AbstractClub - 英文技術専門誌の論文・記事の和文要約

Science May 19 2023, Vol.380

マイクロ波と光量子のもつれ (Entangling microwaves with optical photons)

量子計算、シミュレーション、計測などの応用のために、いくつかの技術基盤(プラットフォーム)が開発中である。それぞれの技術基盤は最適な性能を得るために異なる動作波長で動作する。応用技術のために実際にはいくつかの技術基盤を組み合わせることとなるが、それにはエネルギー不均衡の大きい技術基盤間で量子もつれを生成・共有する必要がある。Sahuたちは、マイクロ波(超伝導回路の動作波長)と光量子(長距離量子通信の動作波長)の間で量子もつれを生成できる電気光学素子を開発した。エネルギーのスケールで5桁以上異なる技術基盤間を橋渡しし、脆弱なもつれを維持することで、いくつかの技術基盤が組み合わさった量子システムを効果的に連携させる道筋を与えている。(Wt,nk,kj,kh)

Science, adg3812, this issue p. 718

心臓の再分化と成熟 (Cardiac redifferentiation and maturations)

ゼブラフィッシュのような一部の動物種は、哺乳類とは違い、生き残った心筋細胞を用いて新しい細胞を作り出すことによって損傷後に心臓を再生することができる。これらの細胞がどのようにして分裂を停止し、心機能に寄与するのに十分に成熟するのかは不明である。Nguyenたちは、心筋細胞の成熟を研究するために、生体外画像化を用いて、再生中のゼブラフィッシュ心臓での細胞内カルシウム動態を視覚化した。細胞内カルシウム処理の調節を担う構造である心臓ダイアドの形成が、心筋細胞が増殖するのかあるいは成熟が進行するのかを決定する上で重要な役割を果たした。さらに心臓ダイアドの構成要素であるLRRC10は、ゼブラフィッシュ、マウスおよびヒトにおける心筋細胞成熟の調節に関与していた。(Sh,MY,nk,kh)

【訳注】
  • 心臓ダイアド:心筋の筋原線維と平行に筋線維内に存在する構造の1つである筋小胞体と、筋小胞体間に位置し筋線維の長軸に直角に存在する横行小管との連絡部位。
  • LRRC10:カルシウム処理の制御を通じて心筋細胞の細胞分裂を停止させ、成熟を開始させることが知られている心筋細胞に特異的なタンパク質。
Science, abo6718, this issue p. 758

森をそのままにする (Leaving forests alone)

森林の炭素捕獲能力を活用することは、地球規模の気候変動を緩和するための計画の重要な要素である。新しく植林することは一般的な戦略であるが、この方法は社会的、生態学的に悪影響を及ぼし、多大な費用がかかる可能性がある。Roebroekたちはそうではなく、森林の管理(木材の伐採や火災の抑制など)を中止することで、森林の世界的な炭素隔離能力がどのように変化するかを調査した。著者たちは、人間活動のある森林とない森林のバイオマスの違いを評価し、機械学習を用いて、世界の森林から人間活動を除去した場合のバイオマス増加量を予測した。すべての森林管理を停止した場合でさえも(極めて可能性の低いシナリオ)、世界の森林炭素は約15%しか増加しないことがわかった。この研究は、森林管理の変更が炭素排出削減の代替策にならないことについて、更なる証明を提供するものである。(Uc,kh)

Science, add5878, this issue p. 749

軽質オレフィン合成を指向する (Directing light-olefin synthesis)

水素と一酸化炭素の混合物(合成ガス)からの金属酸化物ゼオライト触媒上での軽質オレフィンの生成は、競合する副反応によって複雑になる。Jiaoたちは、ゲルマニウム置換によってゼオライトAlPO-18に作られるブレンステッド酸部位が、オレフィン生成中間体の炭素–炭素カップリングに対して非常に活性であり、一方、望ましくない副反応である水素化およびオレフィンのオリゴマー化に対して活性がはるかに低いことを示している。一酸化炭素の転化率は85%で、また、軽質オレフィンへの選択性が83%であるため、ほぼ50%の全体収率が得られた。(MY)

【訳注】
  • 軽質オレフィン:エチレン、プロピレン、ブテンなど炭素数の少ないオレフィン(炭素-炭素二重結合を有する鎖状炭化水素化合物)のこと。
  • AlPO(アルポ):ゼオライトを構成する結晶性ケイ酸アルミニウムと類似の構造を持つ結晶性リン酸アルミニウムの総称。結晶構造により異なる数字(ここでは-18)が付加される。
  • ブレンステッド酸:他の物質に水素イオンを与えることのできる物質。
Science, adg2491, this issue p. 727

