AbstractClub - 英文技術専門誌の論文・記事の和文要約

Science May 5 2023, Vol.380

栄養素が粉塵として (A dusting of nutrients)

海洋における一次生産を促進する栄養素のほとんどは、より深いところから海面に上昇した海水に由来しているが、大気中のエアロゾルが、もう1つの潜在的な供給源として長い間認識されてきた。Westberryたちは、衛星によってなされた海洋の色の測定値を用いて、植物プランクトンの世界的な分布が粉塵降下によって影響されており、その影響が地域によって異なることを示した。気候変動は、この機構の相対的重要性を変えると予想される。(Sk,kh)

【訳注】
  • 一次生産:生態系において、ある期間中に植物が光合成により生産した有機物総量のこと。
Science, abq5252, this issue p. 515

情報のような物体の移動 (Moving objects like information)

起伏に富んだ地形上の移動は、ヒトであろうとロボットであろうと、裂け目、傾斜、あるいは表面構成の変化を補うよう歩行の調節を可能にする広範なフィードバックを通常必要とする。この能力は、一般的には地形の変化を検出するセンサー網を必要とする。Chongたちは、情報理論を使うことで、最低限の環境認識しか必要としない別の取り組みが目標への到着成功を保証できることを示している。著者たちは、ロボットがたくさんの接続された足をもつことと伝達誤りを最小限にする信号伝達手順をもつこと(この場合、伝達される「信号」はロボット自体)の間に類似性を見出している。(MY,kj,nk,kh)

Science, ade4985, this issue p. 509

ミトコンドリアでの翻訳終結 (Terminating mitochondrial translation)

ヒト・ミトコンドリアでの翻訳終結は、他のゲノムではアミノ酸をコードしている非標準終止コドンの認識を必要とする。どの因子がこの過程を担っているのかを明らかにし、終止コドンの認識に関する分子機構を理解するために、Saurerたちは遺伝子編集、リボソーム・プロファイリング、低温顕微鏡法を組み合わせて、生体内および生体外でこの終止過程を調べた。同定された放出因子による非標準終止コドンの特異的認識は、メッセンジャーRNAのひずみをもたらし、また結果としてそのリボソームRNAの参加を必要とする。これは標準終止複合体では見られなかった認識機構である。(MY,kh)

【訳注】
  • ミトコンドリアでの翻訳:ミトコンドリア固有の呼吸鎖膜タンパク質は、ミトコンドリア・ゲノムの情報がミトコンドリア中のリボソーム(ミトリボソーム)で翻訳され、合成される。
  • リボソーム・プロファイリング:リボソーム中で翻訳が行われているmRNA部位を特殊な方法で取り出し、この部位の配列を読み取ることで、翻訳中のmRNA上の位置を網羅的に特定する方法。
  • 放出因子(release factor):リボソーム中でのポリペプチド合成を終結させ、リボソームから新生ポリペプチド鎖を放出させるタンパク質。
Science, adf9890, this issue p. 531

適切な記憶形成の成熟 (The maturation of proper memory formation)

海馬のエピソード記憶システムは、出生時には存在しないが、幼児期に発達する。Ramsaranたちは、幼若マウスと成体マウスにおける海馬のエングラムを調べ、エピソード様記憶の正確さ出現の根底にある一連の事象を明らかにした。未成熟な海馬は、密なエングラムと不正確な記憶を形成する。疎なエングラムを形成する能力は、海馬における抑制回路が成熟する生後4週間まで出現しない。パルブアルブミン含有介在ニューロンの細胞体と近位樹状突起とを主に取り囲む細胞外マトリックス構造であるニューロン周囲網の成熟が、皮質と海馬における抑制性介在ニューロンの成熟を促進するのを助ける。(KU,MY,kh)

【訳注】
  • エピソード記憶:個人的な体験や出来事に関する記憶。
  • エングラム:物理学的実体に固定された認知情報の基本単位のこと。これは理論的に想定されている、記憶が外部的な刺激に応答して、生物物理学的あるいは生化学的な変化として脳あるいは他の生体組織に貯蔵される手段である。本論文では神経細胞の集合である。
  • パルブアルブミン:カルシウム結合性の低分子量のアルブミン。介在ニューロンに存在し、多くの生理的過程、アルツハイマー病や神経疾患、加齢による認知障害等、様々な病気にも関与している。
  • 細胞体:神経細胞を構成する主要3区画(細胞体、樹状突起、軸索)の1つで、細胞核が存在する区画。
  • 近位樹状突起:神経細胞にある樹状突起のうち、細胞体に近いところにあるもの。
Science, ade6530, this issue p. 543

巨大銀河を養うリサイクルガス (Recycled gas feeding a massive galaxy)

銀河は、周囲の銀河間物質からガスを降着させ、このガスを星に変える。超新星爆発などのようなフィードバック・プロセスは、そのガスをヘリウムよりも重い元素で富化し、多少のガスを銀河から放出するのに十分な運動量を与えることができる。Zhangたちは、赤方偏移2.3 の巨大銀河の周りの銀河間物質を観測した。彼らは、水素とヘリウムによる輝線に加えて、炭素のラインを観察した。これは、そのガスがより重い元素で富化されていたことを示している。ガスの運動は巨大銀河に向かって渦巻くガスの流れと整合している。著者たちは、富化されたガスは星形成の初期の時期からリサイクルされたものであると提案している。(Wt,kj,nk,kh)

