Science March 22 2024, Vol.383

揮発性物質による束の間の情報交換 (Volatile communication)

空中を運ばれる化学的シグナルに対する植物の応答は、生育、適応度、順応にとって極めて重要である。Stirlingたちは、ペチュニアの雌しべにあるカリキン受容体KAI2の相同体を介して、揮発性化合物である(−)-ゲルマクレンDを認識する機構を突き止めた。遺伝子実験および生化学的実験で、この認識は下流側のシグナル伝達タンパク質と転写標的とに関係付けられた。これらの構成要素のいくつかの機能を乱すと、揮発性物質が仲介する情報交換と植物の適応度が影響を受けた。(MY,kh)

【訳注】
  • 相同体:対象物同士で構造は違うが、それらが共通の祖先に由来すること。
  • カリキン:山火事や野焼きなどで植物が燃えた時に生成され、灰や煙に含まれている化合物で、植物の発芽や苗立ちを促進する作用を持つ。
  • ゲルマクレン:抗細菌活性や殺菌成分として多くの植物が産生する化合物で、ゲルマクレンAとゲルマクレンDがある。
Science p. 1318, 10.1126/science.adl4685

水素分離膜がプロピレンの収率を高める (Hydrogen membranes drive propylene yield)

プロピレンはポリマー合成の重要な原料であり、需要に応えるため現状に代わる供給源が必要とされている。Almallahiたちは、プロパンからプロピレンを合成する反応器を設計した。この反応器では、シリカに担持され反応選択性の高い白金-スズ触媒が、中空のシリカ-アルミナ水素分離膜の内壁に充填されている。副生成物である水素を除去する膜を用いることにより、プロパンの脱水素化に対して高い化学選択性を有しつつ熱力学的限界を最大40%超えることができた。水素と掃気ガス中に加えた酸素との水生成反応が、吸熱脱水素反応を促進する熱を作りだした。(Wt)

Science p. 1325, 10.1126/science.adh3712

長距離の相関を創る (Creating long correlations)

量子コンピュータやシミュレータを使って多体系の量子物理学を研究するには、相関のある多体状態を生成する必要がある。有望ではあるが、実験的には困難な手法の1つは、外部リザーバーを用いて、研究対象の系から励起状態を繰り返し除去し、相関のある基底状態に向けて系を効果的に冷却することである。Miたちは、この散逸冷却法を用いて、超伝導トランズモン量子プロセッサー上に横磁場イジング・モデルの低エネルギー状態を作成した。これらの状態の長距離相関を測定することで、量子相関の証拠が得られた。(Wt)

Science p. 1332, 10.1126/science.adh9932

高分子ナノフィブリルの形成促進 (Facilitating polymer nanofibrils)

液晶ポリマーは、共有結合性有機構造体(COF)を通過して、破壊時にエネルギーを散逸させるナノフィブリル架橋を形成することが出来る。Neumannたちは、アミド結合によって安定化された分子織物状のCOFに、液晶のポリイミドが浸透し、これがまた、化学的にこのCOFと類似していることを示した。しかしながら、脆くて非晶質のポリマーであるポリメチルメタクリレートは、COF粒子を被覆し表面の絡み合いを形成しただけだった。ポリイミド複合材料は破壊靱性が高く、破断面にポリイミド・ナノフィブリルを形成した。(KU,kj)

【訳注】
  • フィブリル:繊維を構成している微小な組織単位。
Science p. 1337, 10.1126/science.adf2573

2つのC–O結合から1つのC–Cを作る (One C–C bond from two C–O bonds)

C–C結合の形成は、医薬品、農薬、その他多くの製品の合成の中心をなしている。現代の方法は、炭素–ハロゲン結合を持つ前駆体の活性化に大いに依存している。Chenたちは今回、それに代わり、2つのアルコール(アルコールはより多目的の反応剤の貯蔵庫の可能性を持つ)を結合する方法を報告している。両方のアルコールは、最初にその酸素位置でカルベンと反応し、その後、光酸化還元触媒がC–O結合を切断して反応性ラジカルを生成する。次にニッケル触媒がこれらのラジカルを結合してC–Cを作り、置換度に基づく選択性を実現する。(MY,kh)

Science p. 1350, 10.1126/science.adl5890

基底状態におけるキラルなねじれ (Chiral twisting in the ground state)

分子キラリティや表面における特定の配向拘束が無い場合、非キラル液晶は一軸配向性を示す。拘束がある場合、強誘電ネマティック液晶は、配向制御を有するスライドガラス間に閉込められると、一軸性分極を示すことが知られている。しかし今回Kumiraたちは、アンカリング拘束が無い場合には、この分子列はらせん構造を示すことを報告している。この配置は逆符号ドメインが生成されて形成静電エネルギーが減少し、それがドメインや欠陥壁形成によって引き起こされる弾性エネルギーの増加を凌駕することによって生じる。この効果は、静電エネルギーを抑制するイオンの追加によって調整できる。(NK,kh,nk)

