AbstractClub - 英文技術専門誌の論文・記事の和文要約

Science May 12 2023, Vol.380

大きくなる (Growing bigger)

白亜紀末における大型恐竜の絶滅後、多くの哺乳類は急速に大きさが増大した。この変化に対するいくつかの仮説が提案されてきており、その原動力についても多くの議論がなされている。Sanisidroたちは、桁違いの大きさの変化を経験した始新世の大型草食哺乳類である、ブロントテレスの体の大きさの記録を調べた。著者たちは、方向性選択の証拠は見出せなかったが、その代わりに、ブロントテレスの生態的地位においては大型種ほど、他の草食動物との競争が少なくなる結果、生き残り率が増加するという様式を見出した。このように、時間の経過とともに、種選別というマクロ進化の過程によって、これらの哺乳類の体の大きさの増加が引き起こされた。(Sk,kj,nk,kh)

【訳注】
  • 方向性選択:ある対立遺伝子の適応度が他の対立遺伝子より大きい場合に、たとえ潜性であっても、その対立遺伝子の頻度が高くなる定方向に起こる選択。なお著者要約は内容の異なる「directional evolution(定向進化)」の語を使っている。
  • 生態的地位:その生物が生産者か消費者かというような食物連鎖で占める位置、他の生物と競争関係にあるか否か、他の生物にすみかを提供しているかどうかなど、生物群集の中で占める役割。
Science, ade1833, this issue p. 616

炭素–水素結合が四角になる (Carbon–hydrogen bonds get squared)

四員炭素環を作る従来の合成経路は、炭素–炭素の二重結合あるいは三重結合を持つ2つの不飽和化合物の反応を必要とする。しかし、これら2つの反応相手の相対的な向きを制御するのは往々にして困難である。Yangたちはそれとは別の、パラジウム酸化触媒を用いたベンゾシクロブテンを作る方法を提示している。反応相手の1つはカルボン酸で、隣接する2つのアルキル炭素中心で炭素–水素が酸化を受ける。そしてもう一方の相手は、隣り合う置換基が臭素とヨウ素のアレーンで、これらの置換基は別々の速度で反応して所望の位置制御を達成する。(MY)

【訳注】
  • アレーン:ベンゼン環あるいは縮合芳香族環を有する芳香族炭化水素化合物、およびアズレンなどの非ベンゼン系芳香族炭化水素化合物の総称。
Science, adg5282, this issue p. 639

腹をすかして長生きする (Hungry to live longer)

カロリー制限は実験動物の寿命を延ばす。Weaverたちは、空腹感だけでショウジョウバエの寿命を同様に延ばせることを示している。ショウジョウバエに分岐鎖アミノ酸(特にイソロイシン)を与えないか、あるいは摂食意欲に関係する脳の神経細胞を光遺伝学的方法で刺激することにより引き起こされる空腹感はハエの寿命を引き延ばした。分岐鎖アミノ酸を与えられなかったハエにおける持続的空腹感は、ハエが消費するタンパク質要求量の設定点を設定し直すらしくて、ハエの脳におけるヒストンアセチル化の変化と関係した。(MY,kh)

Science, ade1662, this issue p. 625

微小環境の改ざん (Manipulation of microenvironment)

培養中の単一細胞へのヒト・サイトメガロウイルス(HCMV)の感染は、その単一感染細胞と接触している細胞にプロウイルス状態を引き起こす。プロウイルス状態はHCMVに有益であるだけでなく、他のウイルスにも利用される可能性がある。Songたちは、感染細胞への近接性に基づいて培養中の細胞を区分した。感染細胞から同様の距離にある細胞のプロテオームの解明により、感染に対する近位細胞の感受性と遠位細胞の抵抗性を説明する特徴が明らかになった。この研究は、細胞培養におけるウイルス感染の動態を推進する時空間的複雑性を強調しており、生体中でのウイルスに誘発される細胞間コミュニケーションに関する重大な意味を持っている。(KU,kj,kh)