怜悧な管の束 (A cool bundle of tubes)

蒸気圧縮冷却は、多くの場合、温室効果ガスであるか可燃性や毒性を含む他の問題を有する冷媒に依存している。熱量効果冷却は、固体を相変化させることに依存する別の方法である。Qianたちは、疲労耐性のあるニッケル–チタン管の束を圧縮する弾性熱量効果冷却装置を開発し、魅力的な冷却力と最大の温度差を得た。この装置は、他の熱量効果方法と比較して競争力があり、最終的な商品化にとって魅力的であるかもしれない。(Sk,nk,kj,kh)

【訳注】
  • 熱量効果:外場を変化させることで、材料が吸熱や発熱を起こす現象であり、圧力、磁場、電場などの外場により熱制御が可能なことが知られている。
Science, adg7043, this issue p. 722

自然な温度感覚の復活 (Restoring naturalistic thermal sensation)

上肢切断者用の人工装具開発における近年の進展は、さまざまな手段を用いて触感覚の復活が可能であることを示してきた。しかし、現状の技術では温度感覚の復活はできていない。Iberiteたちは、より自然な感覚を上肢切断者に提供するため、残っている腕の敏感部位に温度刺激を配置することで、温度感覚を復活できる非侵襲性の装着可能装置を開発した。この手段を用いて、彼らは温度の幻肢感覚を生じさせることができた。上肢切断者はさまざまな温度刺激を確実にかつ一貫して区別することができた。温度感覚の復活は、既存技術と組み合わせて、人工装具使用者に自然に近い体感を提供することに貢献するだろう。(MY,kj,kh)

【訳注】
  • 幻肢感覚:四肢を失った人が、失われた四肢がいまだ存在するかのように感じること。
Science, adf6121, this issue p. 731

病気伝播の媒介となるキス (Kissing as a vector of disease transmission)

キスの種類は大きく分けて、肉親的な友好を表すものとロマンチックで性的なものの2種類がある。肉親的な友好を表すキスは古今東西の人類社会でどこにでも見られるようであるが、ロマンチックで性的なキスは普遍的な行動ではない。さらに、性的-ロマンチックなキスの出現は、病気の伝播に二次的な影響を与え、経口感染する病原体の拡散と進化を促進した可能性がある。展望記事においてArbøllとRasmussenは、メソポタミアにおける医療記録、美術品、古代DNA分析の事例から、性的でロマンチックなキスはおそらく古代において一般的に行われていたもので、単一の起源を持つものではなかったと推測をしている。著者たちは、このようなキスが、古代文化における疾病伝播パターンの変化にどうやら寄与していない理由を説明している。(ST,kj)

Science, adf0512, this issue p. 688

自然の権利法における科学の利用 (The use of science in rights-of-nature laws)

自然のための法的権利を確立する法律の制定が、環境を保護するために、ますます多くの国で追及されている。これらの自然の権利法の成否は、それを策定し、解釈し、実施するために科学的概念と専門知識がどのように使用されてきたかに大きく依存する。Epsteinたちは、自然の権利法の重要な科学的側面と、それを解釈した裁判所の判決における科学の利用を概説した。彼らは自然の権利法に科学的概念を適用する際の課題の一例として、「進展する権利」を検討し、幾つかの可能な解決策を明らかにした。(KU,nk,kj,kh)

Science, adf4155, this issue p. 704

遺伝的発見の意味をなす (Making sense of genetic findings)

ゲノムワイド関連解析(GWAS)は、個々の遺伝子多様体と様々な形質や病気との間の関連を同定する。残念なことに、これらの解析から得られる発見は、ある病気と関連する遺伝子多様体が、その症状を直接引き起こしたのか、それとも生物学的に関係する遺伝子の近くか調節領域にたまたま位置しているだけなのか、を決定するために用いることはできない。GWASによって同定される多様体のほとんどはゲノムの非コード領域に位置しており、これが解釈の難しさをさらに増加させる。Morrisたちが開発した作業の流れは、CRISPRに基づく編集を用いて目的の多様体を直接導入し、次に個々の細胞中での遺伝子発現に及ぼす影響を評価し、これによって特定の血液細胞の形質に対するその寄与を同定することによってこの課題に対処している。(hE,kh)

