AbstractClub - 英文技術専門誌の論文・記事の和文要約

Science March 24 2023, Vol.379

食い違いの修正 (Mismatch fix)

哺乳類の多くの種は、季節ごとに毛色が変化し、茶色がかった夏毛から白っぽい冬毛へと、環境に合わせて適応してきている。しかし、気候変動はすでに積雪の範囲や時期に影響を及ぼし始めており、多くの個体や個体群にとって1年のある時期は、従来の環境とは食い違ってきている。Ferreiraたちは、シロウサギの集団間でのこのような毛色の変化とそれらの多様性の根底にある遺伝学的特性を調べた。その結果、3つの特定の遺伝子における多様性の様式が毛色の変化を引き起こしており、それらは集団間で異っていた。モデルに基づく研究が、これらの遺伝子間と集団間での累代的な多様性(standing variation)が、積雪量の減少とこの種の被毛の褐色化への迅速な適応を可能にするかもしれないことを示唆している。(Uc,MY,nk,kh)

Science, ade3984, this issue p. 1238

絶縁体中の金属だまり (Metallic puddles in an insulator)

ある種の金属物性は外部磁場の作用として振動することがあり、量子振動という現象として知られている。この現象は絶縁体では発生しないと考えられており、近藤絶縁体である六ホウ化サマリウムにおいて量子振動が観測されたことは驚きであった。この知見を説明するために、内因的および外因的双方の観点で複数の機構が提案されてきた。Pirieたちは、走査型トンネル顕微鏡を用いて置換や空孔などの欠陥の近傍を調べた。彼らは、これらの欠陥が局所金属だまりの原因になることを見出した。これは、以前にこの絶縁材料で観測された金属的な物性を説明できるかもしれない。(NK,kh,kj)

Science, abq5375, this issue p. 1214

Pol Vのクロマチンの保持 (Chromatin retention of Pol V)

植物の非定型RNAポリメラーゼであるPol Vは、下流のエフェクターをクロマチンに動員するための足場となる長鎖非コードRNAを特異的に合成してDNAメチル化を仲介する。Xieたちは、伸長高次構造にあるカリフラワーのPol Vの構造を報告している。Pol IIとは異なり、Pol Vの第2サブユニットであるNRPE2は、やってくる二本鎖DNA分岐と特異的に積み重なって転写を減弱させ、転写バブルの非鋳型DNA鎖を捕捉してバックトラッキングを増強する。これは、Pol Vの足場機能の根底となるクロマチン保持機構を示唆している。(KU,kj)

【訳注】
  • 転写バブル:RNA転写の際に発生するほどけた一本鎖DNAの形態。
Science, adf8231, this issue p. 1209

三次元形状の合理的逆設計 (Rational inverse design of 3D shapes)

自然は、花、葉、その他の生体組織に見られるような細胞の微細構造を作るためのさまざまな手段を持っている。印刷技術の進歩にもかかわらず、多孔性の曲面を形成することは難しい場合がある。Chengたちは、互いに貼り合わされる2Dフィルムのサブセットを介して複雑な3次元(3D)表面を実現する逆設計法を開発した。2Dパターンを逆設計するための解析モデリングと計算は、最終的な空隙率の制御を可能にする。曲率符号の変化など、幅広い使用例が提供されている。これらの構造は、 ケイ素、金属、キトサン、および重合体から製作できる。(KU,nk,kh)

Science, adf3824, this issue p. 1225

シリコーンにまつわる難題を克服する (Overcoming challenges with silicone)

シリコーン高分子弾性体は、熱、水分、および化学薬品に対する耐性があるため、幅広い用途に用いられている。しかしながら、その前駆体の界面挙動により、シリコーンを用いた3次元(3D)印刷は難題である。Duraivelたちは、シリコーン油の連続相に囲まれ高密度に充填された乳剤を(3D印刷中の物体の)保持体として用いることにより、シリコーン基剤の材料から、正確で、自立した、非常に精密な物体を3D印刷する方法を提示している。この技術は、この保持体と印刷液の間の界面張力の正確な制御を可能にする。著者たちは、4マイクロメートル位の小さな造作と、機械的に堅牢で、薄壁の、正確な人間の血管系のモデルを印刷できることを実証した。(Sk,nk,kh)

Science, ade4441, this issue p. 1248

分極している薄膜 (A polarizing thin film)

電子回路の設置面積を縮小するには、ナノメートル厚みの膜まで薄くしても特性を保持する強誘電体を用意する必要があるかもしれない。Yangたちは、これらの小さな長さ規模で強誘電性を保持する材料の増え続ける一覧表をさらに伸長した。著者たちは、少量のサマリウム置換で安定化させた、強誘電性酸化ビスマス構造を見つけ出した。 基板に覆せたとき、その強誘電性のふるまいは、1ナノメートルまで薄くしても持続する。その比較的高い分極が、これらの膜をさまざまな用途の候補にしている。(Sk,nk,kh)

