Science February 16 2024, Vol.383

順番に草を食べる (Grazing in turns)

セレンゲティの回遊の群れは、食料資源を共有する何百万もの草食動物から成る。何十年もの間、この資源がどのように分割されているのか、また何が分割を引き起こしているのかを理解することに関心が寄せられてきた。Andersonたちは生態学的データと動物の移動データ、糞のDNAおよび雨と火事による「自然実験」を使用して、回遊内の3種の主要な草食動物、即ちシマウマ、ヌー、ガゼル間の分割を特徴を明らかにした。彼らは、競合がシマウマを他の大型種であるヌーに先立って回遊させることを見出した。次にヌーによる草食はより新しい成長の発達を促進し、そのことをガゼルは他の2種の後を追いながら利用している。(Uc,KU,nk,kh)

【訳注】
  • セレンゲティ:タンザニアの保護区
Science p. 782, 10.1126/science.adg0744

リチウム・イオン伝導のためにつめ込む (Packing for lithium ion conduction)

ほとんどの固体電解質においては、伝導経路は単一の配位構造しか有していない。Hanらは、金属間化合物と似たイオン配置を有するLi7Si2S7I材料系を用いた電解質を設計した。当該材料は、ニッケル-ジルコニウム構造に類似した、硫黄とヨウ素錯体を収容するために六方細密充填構造とすべり面心立法様構造を交互に有するアニオン充填構造をとる。得られた材料は、様々な配列構造とアニオン配位を持つ結晶学的に異なる15種類のリチウム部位が相互接続された単位構造を有し、その構造がリチウム・イオンに対して多様な伝導経路を、それ故に高い電気伝導度を与える。(NK,KU,kj,kh)

Science p. 739, 10.1126/science.adh5115

浮遊融解物(A floating melt)

現代の化学は、大量の有毒溶媒に依存している。水中の反応処理が廃水流を大幅に低減できるかもしれないが、多くの試薬の水溶解度が低いことが相変わらず手に負えない障壁となっている。この問題が特に顕著なのは光化学に関してだが、それは濁った懸濁液中では効率的でない。Tianたちは、いくつかの固体反応物の対が、液相で水面上に浮遊し、光化学においてうまく露光されるような、低融点の共融混合物を形成することを報告している。区分化された流動系は、グラム規模までこの方法に効果的に適応した。(Sk,nk,kh)

【訳注】
  • 共融混合物:ある比率にした複数の成分の混合物が、それぞれの成分の凝固点とは異なる低い(同一の)温度で液相・固相に変化する混合物。
Science p. 750, 10.1126/science.adl3092

高励起ローミング (Highly exciting roaming)

ローミングは、最小エネルギー経路に従わない重要な反応機構であり、そのため生成物の状態分布に特定の特徴をもたらす。過去20年間にわたって、多原子分子の基底状態と第一励起状態の両方においてローミングに対して多くの実験的証拠が見出されてきた。複雑な電子構造と複数の生成チャネルを考慮すると、高レベルに励起された電子状態ではローミングがより一般的になるはずであるが、実験的な証拠が不足していた。Liたちは、二酸化硫黄の高励起状態からの光解離にとって、ローミングが重要であることを実証し、その実験データは、全次元動力学シミュレーションにより支持された。今回の研究は、ローミングが高レベルの励起状態の動態において、かなり一般的な現象であると予想されることを確証している。(Wt,KU,kh)

【訳注】
  • ローミング過程:ホルムアルデヒド(HCHO)の光解離反応で最初に見出された反応機構(HCHO分子内をH原子が歩き回り(roaming)別のHと結合してH2とCOに解離する反応)。
Science p. 746, 10.1126/science.adn3357

大きさが全てを物語る (Size says it all)

個体の大きさは、面積と体積の比率の関係や血管など循環系のフラクタル・スケーリング(相似形が大から小へ展開している)などの生理学的制約の産物である。生態系全体のスケーリング様式は十分に調べられており、3/4乗則に従う傾向があるが、それらが出現する仕組みはほとんど理解されていない。Wickmanたちは、ミクロ水準のスケーリングがマクロ生態学や進化さえも制約するという前提から出発して、機構的な生態進化モデルを用いて、獲物と捕食者の生物量と動物群の生産性などの関係を調査した。著者らは、海洋プランクトンの集団に対して、消費、成長、捕食におけるスケーリングが、生態系機能を支えるより高い水準の生物集団の組織を生じさせていると結論付けている。(Sk,nk,kj,kh)

【訳注】
  • スケーリング:生態学においては、生物の大きさの変化に伴う形態や機能の変化、つまり「大きさの変化と、その結果との関係」を意味する。
Science p. 777, 10.1126/science.adk6901

