Science February 9 2024, Vol.383

柑橘類植物の油産生 (Oil production in citrus plants)

分泌腔は、病原体や草食動物から身を守る精油や化学物質など、さまざまな二次代謝産物の貯蔵庫として機能している。Wangたちは、柑橘類における分泌腔(油腺)の発達のための分子経路を報告している。著者たちは遺伝子マッピングとゲノム編集を用いて、分泌腔の発達に関与する2つの転写因子と、遺伝子の活性化を高める葉のある形状遺伝子内のシス調節要素を同定した。調節性カスケード反応は、油腺鞘細胞の分化と空洞形成を調節するMYC5遺伝子を活性化する。この研究は、分泌腔の発達と精油の合成を理解するための基礎を築く。(KU,kj,kh)

【訳注】
  • 分泌腔:植物に存在する大きな細胞間の空間。
  • 精油:エッセンシャル・オイルとも言い、植物から産出される揮発性の油。
  • シス調節要素:同一染色体上にあって、近隣の遺伝子発現を調節するDNAの非変換領域。
Science p. 659, 10.1126/science.adl2953

第二音波を観察する (Seeing second sound)

超流動体において、熱は「第二音波」と呼ばれる現象において波のように伝搬する。しかし、この伝搬現象を直接観察することは困難である。Yanらは箱型ポテンシャルに捕捉された強く相互作用するフェルミオンであるリチウム原子の量子ガスを用いて、第二音波を可視化した。研究者らは高周波分光法を用いて、局所変化を温度へと図像化した。超流動転移点より高温領域で、熱は拡散過程的に伝搬し、転移点以下の温度領域において、第二音波の特徴である波のような伝搬が観測された。(NK,KU,nk,kh)

Science p. 629, 10.1126/science.adg3430

汚染が香りをかき乱す (Pollution disrupts scent)

化学汚染物質は動物の生存と繁殖を減少させるだけでなく、動物の感覚を混乱させて、動物の行動や他の種との相互作用も変化させることがある。オゾンなどの一般的な大気汚染物質は花の香り物質を分解し、花を見つけて受粉するための昆虫の能力に影響を及ぼす可能性がある。Chanたちは、夜行性のスズメガによる砂漠植物の受粉に対するオゾンと硝酸ラジカル(NO3)の影響を試験した。どちらの汚染物質もモノテルペンの濃度を減少させたが、NO3の方がより強い影響を有していた。NO3による香り分子の分解は、風洞実験や野外実験においてスズメガの来訪の減少を引き起こし、着果や植物の適応度の低下を予測させた。全球大気モデルは、多くの都市部が、花粉媒介者が花を感知できる距離を大幅に減少させるほどの汚染を有していることを示唆している。(Sk,kh)

Science p. 607, 10.1126/science.adi0858

衝突のコースが鏡を打ち破る (A collision course breaks the mirror)

タンパク質、炭水化物および核酸は、天然では2つの鏡像形状の一方だけで出現するので、多くの医薬化合物の鏡像異性体、即ちエナンチオマーの一方だけを作ることが化学者にとって同様に必須となる。現在のところ、エナンチオマーを区別する最も一般的な手段は、クロマトグラフィーでこれを分離することである。Zhouたちは、質量分析のみでエナンチオマーの比を決定する技術を報告している。この方法はイオンの交流電場励起によって質量分析器内の回転軌道を誘導して、各エナンチオマーが異なる衝突行動をとるようにするものであり、高分解能定量を行うのに十分な分離が得られる。(hE,nk,kj,kh)

Science p. 612, 10.1126/science.adj8342

パクリタキセル生成のための酵素 (Enzymes for paclitaxel production)