Science, abj9192, this issue p. 494

ガーネットを一掃する (Getting rid of garnet)

ガーネットを含む雲状微球体の形成は、(それらの溶岩が最終的に大陸形成の原因である)海洋島弧溶岩の化学的性質を説明する有力な候補の1つである。HolycrossとCottrellは、ガーネットの形成が鉄の量とイオン価数比率(speciation)をどのように変化させるかを決定する一連の実験を実行することによってこの仮説を検証した。彼らは、ガーネットが大きな影響を与えておらず、島弧溶岩の酸化の唯一の原因である可能性が低いことを見出した。観測された化学的性質は、別の説明を必要とする。(KU,nk,kh)

【訳注】
  • 雲状微球体(cumulate):火成岩の一種で、マグマから晶出した結晶の集積によって形成される。
Science, ade3418, this issue p. 506

大学生の社会的所属感覚の向上 (Improving social belonging among college students)

米国における大学の学位取得率は、社会階層、人種、民族の違いで大きく変化する。学業継続を促進する介入策も、異なる背景を持つ学生には効果が異なり、状況ごとに異なる運用がなされている。Waltonたちは、22の大学・カレッジにまたがる短期間のオンライン介入措置において、こうした異質な効果を体系的に説明し理解するために無作為比較試験を実施した(Bowmanによる展望記事参照)。この介入措置は、読書と作文の活動を通じて、学生の所属感覚に関する懸念を改善するように設計されており、大学移行期には、馴染めない、授業で苦労する、ホームシックになるといった心配がいかに一般的で、時間の経過とともに改善するかが強調されていた。その結果、学校の環境が生徒の所属感覚を高める機会を提供している場合、この介入措置によって、特に歴史的に差別的過小評価されてきた生徒の学校生活への定着と継続が改善されることが分かった。この結果は、多様な学生をよりよく支援し、維持しようと努力する学術機関にとって、政策的な意味を持つ。(Uc,kj,nk,kh)

Science, ade4420, this issue p. 499; see also adh7681, p. 457

私のことを食べないで (Don’t eat me)

ワタリバッタは生涯の多くを平和的な草食動物として過ごす。しかしさまざまなきっかけに反応して、形態を変化させ、集まり、巨大な群れを作る。群がるワタリバッタは、共食いをするなど、見た目も行動も異なる。Changたちは、若いワタリバッタが同種のものに捕食される可能性を制限する機構を特定した(CouzinとCouzin-Fuchsによる展望記事参照)。特定の化合物であるフェニルアセトニトリルは、過密状態で飼育されたワタリバッタの若虫によって産生され、共食いを行う親族からその動物を保護する。この機構の特性を明らかにすることは、ワタリバッタの群れ行動の理解を深めるのに役立つかもしれない。(Sh,kh)

【訳注】
  • ワタリバッタ:バッタ科のバッタのうち、サバクトビバッタやトノサマバッタのように、大量発生などにより相変異を起こして群生相となることがあるもの。
Science, ade6155, this issue p. 537; see also adh5264, p. 454

現れ出るひもを撮像する (Imaging emergent strings)

スピン・アイスを含むフラストレート磁性体は、各スピンが最も低いエネルギー状態をとる基底状態を持たない。サンタフェ・アイスと呼ばれる人工スピン・アイス配列において、このフラストレーションは、磁気アレイの交点での磁気モーメントの配置から考察することができる。Zhangたちは、最低エネルギー状態にない「不幸な」交点によって形成されたひもの動力学を調べた。研究者たちは、X線磁気円二色性光電子分光法を用いて1秒毎にこの系の画像を撮り、観測されたひも配置の変化を分析した。この系は、ひもの運動が制約を受けた低温領域とひもトポロジーの変化によって特徴づけられる高温領域間の交差を経験した。(NK,kj,kh)

【訳注】
  • スピン・アイス:その物質において磁気モーメントが氷におけるプロトンの振る舞いと似たふるまいをするような物質。
  • フラストレート磁性体:磁性元素の配列が三角形あるいは正四面体などのネットワークを形成し、スピン間に反強磁性相互作用(隣り合うスピンを反平行に整列させる働き)が働いている物質。
  • X線磁気円二色性:磁性体試料に円偏光させたX線を照射したとき、吸収スペクトルが試料の磁化方向と円偏光の光スピンの方向に依存して異なる現象。
Science, add6575, this issue p. 526

シトステロールは植物のためのみにあらず (Sitosterol is not just for plants)

ほとんどの動物にとって、コレステロールは必須の膜脂質であり、シグナリング分子である。植物や真菌類では、1または2個多い炭素原子をもつ、化学的に類似の分子を用いる。Michellodたちは、2つの種の腸のない海洋性環形動物を研究し、これらの動物が一般的な植物脂質であるシトステロールを脂質膜中の主要ステロールとして産生することを見出した(BrocksとBobrovskiyによる展望記事を参照)。植物では知られているが、左右相称動物ではこれまで知られていなかった非標準的メチルトランスフェラーゼがこのステロールを生成するうえで鍵となるようである。環形動物およびその他の幾つかの動物門のゲノムやトランスクリプトーム・データをさらに分析して、この生合成遺伝子は広く分布しており、複雑な進化の歴史をもつことを示した。(hE,kh)

Science, add7830, this issue p. 520; see also adh8097, p. 455