Science p. 1364, 10.1126/science.adl0834

その力を一定の傾斜で増やす (Ramping up the force)

生命はタンパク質などの分子成分間の生化学的相互作用を通じて機能しているが、これらの相互作用は多くの場合、機械的な力の下で生じる。この力の大きさと、負荷速度として知られる力の増加速度の両者が、分子部品群の構造とそれらの間の結合の安定性を支配している。負荷速度はまた、接着や分化を含むさまざまな細胞の挙動を調節する剛性感知機構において、極めて重要な役割を果たすと予想されている。Joたちは、DNAの過剰伸張に基づく単一分子張力センサーを開発することで、生きた細胞中の単一分子の力の負荷速度を測定した。(Sk,kj,kh)

Science p. 1374, 10.1126/science.adk6921

漏出による利点、漏出による損失 (Spillover benefits, spillover costs)

有機農法は、例えばより有害性の低い農業用殺虫剤を使うことにより、集約農業よりも地域環境への悪影響が少ないように考案されている。しかし、有機農法農地がその周囲の農場に及ぼす効果、およびそれによる全体としての有機農業の影響に関しては、ほとんど分かっていない。有機農法農地はより多くの害虫、あるいはそれとは逆に害虫を自然制御する生物を生息させている可能性があり、近隣農地への生物漏出をもたらす可能性がある。Larsenたちはカリフォルニア州カーン郡で得られた農業用殺虫剤散布のデータを用いて、より多くの有機農法農地に囲まれた有機農法農地では農業用殺虫剤の使用量がより少なく、他方、有機農法農地に囲まれた従来型農地では、使用する殺虫剤がより多いことを見出した(Lichtenbergによる展望記事参照)。有機農法農地を集合させることは、有機農法型と伝統型農地の両方で、農業用殺虫剤の使用を減らすことができるかもしれない。(MY,kj,kh,nk)

Science p. 1308, 10.1126/science.adf2572; see also p. 1293, 10.1126/science.ado4083

雄性の性別決定 (Male sex determination)

褐藻類は、動物と植物とは無関係に進化する多細胞真核生物である。褐藻類の雄と雌の性別は、V(雄)またはU(雌)性染色体の存在によって決定されるが、性決定を決定する遺伝子は曖昧なままである。Luthringerたちは、HMGボックス遺伝子のMINが、褐藻類の雄の性決定のマスター調節因子であると報告した。ゲノム・マイニング、遺伝子発現プロファイリング、欠失株を用いる機能特性評価の組み合わせは、顕著な表現型の変化を明らかにした。昆布(他の褐藻類グループ)における相同遺伝子の欠失は同様の表現型を示したが、これはMINによる性決定の進化的保存を示している。HMGボックス遺伝子は、動物における性決定因子を表すことが知られていた。褐藻類におけるこれらの知見は、10億年を超える進化を通じて維持された驚くべき進化的保存を示している。(KU,kh)

【訳注】
  • ゲノム・マイニング:ゲノム情報(宝の山)を基に、これをさらに採掘(mine)して有用な遺伝子の機能予測とか新しい化合物(2次代謝産物)を探索する手法。
Science p. 1309, 10.1126/science.adk5466

植物ホルモンのABC (The ABC of plant hormones)

植物のABC輸送体であるABCB19は、長い間オーキシン輸送に関係すると考えられてきた。Yingたちは、別のホルモン群であるブラシノステロイドの輸送体としてのABCB19の別の役割を見出した。著者たちは、低温電子顕微鏡で構造を決定し、ブラシノリドが結合できる疎水性ポケットを見出した。また、ブラシノステロイドがABCB19のATP加水分解酵素活性を誘発すること、また、ABCB19タンパク質の特定のアミノ酸を変異させるとブラシノステロイド輸送が阻害されることも明らかにした。この研究は、ABCB19の機能に関するオーキシンに焦点を当てた見解に異議を唱え、ブラシノステロイドがどのようにして細胞からその認識部位に輸送されるのかを説明している。(Sh,kj)

【訳注】
  • ABC(ATP Binding Cassette:ATP結合カセット)輸送体:ATP加水分解酵素活性を担う領域を持つ膜貫通型タンパク質で、自らATPを加水分解して、得られるエネルギーを利用して化合物を能動輸送することができる。
  • オーキシン:茎・根の伸長成長、頂芽の成長、果実の肥大、発根、組織分化などの促進、側芽の成長、果実、葉の脱離などを阻害する作用のあるインドール酢酸系植物ホルモンの一群。
  • ブラシノステロイド:植物体全身の伸長成長、細胞分裂と増殖、種子の発芽などを促進するステロイド系植物ホルモンの一群。ブラシノリドはブラシノステロイドの一種。
Science p. 1310, 10.1126/science.adj4591