分布効果 (Distributed effects)

海洋に溶解できる酸素の量はその温度が上がると減少する関係にあり、この事実は地球温暖化にやっかいな意味を有している。酸素が海洋にどのように分布しているかは、酸素を必要とする生物の健康にとっても重要である。Morettiたちは、北太平洋の熱帯地域の浅い水面下の水域における酸素の利用可能性が、暁新世-始新世温暖化極大(PETM)の間に実際に上昇したことを示した。この時期は、人為的温暖化に対する地質学的な類似期と考えられてきた温暖な期間である。この効果は、PETM中の大量絶滅を防ぐのに役立ったかもしれない。(Sk,nk,kh)

Science p. 727, 10.1126/science.adh4893

自己抗体の多くの機能 (The many functions of autoantibodies)

自己抗体は、通常自己免疫疾患を仲介する役割を果たすものとして知られているが、人の健康に病理学的役割のみでなく、保護的役割ももつ可能性があることを示す証拠が徐々に増えている。展望記事において、Jaycoxたちは、人の生物学における多様性につき、人体生物学の個体差に関して自己抗体の役割が如何に低く評価されているか、また自己抗体が例えば、がん、神経変性疾患および感染症において様々な衝撃をもたらしうることを議論している。彼らはまた、遺伝学におけるそのような研究を連想させる「自己抗体ワイド関連研究」の必要性についても強調している。自己抗体の様々な機能をよりよく理解することによって、医薬開発を導く助けとなりうる新しい生物医学的な枠組みが明らかになるかもしれない。(hE,nk,kj,kh)

Science p. 705, 10.1126/science.abn1034

肝臓における綱渡り (A balancing act in the liver)

食物摂取後の栄養貯蔵には適切な均衡が必要で、肝臓は入力グルコースをグリコーゲンおよび/または脂肪の産生に方向づけるのを助ける。過剰の脂肪産生は、脂肪肝疾患と炎症の発生の一因となり得るため、この過程では周到な調節が必要となる。Chenたちは、グリコーゲン生成中に産生される代謝物のウリジン二リン酸グルコース(UDPG)がゴルジ体に輸送され、そこでS1Pと呼ばれるタンパク質分解酵素を妨害し、それにより脂肪生成を抑制することを見出した。ヒト・オルガノイドと非アルコール性脂肪肝疾患に対するマウス・モデルの両方おいて、UDPGによる措置はグリコーゲン生成を促進して脂質の蓄積を減少させた。これは治療応用の可能性を示唆している。(MY,kh)

【訳注】
  • グリコーゲン:貯蔵型のグルコース重合体で、多数のα-D-グルコース(ブドウ糖)分子がグリコシド結合によって重合し、枝分かれの非常に多い構造になった高分子。
  • ウリジン二リン酸グルコース:ヌクレオチド糖の一種でグリコーゲン合成酵素の反応基質。
  • ゴルジ体:合成されたタンパク質を化学修飾し、分類して目的の部位に送り出す役割を担う粒状あるいは網状の細胞内器官。
Science p. 718, 10.1126/science.adi3332

事前構造化の利点 (Advantages of preorganization)

多くの小分子抗生物質は細菌のリボソームを標的にしており、そして、これらのリボソームには、これらの分子の結合親和性を低減することで耐性を与える多数の対応する修飾が存在する。それらの親和性を高める1つの方法は、これらの分子を結合に対する理想的な立体構造に固定することである。Wuたちは、これまで開発された抗生物質に結合したリボソームの構造解析から得られた洞察を用いて、クレソマイシンと呼ばれ、立体構造に制約を持たせた、結合に必要なぴったりの立体構造をとる分子を設計した。計算実験、構造実験および生化学的実験は、予想された結合様式を確認した。クレソマイシンは、生体外およびマウスによる感染モデルの両方で、多剤耐性株を含むグラム陰性菌と陽性菌を強力に阻害する。(MY,kh)

Science p. 721, 10.1126/science.adk8013

免疫受容体のオリゴマー化(Immune receptors oligomerize)

植物の免疫応答は、ヌクレオチド結合性ロイシン・リッチ・リピート受容体(NLR)として知られている細胞内受容体によって検知されることが多い。いくつかのNLRは対になって作用してシグナル伝達し、細胞死による応答を開始させて病原体の広がりを防ぐ。Yangたちは、いくつかのNLR対がヘテロ二量体化し、この不活性状態がBRI1-ASSOCIATED RECEPTOR KINASE 1(BAK1)などの受容体様キナーゼによって保たれることを見出した。活性化すると、このヘテロ二量体はオリゴマー化することができ、それが下流側応答の開始に必要である。著者たちは、対になったNLRが植物免疫をどのように活性化するかの機構的洞察を提供している。(MY)

