Science February 2 2024, Vol.383

世界的な手話の進化 (The evolution of sign languages globally)

言語は常に進化しており、計算系統学の進歩が語彙と文法特性に基づき、さまざまな話し言葉グループ間の関係を検出できるようにしている。しかしながら、計算的分析は、手話 (SL) とそれを使用する疎外された聴覚障害者コミュニティの歴史を無視していた。Abnerたちは、SLの関連性を理解するために計算系統発生学を使用してヨーロッパとアジアの2つの大陸を調査したが、大陸間の長期的な接触の証拠は見つからなかった。ヨーロッパのSLの間では、聾学校を設立した人々の地政学的歴史の痕跡が浮かび上がった。世代間の言語伝達を反映したアジアのSLの2つの亜族が出現した。SLは聴覚障害者の知的発達にとって極めて重要であり、これらの進歩は聴覚障害者の社会への包摂と公平な歴史記録の保持に貢献することができる。(Uc,kh)

Science p. 519, 10.1126/science.add7766

窒素を2つの二重結合を用いて対にする (Pairing up nitrogen with two double bonds)

光により生成したニトレンは炭素-炭素二重結合としばしば反応して、三角形のアジリジン環を生じる。Liたちは今回、それとは別の驚くべき選択的な経路を報告していて、それは三重項ニトレンが2つの二重結合を有する化合物と反応して、代わりに2つの5員環からなる縮合環を生じるというものである。その結果は、不飽和化合と一酸化炭素が結合する、よく知られたPauson-Khand反応と類似している。しかしながら、Pauson-Khand反応の場合はコバルト触媒が必要である。著者たちは、ニトレンの三重項の性質が、その後の二重結合対の反応性を誘導すると断定している。(MY,kh)

【訳注】
  • ニトレン:分子内の窒素原子が2つの孤立電子対と1つの置換基を持つ中性分子。不安定で周囲の分子と容易に反応する。ニトレン化合物の多くは基底状態が三重項であると見られている。
  • アジリジン:窒素原子1つと炭素原子2つからなる三員環からなり、分子式が C2H5Nで表される化合物。
Science p. 498, 10.1126/science.adm8095

高純度ペロブスカイト前駆体 (Purer perovskite precursors)

ペロブスカイト太陽電池は高い欠陥耐性を有するが、フィルム前駆体中の不純物と非化学量論性が発電効率が制限していた。Zhuらは、ホルムアミジニウム・ヨウ化鉛微細結晶の水中合成により有機溶媒を使うことなしに高純度の前駆体を低コストで作れることを報告している。本手法は、電荷担体を捕捉してしまうカルシウムのような不純物イオンを最小限にする。当該技術を用いて逆型太陽電池において、25.3%の認証電力変換効率が得られ、50℃で1000時間の連続運転後も当該効率の94%が維持された。(NK,KU)

【訳注】
  • 非化学量論性:化学反応に関わる物質の量はその反応式によって定まるはずであるが、実験系の設定によってそれから外れること。
  • 逆型太陽電池:透明な電極で電子が捕集される順型に対して、電子とホールの選択接触が反転している太陽電池
Science p. 524, 10.1126/science.adi7081

光遺伝学的に誘発された位相進行 (Optogenetically induced phase precession)

海馬における位相進行は、場所と出来事の学習に関与するシータ連鎖生成の電位的機構である。動物がある場所受容野を通過する際に、海馬および関連領域の錐体細胞は、進行性のより早いシータ波位相で発火する。シータ位相進行の発生が個々の場所細胞内で生じるのか、あるいは他の領域から継承されるのかは、いまだ明確でない。Sloinたちは錐体細胞を光遺伝学的方法で刺激することにより、人工的な場所受容野を誘発させ、この人工的に作り出された場所受容野がシータ位相進行を示すことを見出した。これらの結果は、海馬CA1野におけるシータ位相進行が他の入力により引き起こされるという仮説を排除するものである。(MY,KU,kj,kh)

【訳注】
  • 場所受容野(place field):ある場所細胞が発火する、動物が通過する場所のこと。
  • シータ位相進行:動物が場所受容野を横切るにつれて、場所細胞の発火時期が、海馬で観測されるシータ波の位相の前方向に移動していくこと。
  • シータ連鎖:シータ波の1周期内で複数の場所細胞が時系列的に活動し、動物が経験した経路が圧縮された形で部分的に再現されること。個々のシータ連鎖が結び付けられることで空間全体が構成されると考えられている。
Science p. 551, 10.1126/science.adk2456

子どもの視点から見た言語習得 (Child’s eye view of language acquisition)

