプリソームと合体することを示した。DNAの複製が終了する間にレプリソームの合体時に分解するが、コヒーシンは残り、複製終了部位で接着を達成する。生細胞内でフォーク合体後にレプリソームの分解を阻害すると接着が妨げられ、このことは姉妹染色分体間合着とDNA複製の終了との間に重要な関連があることが強調される。(Sh,KU,kj,kh)

【訳注】
  • コヒーシン:姉妹染色 体接着をはじめとした染色体高次構造の形成を行う、環状構造のタンパク質複合体
  • 1分子イメージング法:タンパク質などの生体分子1個を対象とし、蛍光色素を結合し蛍光顕微鏡や原子間力顕微鏡などを用い可視化、それらが働く様子を実時間観察する解析法。
  • レプリソーム:複製中にDNAの二本鎖が一本鎖に開きかけY字形状となっている複製フォークに存在する、DNAポリメラーゼを含む複数のタンパク質からなるタンパク質複合体。複製が進むと一本鎖部が長くなり隣同士の複製フォークが一体化しレプリソームは分解する。
  • フォーク:染色体の複製時に2本鎖が部分的にほどけて形成されるY字型の構造。フォーク同士が進み寄って合体し染色体全体の複製が進む。
  • 姉妹染色分体間接着:DNA複製後にできる同じ遺伝情報有する一対の染色分体を、複製終了後から分裂期までつなぎ止めておくDNA修復や正確な染色体分離ために重要な過程。
Science p. 119, 10.1126/science.adf0224

2次元でメタル・フリー (2D and metal free)

ペロブスカイトは有機カチオンのみで合成されてきた。しかし、ペロブスカイトに対する構造的制約の中で電荷の中性を維持する必要が類似構造2次元(2D)相の合成を阻んできた。Choiたちは、格子間エッジの中心部位へのアンモニウム・カチオン添加が、電荷を釣り合わせ、水素結合を安定化する相互作用を付加することを示している。これらの材料は、単層剥離を可能にするファン・デル・ワールス相互作用によって結合した層を持ち、その高い誘電率は電界効果トランジスタに利用された。(Wt,kh)

Science p. 60, 10.1126/science.adk8912

ブラックフット族のはるかな歴史 (Deep history of the Blackfoot Confederacy)

北米の古代先住民族のゲノム分析は、この大陸への定住を図表化する上で価値評価ができないほど有益であることが分かっている。First Riderたちは、現生のブラックフット族の個々人と歴史的遺物のゲノムを研究し、さらにそれらを他の古代の遺伝系統と比較することによって、更新世後期に他の遺伝子系統から分岐した、これまで未確認の遺伝系統を発見した。これらの発見は、北米におけるはるか昔からの存在を主張する、ブラックフット人の口伝と一致している。著者らはさらに、ブラックフット族の存在の古さを証明することにより、彼らの発見が、条約交渉を強化し先住民族の権利を拡大する上でブラックフット族メンバーの手助けになるかもしれないと示唆している。(Sk,nk,kj)

【訳注】
  • ブラックフット族:北アメリカ大陸の3つの先住民族の総称であり、その多くがカナダの居留地とアメリカのモンタナ州に住む。1750年頃までに鉄砲やウマを得て勢力範囲を拡大し,大平原北西部最強の軍事力を持っていた.
Sci. Adv. (2024) 10.1126/sciadv.adl6595

キャリアをトラップする (Trapping carriers)

高効率の熱電素子を開発することは、熱電材料が効率を劣化させるような結合特性を有する傾向があるため、 興味をそそる。Jiaたちは、テルル化鉛を注意深くドーピングすると、非常に高い熱電効率を持つ材料ができることを見出した。著者らは、カチオン欠陥と電荷キャリア(この場合は正孔)のトラップを生成した。トラップは散乱の防止に役立つとともに、高温で正孔を放出して一定のキャリア容量を維持する。その結果、中程度の温度領域で非常に魅力的な効率を備えた熱電材料が得られた。(Wt,kh)

Science p. 81, 10.1126/science.adj8175

ジッパーを閉じて生殖を閉じ込める (Zipping up reproduction)

