AbstractClub - 英文技術専門誌の論文・記事の和文要約

Science April 28 2023, Vol.380

アリューシャン列島における二段階の地震 (A two-stage earthquake in the Aleutians)

2011年に日本で発生したような沈み込み帯の巨大地震の破壊的な挙動は、地震のすべり方の詳細に依存する。浅い深さでのすべりは、津波の支配的な要因である。Brooksたちは、最近開発された海底測地器を用いて、2021年7月に発生したアラスカ州チグニック地震(M8.2)の深部でのすべりが、2.5ヶ月後に第2段階の(無感地震)すべりに続いたことを見出した。この約2~3メートルの「音のしない」すべりは、浅い断層をその深い部分に追いつかせ、将来の地震の可能性を低減させた。(Uc,kh,nk)

Sci. Adv. (2023) 10.1126/sciadv.adf9299

芽胞の発芽 (Bacterial spore germination)

芽胞は、熱、乾燥、電磁波照射、有機溶剤および抗生物質に耐えることができ、何十年もの間、代謝的に不活性であり続けられる。とはいえ、栄養に出会うと数分以内に休眠からの脱却と増殖の再開がもたらされる。これらの不活性体がどのように環境を監視し発芽を引き起こすのかは不明確なままである。Gaoたちは枯草菌(Bacillus subtilis)を用いて研究し、芽胞細胞膜に埋め込まれた発芽受容体が低重合体化して栄養開閉性のイオン・チャネルになり、その後のイオン放出が休眠からの脱却を引き起こすことを見出した。さらなる研究は、発芽を誘導して病原菌を抗生物質に弱くしておく治療や、休眠からの脱出を阻止して直接病気を予防する治療をもたらすかもしれない。(MY,kj)

【訳注】
  • 芽胞:枯草菌や炭疽菌などのバチルス属と、破傷風菌、ボツリヌス菌、ウェルシュ菌のようなクロストリジウム属の細菌が、栄養素不足や環境悪化の状況で細菌細胞内部に形成する耐久性の高い細胞構造。(外側から)芽胞殻、皮層、コアからなる。コアは芽胞細胞壁と芽胞細胞膜で覆われている。
Science, adg9829, this issue p. 387

両親媒性の正孔輸送剤 (An amphiphilic hole transporter)

逆型ペロブスカイト太陽電池に用いられる正孔輸送材料の多くは、ペロブスカイト前駆液層となじむには疎水性が高すぎるか、あるいはペロブスカイトと反応してしまうかのどちらかで、ペロブスカイトー基板との間に埋没界面をもたらして性能を限定する欠陥を作り出す。 Zhangたちは、親水性であるシアノビニル・ホスホン酸(CPA)からなる固定基と疎水性であるアリールアミン系正孔抽出基を持つ両親媒性の分子正孔輸送剤(MPA-CPA)が、濡れと表面不活性化によってペロブスカイトの沈着を向上させることにより、埋没界面欠陥を最小限にしたと報告している。このペロブスカイト薄膜は、高い均一性、高い蛍光量子収率、および長い電荷担体寿命を持っていた。 封入された面積1平方センチメートルの太陽電池は、23.4%の電力変換効率を持ち、高い動作安定性と高いタンプ・ヒート(高温高湿)試験安定性を示した。(MY,kj,kh)

【訳注】
  • 逆型ペロブスカイト太陽電池:透明電極と対抗電極の間に透明電極側から正孔輸送層(正孔抽出層)-ペロブスカイト層-電子輸送層(電子抽出層)が積層されたペロブスカイト太陽電池。
Science, adg3755, this issue p. 404

CRISPR-Casが膜での戦力に加わる (CRISPR-Cas joins forces at the membrane)

RNA誘導型ヌクレアーゼを含むことに加えて、多くのCRISPR-Cas系は抗ファージ防御を強化するのに役立つ様々な補助タンパク質をコードする。低温電子顕微法、遺伝学的および生化学的手法の組合せを用いて、VanderWalたちは、いくつかのCRISPR-Cas系で見られる補助タンパク質であるCsx28が内膜に局在する八量体の細孔を形成することを見出した。ウイルスのメッセンジャーRNAによってCas13が活性化されると、Csx28は、内膜を脱分極し、細胞代謝を低速下するのを助けることによって、持続的なウイルス感染から防御するのを助ける。これらの知見はCRISPR-Casに基づく防御システムの複雑さを拡大し、新しい分子的技術への可能性を提供するものである。(hE,kj)

【訳注】
  • CRISPR-Cas:本来、外来性ウイルスやプラスミドへの獲得免疫を与える微生物の適応免疫システムとして、細菌や古細菌において発見されたもので、DNAの二本鎖切断を原理とする遺伝子改変ツールとして用いられる。
Science, abm1184, this issue p. 410