組換えのための適正箇所 (The right spot for recombination)

多くの臨床的に用いられている薬は、アミノ酸またはアシル基の縮合によって段階的に組み立てられている天然の微生物産物に由来する。進化的分析から得られる洞察を用いて、今回、2つの独立したグループが、酵素複合体の断片同士をつなぐ適正箇所を知っているなら、微生物産物を産生するこれらの面倒な酵素複合体を断片をつなぎ合わせて作ることができ、需要に応じて新しい産物を作り出せることを示している。Bozhüyükたちは、非リボゾームペプチド合成酵素で研究し、XUT(eXchange Unit between T domains:Tドメイン間の交換ユニット)と呼ばれる手法を開発し、5つの別個の非リボゾームペプチド合成酵素系の断片を組み立てて酵素複合体を作り、プロテアソーム阻害剤の作製を実証した。Mabesooneたちは、ポリケチド合成酵素で研究し、概念的に似た交換ユニットの容易な削除・挿入を実証し、さまざまな修飾をもつ多数の関連ポリケチド産物を作製した。これらの手法は、低分子医薬の発見と作製のための大きな酵素複合体を合理的に作ることに向けた重要な段階となる。(hE,MY,kj,kh)

Science p. 1311, 10.1126/science.adg4320; p. 1312, 10.1126/science.adg7621

より優れたヒト人工染色体 (A better human artificial chromosome)

細菌と酵母における人工染色体は、合成生物学者がゲノムを書き込んだり書き換えたりするための媒体として長い間役立ってきた。哺乳類のシステムは、染色体操作手段の不足によって制限されてきた。最初のヒト人工染色体(HAC)が開発された四半世紀後、Gambogiたちは、以前の方法で避けられなかった多量体化を抑えることに対する1つの解決法を開発した(Daweによる展望記事参照)。彼らのHACは約750キロ塩基で、以前のHACよりもはるかに大きく、細胞分裂による遺伝に必要なセントロメアに多領域クロマチンを収容するのに十分である。簡潔な細胞送達方法論とともに、これらの開発は、哺乳類と他の多くの真核生物における染色体工学を進歩させる手段を提供する。(KU,kj,kh)

【訳注】
  • セントロメア:染色体の長腕と短腕が交差する部位。細胞分裂時には一次狭窄を形成し、紡錘体が結合する。
Science p. 1344, 10.1126/science.adj3566; see also p. 1292, 10.1126/science.ado4328

アンモニア合成における別の一ひねり (A different spin on ammonia synthesis)

ハーバー・ボッシュ法によるアンモニア合成は現代化学産業の基礎となる成果であったが、1世紀後の今でも大量の肥料を生産している。しかしながら、この工程は高温と高圧を必要とし、そして化学者たちはより負担の少ない条件のための選択肢を探し続けている。Zhang たちは、触媒内の磁気の抑制が、より低温での動作の鍵となるかもしれないと報告している(Rupprectherによる展望記事参照)。著者たちは、理論と実験を組み合わせて、ランタンを用いて隣接するコバルト中心の磁気モーメントを抑えることで、ハーバー法の鉄触媒が動作する温度よりかなり低い温度で、窒素分子の開裂に対するコバルトの触媒活性が高められることを示した。(Sk,kh)

Science p. 1357, 10.1126/science.adn0558; see also p. 1295, 10.1126/science.ado4095

赤と白、どちらがお好きですか? (Would you prefer red or white?)

性淘汰は、交尾相手を引きつける役割を果たすさまざまな劇的な形質を種にわたって生み出してきたが、これらの形質の好みに関する遺伝的基盤はあまりよく理解されていない。Rossiたちは、地理的には重複しているが、羽の色と交尾相手の好みの両方に違いを示す、3種のドクチョウ属の蝶を研究した(Briscoeによる展望記事参照)。彼らは、レギュカルシン1(regucalcin1)という遺伝子を含む、赤い羽の模様を好むオスに関連するゲノム領域を特定した。実験の追跡調査は、この遺伝子が赤を好む種と白を好む種の間で発現の違いを示していること、そしてこの遺伝子の欠失が雄の求愛行動を変化させることを実証しており、結果として視覚的好みの仲介に関与する遺伝子の実験的証拠を提供した。(Sk,kh)

Science p. 1368, 10.1126/science.adj9201; see also p. 1291, 10.1126/science.ado4079