幼児は、新しい単語と特定の物体あるいは視覚的に表現された概念との連想をどのようにして学ぶのだろうか? この激しく議論されている言語習得初期の問題は、伝統的に研究室内の環境で研究されてきており、現実世界の状況への一般化の可能性を制限している。Vongたちは、自然主義的な状況下で一人の子供の一人称的な体験を記録するヘッドマウント・ビデオデータを使用して、前例のない長期的な方法でこの問題を調査した。彼らは機械学習を応用することで、対照学習のための子どもの視点(Child’s View for Contrastive Learning CVCL) モデルを導入したが、それは共起したビデオ・フレームを発話された単語に組み合わせるものだった.CVCLは、1つの概念(例えばパズル)からは視覚的に類似したものの集合を、全く異なるサブクラスタ(動物パズル対アルファベットパズル)を通して表現するものだ。CVCLは連想学習と表現学習を組み合わせたもので、言語習得の研究と理論の間のギャップを埋めるものである。(Wt,nk,kj,kh)

Science p. 504, 10.1126/science.adi1374

原核生物のカスパーゼ仲介細胞死 (Caspase-mediated cell death in prokaryotes)

CRISPR-Casなどの原核生物の免疫系で繰り返し登場する題材は、感染した宿主が自らを犠牲にして集団を感染から救う戦略に関するものである。III型CRISPR-Cas系は、この目的を達成するための非常に多様な信号伝達機構を用いている。Steensたちは、粘液細菌であるHaliangium ochraceumの持つ精巧なIII型系について研究した。彼らは、標的を認識することが、カスパーゼ様タンパク質分解酵素(SAVED-CHAT)のアロステリック活性化を引き起こし、それが、他のカスパーゼ様タンパク質分解酵素(PCaspase)を特異的に切断して活性化することを見出した。後者の酵素は広範な基質特異性を有していて、感染した宿主細胞を休眠や死に至らせた。(MY,kj)

【訳注】
  • カスパーゼ:プログラム細胞死であるアポトーシスを起こさせるシグナル伝達経路を構成するタンパク質分解酵素。
  • III型CRISPR-Cas系:侵入してきたDNAと転写されたRNAを同時に分解するCRISPR-Cas系。
  • アロステリック:酵素機能などのタンパク質の活性が、タンパク質の活性部位以外に結合した分子によって大きく変化すること。
Science p. 512, 10.1126/science.adk0378

脈波を直接感知する脳細胞 (Brain cells that directly sense pulse waves)

呼吸がない場合でも、自発的な遅い振動がラット嗅球の局所電場電位で報告されてきた。これらの振動の原因は何なのか? Jammal Salamehたちは、心血管圧の脈動を直接感知できる嗅球内ニューロンの部分集団を発見した (Hamillによる展望記事参照)。これらの興奮性の変調節は、機械感受性イオン・チャネルによって伝達される。このように、心拍の内受容感覚のための高速経路が存在し、それによって脳内の動脈圧の脈動がニューロンの活動を変調する。(KU,nk,kh)

【訳注】
  • 内受容感覚(interoception):体内の状態を感じ取る能力
Science p. 494, 10.1126/science.adk8511; see also p. 482, 10.1126/science.adn4942

鎖の末端でのホウ素 (Boron at the end of the line)

ホウ素化は、化学原料材に高比率で含まれる、未処理のままでは非反応性の炭素水素結合を置換する多用途の手段として、過去20年の間に出現した。それにもかかわらず、アルキル鎖の部位選択性は課題のまま残っている。Wangたちは塩化鉄光触媒を用いて、鎖に沿った部位を選択し、最終的にボロン酸エステルを高い選択性で末端炭素に付加する可逆的な水素原子移動プロセスを促進した。フロー合成システムは、数グラムの規模での効率的な反応を可能にした。(KU,nk,kh)

Science p. 537, 10.1126/science.adj9258

B細胞悪性腫瘍のための新しい取り組み (A new approach for B cell malignancies)

ブルトン型チロシン・キナーゼ(BTK) は、Bリンパ球と呼ばれる免疫細胞の生存にとって決定的なタンパク質である。BTKの阻害剤は、慢性リンパ性白血病(CLL)を含むB細胞悪性腫瘍をもつ患者に臨床的有効性を示した。しかしながら、腫瘍がBTK中の変異を獲得すると、薬剤耐性を生じうる。Montoyaたちは、腫瘍中のBTK機能を変化させる変異を見出し、そのうちのいくつかは、そのキナーゼ活性を必要としないBTKの新しい機能を付与した (DavisおよびWestinによる展望記事を参照)。この発見が、野生型および変異型の両方のBTKタンパク質を分解することのできる薬剤であるNX-2127の開発に導いた。第1相臨床試験において、NX-2127はCLL患者で臨床的有用性を示し、現在のBTK阻害剤に耐性な腫瘍を治療するための手段を提供するかもしれない。(hE)