【訳注】
  • プロウイルス:ウイルス・ゲノムが宿主細胞のDNAに統合されている状態。
Sci. Adv. (2023) 10.1126/sciadv.adg3433

ゼオライトのばらつきを画像化する (Imaging zeolite variability)

ゼオライトは応用でのバッチ間差(ばらつき)の原因となる構造的および組成的な不均一性を生じやすい。しかしゼオライトは、原子レベルの解像度を得るために必要な電子ビームの線量で損傷しやすいために、これらばらつきを透過型電子顕微鏡(TEM)で画像としてとらえることは困難である。Zhangたちは、低線量の四次元走査型TEMデータを用いた電子タイコグラフィーでオングストローム以下の分解能を実現した。著者たちは、試料厚さ40ナノメートルまでの様々なゼオライト中の個々の酸素原子列を解像し、ゼオライト全域で酸素欠陥分布をマップ化した。異なるゼオライト相間での複雑な相互成長構造も画像化された。(NK,kj,nk,kh)

【訳注】
  • タイコグラフィー:入射電子プローブを、その照射領域の一部が重なるよう試料上で二次元スキャンして各走査点において回折図形を取得し、回折図形の強度から試料の構造を再構成する方法。
Science, adg3183, this issue p. 633

旧石器時代の天然産物を復活する (Resurrecting Paleolithic natural products)

古代のDNAを抽出して分析するのに用いられる技術の進歩に伴い、我々の遠く離れたヒト祖先やヒト族近縁のものの周辺やその体内に住んでいた微生物について、より多くのことを学ぶようになった。しかしながら、これらの生物が産生していたかもしれない分子の種類や、健康や病気におけるその役割についてはまだほとんど知られていない。Klapperたちは、古代人およびネアンデルタール人の遺物の歯石中の細菌のメタゲノムアセンブルゲノムを抽出した。これらの試料中の天然産物生合成遺伝子群は独特であり、これらの群を異種発現すると、著者たちがパレオフラン(paleofuran)と命名した5-アルキルフラン-3-カルボン酸産物が得られた。古代微生物の天然産物を復活するためのこのような方法は、初期ヒト族の栄養や健康についての洞察を提供するかもしれず、また今では失われた生物活性化合物への洞察を提供する可能性もある。(hE,kh)

【訳注】
  • ヒト族(hominin):霊長目ヒト科ヒト亜科を構成するヒト族の総称。
  • メタゲノムアセンブルゲノム(MAG):腸内微生物叢シークエンス情報から、再構築した微生物由来ゲノムの総称。
Science, adf5300, this issue p. 619

潮汐破壊現象の偏光 (Polarization of a tidal disruption event)

超巨大ブラックホールに星が近づきすぎて通過すると、潮汐力によってその星ははぎ取られる。そのデブリがブラックホールに向かって落下すると、加熱されて発光し、潮汐破壊現象(Tidal Disruption Event:TDE)と呼ばれる瞬間的な天文学的発光源が生ずる。Liodakisたちは、可視光域でのTDEの偏光を計測し、その事象中に偏光が変化し、25±4%の直線偏光に達することを見出した。著者たちは、この挙動をモデルと比較することで、TDEの可視光域の放射は、デブリの流れがブラックホールを巡る全軌道にわたって伸びて、デブリ流が自分自身と衝突するところで衝撃波が発生しているのではないかと述べている。(Wt,kj,nk,kh)

Science, abj9570, this issue p. 656

土地放棄と生物多様性 (Land abandonment and biodiversity)

人間の活動が一切行われなくなる土地放棄が農村部で増加している。どこにどれだけ土地が放棄されているのか、生物多様性や保全に資するよう回復するにはどう管理あるいは放置するのが最善であるのか、再利用はどのように行えば効果的であるのか、正確には分かっていない。DaskalovaとKampは展望記事で、土地放棄が生物多様性の回復に及ぼすさまざまな結果について、人間の介入が必要かどうか、必要であればどのような形で行うかについて論じている。著者たちはまた、 農村部の住民が必要に応じて土地を使用目的変更できることを保証する決定権の必要性と、どのように地域住民や先住民との協働が生態系と保全目標に関する歴史的な知識をもたらすかについて論じている。土地放棄とそれに伴う生物多様性と保全への影響につながる複雑な相互作用を理解することが、人と自然の相互作用を改善できるかもしれない。(Uc,MY,kh)