自家受粉植物は、有利な形質を簡単に子孫に伝えることができるため、農業に役立っている。栽培植物化されたトマトは、複数のおしべの葯を包んでひとつの円錐を形成することで解剖学的にこれを達成しており、これにより花粉が(めしべ先端の)柱頭に容易に到達できるようにしている。葯円錐(の葯)は、ジッパー毛状突起と呼ばれる密な網目状の毛によって結び付けられている。Wuたちは、これらの毛状突起の形成を調節する、一連のホメオドメイン-ロイシン・ジッパー (HD-ZIP) 遺伝子を特定した。同時に、これらの遺伝子はめしべの花柱の長さを調節し、自家受粉の生殖構造の協調的な発達を可能にしている。HD-ZIPの発現は野生のトマト植物では低いことが判明しており、このことが、なぜ野生のトマトが葯円錐を発達させずに別のトマト植物から花粉を受け取ることができるのかを説明できる。(Sk,kj,kh)

【訳注】
  • 葯(やく):おしべ先端の,花粉を入れる袋状構造。
Science p. 124, 10.1126/science.adl1982

マクロファージは何を食すかで決まる (Macrophages are what they eat)

マクロファージは、感染の間や恒常性を維持する間に組織内の死んでいく細胞を貪食して取り除く。Lieboldたちは、生体外で死んでいく細胞に曝されたマクロファージが、貪食したプログラム死細胞と同一であるかに応じて、インターロイキン-4に応答してさまざまな遺伝子発現プログラムを引き起こすことを見出した。同一の遺伝子発現プログラムが、マンソン住血吸虫に感染したマウスの肝臓由来マクロファージで検出された。プログラム死した好中球のマクロファージによる貪食は、2つの貪食関連受容体に依存するのであるが、マクロファージの組織修復特性を増強した。生体外でインターロイキン-4とプログラム死した好中球の両方で条件付けされ、次にマウスに移植されたマクロファージは、マンソン住血吸虫の感染を防いだ。(MY,kj)

Science p. 46, 10.1126/science.abo7027

病害ウイルスはいじめてつまむだけ (Vermin only tease and pinch)

細菌に感染するウイルスは、病原性微生物の間でもでも遍在している。緑膿菌は、細胞自身を推進する収縮性4型線毛など、複数の潜在的な病原性因子を有する広範囲にはこびる日和見病原菌である。Thongcholたちは、PP7と呼ばれる緑膿菌ファージの1つが、細菌の線毛に付着したMatと呼ばれるウイルス・タンパク質を用いて宿主細胞に感染することを見出した。その線毛は収縮してファージを細菌細胞表面に引き付ける。細胞中へのウイルス侵入のその場所で、線毛は曲がって折れてしまい、細菌の自らの宿主に感染する能力が無効化され、低下する。(KU,kj,kh)

Science p. 47, 10.1126/science.adl0635

哺乳類の脳における長寿命RNA (Long-lived RNAs in the mammalian brain)

RNAは短命の遺伝子情報仲介者だと一般的に思われている。Zocherたちは、生後発育期に産生されたいくつかの核RNAが、哺乳類の脳内の一部の細胞群において何年にもわたって存続できることを発見した(LawrenceとHallによる展望記事参照)。著者たちはまた、これらの長寿命RNAの幾つかが、ゲノム完全性と細胞可塑性の維持に極めて重要な役割を果たしていることを示した。成体哺乳類は神経細胞を置換する能力が限られているため、これらのRNAの長寿命性は生涯にわたる脳機能にとって極めて重要であるかもしれないが、その加齢依存的な低下にも寄与するかもしれない。(MY,nk)

Science p. 53, 10.1126/science.adf3481; see also p. 31, 10.1126/science.ado5751

圧力下の気道 (Airways under pressure)

極めて一般的な気道障害である喘息は、環境要因が肺での免疫応答を刺激して気管支収縮に至るという過剰な炎症状態であると一般には理解されている。喘息治療の頼みの綱は、症状を即時緩和するための短時間作用性の気管支拡張薬であるアルブテロールと、根底にある炎症を治療するための副腎皮質ステロイドである。残念ながら、この取り組みは両方を組合せた場合でも常に効果的であるわけではない。Bagleyたちは、気管支収縮で誘引される気道と上皮細胞の噴出への機械的損傷も喘息の病因に寄与するものであり、治癒を妨害しうることを示した (DrazenおよびFredbergによる展望記事参照)。対照的に、この機械的損傷に対抗する化合物は単独でもアルブテロールと組合せても、マウスモデルで有利な効果を示した。ただし、人での安全性はまだ確認されていない。(hE,nk,kj,kh)

Science p. 66, 10.1126/science.adk2758; see also p. 30, 10.1126/science.ado4514

回路の中のヒト (Human in the circuit)