Science p. 496, 10.1126/science.adi5798; see also p. 480, 10.1126/science.adn4945

海馬の道路地図 (Hippocampal roadmap)

神経細胞の接続は、神経細胞の動作を理解して解釈するために不可欠な要素である。海馬は学習、記憶、その他の重要な脳機能において主要な役割を果たしており、そのため海馬内の接続性の理解は最も重要である。Qiuたちは、マウス海馬における10,100個の神経細胞の軸索樹枝状構造を再構築した。神経細胞体の位置、トランスクリプトームの概要、および軸索投射の間の相関関係を決定するために、海馬切片の空間トランスクリプトーム解析も実行された。この結果は、いくつかのこれまで知られていなかった海馬軸索投射の組織化原理を明らかにした。(Sk)

【訳注】
  • トランスクリプトーム:特定の状況下において細胞中に存在する全てのmRNAの総体。
  • 軸索投射:神経軸索が標的細胞を目指して伸長し接続すること。
Science p. 497, 10.1126/science.adj9198

DNA切断リボザイム (DNA-cutting ribozymes)

リボザイムは、典型的には自己切断または反応を触媒するRNA系の酵素である。Liuたちは今回、DNAを正確に操作する能力を有する加水分解性エンドヌクレアーゼ・リボザイム(HYER)を発見した。これらのリボザイムはタンパク質とは独立して機能し、バクテリアとヒト細胞の両方で遺伝子を編集することができるため、CRISPRや他の遺伝子編集ツールに代わる可能性がある。それらの機能の重要な点は、いくつかのHYERが、相補的な標的認識配列を介してDNAを認識し、DNAを加水分解的に切断するホモ二量体構造を採用していることである。再プログラミングを用いて、著者らはHYERを新たなDNAの標的に方向転換し、その精度と汎用性を高めることができた。(Sh,nk)

【訳注】
  • スプライシング反応:核内で転写された前駆体RNA の一部が取り除かれた後に、残りの部分が再結合する反応。
  • エンドヌクレアーゼ:核酸を分解する酵素のうち、核酸の構成単位であるヌクレオチド鎖の末端ではなく途中で切断するもの。
  • ホモ二量体:2つの同種の分子やサブユニットが物理的・化学的な力によってまとまった分子または超分子。
Science p. 495, 10.1126/science.adh4859

起源にかかわらず衝撃だ (Impacts regardless of origin)

大型の草食動物は、植生を消費し、種子を散布し、外乱を引き起こすことによって生態系を形づくっている。多くの大型草食哺乳類の絶滅と人間による他の大型草食哺乳類の拡散により、多くの生態系はその土地の植物種と共進化してこなかった大型草食動物の受け皿となっている。Lundgrenたちは、移入された種が、それによって植物の豊富さと多様性に対してより強くより悪い影響を与えているのかどうかを調査した(BuckleyとTorsneyによる展望記事参照)。200を超える研究のメタ分析では、導入された大型草食動物と在来の大型草食動物の影響の間に差異はなく、機能的に新しい種のより強い影響の証拠は見つからなかった。その代わり、体の大きな草食動物や選択的な食性をもつ動物は植生に対してより強い影響を及ぼし(例えば、草を食べる家畜がイネ科の多様性を減少させている)、その影響を決定する上ではその動物の起源よりも種の形質の役割がより強いことを示唆している。(Sk,nk,kj,kh)

【訳注】
  • メタ分析:複数の研究の結果を統合し、より高い見地から分析すること。
Science p. 531, 10.1126/science.adh2616; see also p. 478, 10.1126/science.adn4126

材料特性の動的調整 (Dynamic tuning of material properties)

制御された加熱と冷却の繰り返しによる焼戻しは、多くの金属やさらにはチョコレートをも含むさまざまな材料の微細構造を調整するために用いられる。Boyntonたちは、この考えを単一ポリマー系における機械的特性の可逆的変換に拡張した (McAllisterとKalowによる展望記事参照)。この方法は、ポリマー内の共有結合と比べて相対的に弱く、かつより低温で構造を変えることのできるthia-Michael結合を含むことによって達成された。高温での焼戻しにおいて、thia-Michaelネットワークの架橋密度が減少し、その結果として材料の剛性が低下するが、低温での焼戻しはより剛い材料を作る。この材料は、結合架橋と非結合架橋の変化によって引き起こされる動的反応誘発性相分離に起因する形状記憶特性を示す。(KU,kh)

【訳注】
  • thia-Michael結合:アルケンとチオール(RSH)の反応によるC-S結合。
Science p. 545, 10.1126/science.adi5009; see also p. 481, 10.1126/science.adn3980