Science, adf1099, this issue p. 581

有機的な動作 (Organic actuation)

ある種のフッ素高分子材料は、強誘電特性と幅広い用途に適した魅力的な機械的特性を備えている。Qianたちは、これらの高分子材料の歴史を総説し、電気機械的、電気熱量的、および誘電体的な用途に利用できる可能性に焦点を合わせながら、最近の進歩について論じている。フッ素高分子材料は比較的柔軟であり、それはこれらの材料を幅広い用途に対して魅力的にしており、そのことは装着型装置にも当てはまる。商業用途向けにこれらの材料の特性を改善するには、多くの課題が残されている。(Sk,kj,kh)

Science, adg0902, this issue p. 596

膵臓ガン進行の追跡 (Tracking pancreatic cancer evolution)

膵臓ガンの進行は、膵臓病変と周囲の組織微小環境との間の複雑な相互作用が関わっている。Burdziakたちは、膵臓腫瘍進行の詳細分析を行った。新たに開発された計算方法を含むいくつかのモデル系を用いて、膵臓腺ガンに至る腫瘍の進行段階を、シグナル伝達遺伝子モジュールに基づいて予測した。組織の改造は、健康な膵臓から炎症状態、前悪性段階、次いで本格的な悪性腫瘍および遠隔転移まで追跡された。早い段階の前駆細胞様上皮細胞におけるエピジェネティックな可塑性は、腫瘍性形質転換に向け膵臓細胞を準備刺激した。可塑性は、細胞間シグナル伝達遺伝子に近接した接近可能クロマチンの改造と、上皮細胞-免疫細胞間のインターロイキン-33が仲介する炎症フィードバック・ループと関連していた。(Sh,kj,nk,kh)

【訳注】
  • 遺伝子モジュール:ある状況において、発現制御がひとまとまりで行われている遺伝子群のこと。
  • 前駆細胞:幹細胞から発生し、体を構成する最終分化細胞へと分化することのできる細胞。
  • インターロイキン-33:細胞が分泌する低分子タンパク質の生理活性物質の1つで、さまざまな臓器の上皮細胞や血管内皮細胞の核内に局在し、危険シグナルとして細胞の損傷に伴い短時間で細胞外に放出される。
Science, add5327, this issue p. 597

古代メキシコ人の遺伝子構造は存続する (Ancient Mexican genetic structure endures)

古代人のDNAは、人類の移動と遺伝的遺産について多くのことを明らかにしてきた。しかしDNAは高温気候で分解されやすいことはよく知られており、気候の制限のために、地域と祖先の研究は非常に不均衡になっている。Villa-Islasたちは、メキシコ北部と中部の、スペイン人が来る以前の時代の個体からの古代人DNAを分析し、未知の「かすかな痕跡」の人々からの寄与を明らかにした(LlamasとRoca-Radaによる展望記事参照)。彼らは、10世紀に始まった気候変動にもかかわらず、メキシコ中部地域で一部の人々が存続していたことを見出した。古代住民の遺伝的構造の多くは、人口減少に持ちこたえており、現在の先住民族の人々に表れている。(Sh,kh)

Science, add6142, this issue p. 598; see also adh7902, p. 578

連星系の中のFRB (FRBs in a binary star system)

高速電波バースト(Fast radio bursts:FRB)は、遠方の銀河から放出される短時間の電波的な閃光で、おそらく中性子星によって放射されている。いくつかのFRBは繰り返されるため、追跡観測によってそれらの局所環境に制限を与えることができる。Anna-Thomasたちは、1つのFRB源から100個以上のバーストを観測し、そのうち13個は偏光を測定できるほど明るかった(Paragiによる展望記事参照)。偏光特性が変動していることにより、FRB源に近傍の磁場が大きく変動し、方向が2回反転していることが示された。著者たちは、FRB源が連星系を周回しており、電波が伴星の磁化された恒星風を通過しているという説明が最も有力であると主張している。(Wt,kh)