【訳注】
  • ヌクレオチド結合性ロイシン・リッチ・リピート受容体:植物の細胞内にある免疫受容体。中央部にヌクレオチド結合性部、C末端に、ロイシンの割合が多いアミノ酸20-30残基の繰り返し配列を持つ。病原体が分泌するエフェクターをロイシン・リッチ・リピート部が検出して免疫応答を誘導し、また、感染した植物細胞を死に至らしめる。
Science p. 719, 10.1126/science.adk3468

テロメラーゼを抑制する (Keeping telomerase in check)

酵素テロメラーゼは、線状染色体の末端でテロメア反復を合成し、シェルテリン・タンパク質複合体が結合してDNA損傷応答から末端を保護できるようにする。テロメラーゼがDNAの切断端にテロメアを付加しようとすると、切断点に遠位の遺伝子が失われるかも知れない。Kinzigたちは、ヒト・テロメラーゼが切断されたDNA末端で作用し、それによってゲノム完全性を脅かす可能性があることを見出した (ArnoultとCechによる展望記事参照)。彼らは、テロメラーゼのこのゲノム不安定化の面が、DNA損傷応答のATRキナーゼ要素によって回避されることを示している。(KU,kj,kh)

【訳注】
  • ATRキナーゼ:DNA損傷や複製の停滞などの異常を感知し、細胞周期チェックポイントを活性化するセリン・スレオニンキナーゼ
Science p. 763, 10.1126/science.adg3224; see also p. 702, 10.1126/science.adn7791

B細胞の標識が転じた免疫補助剤 (B cell marker turned adjuvant)

感染すると、胚中心(GC)として知られている多細胞構造は、B細胞の成熟とその病原体由来の多様な抗原決定基を認識する抗体プールの形成を促進する。脂質グロボトリアオシルセラミド(Gb3)は、GC内で見られるB細胞によって高発現しているが、その機能はこれまで分かっていなかった。Sharmaたちはマウス・モデルを用いて、B細胞中のGB3水準の上昇が高親和性抗体の形成を促進し、即ち、より劣った準主要抗原決定基に対する応答が増強され、また、異なるインフルエンザ・ウイルス株にわたって防御性のある抗体応答を促進した。さらに、外因性のGb3は、マウスにおいてワクチンに対する免疫補助剤として作用した。(MY,kh)

【訳注】
  • 胚中心:リンパ濾胞(リンパ節)の中心部にできる球状の構造で、活性化したB細胞により活発に抗体がつくられる場所。
  • 免疫補助剤:ワクチンと一緒に投与して、その効果(免疫原性)を高めるために使用される物質。
Science p. 720, 10.1126/science.adg0564

種間をつなぐタンパク質構造 (Interspecies protein structure)

多くの植物病原体は細胞壁分解酵素を放出して、細胞への侵入を促進する。細胞壁が分解すると、長鎖の壁の断片が免疫応答を抑制し、短鎖の断片が植物の免疫を増強する可能性がある。Xiaoたちは、生化学的分析とタンパク質構造解析を用いて、植物のポリガラクツロナーゼ-抑制タンパク質(PGIP)が真菌のポリガラクツロナーゼ酵素とどのように相互作用するかを確立した(ThynneとKobeによる展望記事参照)。彼らは、この相互作用が真菌の細胞壁多糖類への結合方法を変化させ、基質選択性と生成される分解産物の種類に影響を与えて免疫を高めることを見出した。すなわち、2つの異なる種からのタンパク質が結合して、どちらか単独とは異なる挙動を示す酵素複合体を形成する。さらに、著者たちは、関連しているが不活性なPGIPを活性なPGIPになるよう修飾することでエンジニアリングの可能性を実証している。(KU,kj,kh)

Science p. 732, 10.1126/science.adj9529; see also p. 707, 10.1126/science.adn8306

HIVを治癒するための戦略 (Strategies to cure HIV)

HIV-1感染の本質は、感染細胞の潜在的な貯蔵庫が存在するということである。抗レトロウイルス療法はウイルスの進化と病気の進行を止めることができるが、潜在的な貯蔵庫が標的ではないため、治療法ではない。たった1つの潜在的なHIV-1感染細胞が病気を引き起こす可能性があるため、貯蔵庫を除去することがHIV治療法を開発するための主要な焦点となっている。展望記事において、Siliciano and Silicianoは、例えば造血幹細胞移植によりHIVを治癒した人々の例を引き合いに出し、潜在的な貯蔵庫を標的とする現在の取り組みについて論じている。著者たちは、潜在的貯蔵庫を大幅に減らすべきことの重要性と、それによって生じる課題について論じている。(KU,kh)

