AbstractClub - 英文技術専門誌の論文・記事の和文要約

Science March 31 2023, Vol.379

歯を見せてはいなかった (Not a toothy grin)

ティラノサウルス・レックスに象徴されるような獣脚類恐竜は、長い間、現存するワニと同様に、歯が完全に見える状態で描かれてきた。この描写の様式は、主に恐竜とワニの間の関連性および歯と顎の大きさの関係に結び付いていた。Cullenたちは、絶滅した爬虫類と現存する爬虫類の両者における、歯の摩耗パターンの組織学的分析および頭蓋骨の長さと歯の大きさの定量的関係を用いて、この群(獣脚類恐竜)の仮説に基づく顔の再構成を試してみた。1世紀以上にわたって支配的だった描写とは対照的に、彼らは、T.レックスを含む獣脚類が歯を覆う唇を持っていて、ワニよりも現代のコモド・オオトカゲのように見えさせることを見出した。(Sk,nk)

Science, abo7877, this issue p. 1348

代謝型グリシン受容体 (A metabotropic glycine receptor)

今までイオン・チャネルが、グリシンの抑制効果を仲介することが知られている唯一の受容体であった。しかしながら、グリシンは今のところはっきりしない機構によって調節性の代謝調節型効果も及ぼすことができる。Labouteたちは、オーファン受容体GPR158が代謝型グリシン受容体として作用すること発見した。彼らは、よく知られた代謝型グルタミン酸受容体(mGluR)との類似から、これをmGlyRと命名した。この新しい受容体はGタンパク質共役型受容体ファミリーの一員であり、主要なセカンド・メッセンジャー(二次情報伝達物質)である環状アデノシン一リン酸(cAMP)の濃度を変更することによって情報伝達する。グリシンはmGlyR中に存在するリガンド結合性キャッシュ(Cache)ドメインによって直接認識されて、皮質ニューロンの活動を制御する。この研究はシナプス伝達にさらなる洞察を与える追加の神経調節型物質を紹介するものである。(hE,kh)

【訳注】
  • オーファン受容体:リガンドが同定されていない受容体タンパク質。
  • セカンド・メッセンジャー: 細胞外のシグナル分子(一次メッセンジャー)により細胞内で新たに生成されるシグナル分子をいい、 サイクリックAMP(cAMP)、 サイクリックGMP(cGMP)、カルシウム・イオンなどがある。
Science, add7150, this issue p. 1352

全繊維流体素子 (All fiber fluidics)

繊維は、縄や布の基になっている。検出素子や駆動素子として機能したり、エネルギーを蓄えたり収集したりすることのできる高度な繊維の開発により、高度な機能を備えた生地を作ることが可能になる。Smithたちは、外部のかさばる装置にお任せするしかなかった仕事である、流体の圧送のための繊維を設計することも可能であることを示している。まず、らせん状の電極が、管状繊維の壁に埋め込まれる。次に、直流電場を用いた電荷注入が誘電性液体をイオン化し、正電極に向かうイオンの動きが流体の流れを駆動する。(Sk)

Science, ade8654, this issue p. 1327

酵素活性を占う水晶玉 (A crystal ball for enzyme activities)

ゲノムやメタゲノムなどのデータベースが急増するとともに、酵素に対しては、機能データよりも配列データのほうがはるかに多くなっている。したがって、不足気味な実験的証拠から機能を正確に分類したアノテーション付け(注記付け)を行うことは、配列データから作業する際の解析や応用にとって極めて重要である。現在の取り組みの限界を回避することを期待して、Yuたちは、酵素機能の識別に特に優れた性能を発揮する、対照学習に基づく機械学習モデルを開発した。この方法と既存のツールとの性能の比較に加え、著者たちは炭素-ハロゲン結合を形成する36種類の酵素について、予測された機能を実験的に検証した。その結果、予測精度が高く、類似した活性を区別する能力があることがわかった。(Wt,nk,kj,kh)

【訳注】
  • 対照学習:自己教師あり学習の1つで、ラベル付けを行うことなく、データ同士を比較する仕組みを用いて、膨大なデータをそのまま学習する。
Science, adf2465, this issue p. 1358

Wacker法をさらなる高みに引き上げる (Elevating Wacker to a higher state)