Science, abo6526, this issue p. 599; see also adh8099, p. 580

初期の人類の生息地 (Early human habitats)

初期の人類とその親戚であるホミニン(ヒト族)は、アフリカの外に広がるために新しい環境に適応する必要があった。Zellerたちは、さまざまな生物群系へのヒト族の移動とそれらの選好を、シミュレートされた気候と植生に対してヒト属6種の化石記録からの分布を過去300万年間にわたり比較することで、調査した。彼らは、より後世の種のいくつかが、より寒冷地域や森林地域に広がるにつれて、より広範な生物群系に生息するようになり、特にホモ・サピエンスはより極端な生息地(砂漠やツンドラ)に定住するようになったことを見出した。時間の経過とともに変化する環境条件に適応することに加え、モデルは、ヒト属種がより多様な生息地を持つ地域を優先的に選択した可能性があることを示唆している。(KU,MY,kh)

【訳注】
  • 生物群系(biome):植物、動物、土壌生物の群集の類型を束ねる大分類で、例えばツンドラ地帯、サバンナ地帯、砂漠、温帯広葉樹林帯、熱帯雨林地帯等の名前でしばしば分類される。
Science, abq1288, this issue p. 604

反応性酸化物被覆層の保持 (Retaining reactive oxide overlayers)

金属ナノ粒子は、還元可能な酸化物担体と非常に強く相互作用するため、粒子は最初の還元工程中に金属酸化物で被覆される。Monaiたちは、走査透過型電子顕微法と赤外分光法を用いて、一酸化炭素と二酸化炭素の水素化反応中にニッケル・ナノ粒子の酸化チタン被覆層がどのように変化するかを研究した。より強い還元条件下で形成された、より厚く結晶性の低い酸化チタン被覆層が、水素化条件下でも部分的に保存された。この被覆層の再構築が、表面炭素種の貯蔵所を提供することで炭素-炭素カップリング反応を促進する界面部位を形成した。(KU,kh)

Science, adf6984, this issue p. 644

コバルトへのドープがイリジウム無しですませる (Doping cobalt avoids iridium)

水の電気分解は、持続可能な水素製造手段の可能性を秘めている。残念なことに、最も効率の良い酸性雰囲気においては、稀少で高価なイリジウムだけが、十分に安定で活性な酸化触媒である。Chongたちは今回、豊富に存在する酸化コバルト触媒へのランタン・イオンとマンガン・イオンのドープが、プロトン交換膜を備えた酸性水電解槽中で活性と安定性を高めると報告している。シミュレーションにより、ランタンが触媒表面を安定化し、マンガンが触媒バルクの導電性を高めることが示唆されている。(MY,kh)

Science, ade1499, this issue p. 609

息を止めろ (Hold your breath)

ほとんどの魚は完全に変温性であり、これはその体温が環境によって大きく調節されることを意味している。この生理学的特徴は、(体が)完全に機能するためには一定の体温を維持しなければならないが、獲物を見つけるためには異なる温度環境に立ち入る必要もある大型の捕食性の魚にとっては、この生理学的特徴が問題となることがある。Royerたちは、最先端の遠隔自動記録装置を用いて、アカシュモクザメが、鰓孔を閉じて熱伝達を防ぐことにより、深海(800メートル以上)への潜水の間、より高い体温を維持できたことを見出した(MeekanとGleissによる展望記事参照)。機能上、これらのサメは潜水中に息を止めて、深く冷たい海での獲物への接近を容易にする。(Sk,nk,kh)

【訳注】
  • 鰓孔(えらあな、さいこう):サメ類には通常の硬骨魚が持つ鰓蓋がなく、口から入った水が外部に出る鰓孔を持つ。
Science, add4445, this issue p. 651; see also adg8452, p. 583