Science p. 703, 10.1126/science.adk1831

酸を手助けすることがお役に立つ (Helping acid help you)

従来のブレンステッド酸は最も古い触媒の1つであり、今でも最も効果的である。しかしながら、ブレンステッド酸は単純なプロトン移動によって作用するため、その加速効果を構造的変化によって改善するのは容易ではない。Westendorffたちは、電気化学ポテンシャルの適用がプロトン化の前平衡を傾け、それによって酸触媒によるアルコールの脱水反応を最大100,000倍加速できることを報告している。この戦略はフリーデル-クラフツ・アシル化反応の加速にも効果的であり、酸触媒化学に広く適用できる可能性があることを示唆している。(KU,kh)

【訳注】
  • ブレンステッド酸:ブレンステッド-ローリーの定義による酸。反応する相手に対しプロトンを与える物質。
  • フリーデル-クラフツ・アシル化反応:芳香族化合物にアシル基(-C=O(CH3))を導入する反応。
Science p. 757, 10.1126/science.adk4902

ヨーロッパ旧石器時代で綱を作る (Making rope in the European Paleolithic)

考古学者たちは、ヨーロッパ後期旧石器時代の遺跡から発見された、いわゆる穴あき棒の機能について長い間困惑してきた。通常トナカイの角で作られているが、それらは一般に儀式目的または地位の象徴とみられている。ConardとRotsは、ドイツ南西部のホーレ・フェルス洞窟から出土した35,000年前のマンモスの象牙で作られた穴あき棒を、残留物と使用による摩耗の分析を用いて調査した。彼らは複製品を使って繊維製造の実験を行い、この穴が原料繊維にとって効果的な案内役として役立ち、単に繊維を手でねじるよりも強力で弾力性のある綱を作るのを容易にすることを見出した。(Sk,kh)

Sci. Adv. (2024) 10.1126/sciadv.adh5217

二次元材料の高密度フィルム (Dense films of two-dimensional materials)

グラフェンとMXeneと呼ばれる2次元材料の一族は、しなやかなエネルギー貯蔵デバイスの作製に有用な機械的・電気的特性を有しているが、これらの材料の薄片を集めて、秩序だった自立したシートを作成することは 意欲をかき立てる仕事である。YangたちはMXeneであるTi3C2Txを用いてシート間に架橋構造を与え、グラフェン膜を作製した。このプロセスの重要な点は、ナノ拘束水を使用することである。これにより、しわが軽減され、粒子の整列性が向上する。このフィルムは、高い強度に加え、高い電子伝導性を持つため、電磁干渉シールド、集電体、電極に適している可能性がある。(Wt,nk,kh)

Science p. 771, 10.1126/science.adj3549

がんにおけるエピジェネティックなDNA配列のずれを修復する (Restoring epigenetic slips in cancer)

DNAのメチル化は転写を抑制し、細胞分化と運命決定を調節する。骨髄異形成症候群と急性骨髄性白血病では、DNAメチル化阻害薬が標準治療である。しかし、DNMT3AやDNMT3Bのde novo型のメチル化酵素活性の欠損による局所的なメチル化阻害も、疾患の一因となる。Liたちは、様々なDNMT3A/B欠損遺伝子型を有するマウスの骨髄での局所的なメチル化阻害パターンを明らかにし、修正した。彼らの研究は、クローン性造血または骨髄性悪性腫瘍を有する患者における局所的なメチル化阻害を修正するために、de novo型のDNMT活性を再活性化するための潜在的な戦略を提供する。(Sh,kh)

【訳注】
  • 骨髄異形成症候群:造血幹細胞が白血球、赤血球、血小板などの血液細胞へと分化する過程で、途中での成長停止、壊れた血液細胞の産生、形状や機能の異常等によって、正常な血液細胞が作られなくなる病気の総称。
  • 急性骨髄性白血病:骨髄にある造血幹細胞から血液細胞へと分化・成熟する過程で、細胞が悪性腫瘍化する病気。
  • DNMT:DNA methyltransferase(DNAメチル化酵素)。DNAにメチル基を付加する酵素でDNMT3AとDNMT3Bが代表的。それぞれにde novo型と維持型がある。de novo型のDNMTは、主に胚発生の初期に発現、DNAの何らかの特徴を認識して新規メチル化を行い、遺伝子のメチル化パターンを確立する。一方の維持型のDNMTは確立されたメチル化パターンの維持を行う。
  • クローン性造血:加齢に伴い、造血幹細胞が再発性の遺伝子異常を持つ造血幹細胞に置換する前がん病態。
Sci. Adv. (2021) 10.1126/sciadv.adk8598