【訳注】
  • ゲノムワイド関連解析(Genome Wide Association Study:GWAS):ヒトゲノム全体をほぼカバーする1000万か所以上の一塩基多型(SNP)のうち、50万~100万か所の遺伝型を決定し、主にSNPの頻度と、病気や量的形質との関連を統計的に調べる方法のことをいう。
  • 調節領域:タンパク質をコードしている遺伝子の転写を制御する転写因子が結合する、ゲノム領域上の部位こと。
  • CRISPR:Clustered Regularly Interspaced Short Palindromic Repeatsの略で、近年原核生物でファージやプラスミドに対する獲得免疫機構として機能していることが判明したDNA領域のこと。CRISPR-Cas9が遺伝子編集ツールとして用いられている。
Science, adh7699, this issue p. 705

対称性の破れの出現を画像化する (Imaging the onset of symmetry breaking)

ヤーン・テラー(JT)効果は、縮退した電子配置を有する非線形分子系において対称性の破れを引き起こす幾何学的緩和の基本的機構の1つである。多くの研究分野において観測される様々な現象の要因となっているにもかかわらず、高い分光分解能でこの効果を直接画像化することは大きな課題となっている。Ridenteたちは、最先端の実験的・理論的時間分解X線吸収法を駆使して、メタン・カチオンという原型例のJT変形によって起きる超高速(数フェムト秒)分子ダイナミクスを再構成することに成功するとともに、その後に生じる緩和のコヒーレンスおよび異なる内部自由度へのエネルギー散逸を捉えることにも成功した。提示された手法は今後、より複雑な系のJT変形やその他の関連する超高速ダイナミクスの研究に用いられるであろう。(NK,kj,kh)

Science, adg4421, this issue p. 763

皮膚のより本物らしい模倣品 (A truer skin mimic)

皮膚は体に保護層を提供しているが、同時に細やかな感覚の帰還や周囲との柔軟な相互作用も可能にしている。Wangたちは、有機半導体によるトランジスタを組み込み、硬い部品を持たない人工電子皮膚を考案し、それによって本物の皮膚の機械的側面を模倣した(Sekitaniによる展望記事参照)。同時に、この人工皮膚は温度や圧力などの外部刺激を感知し、これらの刺激を電気パルスに符号化することができる。著者たちは、この人工皮膚がラット生体内の運動皮質で神経細胞の発火を引き起こし、それが足の指の痙攣の引き金になることを示した。(Sk,nk,kh)

Science, ade0086, this issue p. 735; see also adf0262, p. 690

湖沼水の喪失 (Losing lake water)

大きな湖に蓄えられている水の量は、人間と気候の両方が原因で、過去30年間で減少してきた。Yaoたちは、衛星観測、気候モデル、水文学モデルを用いて、大規模な自然湖と貯水池の両方の50%以上が、この期間に体積の減少を生じたことを示した(Cooleyによる展望記事参照)。彼らの調査結果は、淡水の貯蔵、食料供給、水鳥の生息地、汚染物質と栄養素の循環、レクリエーションなどの欠くことのできない生態系サービスを保護するための、より適切な水管理の重要性を強調している。(Sk,nk,kh)

【訳注】
  • 生態系サービス:生物・生態系に由来し、人類の利益になる機能のこと。
Science, abo2812, this issue p. 743; see also adi0992, p. 693

幅広いスクリーニング法 (Screening for breadth)

化学者が触媒を最適化する場合、通常はテスト反応で単一の基質を使用する。次に、その基質で最良の結果を生み出す触媒が、より広範囲の基質に適用される。Reinたちは異なる方法を報告している。それは、様々な基質全体でのエナンチオ選択性の中間値を最適化することを目的として、多様な基質全体で触媒を同時にスクリーニングすることである。この方法を用いてペプチド置換アミノキシル・ラジカル骨格の構造修飾により、ジオールの酸化的非対称化用の広範な多用途触媒が効率的に特定された。(KU,nk)

Science, adf6177, this issue p. 706

安全だという錯覚 (False sense of security)

手つかずの生態系では、大型肉食動物は小型肉食動物(中位捕食者:mesopredator)を調節する影響を持ち、後者の数と分布の双方を制限している。人間がいる地域では、これらの小型肉食動物は人間が開発した場所を利用して大型肉食動物を避けている。しかしPrughたちは、これらの地域では小型動物は安全であるとの印象が誤りであることを見出した。それはこれらの種の死亡率が、大型肉食動物が存在する地域よりも3倍以上高かったためである(DarimontとShuklaによる展望記事参照)。そのような誤解は、これらの小型種を脅威にさらすかもしれず、また、生態系の栄養構造にも影響を与えるかもしれない。(MY,kh)

Science, adf2472, this issue p. 754; see also adh9166,, p. 691