もともとイチイの樹皮から得られる重要な抗がん剤であるパクリタキセルの全化学合成は、有機化学者にとって重要な課題であったが、薬剤生成に使用される材料は、天然物の単離または前駆体からの半合成から得られている。したがって、植物における生合成経路を十分に理解することが重要である。Jiangたちは、最終生成物における重要な化学的特徴であるオキセタン4員環を生成するシトクロムP450酵素を同定した。著者たちは、平行反応のエポキシ化は経路外であり、必須の中間体ではないことを見出した。オキセタン生合成過程に沿って、彼らは別の酸化酵素の特性を明らかにし、最終的にタバコに含まれる合計9つの酵素を再構成して、重要な中間生成物であるバッカチンIIIへの最小経路を実証した。(KU,nk,kh)

【訳注】
  • バッカチンIII:パクリタキセルの化学構造骨格(ジテルペノイドコア骨格)
Science p. 622, 10.1126/science.adj3484

勝手に出てくる無料の水素 (Free hydrogen)

水素は、副産物として二酸化炭素を発生させることなくエネルギーを生成できるため、従来の化石燃料に代わる魅力的な燃料である。しかし、天然の水素源は希少であり、その製造にはエネルギーが大量に必要である。Trucheたちは、Bulqizeのクロム鉄鉱鉱山の奥深くから放出される大規模な天然の水素ガス源を発見した。この大きな水素の流量は、断層のある貯留層内への長期に渡る蓄積によるものと考えられる。同様の地質の場所は、他の天然水素源を発見する良い目標になるはずである。(Wt,nk,kh)

Science p. 618, 10.1126/science.adk9099

肺ガンの亜型を変化させる (Changing lung cancer subtypes)

特定のガン標的療法に対する薬剤耐性の獲得は、ある腫瘍型からより侵攻的な型への組織学的形質転換(HT)をもたらすことがある。HTはほとんど分かっていない過程なので、Gardnerたちは、変異上皮細胞成長因子受容体(EGFR)による肺腺ガン(LUAD)から神経内分泌小細胞肺ガン(SCLC)への転換の基礎にある分子事象を研究する実験モデルを作った(Bernsによる展望記事参照)。肺胞2型細胞(LUADの前身細胞)あるいは肺の神経内分泌細胞(SCLCの前身細胞)のいずれかで、特定の遺伝子群の活性化あるいは不活性化を切り替えることが、ヒト・ガンで観察されるものに似たHTを引き起こした。神経内分泌SCLCへの形質転換は、腫瘍細胞がその発ガン性ドライバー・プログラムをEGFRからMycガン遺伝子へと改変した場合だけに観察された。(MY,kh)

【訳注】
  • 肺腺ガン:肺の線組織(ホルモンやペプチドなどの分泌物を生成して分泌する機能をもつ腺細胞が集合した組織)にできるガン。
  • 上皮細胞成長因子受容体:細胞の表面に存在し、細胞の増殖と発生の制御に関わるタンパク質。多くのガン細胞ではこの遺伝子が変異し、受容体が細胞表面に高頻度に発現する。
  • 神経内分泌ガン:分泌物を生成して分泌する神経内分泌細胞にできるガン。神経内分泌細胞は全身に分布しており、体全体で発生する神経内分泌ガンのうち、肺や気管支に発生するものは約30%を占める。
  • 小細胞肺ガン:肺ガン全体の10~15%を占め、肺門部にできるガン。増殖速度が高く転移しやすい。ホルモンを分泌するガンでもある。
  • Mycガン遺伝子:細胞増殖とアポトーシスの両方を誘導することができるMYC遺伝子が変異し、細胞増殖を過剰化させるガン遺伝子となったもの。
Science p. 603, 10.1126/science.adj1415; see also p. 590, 10.1126/science.adn5218

有用な線維芽細胞 (Helpful fibroblasts)