Wacker(ワッカー)酸化は、パラジウム触媒を用いてオレフィンと水からアルデヒドあるいはケトンを生成する方法である。一般的に受け入れらている反応の機構は水素化物の移動によるもので、反応に必須な水素を欠く同一炭素に2つの置換基がついたオレフィンではこの反応は起こりえない。Fengたちは、パラジウム触媒中間体を4価状態に酸化することにより、この種の基質で炭素移動を促進する方法を報告している。これにより得られた反応経路は、広範囲のアルキル・オレフィンとアリール・オレフィンをケトンに変換する。(MY)

Science, adg3182, this issue p. 1363

バイオバンクにおける顕性 (Dominance in the Biobank)

古典的遺伝学によると、形質は通常顕性と潜性に分けられ、全か無かの表現型を持つ。このような二値的形質は、植物と動物の育種でよく観察されるが、ヒトの研究ではメンデルの遺伝様式を持つ単一遺伝子疾患以外にはめったに見られない。その代わりに、ヒト・ゲノム研究に含まれる多くの形質は、遺伝子量に基づく相加効果を示す。Palmerたちは、英国のバイオバンクからのデータを調べ、表現型が純粋に相加的な様式によって説明されない顕性効果を示す遺伝子座を確認した。著者たちは、175個のそのような遺伝子座を確認し、他の遺伝子座の顕性について同様の分析を行うための計算手段を提供した。彼らはまた、そのような遺伝子座の確かな検出には、純粋な相加効果よりもより大きな標本の大きさと統計的検定力が必要であると警告した。(KU,nk,kj,kh)

【訳注】
  • 単一遺伝子疾患:1対の遺伝子によって制御される遺伝性疾患。
Science, abn8455, this issue p. 1341

乾燥地の深呼吸 (The exhalation of drylands)

半乾燥地域は、 水入手性の季節変動により、世界の大気中の二酸化炭素濃度の経年変動の多くをもたらす。Metzたちは、オーストラリアのいたるところで乾季の終わりに 周期的な二酸化炭素のパルスが発生することを見出した。この現象は、半乾燥地域で光合成による二酸化炭素の取り込みに先立って土壌呼吸が促進されることに起因している。これらのパルスの大きさは、これまでの研究で現地測定に基づいて推測されてきたものより2〜3倍大きい。(Uc,nk,kh)

Science, add7833, this issue p. 1332

自己免疫と肥満の結び付き (Connecting autoimmunity and obesity)

肥満の人たちは、多発性硬化症や1型糖尿病などのさまざまな自己免疫疾患を発症する危険性がより高いことを証拠が示している。Matareseは展望記事で、この結びつきを説明できるかもしれない、可能な統一機構を提案している。彼は、代謝の過負荷が免疫調節の抑制と炎症反応の誘発を同時に生じさせ、それにより自己免疫の危険性が高まることを示唆している。この起こりうる免疫代謝フィードバックを考慮すると、食事、カロリー摂取量、あるいはこれらと似た状況を与える薬剤を変更することで、自己免疫が調節できるかもしれない。(MY,nk,kh)

Science, ade0113, this issue p. 1298

光電子工学を模様づける (Patterning optoelectronics)

2つ以上の周期的な格子を互いに重ねるとモアレ模様が形成される。この長距離模様は2次元材料でも見ることができ、多様な物理現象をこれらの量子材料系内で発現させる。Duたちは、光工学と光電子工学の面に焦点を当て、モアレ模様のある2次元材料の最近の進展について振り返り、それらの特性が層間の重ね順とねじれ角度を設計することでどのように制御できるのかについて概説している。多様な特性が見られることから、これの系がエキゾチックな光電子工学素子技術を発展させる強力な技術基盤となるかもしれないことを示している。(NK,MY,nk,kh)

Science, adg0014, this issue p. 1313

ホルモンによる根の伸長制御 (Hormonal control of root elongation)

ブラシノステロイドとして知られているホルモンは、植物の成長と発達の多くの面に影響を与える。Nolanたちは、小さなカラシナ植物のシロイヌナズナの根に単一細胞RNA配列決定を適用して、細胞が増殖を止めて伸長を開始する際に受ける発達上の転換を、ブラシノステロイドがどのように制御しているのかについて研究した。関与する遺伝子ネットワークは、細胞壁の生合成と組織化に関わる遺伝子群の発現変化を引き起こした。2つの特有の転写因子が、細胞伸長の調節因子として確認された。(MY,kh)

Science, adf4721, this issue p. 1314

侵害受容器と樹状細胞がタンゴを踊る (Nociceptors and dendritic cells tango)