電子部品を織物に組み込むことは、それらが通常は硬い電池や素子を必要とするため、困難である。Yangたちは、無線伝送と感知処理を実行でき、さまざまな形での帰還を示す、柔らかくて細い繊維を開発した(LiとLuoによる展望記事参照)。この繊維は、周囲の電磁エネルギーを収穫する回路の一部として人体を使用するため、接触に反応して光る。この繊維は加工が容易で柔らかく、さまざまな大きさの織物を作ることができる。著者らは、いくつかの簡単な例とともに、無線デジタル相互作用の可能性を示している。(Sk,kh)

Science p. 74, 10.1126/science.adk3755; see also p. 29, 10.1126/science.ado5922

寄生の隠れた利点 (Hidden benefits of parasitism)

細菌性病原体は、バクテリオファージとして知られるいくつかのウイルスの宿主であり、多くの場合、バクテリオファージは宿主に毒性エフェクターを与える。Uppalapatiたちは、Gifsy-1と呼ばれる哺乳類のマクロファージ寄生のサルモネラ・エンテリカ内で、その細菌宿主の翻訳と増殖を予期せず停止させるあるファージを発見した。このファージのターミナーゼは、直鎖上多量体(concatemer)DNAをファージ・サイズの断片に切り刻んでウイルス粒子中にパッケージングするDNA分解酵素である。ターミナーゼは酸化還元感受性があり、宿主免疫細胞が活性酸素種の呼吸バーストを生成すると、分解性トランスファー RNA (tRNA) に切り替わる。結果として生じるtRNAの断片化が、翻訳を損なう。細菌の増殖が停止する可能性があるが、tRNAの再利用が促進される。翻訳の停止は、ストレス事象の期間にゲノムの修復と完全性の維持を許す可能性があり、こうして寄生が結局は宿主の生存を促進することになる。(KU,nk,kh)

Science p. 100, 10.1126/science.adl3222

意図しない結果をもたらすネットワーク (Networks of unintended consequences)

我々は、腸内微生物叢がさまざまな薬剤を代謝して、予期せぬ、時には有害な物にする可能性があることを知っている。いくつかの薬剤もまた、抗生物質としての使用を目的としていないにもかかわらず、意図しない抗菌効果を持つ。Noto Guillenたちは、単一遺伝子欠失を有するバーコード化大腸菌のライブラリーにおいて、抗菌活性に関して広範な薬剤を検査した。この分析において、抗生物質の作用機序の方は予想される機構によって仕分けされたが、非抗生物質は多様な細菌経路を標的とする傾向があつた。著者たちのネットワーク分析は、一部の薬剤の長期投与による副作用の原因を特定しただけでなく、細菌の翻訳開始因子など、新しい抗生物質に関する予期せぬ標的を特定できる可能性も明らかにした。更に、排出系の調査は、向精神薬など幾つかの非抗生物質がどのようにして意図しない抗生物質耐性を選び取るかを示した。(KU,nk,kh)

Science p. 93, 10.1126/science.adk7368

特異性と有効性を考慮した設計法 (Designing for specificity and potency)

タンパク質設計における近年の進展は、機械学習の恩恵を大いに受けてきたが、タンパク質-タンパク質相互作用やタンパク質-リガンド相互作用に対する物理的及び化学的な性質を普通は考慮していない。そのような方法は多くの可能性のある構造を作り出すことができるが、通常、かなりの検査、検証、および最適化を必要とする。Luたちは、相互作用性化学基の局所構造を考慮する方法を用いて、極性薬物分子結合用のタンパク質設計数をより少なくする開発に焦点を当てた。彼らは最高得点を得た3つの設計を検査し、長い時間と労力を要する最適化をすることなくナノモル以下の親和性を有する所望の小分子に結合する設計を突き止めた。実験による検証と計算による研究は、この設計の正確さを裏付けし、同類の薬物分子に対する結合親和力の予測値と観測値との相関を明らかにした。これらの結果は、高親和性薬物結合性タンパク質の設計に対する有望な手法を提供している。(MY,kh)

Science p. 106, 10.1126/science.adl5364

鉄で鍛えられた四級炭素 (Quaternary carbons forged by iron)

他の4つの炭素に結合した炭素は、合成化学者にとって特別な課題を提起する。これらの合成への手順は、多くの場合、必要な狭い空間内に置換基を密集させるための複数の操作、および連続的な酸化と還元を含む。Ganたちは、容易に入手可能な比較的単純な試薬を組み合わせる、このような四級炭素への直接的な方法を報告している。特に、鉄触媒と還元剤は、ラジカル中間体を生成して次に結合させることで、オレフィンと酸化還元活性なエステルを結合させる。(KU,kh)

Science p. 113, 10.1126/science.adn5619