Science, abm5134, this issue p. 1218

金星の火山活動の兆候 (Signs of volcanic activity on Venus)

金星の表面には多数の火山が確認されているが、これまで噴火が観測されたものはない。このため、火山活動が停止したかどうかは不明であった。HerrickとHensleyは、Magellan宇宙船が継続中の火山活動によって引き起こされた画像間の変化を探査していた時、そのレーダー機器によって2、3回観測された金星上の場所を調べた。著者たちは、2つのレーダー画像の間の8か月の空白期間に、拡大し、形状が変化した1つの火山噴出口と、その噴出口から下へ流れた溶岩流らしきものを確認した。この結果は、金星に活発な火山活動が存在すると解釈される。(Wt,nk,kh)

Science, abm7735, this issue p. 1205

MAX相なしのMXene (MXenes without MAX phases)

二次元の金属炭化物および金属窒化物であるMXene(マキシン)はエネルギー貯蔵およびエレクトロニクス分野にいくつかの潜在用途がある。それらは通常、層状の前駆化合物であるMAX相を、苛酷なエッチング処理段階で剥離することによって作製される。Wangたちは最も広く用いられているマキシンの1つであるTi2CCl2はもちろん、MAX相からは得ることができないマキシンをも、化学蒸着を用いて合成した(RobertsonとTolbertによる展望記事参照)。チタン基板表面でのメタンと四塩化チタンとの反応が、基板金属と垂直な方向へのTi2CCl2薄膜の成長をもたらした。いくつかの成長条件のもとで、これらの薄膜は基体からわん曲、遊離して小胞を形成することができた。(MY,nk,kj)

Science, add9204, this issue p. 1242; see also ade9914, p. 1189

アルカリ性土壌での成長 (Growth on alkaline soils)

アルカリ性土壌は、植物の栄養摂取および塩ストレス対処の能力を抑制する。Zhangたちは今回、塩分のあるアルカリ性土壌への感受性を決めるソルガムきびの遺伝子座を突き止めた。このAlkali Tolerance 1(AT1)遺伝子座は、グアニン・ヌクレオチド結合タンパク質のガンマ・サブユニットをコードしている。このサブユニットは、酸化ストレスを緩和する過酸化水素を輸送可能なチャネルであるアクアポリンのリン酸化を調整するものである。アルカリ性土壌での成長によりよく対処できる作物は、農業を何百万ヘクタールものアルカリ土壌へと広げるかもしれない。(MY)

【訳注】
  • グアニン・ヌクレオチド結合タンパク質:グアノシン三リン酸をグアノシン二リン酸へと変えるタンパク質で、α,β,γのサブユニットからなる。
Science, ade8416, this issue p. 1204

共感の基礎 (Fundamentals of empathy)

情動伝染は、個体が別個体での同じことの観察への反応として恐怖や苦痛の行動を示す現象だが、共感の基礎的な形態と考えられており魚類に存在することが知られている。Akinrinadeたちは、神経ペプチドであるオキシトシンが、哺乳類と同様にゼブラフィッシュでもこれらの行動に関わっていることを示した(DeAngelisとHofmannによる展望記事参照)。彼らはまた、ゼブラフィッシュと哺乳類では脳の同じ領域が関与していることを明らかにした。魚類と哺乳類の間で情動反応機構がこのように類似していることは、共感の最も基礎的なこの形態が何百万年も前に進化した可能性があることを示唆している。(Sh,nk,kh)

Science, abq5158, this issue p. 1232; see also adh0769, p. 1186

シャボンノキ由来のアジュバント (Adjuvants derived from the soapbark tree)

植物由来の配糖体の一種であるサポニン類は石けん、医薬、およびルートビアの泡液などの製造で用いられている。Reedたちは、チリのシャボンノキ(Chilean soapbark tree:学名Quillaja saponaria)がどのようにしてそのサポニンを作るかを研究したが、そのサポニンは帯状疱疹、マラリア、およびCOVID-19に対するワクチンに免疫刺激活性を与えるものである(Chubatsu NunesとDangによる展望記事参照)。このサポニンは現在、木の皮から抽出されている。この研究におけるサポニン生合成経路の諸酵素の同定は、これらの有用なアジュバントのより持続可能な生産と新しいアジュバントを設計する機会に扉を開くものである。(hE,nk,kh,kj)

【訳注】
  • ルートビヤ:木の根などの汁を発酵させて造ったアルコール分を含まない炭酸入りの清涼飲料。
  • アジュバント:ワクチンと一緒に投与して、その効果(免疫原性)を高めるために使用される物質をいう。
Science, adf3727, this issue p. 1252; see also adg8823, p. 1187