侵害受容器は、侵害刺激に応答して痛みとかゆみの感覚を伝達する求心性ニューロンである。それらは樹状細胞(DC)に影響を与える可能性があるが、侵害受容器とDCのクロストークの詳細は不明であった。Hancたちは、侵害受容器が状況に依存する少なくとも3つの方法でDC機能を制御できることを見出した(Schramlによる展望記事参照)。侵害受容器はDCを組織に引き付け、ケモカインCCL21を介してDCがそこにとどまる時間を調節する。刺激されると、侵害受容器は神経ペプチドCGRPを放出することができ、これが「準備が整った」DC遺伝子プログラムを誘発する。最後に、侵害受容器はDCのカルシウム・イオン流動と膜脱分極を引き起こし、直接的な電気結合を介してDC炎症反応を増幅する。このシステムは、免疫系が絶妙に微調整された方法で痛みを炎症性シグナルと感染性シグナルに統合することを可能にする。(KU,kh)

【訳注】
  • 樹状細胞:免疫系において取り込んだ抗原を他の免疫系に伝える抗原提示細胞として機能する。
  • クロストーク:生体のシグナル伝達において、本来目的の主要な経路の他に、他のシグナル伝達経路に副次的に伝達することを言う。
Science, abm5658, this issue p. 1315; see also adh2090, p. 1301

馬事文化を構成する (Making a horse culture)

馬は北アメリカで進化し、ベーリング陸橋を渡ってユーラシア大陸に分散した。彼らは進化をし続け、ユーラシア大陸で家畜化されたが、我々が知る限り、更新世後期までに北アメリカで絶滅し、その後ヨーロッパの入植者によって再導入された。Taylorたちは、旧世界と新世界に跨る馬の遺伝的特徴を調べ、考古学的試料を調べた。彼らは、北アメリカの馬の直接的更新世の祖先の証拠を見つけことはできなかったが、ヨーロッパ系の馬が、北アメリカ西部にヨーロッパ人が到着するずっと前に、その地域の先住民文化に組み込まれていたことを見出した。(KU,kh)

Science, adc9691, this issue p. 1316

宇宙の正午の銀河間ガス流 (An intergalactic gas stream at cosmic noon)

銀河は、他の銀河との合体や銀河間物質中のガスからの物質の降着によって成長する。Emontsたちはサブミリ波観測記録を用いて、赤方偏移3.8の巨大な銀河の周りの原子状炭素ガスをマッピングした。この時期は、銀河が急速に集合していた「宇宙の正午」として知られる時期の初期である(Caseyによる展望記事参照)。彼らは、この銀河の数倍の大きさの一本の冷たいガスの流れが、この銀河から銀河間物質に伸びていることを確認した。ストリーム内のガスの質量は、降着した場合、この銀河で数億年にわたって星の形成を維持するのに十分な量であろう。(Wt,kj,kh)

Science, abh2150, this issue p. 1323; see also adh1663, p. 1303

タウ・タンパクとTRIM21 (Tau and TRIM21)

ニューロン内でのタウ・タンパクの凝集は、アルツハイマー病などの普通の神経変性疾患の病態の一因となる。Mukadamたちは、細胞内抗体受容体TRIM21を組み入れることによって、抗タウ抗体を用いてタウ病変のマウス・モデルを治療できることを実証している(Nisbetによる展望記事参照)。タウ集合体は、抗体が付与された状態で細胞内に移動することができ、それによりTRIM21と抗体の接触をもたらす。定型でない受容体としてTRIM21はE3ユビキチン・リガーゼ活性を有し、接触がなければさらなる凝集の種として作用するこれらのタウ集合体の不活性化に影響を与えることができる。この経路の発見は、将来の免疫療法の最適化を可能にできるかもしれない。(Sh,MY,kj,kh)

【訳注】
  • 細胞内抗体受容体TRIM21:抗体は細胞外で働くとされているが、細胞内で働く場合もあることが近年分かり、細胞内部のセンサーを刺激して、細胞内で免疫系の活性化を引き起こす。TRIM21は細胞内に普遍的にある細胞内抗体のセンサー。
  • E3ユビキチン・リガーゼ活性:他のタンパク質の修飾に用いられ、タンパク質分解、DNA修復、翻訳調節、シグナル伝達などさまざまな生命現象に関わるユビキチンが結合したE2ユビキチン結合酵素を呼び寄せ、タンパク質の基質を認識し、E2から基質へのユビキチンの転移を促進する性質。
Science, abn1366, this issue p. 1336; see also adg9800, p. 1300