初期宇宙のコンパクト銀河 (A compact galaxy in the early Universe)

宇宙の膨張によって、遠くの銀河からの光は長波長に向けて赤方偏移する。遠方銀河の候補は画像で見分けられるが、その赤方偏移を確定するには分光観測が必要となる。Williamsたちは、近赤外撮像と分光観測とを用いて、ビッグバンから約5億年後に相当する、赤方偏移9.5の銀河を同定した。このような初期の銀河については、ほとんど判っていない。著者たちは、スペクトルに含まれる輝線から、ヘリウムより重い元素の存在量など、この銀河の物理的性質のいくつか決定することができた。彼らは、それが非常に小形で星形成の表面密度が高い銀河であることを見出した。(Wt,KU,kh,nk)

Science, adf5307, this issue p. 416

複製フォークを元に戻す方法は? (How to reverse a replication fork?)

DNAの複製の課題はDNA損傷を含む障害だが、これは合成を妨げてゲノムの安定性を脅かす。この複製ストレスに対する一般的応答は、複製フォークの反転(元に戻すこと)であり、親DNAが再び二重鎖に戻って、新たな娘鎖二重鎖が形成される。Liuたちは、ヘリカーゼ複合体を含む複製機構をアンロード(取り除く)することなく細胞が反転を達成できるリコンビナーゼRAD51に依存する一つの機構を説明している。その複製機構は、いったん複製が開始されるとリロード(再配置)することが出来ない。この機構は、細胞が複製ストレスに耐え、複製妨害がいったん取り除かれるとDNA合成を迅速に再開するのに反転がどのように役立つかを説明する。(KU,kh,nk)

【訳注】
  • リコンビナーゼ :DNA組換え反応を触媒する酵素。1
Science, add7328, this issue p. 382

長寿命酵母を設計する (Designing long-lived yeast)

酵母細胞は、死に至る2つの運命のいずれかへと導く転写トグル・スイッチを持っている。1つは核小体の減少による死、もう1つはミトコンドリアの減衰による死である。この転写スイッチを負のフィードバック・ループに再配線することにより、Zhouたちは、酵母細胞を2つの状態の間で振動させ、その寿命を82%ほど延ばすことができた (Salisによる展望記事参照)。これらの結果は、複雑な生物学的形質を制御する合成遺伝子回路を設計するのに工学原理を使用することに向けた一歩前進を意味している。(KU,kh,nk)

【訳注】
  • 核小体:真核生物の細胞核の中に存在する、分子密度の高い領域で、rRNAの転写やリボソームの構築が行われる場所のこと。
Science, add7631, this issue p. 376; see also adh4872, p. 343

もつれとほどけの機構 (Mechanics of entanglement and release)

縄をきちんと巻かずにしまい込んだことがある人なら誰でも、縄がいかに簡単にもつれてしまい、ほどくのがいかに難しいかを知っている。対照的に、カリフォルニア・ブラックワームは、温度や湿度を調節するために数分の内に集まってもつれた球体になるが、危険を感知すると数ミリ秒以内にもつれをほどいて四散する。Patilたちは、ワームの超音波研究と理論を組み合わせて、個々のワーム (つまり細糸) の動きが集団の動態にどのように影響するかに関してのモデルを開発した(Panagiotouによる展望記事参照)。特に、彼らは、(個々のワームの動きが協調して生まれる)右回り左回り交互のらせん波が、もつれの形成と超高速でのほどけの両方を可能にすることを見出した。(Sk,kj,kh,nk)

【訳注】
  • カリフォルニア・ブラックワーム:北米とヨーロッパに生息するワーム(ミミズのような足の無い細長い虫)の一種。
Science, ade7759, this issue p. 392; see also adh4055, p. 340

オンチップでの逆伝搬学習 (On-chip backpropagation training)

機械学習(ML)の商業的応用においてはエネルギー・コストが指数関数的に増大してしまうため、エネルギー効率の良い類似代替技術の開発が求められている。多くの従来型ML法ではニューラル・ネットワーク学習の為にデジタル逆伝搬が用いられているが、コンピューター的にはコスト高な作業である。Paiらはフォトニック・ニューラル・ネットワーク・チップを設計し、チップのそれぞれの導波路部を前方或いは後方へ通過するする光エネルギーを監視することによって、効率的でうまくいきそうなその場(in situ)逆伝搬学習を可能にした(Roques-Carmesによる展望記事参照)。報告されたオンチップでの逆伝搬学習の原理証明実験は、機械学習が将来根本的に変わるかもしれず、 そのときには殆どの計算が光学的に行われるかも知れないという、多くのありうる姿の一つを実証した.(NK,KU,kj,kh,nk)

Science, ade8450, this issue p. 398; see also adh0724, p. 341