海綿体は、刺激により血液で満たされ、それによって拡大可能な血管組織の集まりで、これが陰茎勃起に必要な構造を形成する。Guimaraesたちは、マウスにおけるこのプロセスの根本的な機構を研究することで、海綿体における血管周囲の線維芽細胞が勃起生理において重要な役割を果たしていると断定した(RyuとKohによる展望記事参照)。ノルエピネフリンは平常時に陰茎の血流を制限する血管収縮剤であるが、性的興奮によって放出される血管拡張剤はその効果を打ち消し、結果として勃起を可能にする。勃起活動の再発はNotchシグナル伝達を下方制御し、それによって血管周囲の線維芽細胞の数が増加し、これらの線維芽細胞が次に血管収縮性のノルエピネフリン・シグナル伝達を抑制する。逆に、加齢はこれらの線維芽細胞の減少と関連し、勃起不全のリスクに寄与する。(KU,nk,kj,kh)

【訳注】
  • ノルエピネフリン:ノルアドレナリンのアメリカ合衆国での表記。ストレスによって分泌されるホルモンで、心停止にはアドレナリンを血管拡張性ショックにはノルアドレナリンが使われる。
Science p. 604, 10.1126/science.ade8064; see also p. 588, 10.1126/science.adn5182

光周期性の成長 (Photoperiodic growth)

植物は光周期性の合図に非常に敏感であり、世界の多くの地域で、日長は年間を通じて大きく変化する。日長に応じて開花のタイミングを調節する複雑なシグナル伝達網が特定されてきた。Wangたちは、栄養成長を制御するための並行した機構が存在することを見出した(BuckleyとHaydonによる展望記事参照)。開花時期が主に光シグナル伝達に依存するのに対し、栄養成長は光周期に従って変化する光合成および代謝の合図によって制御されている。著者らは、栄養成長に対する光合成制御が、部分的に、植物の成長に関与する他の多くの分子の前駆体であるミオイノシトールの生成に依存していることを見出した。(Sk,kh)

【訳注】
  • 栄養成長:個体維持のために植物体を構成する葉や茎などの栄養器官を作り出す過程を栄養成長といい、これに対し、花など子孫を残すための生殖器官を形成し、種子や果実を作る過程を生殖成長という。
Science p. 605, 10.1126/science.adg9196; see also p. 589, 10.1126/science.adn5189

医療従事者の動機の理解 (Understanding providers’ motives)

下痢は、インドにおける小児死亡の主な原因である。排泄が、重度の脱水と電解質の喪失を悪化させると致命的となる。インドにおけるほとんどの医療従事者は、経口補水液(ORS)が小児の下痢に対する安価で救命可能な治療法であることを知っているが、広く活用されていない。Wagnerらは、インドの2282人の民間医療従事者を訪問した標準化された患者(小児の下痢の治療を求める訓練を受けた俳優)が関与する無作為対象試験を実施した。患者がORSに関心がないとの思い込み、より収益性の高い(しかし不適切な)薬剤を処方する動機、ORSが入手できない場合に在庫のORS以外の薬剤を販売する動機、これら3つの利用不足を引き起こす障壁を明らかにするように対象試験は設計された。支配的な障壁は患者が関心を持たないとの思い込みであり、これは単純な介入で多くの命を救うことができることを示している。(Sh)

Science p. 606, 10.1126/science.adj9986

望ましい部品を印刷する (Printing preferable parts)

レーザー粉末床溶融結合法は、注文製造による金属構造を作成する機会を提供するが、これらの物体は機械的特性上望ましくないばらつきを持つことがある。Zhangたちは、モリブデンのナノ粒子を一般的なアルミニウム合金に添加することにより、不要な準安定相と柱状結晶という、この問題の原因に対処した(ZhangとWangによる展望記事参照)。このナノ粒子は対称粒子の成長を促進すると同時に、不要な相の形成も抑制した。レーザー粉末床溶融結合法により作成されて出来上がった試作品は、はるかに優れた機械特性を有しており、この設計法の有望性を示している。(Sk,kj,kh)

Science p. 639, 10.1126/science.adj0141; see also p. 586, 10.1126/science.adn6566

適切な材料を混ぜる (Mixing the right ingredients)

トポロジカル超伝導を実現するための処方箋のひとつに、トポロジカル絶縁体と超伝導体との接合がある。Yiたちは、この方法の一種として、クロムをドープした磁性トポロジカル絶縁体(Bi,Sb)2Te3と反強磁性のテルル化鉄の層からなるヘテロ構造を成長させた。これらの材料はどちらも超伝導ではないが、テルル化鉄は鉄系超伝導体の親化合物である。これらの層を接合させることで、強磁性とトポロジカル・バンド構造の存在下で超伝導が発現するようになった。まだ証明されてはいないが、この特性の組み合わせがこのヘテロ構造を, 未だ証明されていないが,キラル・トポロジカル超伝導を観測するための有望な技術基盤にする。(Wt,kh)

Science p. 634, 10.1126/science.adk1270

親間の協調 (Parental coordination)

顕花植物は、生殖の間に2つの受精事象を経て、胚と、栄養に関わる胚乳を形成する。配偶子の融合後、それらは分裂と増殖を可能にするよう、細胞周期の進行をその後に再開する必要がある。Simoniniたちは、RBR1と呼ばれるタンパク質が雌性胚乳前駆体細胞を静止状態に保ち、完全なDNA複製を阻んでいることを見出した。生殖の間に、精子細胞はD型サイクリンを雌性細胞に送り込んで細胞周期を再活性化させる。これらの結果は、その後の発生協調を可能にする親細胞間の情報交換に対する洞察を提供するものである。(MY)

【訳注】
  • サイクリン:真核生物の細胞においてG1→S→G2→M期の細胞周期を移行させるためのエンジンとして働くタンパク質の1つ。D型サイクリンはG1期(DNA合成準備段階)からS期(DNA合成段階)への移行を駆動する。
Science p. 646, 10.1126/science.adj4996

地形の時間変化と植物の進化 (Evolution of landscapes and plants)

マダガスカルが生物多様性と固有種の多発地であるのは、大陸から長らく隔絶し種分化率が高いと言う両方の理由による。Liuたちは、地形の時間変化が、障壁と生息地の不均質性を作り出すことにより、植物の多様化に寄与し、異所的種分化の機会をもたらした、の仮説を立てた。彼らは、マダガスカルの過去4千5百万年にわたる地形動態をモデル化することでこの仮説を試験し、その結果、陸側へと移動する大陸的裂け目の崖に沿う植物の種多様性と多様化率が高く、それにともなって南北接続性が低く地方特異性が高いことを見出した。この研究は、比較的小規模で一時的な地形の時間変化がどのようにして長期的な生物多様性の様式を形作ることができるのかを示している。(MY,nk,kh)

Science p. 653, 10.1126/science.adi0833

粘土と気候 (Clay and climate)

始生代以来、居住可能な地表条件を可能にするために大気中の二酸化炭素濃度はどのように制御されていたのか?また、その期間の気温は実際どのようなものだったのだろうか? IssonとRauziは、過去20億年間にわたる頁岩、酸化鉄、炭酸塩、珪質堆積岩からの酸素同位体測定の集積を発表している。これらのデータは、約5億年前の古生代初期に気温が下がり始めるまで、原生代の気候が温暖であったことを示している。この気温の低下は、粘土の自生作用の減少と珪質生物の増加と連動して起こり、その両方が大気中の二酸化炭素レベルの低下に寄与したのだろう。(Uc,kj,kh)

【訳注】
  • 珪質堆積岩:放散虫・海綿動物などの動物の殻や骨片が海底に堆積してできた、二酸化ケイ素を主成分とする岩石。
  • 自生作用(authigenesis):鉱物または堆積岩があった場所で生成されてきたプロセス。それが生じる環境条件を反映する。
Science p. 666, 10.1126/science.adg1366